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デートは魔物と一緒

 一夜明けて、予定通りキャスト達を労いに精を出す俺。

 今日、俺が相手するのはリーゼロッテとフレーズ……女神の園と聖女の後宮で働く絶賛売り込み中の人気キャストだ。


 リーラとアイリーンは夜の部を希望していた……仕事でするのとプライベートでするのは全く別物なんだろうかと思うが、当人達が納得しているならそれでいい。


 細かいことを言えば依頼人でもない俺がこんなことをする理由はないが、キャストは大事な固定客だ、手放す訳にはいかない。


 何より新規の客を取るのが面倒だし、貴族関係の客なんて増やしたくない……今でも充分な収入を得ているし、事業展開する予定もないから今のままで充分だ。


「先生。あれ見に行きませんか? サーマルの女子達に人気の演劇ですって」

「あっちの大道芸も面白そうね……あぁでも! アクセサリー露店も出てるし迷っちゃう!」

「開演まで一時間あるし、そっちは時間をずらせばいいとして……大道芸と露店はどっちかしか見て回れないけど、どうする?」

「うぅ……大道芸も興味あるけど私はもっと綺麗になりたい! だからアクセサリー優先で!」


 こんな感じでキャッキャと騒ぐキャストを宥めながらあちこち振り回される……因みに今日はシャルロットはいない代わりに離れたところからネージュが護衛している……仕事熱心だ。


 店長から遊ぶ金を受け取っているので財布の心配はあまりしなくていい。

 闘竜場近くに出来た、即席の露店通りは早朝であるにも関わらず営業しているところが多い……朝早くから商売熱心だと思うが、こんな朝早くから祭りを楽しもうとする人達を見ると、どれだけウィンターバトルを楽しみにしているんだという気持ちが出てくる。


 ……単純に露店だけが目当てという人もいるかも知れないが。


「アクセサリーがメリビアより安いな」

「先生、知らないの? メリビアには細工職人があまりいないのよ。サーマルから輸入してくるアクセサリーの質が高いし、メリビアで細工師になるぐらいなら鍛冶師になるって人が多いのよ。炭鉱族ドワーフがそういう物に興味ないってのもあるけどね」

「あぁ、なるほど……納得」


 確かに炭鉱族ドワーフは鍛冶職人ってイメージが強いし、作るならとことん実用性を追求した物になるだろう。


 中には装飾に拘る人もいるかもだけど、あくまで装飾に拘るだけであって、細工師になりたい訳ではない。


「お客さん、両手に華とは羨ましいね。そんだけ綺麗な姉ちゃん侍らせてるなら一つ男の甲斐性ってモンを見せたらどうだい? ここにあるのは全部俺が作ったアクセサリーでよ、炭鉱族ドワーフとコネがあるから貴重な金属で作ったアクセサリーなんかも融通してくれるって訳よ!」

「ですって! 先生、是非私に似合うものを見繕って下さらない?」

「ファッションセンスない俺にはハードル高いなぁ……」


 それでもキチンと選ばないと相手に失礼だろうと言い聞かせて風呂敷の上に広げられた商品を吟味する。


 模様が刻まれた銀細工の指輪にミスリルを花型に造形したブローチ、何かの羽毛素材を使った髪留め、美しい絵柄が描かれた櫛、中には宝石らしき物を使った代物まであるが、宝石店で扱っている物と比べてしまえばどうしても見劣りしてしまう。


「プライベートで気軽に使える物がいいよな?」

「勿論。お店でご贔屓様をお相手する時は色々と気を付けなきゃならないからね。送ってくれた服を着るとか」


 恋人でもないのにそんな気遣いをしなきゃならないとか……娼婦って仕事は本当気苦労が絶えない仕事だ。


「なら、これとかどう?」


 数あるアクセサリーの中からまず、俺が選んだのは実用性重視の櫛だ。

 アクセサリー関係は正直、どれを付けても良く似合っている、ぐらいの感想しか言えないが、櫛ならそういうありふれた感想を言わなくてもいいし、長く大事に使ってくれそうな気がする。


