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手紙の行方

 お盆を過ぎたとはいえ暑さはまだ残っている。錦織はぎゅうぎゅう詰めの地下鉄東西線に揺られながらつり革を握っていた。


 オレンジ色のラインがペイントされた電車は大手町駅でどっと人を吐き出した。人の波に押されるように錦織は自動改札機に定期券を近づける。


 地下から地上へ出ると集講文庫までは歩いて三分ほどの道のりである。


「おはようございます」


 元気な声を出しながら扉を開けた。


「おお、にしこりちゃん。休みは楽しんだか?」


 編集長の北村が錦織に近づき肩をポンと叩く。


「編集長! にしこおりです!」


「まあまあ、どっちでもいいじゃないか」


「よくありません! ネームハラスメントで訴えますよ」


 錦織はきっはりと言い放った。


「ネムハラなんて聞いた事もねえぞ。ところで企画書はできたのか?」


 錦織はバッグの中から企画書を取り出した。すると例の手紙が企画書を入れた封筒に引っ掛かり北村のデスクに落ちた。


「なんだその紙。どれどれ」


 北村は手紙を開き読み始めた。


「編集長、それはわたし個人の物で……。返して下さい」


 錦織は手紙を取り返そうと手を伸ばす。しかし身長百八十五センチの北村は手紙をひょいと上に上げた。百五十三センチの錦織に届く訳もない。

 

「わたしのってお前、親愛なる栞菜様へなんて書いてないじゃないか。この手紙なんなんだ」


 北村は手紙を錦織の顔の前に突きつけた。錦織は手紙を取り返そうと再び手を伸ばすが、またもそれは手の届かない高さまで上がっていく。


「もう、編集長! 返して下さいよー。それは砂浜に打ち上げられていたのをわたしが拾ったんです。だからわたしの物なんです」


「砂浜だとー? 錦織の住んでる浦安は海に面してるけど砂浜なんてないだろ。どこの砂浜なんだ?」


 余計な事を口走ってしまった錦織は、父親に怒られている娘のように顔をしかめた。


「く……」


「く?」


「く……九十九里浜です」


「く、く、く……九十九里だとー? 企画書は出来たのかー!」


 錦織は首を亀のように引っ込めながら、北村のデスクに置いたA4の封筒を指差した。


「おお、出来てたのか。目を通しておくからデスクに戻れ」


 北村は手紙を持ちながらコピー機へ向かっていった。


「編集長、それ返して下さい」


「ちょっと待て。コピーとったら返すから」


 北村は錦織に背を向け、めったに自分では使わないコピー機に手紙をセットした。


「コピーってどうやってとるんだっけ? 太郎! ちょっとこれコピーとってくれ」


 たまたま通りかかった鈴木太郎がコピーをとらされる羽目になる。


「なんで僕なんですか、全く。編集長、コピハラで訴えますよ」


「お前たちな、なんでもかんでも『ハラ』付ければ中間管理職がビビるとでも思ってんのか!」


 鈴木はしぶしぶとったコピーと原本を北村に渡した。


「にしこり、ほれ。返す」


「もう、なんでコピーなんかとるんですか……。え? これコピーの方じゃないですか。原本の方返して下さいよ」


 取り返そうとするが既に原本は北村が天井近くまで上げていた。


「錦織さん、東日本書店新宿店の渡部店長からお電話です。外線三番です」


 錦織の四歳年下で高卒の事務員木綿(もめん)優樹菜(ゆきな)が電話を取り次ぐ。大卒の錦織と同期入社の木綿は錦織に憧れていた。


「分かった」


 錦織は自分のデスクに戻り、左から三つ目の外線ボタンを押し受話器を上げた。


「お電話代わりました。錦織でございます」


 錦織が電話をしている間、鈴木は北村に呼ばれひそひそと話をしていた。


「えっ! それって……」


「嘘でも何でも売れなきゃお前の給料は出ないんだぞ! 俺に任せろ。この手紙で売り上げ倍増だ。ハッハッハー」


「でも、編集長……いくらなんでもまずいですよ」

 

 鈴木は乗り気がしないが編集長の命令である。断る(すべ)もなくこくりと頷いた。


 電話を終えた錦織は鈴木の暗い顔に気づき話しかけた。


「太郎先輩、どうしたんですか?」


「なんでもねえよ」


 鈴木は錦織から逃げるように喫煙所へ向かっていった。

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