呼び出し
街は連日お祭りムードだった──
宵闇の鷹を皮切りに後続組が続々とメリビアに流れ込み、早速攻略された二つの迷宮の祝賀会とばかりに銀貨を町へばらまく。
宇宙の如き胃袋を持つ冒険者が一斉に押し寄せれば食材はみるみるうちに減っていく……飲食関係者はてんてこ舞いだ。
噂の娼婦を抱きに来る冒険者達の中には複数同時を所望する人もいる……キャスト達は連日フル稼働だ。
彼女達が連日の疲れを訴えるなら俺も否応なく昼夜を問わず出動を余儀なくされる……異世界の職場もブラックだった。
そして日本以上に労働基準法がいい加減だ。
「そして感染病の疑いがある、と……」
珍しく店長直々に自宅まで来て念入りに診断して欲しいと頼まれた俺は商売道具を引っ提げて休憩中のキャストの状態をチェックする。
日本の風俗事情と違い、優良風俗店しかないメリビアではとにかくキャストの身体に気を配る……良い事だが俺の身体も気遣って欲しい。
プレイ前には必ず利用客に風呂に入るよう指示して、見習い達に身体を念入りに洗わせる筈……なんだが──
「見習いに不手際があったのでは?」
「かも知れません。再発防止を防ぐ為にも今後はメインキャストにも入ってもらう予定です」
ミスリル製の特注極細針に魔力を通してツボを刺激する。
そうすることで身体に備わっている免疫力・肝機能を劇的に高めて解毒する。
本来なら身体に触れて魔力を流し込んで弾くだけでも充分なんだが、店長自らが頭を下げてまでお願いしてきたのだ。
築いてきた信頼を壊さない為にも雑な仕事はできない。
他にも疲労回復効果のあるツボを刺激することで、即座に後半戦も滞りなく仕事を行える状態に仕上げる。
万全な体調に仕上げるのも異世界整体師の仕事のうちなのだ。
整体魔術師を名乗っておいて、針治療をする整体魔術師……怪しすぎる。
だが、業務内容について一切の異議は受け付けない。
「──はい、処置終了です。お仕事頑張って下さい」
「はぁい、先生ありがとね~」
「おおきにな、先生。今度は仕事やのうてウチと気持ちええコトしよな~」
ひとまず飛び込みで処置しなければならない娘は今ので全部だ。
治療に使った道具を熱湯消毒している間、気を利かせてくれた店員が用意してくれたワインを煽る。
衛生面を考えるなら使い捨てるのが一番なんだけどこのミスリル針は特注で一本一ゴールド──金貨一枚する。
それとなく補足すると銀貨ならシルバ、銅貨はカッパ、そして滅多に使われない白銀貨はバイジンとして数えられる。
処置を終えて、報酬の入った絹袋を受け取って店を出ると入れ替わるようにひと暴れした冒険者二人がやって来た。
「へへ、メリビアに出てきた試練の迷宮も大したことなかったな」
「こりゃ残り三つの迷宮も楽勝だな。楽に稼げて気持ちいコトもできる……今回の仕事は楽に終わりそうだな」
「けどさ、宵闇の鷹はどうなんだ? 進展あったって話全然効かないけど?」
「さぁ……思ってた以上に深い迷宮だったんじゃね? ま、あいつ等ならいつもみたいにパパッとクリアするに決まってるって」
(それはフラグというものだ)
心の中でしっかり冒険者にツッコミを入れて用意された馬車に乗り込む。
普段は徒歩通勤だが今日みたいに緊急でケアして欲しい場合は馬車が用意される。
「次は三等地区ですか?」
「いえ。娼舘での仕事はこれで終わりですが、このまま一等地区へ向かいます」
「……?」
飛び込みで仕事を持ち込まれたときは一等地区の店は挙がってなかったと思ったけど……出張しているのを嗅ぎつけてこれ幸いと滑り込んできた?
いや、娼舘での仕事は終わりと言っていた……じゃあ何だ?
