引き受ける
ストックを作る余裕がない。(´・ω・`)
魔力が切れた途端、地獄のような痛みにのたうち回った。
ラノベの主人公達は痛みの中であっても高い集中力をもって凄い技を繰り出すスペックを誇るらしいが、俺には無理だ……具体的には痛みで夜眠れないぐらい痛い。
鎮痛剤もなく、ひたすらベッドの上で脂汗を流しながら耐えて苦しむこと丸二日……ようやくまともに整体魔術を使える状態にまで回復した俺はソッコーで自分に処置を施し二日ぶりの睡眠を貪った。
その間のことは正直、思い出したくない……この歳でシャルロットやキャスト達にボケ老人のように何から何まで世話されるとは思わなかったから。
それから三日目の昼、ようやくまともに動ける程度に回復した頃、意外な人物が部屋を訪れてきた。
「具合はどうじゃ、先生」
「ジオドール様!?」
貿易都市・メリビアを治めている筈の領主様が何故管轄外の街へ?
しかも脇にはお見舞いの品と思われるフルーツ盛りを抱えているけど、強面のせいで違和感が凄い。
「何故、こちらに?」
「闘技場で開かれるイベントの支援者の一人じゃからな。毎年のように招待状が送られてくる訳よ。この時期は丁度先生がこっちに居るというから挨拶がてら立ち寄ってみたんじゃが……何やらえらいことに巻き込まれたようじゃな」
「えぇ。まさか街中で魔物と遭遇するなんて夢にも思ってませんでした」
「それについては現在、責任者が総力を挙げて調査している。本来なら闘技場から魔物が逃げ出すなんて事態は起きてはいけないこと……当分は闘技場も休場せざるを得ないだろう」
そしてそれが購入した銃のお披露目になろうとは、世の中ちょっとハードモードが過ぎるじゃないですか。
イージーなんて贅沢言わないから、せめてノーマルぐらいの難易度で日々を過ごせるのがベターなんだが、無理ですかね?
「それより、怪我の具合はどうじゃ? 必要ならワシの方で治癒魔術師を派遣するよう手配するが?」
「そちらについては大丈夫です。明後日には完治するかと」
「そうか。……さて、ワシもそう長話できんから早速本題に入るとしようか。……手紙での件、引き受けてもらえんか?」
そう言えば出立前に来た手紙……返事出そうと思っていたけど先日の襲撃事件のせいで無駄に時間取られて、結局書けなかったな。
だからこそこうしてジオドール様が直接やって来た、とも言えるが。
「心情的には八:二で受けてもいいと思っています」
「ふむ……残りの二は?」
「予定変更を余儀なくされるからです」
今、手元にある金だけだと色々不安があるから出来れば一度、メリビアに戻って金を回収して、その足でエアル様の経過を見て施術を施しておきたい。
長耳族の問題については出来る範囲で何とかしたいと思っている……恩を売れるからという、分かり易い下心で動いているのは否定しないが。
いくらジオドール様と言えども長耳族の件を持ち出すのは危険なので、定期的に診察している患者がいると、言葉を濁しておく。
「そういうことなら構わん。難病を患っていると言ってもすぐぽっくり逝く訳じゃないからな。……それで先生、報酬の件だが先生は家が欲しいと小耳に挟んでの。ワシからの報酬は先生が目を付けている家で構わんか?」
「そんな簡単に家なんか報酬がわりに用意していいんですか? 大きな買い物だと思いますが」
ジオドール様の爵位は男爵、貴族社会からすれば底辺にいる貴族だ。
懐事情は知らないが領地で得た金の殆どは領地の治安維持に注ぎ込んでいるのは街中を見れば分かる……家一軒とは言え、決して軽はずみに出来る買い物ではない筈だ。
「なぁに、先生には日頃から世話になってるからのぉ。このぐらいはさせてくれ。何ならワシの別荘でも貰うか? 使用人も付けるぞ」
