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奥様のお願い

 魔力切れで迎えた朝は結構シンドいものだ──

 一晩寝て幾分か調子を取り戻したとは言え、全快はしていない。


 数値化した検証ができないので体感になるけどある程度、魔力量を持つ人間は一晩経てば全回復する訳じゃない。


 以前、冒険者ギルドの人から聞いたことがある話だが個人でAランク相当の魔術師だと魔力切れから全回復するまで数日掛かるのが普通だと言ってた。


 この世界には傷を回復させるポーションはあっても魔力を回復させるポーションはない……が、エリクサーだけは例外らしい。


「ふぁ……久々に熟睡したわぁ……」


 大きく伸びて意識を覚醒させる。

 昨夜はジオドール様の好意に甘えて領主邸で一泊することになったけど、流石に使っている寝具が違う。


 俺が部屋を借りてるアパルトメントは麻袋に干し草を詰めたベッドに対して、領主邸の客室に使われているのは羽毛布団。


 地球ならともかく、この世界では貴族・王族しか使わない高級品だ。

 呼び鈴を鳴らして使用人を呼んで食事を用意して貰おうとしたら、折角だからジオドール様を始めとする家族と食事をしていけ、という流れになった。


 但し、奥さん……というか貴族婦人の朝はのんびりしているのでしばらく待って欲しいとのこと。


 じゃあ何してようかと思い、新聞を頼んでみたらすぐ取り寄せてくれた。

 パピルス紙製の新聞を広げて、一緒に持ってきてくれた紅茶を啜りながら字面に目を通す。


『アースランド王国第三王女、セダス王国第五王子と電撃結婚』

『宰相、新たに料理科設立を発表。食文化発展の為にとのことだが真相は?』

『黎明期より続くエルフ国家、レッドドラゴンの災害により陥落する』

『聖凰騎士団、メリビア入り。試練の迷宮攻略を謳うが果たして……』


「ふむ……」


 日本に居た頃、新聞なんて番組欄しか見なかった俺だが整体魔術師として働き、懐に余裕が生まれてからは必ず読むようにしてる。


 理由は……あまりに娯楽が少なすぎるのと、少しでも情報が欲しいから。


「……あ、詰め問題出てる」


 ふと、紙面の端に目を通してみれば盤上ゲームの詰め問題がいくつか記載されてた。


 これは店にやって来た新聞ギルドの関係者が売り上げを伸ばしたいと愚痴を零し、その愚痴が俺のところに回ってきてアドバイスをして、そのアドバイスをキャストが当人にアドバイスをするという……回りくどい経緯があった。


 日本の新聞にも詰め将棋・詰め碁があるし、そもそも盤上ゲームは貴族の嗜みとしてちょいちょい遊ばれてる。


 だったらそれを新聞に載せれば売り上げ上昇に繋がるんじゃないか……という安易な発想から話した。


「先生、食事の用意ができました」

「分かった」


 新聞も丁度いいところまで読み終えたので折りたたんで机に置き、食堂へ向かう。


 俺が一番最後らしく、扉を開ければジオドール様を初め、屋敷の人間が座って俺を待っていた。


「おぉ先生、おはよう。昨晩はよく眠れたかの?」

「はい。久しぶりに熟睡できました」

「そうかそうか。それは何よりじゃ」


 よほど足の怪我が治ったのが嬉しかったのか、ジオドール様はご機嫌だ。

 隣に座る奥さんもニコニコ、店長はやれやれといった感じの苦笑。


「先生、義兄の足についてですがこちらの仕事が終わった後、領主邸に顔を出すということで宜しいですか?」

「えぇ。日程はそちらの都合の付くときで構いません」


 どうせ友達いないし、ネットもないしね。


「ただ、魔力量との兼ね合いもあるので出来れば最低でも一週間は間をおいてくれればこちらとしても助かります」


 領主邸なんて頻繁に出入りしたいとは思わないからこのぐらいでいいだろう。

 魔力との兼ね合いも嘘じゃない。


「あー……そのことなんじゃがな、先生……」

「……?」

「先生の仕事が忙しいというのは重々承知しとるんじゃが……」

「先生、何でも先生の行う“まっさぁじ”というものを受けた人は皆、見違えるほど美しくなるそうですね?」

「……えっと、効果には個人差がありますので断言しかねます」

「ですが、成功例は多いですよね?」


 また、仕事の話だ……。

 出来ればマッサージは男と娼婦以外にはしたくない……いや男にもしたくないけどさ、だって相手は人妻だよ?


 知らない男に肌を晒した挙げ句、ベタベタ触られるのって夫として思うところあるでしょう?


 ましてやブサメンがそんなことしたら……嫌な未来しか想像できない!


「私、以前シャナ……私の妹が経営する娼舘に勤めている女の子達を見たことがありますの。シャナに紹介されるまでやんごとなき生まれのお姫様かと思えるほど美しくて……恥ずかしながら私、彼女達の美貌に嫉妬してしまいましたわ。しかもシャナも店長権限を使って先生から“まっさぁじ”を受けてるとか?」

「姉さん、人聞きの悪いことを言わないで欲しい。私はキチンと自分の私財から先生に報酬を支払っているし、負担にならない程度に配慮している。我を押し通しているのは姉さんの方だと思うよ?」

「それでも! 誰よりも美しくなりたいと思うのはこの世全ての女性の願いだと思いませんか!? あなただって、自分の妻を自慢できるくらい美しくしたい、そうは思いませんこと?」

