閑話・日常のとある風景
しばらくPCから離れてました。
本編ではなく調子を取り戻す意味も兼ねた閑話です。
俺の部屋は狭いとは言わないが広いとも言えない。
数少ない私物を置く為の棚とベッド、汚い床対策に買った大きめのカーペット、そして大人一人が入る程度の押入れが全てだ。
それはシャルロットを買ってからも変わらない……私物を持ち込む奴隷というのも珍しいが、とにかく私物は驚く程少ない。
そう、私物は──
「ねぇ先生、今流行りのお菓子を買ってきたんですけど、如何です? 先生、確かお菓子お好きでしたよね?」
「はぁ……先生の部屋って何故か落ち着くのよねぇ。それにゴロゴロしながら本読むのって先生の言う通り悪くないね」
今、俺の部屋はちょっと凄いことになっている。
女神の園がナンバーワンキャスト・リシェラリアーナが普段着でお菓子をパクつきながらお菓子を勧め、カーペットの上では聖女の後宮がナンバーワンキャスト、アイリーンが薄着でうつ伏せになったり仰向けになったりしながら本を読んでいる。
因みにシャルロットは俺が出した宿題に取り込み中。
元村長の娘というだけあって、字の読み書き程度は出来るが計算については怪しいところがあるのでそこを重点的に教えている。
三人の美少女が俺の部屋で思い思いに過ごすこの風景……目の保養になります、ありがとうございます。
(お陰で二人の私物が増えているけど)
切っ掛けは覚えてない……気が付けば私物を整理する為の棚には頻繁に部屋へ出入りするキャスト達の私物置き場になってしまった。
棚にはマグカップやワイングラス、小説や人形、果ては化粧品など、どれが誰の私物か分からない状況だ。
一応、各段の半分が自分のスペースというルールが設けられているがそれは俺の知ったことではない。
この部屋に来るキャスト達は皆が皆、過ごしたいように過ごして、気づいたら居なくなっている……それがこの部屋の日常だ。
今だってほら、職場から直行してきたと思しき聖女の後宮所属のキャスト・マーガレットがワインとパンの入った籠を抱えてやってきた……常連がこの光景を見たら呪い殺されること間違いなしだ。
「ただいま先生ー! お土産にワインとパン買って来たよ。みんなの分もあるよ」
「あら、いいタイミングですわね。丁度小腹が空いてましたの。シャルロット、あなたも勉強は中断して食事にしたらどうです?」
「では、お言葉に甘えて……」
テキパキと道具を片付けて押し入れにしまってあるテーブルを引っ張り出す。男と美女四人にテーブルが部屋を占領すれば流石に狭くもなるが、人体から発せられる熱のお陰で寒さはいくらかマシになった。
キャスト達はそれぞれ自分のスペースからグラスやコップを取り出す。
「この棚も流石に小さく感じますわね……。そろそろ買い替えましょうか?」
「あ、それ私も思ってた。でも大きすぎると先生の部屋が狭くなるし……少し大きい奴にするとか?」
「それよりもう少し綺麗な奴にしない? 清潔感出す為に真っ白な棚を買うとか」
既にあの棚は俺のではなく彼女達の物へ成り下がっていたらしい。
シャルロットと目を合わせると苦笑いが返ってきたということは、彼女も同じ気持ちだ。
それが嫌かと言えば決して嫌なものではないし、それならそれでハッキリと口に出すしこちらの気持ちを汲み取ってくれる彼女達なら言えばキチンと理解してくれる。
一分としないうちにテーブルは華やかな夕食の席へ変わった。
リーラが小汚いテーブルに何処からか持ち出したフリル付きのテーブルクロスを敷き、シャルロットが持ってきた食器の上にパンを綺麗に並べて、アイリーンは七輪を引っ張り出して食パンっぽいパンを焼いている。
「あれ? アイリーンってパン焼いて食べたっけ?」
