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ウィンターバトル

登場人物欄を更新しました。

 リボルバーを買ったついでに性能テストをしようと思い立ち、闘竜場へ行こうと思ったが、装弾数はたったの五発しかない。


 俺のメンタル程度じゃ大会に出て恥を掻くような事態になったら一晩中枕を濡らして数日は引きこもるに違いない。


 このまま目的もなくぷらぷら街を散策するか、それとも宿屋に戻ってだらだら過ごすか考えること数分──俺達はネージュとシャルロットの希望で冒険者ギルドの訓練施設で過ごすことにした。


 ネージュもシャルロットもギルドには登録していないので本来は利用できない筈だが、ギルドマスターが強権を発動させて許可を出した。


「良い戦士の戦いを見せるのも悪くない。何より女に負けてられるかと、彼等の闘争心を煽ることが……できるといいなぁ」


 などと供述していたが、俺には関係ない話だ。


「一日サボると取り戻すのに三日掛かる」

「いざという時、御主人様をお守りできなければ私の存在価値が消えそうです」


 ネージュもシャルロットも大変勤勉であられる。

 特にシャルロットの言葉には必死さが感じられた。


 家事仕事は大分慣れてきたが料理や学問、知識では未だに俺が優位……彼女が俺に勝てる分野といえば掃除と愛想、そして戦闘術ぐらいだ。


 長い棒を持って稽古したら三○秒も保たず負けたのは記憶に新しい……ついでに自分から誘っておきながら主人に手を挙げたという無茶な口実でたっぷりお仕置きしてやった。


 それはさておき……訓練する二人から逃げるように俺はギルドの隅に陣取り、本を読んでいる。


 訓練所に居たら凄い嫉妬の視線突き付けられるからな。

 ネージュの強さは先日の一件で知れ渡っているみたいだし、何かあっても大抵の事態は問題なく切り抜けられる筈。


 パラパラと本を適当に流し読みしていると、不意に肩を叩かれた。

 振り向けば昨日、知り合ったカティアとセバスが立っていた。


「こんにちわ。もしかして暇?」

「えぇ。予定が変わって夕方まで暇になりました。……昨日の続きですか?」

「勿論! 早速お願いしていい?」


 無駄話はせず、昨日と同じようにカティアが傷跡に悩む患者を集めて、俺が治療してカティアがそれを見て盗む。


 こういう技術は秘匿されるのが相場だが、技術そのものは別に秘匿しようとは思っていないし盗めるならどうぞ盗んで下さいというスタンスでいる。


 この技術が広まれば俺の負担もいくらか減るだろうから、技術そのものが広まるのは悪いことではない……積極的に普及活動しようなどとは思わないが。


 今回もカティアは傷跡に悩む女性を中心に連れてきた。

 これがキャスト達の依頼であれば肌と髪の手入れ、内蔵機能の回復、体型の維持、老廃物の排出、その他諸々の作業が待っているがこっちは傷跡を消すだけでいい分、手間が掛からない。


 キャスト達と同じように美しくしない理由は単純に堅気の町娘にそこまでする義理を感じないから。


 黙っていても結婚できる町娘と違って、キャストの婚活は本当に大変だ──ともすれば一生を独身で終える場合もある。


(まぁ俺が手がけたキャスト達に限って言えばそうでもないけど)