「いえ。街中にある家で充分です」
ただでさえ、俺の家はキャスト達が頻繁に出入りしているんだ。
貴族所有の別荘になんて住んだ日には、そこに住みたいと言い出す娘が確実に出てくる……誰とは言わないが。
「分かった、こちらですぐ手配しよう。娼婦達や護衛で来た冒険者達にはワシの方から伝えておく。すぐ動いてもらえんか?」
どうやらジオドール様にとってはなるべく早く片付けておきたい案件のようだ。
荷物をまとめて、使いの人から経費として銀貨二○枚が支給されたので冒険者ギルドを経由して馬を二頭借りて最速でメリビアへ向かう。
冒険者ランクが低いのでレンタル代がバカにならないが、急ぐに越したことはない。
「そんなっ!? 先生とここでお別れなんて! せ、せめて半日ほどお時間を頂けませんか! 別れを惜しむ時間ぐらいはあるでしょう!?」
去り際、リーラに言い寄られたが緊急事態ということでどうにか納得して貰えた……美少女に別れを引き止められる経験なんて人生初だから戸惑ったけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
強行軍も同然の日程でメリビアに到着したその足で俺たちはエアル様の仮拠点となっている宿へ向かう。
事情を知らないシャルロットには申し訳ないが一人で荷造りをするよう言い聞かせ別れた。
宿へ入るとエアル様と妹のリコリス様が出迎えてくれた。
手短に挨拶を済ませ、治療を受けながらエアル様を中心に互いの近況報告を済ませる。
「私達は先日、外の世界へ飛び出した同胞と接触する機会がありました。協力を得ることは叶いませんでしたが依頼という形で里の様子を知ることが出来ました」
依頼を受けた同胞の話によれば現在、エルフの里には襲撃した魔族の姿は確認されていない。
実際に足を踏み入れて確かめたので間違いないとのこと。
但し、畑は残らず焼かれ、物資は根こそぎ奪われ、里の象徴とも言える世界樹の生命力は二割を切っている。
長く保って一○年、早ければ五年で枯れ果てる。
里内に生き残りはいるが、難民キャンプ状態で食料も治癒術師も全く足りてない……具体的な対策を取ろうにも動ける者がいないのだ。
「私達長耳族にとって世界樹はただの象徴ではありません。里全体を覆う結界の要であり、大地を浄化する装置でもあります。世界樹の管理は私達王族の仕事ですが、我々の力をもってしても数人掛りで取り組む大仕事。延命措置を施すことは可能ですが、その間に根本的な解決策を練らなければ徒労に終わります」
どうしてこんなに懇切丁寧に訊いてもいない現状を部外者に話すのか……そんなの、依頼の前振りに決まっている……顔には出さず黙って話を聞くけど。
「シラハエ様、まだ魔力に余裕はありますか?」
「大丈夫です」
ここ数日、ずっと整体魔術を使い続けてきた影響か、前回行った時よりもスムーズに、そして短時間で仕事を終わらせることが出来た……最初に診た時よりも体調が良かったのも時短に繋がった要因の一つだろうけど。
エアル様はリコリスに『あれを持ってきて』と、短く指示を出す。
受けたリコリス様は窓際においてあった、鉢に植えられた苗木を持ってきた。
「シラハエ様の魔術で、この苗木を治療することは可能ですか? 勿論、対価が必要ならばご用意致します」
「……いえ、このぐらいなら結構です」
軽く植物に触れたところ、普通に治せるので痛んでいる葉と茎を治療する。
人間よりも遙かに内部の構造が単純なので数十秒で終わる作業だ。
ただ、俺の治療行為を見たリコリス様以下、護衛の長耳族達は信じられないものを見たような目を向けている……何か、まずいことでもしたのだろうか?