俺の疑問を他所に人ごみを押しのけるように一等地区へ向かう馬車。
もういい時間だし夕飯食べて早く寝たいなーとぼんやり考えている間に目的地へ到着する。
但し、通い慣れた娼館ではなくメリビアを治める領主邸だった。
「帰りてぇ……」
俺の独り言は当然のように聞き流され、馬車は敷地内へ入っていく。
等間隔で植えられた植木と薔薇のアーチが灯火に照らされ、見る者の目を楽しませてくれる──筈なのにちっともそんな気分になれない。
正面門から二○メートルほど進んだところで玄関にたどり着き、執事服に身を包んだ犬耳を生やした獣人族が出迎える。
「ようこそ、おいで下さいました。先生」
ここでも先生なのね。
さり気ない動きで荷物を与ろうとしてきたが商売道具が入っていると言って拒否する。
領主邸ということで入る前にボディチェックを受ける。
平民でさえ自衛手段の一つは当然として持っている世界なので俺も申し訳程度に棒を持ち歩いている。
護身武器を預けて執事の案内の元、屋敷の奥へ進んでいく。
事情も何も説明されないまま連れて来られたのだ、奥へ進むに連れて加速度的に嫌な予感が膨らむ。
「旦那様、先生を連れて参りました」
「うむ。入れ」
そうしてたどり着いた部屋に、俺は通された。
広さは学校の教室ほどあり、よく分からない魔物の皮で作られた絨毯やドラゴンの剥製、ハルバードなんかが壁に飾られている。
そして部屋の最奥にあるベッドの上から上体を起こす──領主様と呼ばれた獣人族と、その隣に座っている妙齢の女の人。
そして二人から一歩引いたところに立っている女神の園の店長。
……メリビアの領主って、獣人だったんだ……権力者なんて近づいてもいいことないから徹底的に避けていたから知らなかったのは当然だけど、ちょっと意外。
「突然呼び出してすまんのぉ、先生……。ワシがこのメリビアを治めるジオドール・シュヴァリエ・ド・アルカークだ。んで、これはワシの妻と義妹だ」
店長、領主様と親戚関係にあったのか……始めて知った。
「妻のアンジェリカですわ、先生」
「改めて自己紹介するよ、先生。アンジェリカの妹・パルシャークよ」
「整体魔術師の白南風です」
本名は白南風清十郎なんだけど異世界風に名乗ればいいし、個人的には白南風の苗字は気に入っているからこっちで通すことが多い。
実家にいい思い出なんてないけど。
「それで、これはどういう状況ですか? 説明もされないまま連れてこられたので少し混乱しているのですが」
「済まないね、段取りを踏まないでこんな真似をして」
本当なら領主様が話を進めなきゃいけない場面なんだろうけど、当人は少しも気にした風もなく、店長に説明を投げている。
「単刀直入に言うと、先生の整体魔術で義兄を治療して欲しいんだ。メリビアにいる治癒魔術師に解毒を依頼したのだが症状を一時的に和らげる程度で効果の程は芳しくない。王宮仕えの治癒魔術師なら或いは治せるかも知れない。しかし、地方都市を治める領主の為に人を派遣してくれるかどうかは微妙なラインだ。加えて……まぁ愉快じゃないから簡単に言うけど、政治的なアレコレもあってね。となると、残された確実な手段はエリクサーぐらいしかないが、あれは王族でも使用制限が設けられている。で、それなら一度先生の整体魔術を試してみようと思ってね」
「あぁ、なるほど……」
権力云々のことは全く分からないけど、一つだけ確かなことがある。
店長は、俺が整体魔術で病気になった娼婦を治療したのを知っていて、それを義兄にぽろりと漏らした。
正確には針でツボを刺激してそこに魔力を送り込んで免疫力を上げて自己治癒を促しただけのこと。
ただ、これは確認……というか領主様への説明も兼ねてこれだけはハッキリと言っておかなければならない。
「私の整体魔術は治癒魔術と比べれば遙かに劣る代物なのは店長もご存知の筈では?」
契約を結ぶ段階で店長にはこのことを話してあるから知らない筈がない。
「勿論知っているさ。先生を呼んだのは……まっ、打てる手は打ちたいってのが理由でね。見た限り、義兄の命に関わるような症状でもないから先生もやるだけやってみて欲しい。……だから、お願いします。どうか、義兄を治して下さい」
「先生、私からもお願いします」
「…………」
生まれてこの方、年上に頭を下げられたことなんてあっただろうか?
もっと偉そうに治せとか言ってくれれば……まぁ思うところもあるかも知れないけど『まぁやるだけやるか……』ていう気持ちで治療できたんだけど……。
いや、どう見ても断れる雰囲気じゃないからちゃんと治療するよ?
するけどさぁ……これ皮切りに面倒な仕事とか来ないよね?