 そんな益体もないことを考えながら黙々と傷跡を消す。

 何か喋ればいいと思ったけど、ただの町娘と口を利くのはかなり久しぶり過ぎて何を話せばいいか分からない。


 キャスト達は向こうから話を振ってくるから楽でいいのに……いや、俺みたいな男に話しかけられてもウザいと思われるだけだ、黙って仕事しよう。


「ねぇあなた、もしかして流れの冒険者?」


 五人目の女性に整体魔術を施したとき、いきなり相手から話しかけてきた。

 カティアは習得に集中しているが会話の内容は気になるようで、猫のようにピクピクと耳が動いている──ように見えた。


「いえ。昔は冒険者ギルドに所属していましたが依頼を受けていない期間が長かったので登録を抹消された一般人です」

「だったら都合がいいわ。ねぇ、私に雇われない? お金の心配ならさせないから……どう?」

「私の能力を評価してくれるのは嬉しいですが生憎、勤め先との契約がありますので移籍は諦めて下さい」

「そんなこと言わずにさぁ……どう、これくらい出すわよ?」


 そう言って指を五本立てて見せたが具体的な金額を言わない辺り、不信感が強まった……銀貨と勘違いされて実際には銅貨だったりする可能性もある。


 話を振ってきた女性は適当にあしらい、傷跡が消えた後は丁重にお帰り願った。


「ねぇ、さっきの人じゃないけど雇用先で何か不満とかない? 私の家なら大抵のことは解決できるし好待遇で雇うわよ?」

「隔日出勤なら言うことないかな。それで月給二○シルバ以上なら尚良し。休日は絶対休むし仕事もいれない環境が最低条件。休日出勤とか本当嫌だ」

「……流石にその条件は舐めすぎよ。半月に一度の休暇なら?」

「なら今の職場の方がいい」


 この世界の住人は安息日以外は基本、働きっぱなしだ。

 安息日というのは月に一度訪れる休日で、この日は酒場も食堂も例外なく休業日となる……ブラックでない限り週一の休みが基本の環境で育った身としてはちょっと信じられない。


 なので俺は緊急の依頼が入らない限りは自発的に休みを設けて、その日は断固として仕事を入れない姿勢を貫いてる。


 店長もその辺は認めているし、シャルロットはそもそも奴隷なので主人の方針に異を唱えたりしないどころか、積極的にお世話をしてくれる。


「勿体ないわね。そんなに凄い能力持っているならそれを活かそうって思わないの?」

「俺はその辺の俗物と変わらないって。自分の利益優先で動くし面倒なことはやりたくないし、貴族だって好きじゃない。……次の人、どうぞ」

「傷跡の治療はさっきの人で終わりよ。意外と少ないものね」


 今の人で終わりか……もっと沢山いるものだと思っていたから拍子抜けだ。

 魔力にも余裕があるし、体感だとあと一○人はいける。


「ねぇ、良かったらご飯でも食べに行かない? 美味しいお店知ってるから」

「済まないがそろそろ帰らないとまずい。夕方には一度顔を出さないといけないから」


 キャスト達と予定という名の埋め合わせをしなきゃならないしな。


「そう、残念ね。……そう言えば明日から闘竜場でウィンターバトルっていうお祭りあるの知ってる?」

「いや、それは知らないな。どんな祭りだ?」


 そう尋ねると、カティアは丁寧に説明してくれた。

 サーマルに在住している貴族の中には闘竜場の運営に関わる魔物使いがいて、その貴族が先日、大量の魔物を生け捕りにしたとのこと。


 冬の間は自然と冒険者向けの依頼が少なくなり、街全体の活気も落ち込む。

 何より冬のサーマルに留まる冒険者というのは殊の外少なく、防衛戦力の低下は勿論、街の活性化にも影響が出る。


 なので魔物と冒険者との真剣勝負を見世物にして街を活性化させると同時に試合に勝った冒険者に報奨金を支払うことで、経済を活性化させようということで、この時期になると件の貴族は多少無理をしてでも魔物を捕まえてくるらしい。


 例年なら駆け出し冒険者の救済措置的な意味も兼ねて、駆け出しパーティが相手するには充分な魔物を中心に、ドレイクをメインイベントに置いて会場を盛り上げるそうだが、今年のメインイベントはバジリスクが来るそうだ。


 金欠の駆け出し冒険者達は日頃相手にする魔物を倒すだけでそれなりの賞金が貰えるからこの時期は絶対に外さないし、メインが目当ての中堅冒険者は賞金に加えて、魔物によってはレア素材をごっそり頂ける。


 冒険者ギルドや騎士団関係者は直に魔物と戦う冒険者を視られるので優秀な人材をスカウトする……お祭りとして街を活性化させるだけでなく、スカウトの場でもあるので結構な人が集まる。