「白パンは白パンで好きだよ? だけど今日はジャムもあるから。あれを楽しむならやっぱり焼いて食べるのが一番。……あ、良かったら先生の分も作るけど食べる?」
「頼む」
ジャム……そう言えばアイリーンが来たとき、見慣れない絹袋を手にしていたように見えたけど、あれはジャムの瓶が入っていたのか。
何となく棚の方に目を向ければアイリーンのスペースらしき場所に別のジャム瓶が置かれているのが目に留まった。
「じゃあ、早速食べよっか」
「いただきます」
『いただきます』
俺の後に続く形で四人の声が重なる。
この世界に『いただきます』『ご馳走様』と食前・食後に言う習慣はないが、俺が当たり前のようにしているのに触発されてか、ここで食事をするとき、彼女達は暗黙の了解に従うようにいただきますとご馳走様を口にする。
そんな益体もないことを考えながら隣に座っているリーラに進められるまま、パンを頬張り、合間にワインを流し込んで口を潤し、アイリーンが作った、ジャムがたっぷり塗られた焼きパンにかぶりつく。
食事中でも彼女達は良く話す。
例えばリーラは昨日、豪商の息子の筆卸相手に選ばれたからいつもと勝手が違って大変だった等とぼやけば、そんな贅沢な悩みはナンバーワンだから言えるんだとマーガレットが反論する。
リピーター率の高いアイリーンは今月いっぱいで贔屓にしていた常連がいなくなって、変わりに新規が入るからあまり現状と変わらない、お金払ってでも休み取って先生とイチャイチャしたいと愚痴を零せばリーラが休みは自分で作るものだと諫める。
マーガレットは身請けの話を持ち掛けられて断るのに苦労したと嘆き、二人が納得したように頷く。
「いつも不思議に思うんだが、どうして身請けがそんなに嫌なんだ? 一生食う物に困らないし好きなだけ贅沢できるだろ?」
「私、お金で買える幸福よりも真実の愛に目覚めましたの。それに……先生なら女を長く美しく保てるでしょう?」
「先生のマッサージも理由の一つだけど、先生と居る空間って楽でいいのよ。なんて言うか、居るだけで心地良い場所?」
「あぁ、それ分かる。ギスギスしないし余計な干渉ないからつい入り浸っちゃうんだよね、先生の部屋。でも一番の勝ち組はその先生を独占しているシャルロットちゃんだけどね」
「あ、あの……私はあくまで御主人様の奴隷ですから……。た、確かに御主人様には毎晩のようにご寵愛を頂いてます、けど……」
シャルロット、余計なことは言わなくていい──と、普通なら言うところだが相手がリーラを初めとする気の置けない連中ばかりなので会話が更に盛り上がる。
……食事中にするような話ではないのは認めるが、それでも俺は彼女達が駄弁って過ごす時間も、この賑やかな食卓もいいものと感じられる。
その理由は考えるまでもない……静かなのが好きな癖に一人は寂しい、とてつもなく面倒臭い人間だから。
日本に居た頃も、人の多いところを目的もなく歩いたり、パソコンに取り込んだ音楽を垂れ流すだけで何時間も無為に過ごしたりする俺にとっては、雑音は生活の一部であり、精神安定剤のようなものであり、それは今も変わらない。
(あぁそうか。だから追い出そうって選択肢がないのか)
思えば俺の部屋で入り浸っていた頃は『自分の家があるのになんでわざわざこっち来るんだ?』なんて思ったりしていたし、さり気なく追い返すような言葉も言っていた……ような気もする。
けどそれは本当に最初の頃だけで、居るだけで別に害がないと分かった途端、ここに居てもいい存在になって、そうなった途端部屋に彼女達がいるのが日常の一部となった。
「御主人様、どうなさいました?」
おっと、どうやら考え事しているのが顔に出てしまったようだ。
俺は短く否定して考えていたことを払拭するように満たされた酒を一気に飲み干した。
……食後、二日酔いでシャルロットに介抱されたのはキャスト達には言えない秘密だ。