アリスティア
呼びかけられ、振り向けば軽装備で武装したアリスティアさんが立っていた。
聖凰騎士団の団長代理で、普段は冒険者として活動しているが実質、四英雄・クリスティーナ直属の部下と言ってもいい。
冒険者だから別にギルドで見かけても不思議ではないが、彼女が預かっている部隊は冒険者クランというよりも騎士団のそれに近いから、どうしても違和感を感じてしまう。
「こんにちわ」
「アリスティア様、こんにちわ」
「二人ともこんにちわ。それで、何か依頼を出したいようだけど見せて貰える? ……ふぅん、魔法都市に向かうのね。丁度いいわ、私もそっちに用があるから引き受けてもいいわよ」
「メリビアを離れても大丈夫なんですか? 確か聖凰騎士団は陛下から迷宮攻略の依頼を受けていたと思うのですが?」
「確かにそうだけど、あれは元々宵闇の鷹との合同だし、そもそも迷宮攻略は聖凰騎士団の本業じゃないから。私の不在中は副団長に任せればいいから離れる分には問題ないわ。……それにそろそろ拠点に戻ってクリスティーナ様に活動報告しなきゃならない時期だしね」
問題ないのか……まぁ本人がそういうなら信じておこう。
「そうですか。それで、最初の話題に戻りますが護衛依頼の件、引き受けてくれるのは嬉しいのですが、こちらの支払い能力を加味すると報酬を支払えるのは六人までです」
「そうねぇ……じゃあこうしましょう。依頼料は六人分の相場プラス、希望者へのマッサージ。その代わり、行きも帰りもしっかり護衛するわ。勿論、移動中は馬車の中でゆっくりしていていいわ。片道分の出費でクラン全員で道中を護衛して貰えると思えば破格だと思わない?」
ふむ……確かに悪くない条件だ。
商人のように街間を往復するならともかく、護衛依頼は基本的に片道で終わることが多いからどうしても出費がかさむ。
マッサージという手間が掛かるがそれを差し引いても道中は馬車内でのんびり出来るし、片道分の料金で帰りもしっかり護送してくれるとなれば破格の条件と言っていい。
……条件に付け足したのは一部の冒険者達の間ではマッサージが密かに大流行しているのではないかという疑問が残るが、その辺はどうでもいいか。
「分かりました。その条件でお願いします」
「交渉成立ね。それで、何時出発するの?」
「職場への挨拶と仕事のあれこれがありますので……二日後で」
流石に今日はもう遅いからすぐに出発するのは論外。
今日と明日で出来る限りキャスト達の手入れをして、そのまま食料買って……うん、ハードなスケジュールだ。
「それなら私は手頃なメンバーに声を掛けて準備するから。二日後の朝、北門に集合で。……ところで、目的地までお金持ち歩くつもり?」
「うちの近所、あまり治安良くないから」
メリビアに移住した当初は本当に金がなかった。
そのまま引っ越しもせず仕事に明け暮れていたもんだから未だに近所は怖い……浮浪者とか強盗とか。
「意外ね。もっと良いところに住んでいると思ってたんだけど。……そういう事なら私が借りている貸し倉庫に預けなさい。全財産持ち歩いたまま街なんて歩きたくないでしょう?」
「それは、そうですが……」
そこまで甘えてしまっていいのだろうか?
「なら決まりね。どうしても気になるっていうなら仕事で払ってくれればいいわ」
交渉が成立したところでアリスティアさんが個人的に借りている倉庫に金を預けて、一旦別れてから娼舘に向かう。
本来ならサーマルでの滞在期間をしっかり終えてメリビアに戻った後、面倒を見れなかったキャスト達の肌を手入れする筈だったんだがその予定は前倒ししなければならない。
夜の帳が降りて、仕事で精を出し尽くした野郎共が違う精を出しに娼舘へ向かう波に飲まれながら娼舘へ向かう。
「店長、忙しいところすみません」
「いえいえ、他ならぬ先生の為とあらば時間ぐらいいくらでも作りますよ。……ところで、何か問題でも起きたのですかな? メリビアへ戻るのはまだ先だと思っておられましたが」
執務室で仕事をしていた店長と簡単に挨拶を交わし、本題を伝える。
ジオドール様の依頼で急遽、メリビアを離れて魔法都市へ向かわなければならなくなったので今日と明日は仕事を前倒しにしてキャスト全員に総合的な整体魔術を施してケアすること。
貴族にして四英雄直々の依頼、それも同じ四英雄の治療ともなれば断れないのは道理と理解を示した店長は従業員に他店舗にもこの事を伝えるよう使いを出し、キャスト達の予定を組み込むべく予定を聞いておくよう伝える。
「ところで先生、道中の護衛はどうなさるのですか? 国から迷宮攻略を依頼されている宵闇の鷹と交渉でもしたのですか?」
「それについては聖凰騎士団の方が護衛を買って出てくれました。聖凰騎士団の人間なら身元もしっかりしているので安心かと」
「聖凰騎士団か……仕事柄、先生とは相性が悪いかも知れないがあそこは要人警護が得意な冒険者が多いと聞く。まず安心していいだろう。……しかし、最近は先生の価値を知る人間が増えてきてるな。エリオットもそのうちの一人だ」
これ以上、競争相手を増やさないでくれと言外に言っているのだろう。
俺としても好きで自分の能力を露見させた訳じゃないし、本当にこれ以上は自分の力を喧伝するようなことはしたくない……したところで面倒事が増えるだけだし。
(あぁいや、もしかしたらエアル様から何か依頼を頼まれるかもしれん)
長耳族と他種族の仲は険悪ではないが良いものではない。
政治的な関係は知らないが、長耳族は長耳族で森に引きこもって我関せずを通しているし、人間は自国の事で手一杯で、炭坑族に至っては根本的なところで話が合わない。
その時が来たとき、果たして俺は優柔不断な性格に流されず、毅然とした態度で断ることが出来るだろうか?
