波に乗って
錦織たちの旅行も最終日を迎えていた。初日と二日目は砂浜で遊び、三日目の昨日は九十九里の美味しい物を食べ歩いた。
しかし錦織は初日を除きホテルで缶詰め生活を送っていた。錦織に気を使った三人は昨日サザエのつぼ焼きをお土産としてホテルに持ち帰ってきたのだ。
昨夜、遊び疲れた三人は少しお酒を飲んだ後、夜の十時には布団で寝息を立てていた。
その後夜中の二時までパソコンに向かっていた錦織はまだ起きてこない。
「栞菜、起きて。最終日だから一緒に海に行こうよ。ねえ、栞菜」
錦織の身体を揺らしているのは岡野である。
「聖、もう少し寝かせておいてあげようよ。昨日の夜中目が覚めた時、栞菜まだ仕事してたんだよね。一時半は過ぎてた気がする」
すると二人の声に気づいたのか、錦織が目を開けた。
「みんな、おはよう」
力ない声で呟きながら人差し指で目をこする錦織。
「栞菜ごめん。起こしちゃった? まだ寝てていいよ」
大沢は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ううん。大丈夫。もう起きるから」
「やった。栞菜、海いこ」
岡野は無邪気に錦織の両手を引っ張り上げた。
「あっ、でも仕事あと少しなんだ。みんな先に行ってて。終わったらすぐ行くからさ」
朝食を終えると三人はすぐさま水着に着替え、楽しそうに出ていった。錦織はパソコンを取り出し十本の指を器用に動かし始める。
小一時間ほど頭を悩ませてはボードに指を落としていた。
「できたー!」
錦織は両手を上に上げ、ぐるぐると首を回した。そして自身の首を揉みながら立ち上がると窓側まで歩を進めたのだ。
窓から海が見渡せる位置にある部屋である。目の前にある砂浜は大勢の人々で賑わっている。
錦織は窓をいっぱいに開け再び大きく両手を広げた。砂浜のざわめきと波の音が入り交じり、潮風に乗って部屋まで届けられている。
「よし! 行くか」
錦織は白いビキニを取り出し鏡の前で上半身を露にすると、三日前の痛々しい日焼けの痕にぴったり重なるよう水着を着けた。
パソコンからボディーボードに持ち替えた錦織はホテルを出ていった。そして砂浜まで来ると辺りをきょろきょろと見回した。
「栞菜ー! こっちこっち!」
少し離れた場所から菊池が手を振ると、大沢と岡野もそれに続いた。三人を見つけた錦織は手を振り返し笑顔で駆け寄る。
「お待たせ」
「調度休憩してたとこ。栞菜も来たことだし海入ろ。結構いい波来てるよ」
岡野はボディーボードを抱えると真っ先に走り出した。元々この旅行、言い出したのは岡野である。大学時代にボディーボードにはまり、三人を誘ったのだ。
岡野のボードは本格的な物であるが、他の三人のボードはホームセンターで岡野が調達してきた物である。競技としてしないのであれば充分楽しめるのだ。岡野自身も最初は安いボードで始めたようである。
「聖! 待ってー」
その後しばらく四人は少女に戻ったようにはしゃいでいた。
「聖、ボードの上でクロールするみたいに進むの格好いいね。わたしにも教えてよ」
錦織は岡野の真似をしてみるがバランスが取れずに横転してしまった。
「ははっ! 栞菜、パドリングのことね」
何度やっても横転してしまう錦織は諦めてしまう。その後は浅瀬で小さな波と戯れていた。
午後三時を回った頃、柔らかな陽射しの中岡野と菊池はまだ波を待ちながら水面に浮いていた。
その頃錦織と大沢はテトラポットの上で爪先のみを海に潜らせていた。
「ねえ、栞菜。いい人とかまだいない訳?」
産まれてこのかた一人の男性とも付き合った事のない錦織を大沢が心配そうに見ている。
「いない、いない。いいと思う人もいないし、まあ縁があったらできるんじゃないかな。そのうちね」
すると大きな波が押し寄せた。テトラポットの壁に砕けた波しぶきが大きく宙を舞い、雨のように降ってくる。
「キャー!」「ふえー!」
同時に驚きの声をあげた二人はお互い顔を合わせた。幽霊よろしく顔の前に髪の毛を垂らしている相手の顔を見て笑いあっている。
二人は指を少し広げながら手櫛で髪の毛をかき上げた。
「凄かったね、今の波」
錦織はそう言いながら波の軌跡を思い出すかのように空を見上げた。
すると濡れたテトラポットの壁に何かがぶつかっているような軽い音が聞こえた。「なんだろう」錦織は首を傾げながらテトラポットの奥を覗き込んだ。
そこには陽射しに反射された緑色に輝くプラスチック製と思われる容器があったのだ。錦織はその円柱状の容器に手を伸ばす。
「なんだろう」
卒業証書でも入っているかのような形をした緑色の容器。錦織はくるくると蓋の部分を回した。蓋を外すとその中には一枚の便箋が……。
錦織は濡れた指先を伸ばし便箋を取り出した。筒状に丸められた便箋を両手で丁寧に開く。冒頭に書かれていた文字は……。
『親愛なる優花へ』
「えっ? これって手紙?」
錦織は手紙に目を落とした。