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奇跡の手紙

 翌週の水曜日、集講文庫が毎週発行している看板週刊紙「週刊集講」が発売された。


 錦織がワーケーション(※1)しながら作成した企画書も編集長のハンコは貰えたようだ。しかし今週発売された週刊集講の「奇跡」のコーナーに掲載されたのは「奇跡の手紙」というタイトルであった。


 錦織は記事に目を落とした。


『二人を繋いだ奇跡の手紙! この手紙の送り主Kさんに取材する為我々は北海道浜中町へと向かった。釧路と根室の中間に位置する小さな半島にある小さな町である。結婚の約束を交わしていたKさんの彼女、Yさんは大手企業の社長令嬢であった。しかしKさんとYさんは親の反対で引き裂かれる事になり、Yさんが身ごもっていた命は強制的にその小さな心臓を止める事になったのだ。東京で三年間(はぐく)まれた愛に終止符を打ちKさんは実家のある北海道へ帰ったという。そしてYさんは三年後に届くようにKさんへ手紙を送った。郵便局で三年間保管されようやく届いた手紙は少し色褪せていた。Kさんは元彼女のYさんに返事を送るものの、一緒に暮らしていたマンションは既に他人が住んでいた。返ってきた手紙を握りしめ一度は捨てたようだ。しかしどうしても想いを告げたかったKさんは再び筆をとった。そしてKさんは彼女の誕生石であるエメラルド色をしたプラスチック製の容器に手紙を丸めて入れると、霧多布(きりたっぷ)半島の海辺から手紙を投げ入れた。そして二年後の今年、2016年6月、親潮に乗って北海道から千葉へ運ばれたのこ手紙はたまたま九十九里の海辺で(たわむ)れていたYさんによって拾われた。その後二人は親の反対を押し切って小さな半島で暮らしている。我々の取材に対してKさんは次のように述べた。「私はこの奇跡に感謝します」』


 こんな記事と共に親潮と黒潮の画像も掲載されていた。


挿絵(By みてみん)


「何これ! 編集長! どういうことですか? 嘘だらけじゃないですか!」


 錦織は北村のデスクの前に立つと、両手をデスクに叩きつけた。


「売れりゃいいんだよ! まともな企画書が作れるようになってから文句言うんだな。ライバル社はどんどん売り上げ伸ばしていってんだぞ!」


 北村は座ったままデスクを叩き返した。


「だからって……だからってこんな事許されるんですか!」


「許されるのかだと? 許されるさ。売り上げの為なら何でも許されるんだよ! 我が集講文庫の社長の不倫であっても俺は記事にする! それがビジネスだ! にしこり! この手紙の送り主、探してこい! そして信実を聞いてくるんだ。見つかるまで出社しなくていい。分かったな!」


 北村の言葉に不満はあったものの、錦織にとっては願ったり叶ったりであった。その夜錦織は一週間分の着替えをスーツケースに詰めた。


「あれ? どこに行けばいいんだろう。北海道? でもあれは編集長の作り話だし……」


 週刊集講に掲載された奇跡のストーリーは勿論でっち上げ記事である。しかし、千島海流に乗って流れてきたというのはあり得ない話ではない。


 錦織はタブレットを持ち千島海流について調べ始めた。調べれば調べる程、千島海流説にも納得できるのだ。


「でももしそうなら送り場所は九十九里より北であり、千島列島より南という事になるわよね。ふう。広すぎるわ。どこからどう調べれば……。ウォーリー探す方が楽じゃないのよ! ハァ……」


 錦織が溜め息をついた次の瞬間、スマホが音を立てた。その画面には「木綿優樹菜」と表示されている。


「もしもし、優樹菜ちゃんどうしたの?」


『あの、わたしまだ会社にいるんですけど、さっき奇跡の手紙を読んだ読者さんから電話がありましてその人も絢斗さんから優花さんへ宛てた手紙を拾ったそうなんです』


「え? そうなの?」


『はい。しかも緑のプラスチック製の容器に入っていたそうです』


「じゃあ明日その人に会ってくる。連絡先は聞いてくれた?」


『はい。メモとれますか? 茨城県ひたちなか市……」


「茨城県の太平洋沿いじゃない! やっぱり千島海流が……」


『錦織さん?』


「あっ、優樹菜ちゃんごめん。住所の続き教えてくれる?」


『はい。ひたちなか市和田町一丁目……。電話番号言いますね。090ー5229ー……。吉村守さんっていう方です。声の感じからするとご年配の方だと思います』


「優樹菜ちゃん、ありがとう」


 翌日錦織は地下鉄東西線浦安駅午前五時七分の電車に大きな荷物を持ちながら飛び乗った。茨城県ひたちなか市和田町の最寄り駅である殿山駅に着いたのは午前八時二十八分である。


 殿山駅のホームに立った錦織には前にも後ろにも青々とした木々しか見えなかった。改札を通過したのも錦織一人である。駅員も駅長もいない無人駅なのだ。


 駅前の商店街――そんなものはない。自然に囲まれたその町に降り立った錦織は大きく息を吸った。


「よし、行くか」


 誰もいない駅前で独り言を呟きながらタクシーを探した。


 しかし、タクシーどころか行き交う車でさえまばらであった。


「まぢ?」


 まだまだ残暑の陽射しが厳しい中、錦織は持参した地図を片手に東へ歩いていった。

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