「まぁ、ジェシカは今でもワシの一番じゃが……」

「その一番が、更に一番になるのですよ?」


 あぁ、朝からステーキを食べられるこの幸せ……下の上でとろけるような歯触りと濃厚な脂と胡椒の風味に五臓六腑に染み渡る味わい……食べたことはないけどレッドドラゴンの肉だろうな。


「先生ほどの逸材を世に出さないのは才能に対する冒涜ですわ。是非とも売り込むべきだと私は思います」

「その意見には私も賛成だけどね、生憎と先生はそこまでやる気がないし、何より貴族を嫌っている。序でに言えば新規で契約を取る場合は必ず私を含めた他店舗の店長達を同席させた上で交渉するようにと契約書に明記してある。一人の商人として、また先生との信頼の為にも約束を反故する訳にはいかないんだ」


 今回の件は事前にキチンと他の店長に話を通していたんだろう……でなければこんなスムーズに拉致──もとい、出張が決まる筈がない。


 あっ、もうステーキ無くなったのか……美味しい食べ物ってどうしてすぐ無くなるんだろう。


「それに、こういうのは秘匿しておくからこそ価値が出ると思わないかい、姉さん?」

「……まぁ、否定はできませんわ」

「夜会の中、一際目立つ存在となり、誰もが羨む美の頂点に立つ……女として興味ないとは言えないだろう?」

「ですが、秘匿が過ぎれば夫の足を引っ張ってしまうのもまた事実ですわ。貴族令嬢の情報網も侮れないものがあるのはシャナもご存知でしょう?」


 主菜も副菜も完食したタイミングで給仕を勤める使用人が紅茶を入れてくれた。

 普通、この手の食事ってマナーとか作法を気にするものだけど武人気質なジオドール様の意向か、それとも初めから俺にそういうのを期待していないのか、そういう雰囲気とは無縁だ。


 現に今も俺を放っておいて議論を交わしている……客人ほっとくとか普通あり得ないよね、俺としては楽でいいけど。


「いや、すまんの先生。妻とパルシャークは仲がよくての」

「いえ、お構いなく。……ところで、領主様は何故体調を崩したのですか? 体内に毒素が入ることなんて滅多にないと思うのですが」


 治療する段階でその点は凄く気になっていた。

 あれじゃあまるで毒素が大気中に漂う空間に長時間居座っていたと言ってるようなものだ。


「うむ、これはここだけの話にして欲しいのじゃが、先日試練の迷宮に潜っての」

「……ジオドール様って領主ですよね?」

「書類仕事は性に合わんからの、大抵のことはアルヴィンに任せてある」

「そ、そうですか……」


 まぁ異世界だし、武闘派の四英雄だしそんなもの……か?


「領主として試練の迷宮を把握しておきたいと思うのは当然じゃろ? それにやはりこういうのは自分の目で確かめんと気が済まない性質でのぉ。キャスパルに言わせればもっと領主としての自覚を持てなどと説教するじゃろうが」


 前置きが少し長くなったが、つまりこういうことだ。

 ジオドール様は迷宮が現れた段階で偵察隊を編成して迷宮の情報を集め、短期決着を望むべく無償でその情報を開示した。


 で、この人が潜ったのは最奥にある試練の迷宮、魔霧の宮殿と名付けられた迷宮だ。


 勿論、昔ほど自由に動けないことは重々承知しているようでお抱えの護衛部隊を引き連れて挑んだそうだ。


 結果は一階層の地形と生息する魔物の把握のみ。

 同行した護衛達も体調を崩し休養中とのこと。


「潜ってしばらく経ってからの、ワシを含めて体調不良を訴える者が続出したんじゃ。もう少し偵察しておきたかったんじゃが嫌な予感がしての、撤退したんじゃが……今思えば恐らく迷宮内に発生しているあの霧は毒霧かも知れぬ」

「なるほど」


 そう考えれば辻褄は合う。

 濃度の薄い毒霧なら一呼吸した程度では何でもないが長時間、潜り続けていれば少しずつ毒素が蓄積していき、最悪の場合死に至る。


 もう嫌な予感がぷんぷんする……。


「先生は戦闘経験はあるかの?」

「一時期、冒険者をしていましたがもう登録は抹消されています」


 ランクが低い間は依頼を受けていない期間が長いと登録を抹消されてしまう。

 元々生活費を稼ぐ為に始めたことだしそっち方面の才能には見切りをつけた。

 未練なんてないし冒険者に混じっても足手纏い扱いされるだけ。


「ほぅ。先生は昔、冒険者をしていたと?」

「初心者に毛が生えた程度です。それに引退直前まで殆どソロで活動していましたので本当に自慢できるような話なんてありません」


 そもそも俺が魔霧の宮殿に挑むパーティ、ないしクランに同行しても足を引っ張るのは目に見えてる。


 足手まといは冒険者にとって忌避すべき物の一つであり、真っ先に切り捨てられる要素の一つだ。


 ソースは強制参加の緊急依頼に二度参加して普通に見捨てられた俺。


「ふむ……。だが、迷宮攻略が滞ればいずれは先生の力が必要になるかも知れぬ。その時はワシとしても領主命令を下さねばならんじゃろう。どうかそのことだけは頭の隅に留めてくれ」

「分かりました……」


 残念ながら領主様の命令に逆らえるほど、俺は気骨のある人間ではない。

 武力チートでも持っていればまた違ったかも知れないがない袖を振っても仕方ない、割り切ろう。


 因みに──

 店長と奥さんの喧々囂々の議論は奥さんに軍配が上がり、次回の診断と合わせて面倒見ることになった。


 尚、帰り際に渡された絹の大袋には金貨と銀貨がぎっしり詰まっていた。

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