「櫛を選ぶなんてちょっと意外。指輪とかそういうの選んでくれると思ったんだけど」

「櫛ならシチュエーションに関係なく使えるし使い込むことで愛着も沸くかなーって、思ったんだけど」

「へぇ……先生ってやっぱり普通の人と着眼点が違うのね。大抵の男だったらこれでもか! てぐらいアクセサリーや服を送ったりするんだけど」

「服だと相手の好みや似合う物を選ばないと印象悪くなるよね? そもそも俺、二人の好み把握していないし」

「先生、こう考えたらどうですか? 似合う服を送るのではなく、脱がせたい服を送るんです。先生だってシャルロットちゃんにそういう服を買って差し上げていますよね?」

「……ノーコメントで」


 御免なさい、バッチリ趣味で服買って御主人様特権発動させてます。

 ひとまず二人が気に入りそうな櫛を選び、店員に金を支払って露店を後にする。

 甲斐性見せろよーという冷やかし混じりの声援を背中で受けながら。


「先生、素敵な贈り物ありがとう御座います。これ、宝物にします」

「いやいや、ちゃんと使ってくれないと贈った意味ないから」


 俺の金じゃないから贈り物とは言えないが……。


「では、大事に使わせてもらいます」


 言いながら、二人は大事そうに櫛を胸の前で抱きしめる。

 今日は露出の少ない服を着ているとは言え、仮にも二人は高級娼舘で活躍する一流キャスト……胸囲バストサイズも一流であるが故に、形の良い胸がむにゅっと潰れる。


 仕事柄、慣れているので釘付けになることはなかったが、すれ違った男は思いっきり見ていた。


 露店は一通り見終えたので予定通り、そのまま劇場へ向かう。

 つい先日、シャルロットと一緒に見た演目と全く同じ演劇が公演されているが、楽しそうに演劇の内容がどんなものか話し合う二人を気遣って沈黙を保つ。


 一度目の時よりも話を客観的に見ているからどうしても話の構成に目が行ってしまうけど、文学や芸術といった分野の人材教育が不十分であることを思えば素晴らしいものだと理解できる。


 現に吟遊詩人が謳う歌もリズムを付けたものではなく、自作の音楽を弦楽器で弾きながら歪曲な表現の少ない詩を読み上げている感じがする。


「結ばれぬ関係と分かっていても逢瀬を止められない二人……はぁ、女なら誰でも胸を突く話よね」

「うーん、身分違いの恋ってところは良かったけど私はもう少し分かりやすい話が好きかな? 近衛騎士に恋したお姫様みたいな? 先生はどっちが好き?」

「お姫様と騎士のラブロマンスかな? 貴族と平民の恋ってなんか想像できない」


 思えば始めて見た恋愛物もお姫様と騎士が登場していたな。

 当然、その物語は世界一著作権が厳しいアレが作っているあの物語だ。

 上映が終わり、人の波が引いてから外へ出る。

 腹時計は早く昼飯を食わせろと訴えているので昼食を取るべく適当な店を探す。


 昼食と言っても祭りの関係上、何処の飲食店も稼ぎ時とばかりに出店を出しているところが多く、その殆どが闘竜場の場内に設けられたスペースか、野外スペースに出店している。


 特に人気の店はコネと資金力を使って場内スペースを確保していることを地元の人間は知っているので早めに場所を確保して、乗り遅れた観光客は場外で談笑しながら食べるのが普通らしい。


 俺達も例に漏れず外でご飯を食べようと思い、空きスペースを探そうと周囲を見渡すものの、どうも周りの空気がおかしい。


「会場で何かあったのかな?」

「人身事故なんて珍しいことじゃないと思うけど……」


 どうも騒ぎの原因は闘竜場内にあるらしい。

 適当な人を捕まえて事情を尋ねようと思った時だった──視界の隅でたむろしていた人溜まりが真っ二つに割れて、そこから魔物が飛び出して来たのが見えた。


 人間と同じ二足歩行するそいつの身長は優に二○○センチを超えている。

 分厚い皮膚に覆われた掌からは全長五○センチ程の、鉛色の剣が生えている……比喩でも何でもない、文字通り剣が生えているのだ。


 俺は基本的に街中で生活する人間だから魔物には詳しくないが、アレがどう見てもヤバい魔物で、その魔物が闘竜場から逃げ出したというのは分かった。


 ……目と目が合った瞬間、向こうが俺を敵と認識したことも。


(あ、ヤバイ……これ下手すると死ぬパターンだ)


 魔物が現れたことで周りで呑気に食事をしていた観光客・地元の人間達はあっという間にパニックに陥る。


 悲鳴と怒声を挙げながら四方八方へ散っていく彼等と違い、魔物は威嚇するように咆吼を上げながら真っ直ぐ俺へと向かって来た。


 距離を取ってこっそり護衛していたネージュは異変を察するや否や、弾かれた矢のように前へ躍り出て魔術を付与した剣をぶつける。


 当然、その隙に俺はリーゼロッテとフレーズの手を引いて逃げる……あんな化け物と戦うのはチート主人公の仕事であり、間違っても俺の仕事じゃない。


(あ、いや駄目だ。逃げるにしても考えないと)


 土地勘のない街で闇雲に逃げたらいずれ袋小路に追い詰められる。

 かと言って迂闊に街中を走り回れば被害を拡大してしまう……そうなれば魔物をトレインさせた罪とか何とかで処罰されるかも知れない。


 だからと言って逃げない選択肢はない……ならいっそ開き直って街中走って冒険者ギルドに駆け込むというのはどうだ?