(今考えても仕方ないか)
どの道、長耳族については先の見通しがろくに立ってない。
今は治療だけして対価を貰う、ビジネスライクな関係で満足しておこう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日は仕事を強行軍で押し進めた。
昨日のうちに面倒見られるキャストには施せるだけの施術を施して、今朝は朝から一人ずつ丹念に手入れをしなければならない。
大変ではあるが、自分が労力を割くことで目に見える結果が得られるというのはやはり気持ちがいいもので、この仕事を続けようと言う気になる。
枝毛がなくなり、パサついた髪が毛先まで補修されて光沢を放つその瞬間。
肌の血色が良くなり、ざらついた肌が玉のように滑らかになる過程。
重い身体を引きずってベッドに横たわっていたキャストが、足取りと一緒に心も軽くなるあの変化。
この仕事は大変だ……大変だけど、やり甲斐がある。
貴族の使いっ走りにされていたらきっとやり甲斐なんて感じず、何処か適当に済ませて面白いことがなくて退屈だー、なんてぶつくさ言いながらふて腐れていたに違いない。
「やっぱり魔力が増えている……」
全員に整体魔術を施し終えるとそれをよく実感できる。
自分の感覚で何となく今なら全員やろうと思えば出来るんじゃないかなーという気持ちはあったけど、本当に出来るとは思わなかった。
出来なければ休憩を挟んで魔力を回復させてから再挑戦するつもりだったんだけど、そもそも魔力って増えるものなのか?
ゲーム的な話になるけど魔術師だって一定数の経験値を蓄積すればレベルが上がって、合わせて能力も上昇していく。
俺が知らないだけで魔力は訓練次第でいくらでも増やせるものかも知れないし、上限が設けられているかも知れない。
仕事を終えた翌日、いつものようにシャルロットに起こされて待ち合わせの北門へ向かう。
アリスティアさんと護衛の人達は既に待機済みだ……やはり異世界人は皆、朝に強い。
「おはよう、二人とも。よく眠れた?」
「えぇ。寝付きは良い方なので」
「なら良かったわ。荷物はそこの収納箱にしまっちゃっていいから」
「ありがとう御座います」
厚意に甘えて収納箱に保存食と着替えの入った旅行鞄をしまう。
アリスティアさんが用意したのは四頭立ての大型馬車、それも目立たない程度に装飾が施された奴だ。
各所に宝石が鏤められているけど、良い馬車は宝石を埋め込み、それを核にして馬車向けの魔術を発動させる装置にしているという話を聞いたことがある。
「……四頭立ての馬車なんて始めて見ました…………」
「だよな。宵闇の鷹が持っている馬車だって二頭立てだし。そもそも四頭立てなんて王族を除けば上級貴族か一部の大商人ぐらいしか持ってないからな」
「この馬車? 一応、クリスティーナ様から貸与されているってことになってるからただの借り物よ」
俺達の会話が聞こえていたらしく、アリスティアさんが訂正する。
「聖凰騎士団ともなると、格が違いますね」
「まぁね。いくら冒険者だって言い張っても私達幹部は皆、クリスティーナ様から直接指導を受けたことがあるからどうしてもクリスティーナ様の弟子っていう目で見られるのよ。それに活動資金も後援という形で貰っている以上、お付き合いは外せないし、有事の際は部下として動かなきゃいけないのよ。そんな人間が見窄らしい格好して、薄汚い馬車なんか使ってたらクリスティーナ様に迷惑が掛かるからその辺も意識する必要があるわね」
「上司が貴族だと色々大変なんですね」
「えぇ、すっごく大変よ。だから身体と心がいつもクタクタ……。何処かにいないかしらね。腕のいいマッサージさん……」
表立っての勧誘ではないが、アリスティアさんも俺の持つ整体魔術が欲しくて仕方ないらしい……クランを束ねる人間ともなればそうした損得勘定も出来ないといけないから気持ちは分かるけど。
「さ、時間も勿体ないし早く乗って。道中は退屈かも知れないけど三日あれば着くから」
馬車で三日か……もう少し掛かると思っていたけど三日ならかなり早い方だ。
アリスティアさんが扉を開け、促されるまま馬車内へ入る。
長旅でも疲れにくく、そのままベッドとしても使えそうな質のいいソファにドライフルーツが収納された棚……何処の王侯貴族の馬車だって言いたくなるような内装だ。
至れり尽くせりとはまさにこのこと……お陰で仕事を全力でしなければならなくなったが、快適な旅を提供してくれると思えば安いものだ。
扉が閉まったのを確認すると馬車が動き出す。
初動は僅かに揺れたものの、移動が始まってからは揺れなんて殆ど感じないのはとてもありがたい。
「そう言えば御主人様、ずっと疑問に思っていたんですが」
「なんだ?」
「魔法都市は魔術の研究が盛んな都市、ですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「それなら魔法都市ではなく魔術都市と名付けられていると思うのですが何故、魔法都市と呼ばれているのでしょうか?」
「さぁ……あまり気にしたことがないな」
言われてみればなるほど、シャルロットの指摘はもっともだ。
魔術研究が盛んな都市でありながら魔法都市を名乗る街……休憩時間が来たらアリスティアさんにでも聞いてみるか。
書きために入ります。