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企画書~新入社員の登竜門~

 入社してから四ヶ月が経過し、仕事の要領も少し得てきた。とは言え、上司や先輩に怒られる毎日は変わっていない。


「にしこり! ちょっと来い!」


 窓に背を向けながら革張りの椅子にどっかと座る編集長、北村が錦織を呼びつけた。


「はい!」

 デスクでパソコンに向かっていた錦織は手を止め立ち上がった。小走りで北村の元へ向かう途中、ごみ箱を蹴飛ばし紙くずが散乱してしまう。


「あちゃ」


 急いで片付けようやく北村の前に立った。


「編集長、にしこりではなく、にしこおりです。入社してもう四ヶ月ですよ。そろそろ覚えて下さい」


「お、わりいわりい。それよりこの企画書……やり直せ」


 北村は錦織の提出した企画書をぽんとデスクに叩きつけた。


「駄目……ですか」

 

 錦織は肩を落とし、弱々しい手で企画書を拾い上げる。


「お前明日からお盆休みで四連休だったよな? その間遊ぶも良し、企画を練り直すも良し。休み明けに提出しろ。いいな」


 要するに休み中遊んでる場合じゃないぞという暗黙の命令である。


 錦織が配属されたのは「週刊集講」という集講文庫の看板雑誌を発行している部所であった。


 有名人のスキャンダル、話題のグッズ、自社で出版する小説や漫画の宣伝。また、若者の読者層を増やす為のSNSの活用術など、多岐に渡った情報を提供する週刊誌である。


 その雑誌の中に、「奇跡」というコーナーがある。その名の通り世の中の奇跡的な物事を掲載するコーナーである。


 そのコーナーの内容自体も多岐に渡るものであり、奇跡的な生還を遂げた物語や癌で余命宣告を受けたにも関わらす奇跡的に二十年以上生き延びた女性の物語など、奇跡と名の付くものでかつ感動的な内容のものである。


 その「奇跡」に掲載するための企画を立てた錦織であるがやり直しを命じられたのだ。


 肩を落としたまま自分のデスクに戻った錦織は隣のデスクに座っている先輩、鈴木に問いかけた。

 

「太郎先輩。この企画、どこをどう直せばいいと思います?」


 四ヶ月前、「鈴木先輩」と呼ばれていた男も今ではファーストネームプラス先輩と形を変えている。


「甘えるな! 自分で考えろ!」


 錦織は鈴木に一喝され、さらに肩を落とす。


「ですよねー。はぁ」


 錦織はボールペンを鼻と上唇の間に挟み、なんとも間抜けな表情をした。


「どうした、錦織。面白い顔して。可愛い子ちゃんが台無しだぞ」


 そう錦織に声を掛けたのは十歳年上の先輩、内海(かえで)である。身長は明らかに百七十を越えている。しかし自称は百六十九センチ。彼氏募集中の(れっき)とした女子である。さばさばした性格で歯に衣着せぬ言葉を発する内海は社内で「男前女子」と呼ばれている。


「あ、楓先輩、お疲れ様です。わたしの企画、やり直せって編集長に言われてしまって。どうすればいいか分からなくて……」


「そっかあ。大変だな。困った事があったらいつでもわたしに言うんだそ。いつでも『頑張れっ』って言ってやるからな」


「『頑張れ』だけですかあ?」


 隣で鈴木がくすくす笑っている。すると内海は鈴木の肩をぽんと叩いた。


「太郎ちゃん、太郎ちゃんも笑ってる場合じゃないですわよー。特集記事の事なんだけどね……」


 内海はそこまで言うと鈴木の耳元に唇を近づけ小さな声で呟いた。


「や・り・な・お・し」


 そしてチュッと唇を鳴らし鈴木の頭を撫でると(きびす)を返し出口へ向かった。


「まじですかあ。お・も・て・な・し。じゃないんですから。楓さんちょっと待ってくださいよ」


 お返しと言わんばかりに錦織がくすくす笑っている。


「笑ってんじゃねえよ!」


 錦織はぺろりと舌を出しパソコンに向かった。


 その後、休み前に終わらせたい仕事を消化した錦織はちらりと腕時計を見た。針は夜の十時少し手前を指していた。


 社内には隣の部所に数人残っているのみである。帰り支度を終えた錦織は髪の毛を結んでいたゴムを外し頭を左右に大きく振った。両手で髪の毛を整えるとバッグを肩にかけ一つ大きな息を吐き出口へと向かっていった。


 歩いて大手町駅に向かう途中、錦織は何かを思い出したかのようにバッグからスマホを取り出した。画面に指を滑らせた後、長い髪の毛を掻き分け耳にあてがう。


「あ、もしもし、美紅(みく)? わたしさあ、企画書書き直して休み明けにすぐ提出しなきゃなんなくなっちゃってさあ。海行けないかもしれないんだよね。明日の朝出発するんでしょ?」


『えー。行こうよ。栞菜いないとつまんないじゃん。大学の友達みんな楽しみにしてんだよ』


 東京都中野にある帝都平成大学文学部を卒業した錦織。お盆休みを使い仲の良かった友達四人で九十九里の海へ行く約束をしていたのだ。


「だよねえ。もう聞いてよ。うちの編集長さ、今日になってやり直せとか言い出したんだよ。二週間も前に提出した企画書なのに、もっと早く言えっつうの。酷いと思わない?」


『まあ事情は分かるけどさ。行こうよ、栞菜。あっ、そうだ。栞菜運転しなくていいからさ、パソコン持ってきて車の中とかホテルとかで仕事すればいいじゃん。うちの車、コンセントもついてるしさ。ね? いいでしょ? お願い、栞菜』


「そうね。じゃあ、やっぱり行くか。みんなにも会いたいし」


『そうこなくっちゃ。じゃあ明日の朝八時に浦安に迎えに行くね』


「うん。じゃあね」


 錦織はスマホをバッグに仕舞い、歩くスピードを速めた。大手町駅の階段を降り地下鉄東西線へと向かっていった。


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