「人間が、世界樹の苗木を、こうも簡単に治療できるのか……」
「私達でさえ、まともに治療するのに数人掛かりで取り掛かっても数日は掛かるというのに……」
どうやら俺の行動は長耳族達の自尊心を傷付けたらしい。
エアル様、サラッととんでもないこと要求してたのね。
「いずれ、シラハエ様の力をお借りする日が来るかも知れません。……ですが、今はその時では御座いません。各地に散らばった同胞たちとの接触、奴隷狩りに遭った者の救済、生き残った現地の民の不安を払拭する事……今の状態でシラハエ様の協力を仰ぐことは却って混乱を招くだけです。ですから今は、心の片隅に留めるだけで構いません。私は、その時が来たときに、色好い返事が聞けることを願うだけです」
依頼が来ることを覚悟していたがエアル様はあっさり手を引いた。
考えてみれば彼女のように現状を受け入れられる長耳族はとても珍しく、敗戦した今も過去の自尊心に縋り付いている者がいても不思議じゃない。
「……私個人の意見を申せば、一国が抱える問題の解決など、一個人の力では手に余る難題です。申し訳ありませんが、エアル様の期待には応えられないかと」
「それならそれで構いません。あなたは人族……私達の問題に手を貸す理由がない限り、踏み込まない……それが普通です。ただ、もし貴方が世界樹の再生に手を貸して下さるというのであれば、私は如何なる望みも叶えるつもりです」
大きく出たね、エアル様……周りの長耳族達も息を飲んでいるよ。
話が終わったところでネージュに護衛分の依頼料を支払ってから宿屋を出る。
自宅へ戻ると既に旅立ちに必要な荷造りを終えたシャルロットが待機していた。
「……早いな」
「はい。予備の着替えを鞄に詰めるだけですから。後は、食料の購入と貯金の持ち運びだけです」
家を長期空ける事ということは空き巣に狙われる危険が高くなるということ。
メリビアでも、長期間家を留守にしたせいで鍵をこじ開けられ、財産を根こそぎ奪われたという話は珍しくない。
(こういうとき、貨幣ってかさばるから嫌なんだよなぁ)
上位冒険者のように貯金サービスを利用できればいいが、俺には縁のないサービスだ……自分の金は自分で守るしかない。
守ると言えば……道中の護衛を雇う必要があった。
手頃な冒険者がいればいいが、いなければ危険を承知で突っ切るしかない。
(タツヤが冒険者ギルドにいればいいんだけど……)
一縷の望みを掛けて冒険者ギルドへ向かい、真っ先にタツヤの所在を尋ねる。
「タツヤ様でしたら現在、遠征の依頼で出払ってます。僻地での依頼ですのでお戻りになるまで数日は掛かるかと」
「そうですか……」
空気読みやがれ……と、心の中で理不尽に呪詛を吐きながら気持ちを切り替える。
「魔法都市方面への護衛依頼をお願いします。冒険者ランクは個人・パーティ問わずBで、人数の上限は六人。出来るだけ早くお願いします」
「魔法都市方面、ですか。それは難しいかも知れませんね」
「難しい? 何故です?」
「まず、メリビアを拠点としているBランク冒険者は現在、サーマルへの護衛依頼で派遣され、残りはメリビアに残る最後の迷宮攻略へと派遣されてます。攻略まで腰を据えるような日程ですので最短でも三日は掛かると推測します」
最短で三日……依頼人の病状がどの程度か分からないが急ぐに越したことはない、あまり宜しくない展開だ。
「次に、魔法都市という目的地が悪いです。あそこは物価が高く、冒険者向けの依頼も少ないということで護衛依頼であっても、好き好んで行くような人はいない……これが、難しいとお答えた理由です。Cランク冒険者なら幾人かいますが如何なさいます?」
「マジかよ……」
できればBランクに護衛して欲しいところなんだが。
Cランクの冒険者でも道中の護衛としては充分だが、この辺は護衛の経験が全くなかったり、それなりにあったりと当たり外れが大きい。
護衛の経験を抜きにしても戦力面で不安が残るし、何よりモラルが怪しい。
シャルロットのような美少女を前にしてセクハラするなというのは実際、難しいところだ……冒険者という生き物は欲望のまま動くところがある。
何より俺自身、護衛依頼で一度酷い目にあっている……信頼と実績は大事だ。
「護衛依頼を出してるの? 私、手が空いてるから受けてもいいけど」
俺の様子を見るに見かねてか、後ろから呼びかけられた。