 短い時間の中で決断した俺は即座に冒険者ギルドへ向かうべく走る。

 だが魔物は俺達を逃がさんとばかりに大きく跳躍すると大通りへの道を封鎖するように派手に着地した。


 ネージュが抑えきれなかった訳じゃない──同じ魔物がもう一匹居たんだ!

 落下速度に体重が上乗せされた衝撃で石畳の路地が爆発四散したかの如く破片が飛び散る。


 同時に、野太い腕がごぉっと、唸りをあげながら迫ってきた。


(あぶねぇ……ッ!)


 咄嗟の判断──としか言えなかった。

 棒立ちしたままでは俺もろとも、二人のキャストも巻き込まれる。

 かと言って防御するだけの膂力も技術も俺にはない。


 考えて行動した訳じゃない……気が付けば身体は当たり前のように二人を力任せに突き飛ばし、その代償として俺の身体は木っ端のように宙へ放り出された。


「先生……っ!?」


 リーゼロッテが叫び、フレーズが顔を真っ青にしているのが見えた。

 放り出された身体は運良く花壇に落ちたので即死は免れたものの、身体がバラバラになったような痛みが襲う。


 即座に整体魔術を発動……痛みを感知する神経を全て遮断して破壊された組織の再生を開始……今日中には治るが、その間はずっと魔力を流しっぱなしでなければならない。


(けど、それもこれも生きていればこその話だ)


 目の前には刃を掌から生やした化け物が近づいている……ぶっつけ本番もいいところだが、試すだけ試すしかない。


 懐から買ったばかりのリボルバーを取り出し、弾に魔力を込める。

 ガーディアンゴーレムの時、ミスリル針に相手を即死される魔力の毒をイメージしてそれを流し込んだ経験があるから今回もそれと同じことをすればいい。


 問題はあの固そうな皮膚だ。

 普通にやっていたら弾かれるかも知れない、無駄撃ちだけは避けなければ。


(ギリギリまで引き付けて直接体内に撃ち込めそうなポイントに弾を撃つ)


 候補は目と口、或いは睾丸や尻穴……そこなら弾も入りやすいと見た。

 目は的が小さいから論外、口は身長差の関係で没。

 必然的に、候補が下半身に絞られた。


(殴られた場所が肩じゃなくて腹だったら終わってたな)


 例え痛みを遮断しても肋骨が肺に刺されば動き回ることなんて出来る訳がない。

 腕に当たったとしてもその衝撃でやっぱり肋骨が折れて肺や内臓に突き刺さったかも知れない。


 肩を掠めただけなのは本当に運が良かったとしか言いようがない……それでも肩が砕けて片腕が全く動かないが、整体魔術をフルに使えば破壊された骨や肉は勿論、血液だって再生可能だ……再生速度がくっそ遅いっていう欠点さえなければ最高なんだが。


 巨大な化け物が刃を突き立てるように腕を突き出してきた。

 俺は前へ飛び込むようにその一撃を回避すると同時に足下へ潜り込む。

 狙いは肛門だ……凄く嫌な標的だが、命が掛かってるんだ、贅沢は言うまい。

 一撃で命を奪うような猛毒の魔力を弾に乗せて、引き金を引き絞る。


 火薬ではなく、魔力によって撃ち出された弾丸は音を立てることもなく亜音速で射出され、見事に肛門へ突き刺さった。


 真上から魔物のくぐもった声が聞こえる……そして次の瞬間、魔物は前のめりになって倒れ込む……倒した、のだろうか?


(いやいや、ここで余裕こいて確認するとかないから。すぐ逃げるから)


 出来れば本当に死んでいるかどうか確認したいところだが、そんな度胸のない俺はすぐにその場を後にする。


「シラハエ殿……ッ! その肩の怪我……」


 ネージュと合流すると、彼女は驚いた表情のまま肩口へと視線をやる。

 釣られてみれば……うわっ、骨が剥き出しになってる……完全に痛覚遮断していたし、見る余裕なんてなかったから分からなかったけど悲惨過ぎる。


 雑菌とかも酷いことになっているだろうし、こりゃ雑菌対策優先でやるべきかも知れない……あぁ、こりゃ完治するのに時間かかるな。


「少し派手に怪我したが問題ない。それより、リーゼロッテとフレーズ……一緒に居た女の子二人を回収して安全な場所に逃げよう」

「わ、分かった……。シラハエ殿、安全な場所に移動するまでどうか耐えて欲しい。道中の安全は私が責任を持つ」


 こうして俺達のデートは、最悪の形で幕を閉じた。

魔物のケツに銃弾ぶっぱなした主人公はこいつぐらいだと思う。

でも良く考えたら死んだら……ほら、アレがアレになって大変なことになるんじゃないだろうか?

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