 しかも祭りが開催されている間は闘竜場周辺の場所代は売り上げの一パーセントという大盤振る舞い……主催者側は完全に赤字経営だが、運営に関わっている関係者は特に何とも思ってないらしい。


 ここで生まれた赤字は容易に補填できるし年に一度の赤字程度で経営が傾くほど経済体力がない訳でもない。


 何より歓楽の街と称される街でそんなケチなことをすれば街で鎬を削り合う同業者に舐められるらしい……根っからの庶民気質の俺にはイマイチ分からない感覚だが、当事者にとっては大事なことらしい。


「詳しいですね……実は関係者だったりしますか?」

「怪我の治療とかで治癒魔術師にも出番あるからね。裏方だけど毎年参加してるの。もし時間があったら見に来てね」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「シャルロットさん、俺と付き合ってくれ!」

「貴方より修行の方が大事です」


 俺が冒険者ギルドで彼女を目撃したのは本当に偶然だった。

 冬ごもりしている筈のオーガが村の近くに現れたということで現場に向かい、成功報告を受付で済ませた時、天使がやってきた。


 なんて表現したらいいか分からないが、ハッキリしているのは町娘どころか、美しく着飾った貴族令嬢でさえも、彼女の素の美貌には叶わないということ。


 着慣れた私服に背負った槍……平民としても、冒険者としても質素な格好ではあるが、それさえも彼女の美を引き立てる要素として機能しているように見える。


 ──だからこそ、首に付いてる無骨な首輪の存在が異様だ。


 首輪を付けている身分と言えば奴隷以外、あり得ない……王国法でも奴隷には差別化を図る為に首輪の着用が義務付けられている。


 あんなに美しい女性が、奴隷だなんて……きっと毎晩のように彼女の身体は蹂躙され、夜な夜な涙を流し、それでも気丈に振る舞い奴隷としての責務を全うしている……そんな彼女の生活を思えば義侠心が湧くのは当然。


 思い立てば吉日……早速俺は彼女に告白した。

 そして、冒頭に繋がる。


「なぁ、どうせ命令されてやってるんだろう? 主人の不興を買いそうで怖いなら大丈夫だって。俺、こう見えても貴族だし周りの連中も逆らえないからさ。奴隷ぐらしなんかより俺と付き合う方が絶対楽しいって。毎日暖かい食事は食えるし、綺麗な洋服だって好きなだけ買って上げるからさ」

「修行がありますので」


 何度も食い下がってみたけど、彼女は一向に靡く素振りを見せない。

 おかしい……大抵の女は笑顔を見せればイチコロなのに見向きもされないなんて……しかもやたら強そうな女剣士に睨まれて追い出されたので遠くから眺めることにした。


 シャルロットさんは槍使い……それもかなり上等な武器を与えられている。

 飾りのない、性能重視の武器を好む冒険者の武器とは違う、明らかに貴族に贈呈する為に特注で作られた槍だ。


(没落貴族? でもあんな娘、社交界で会えば絶対忘れないのに)


 もしかしたら帝国貴族の生まれかも知れない……あんなに美しい娘がいれば例え合ったことがなかったとしても、噂ぐらいは耳に入ってくる。


 俺には武器の心得がないから槍捌きがどの程度のものなのか分からなかったが、付きそうように一緒にいる女剣士から色々言われている辺り、まだ未熟なのは分かった。


 そんな感じで訓練用の案山子を突き、或いは女剣士と模擬戦をして過ごすこと二時間……全身から球のような汗を浮かべたまま片付けをする。


 汗を掻く美少女も絵になるな……うん。

 だがまずはシャルロットさんの居場所と主人を把握しなければならない……そう、これは尾行ではなく素行調査……貴族に与えられた特権だ。


「お待たせしました、御主人様」


 御主人様……シャルロットさんが恭しく頭を下げる人物を見たとき、思わず目を見開いた。


 あんなに美しい女を奴隷として侍らせているのだ、さぞ趣味の悪い成金か高貴な人間のどちらかを予想していたが、シャルロットさんの主人はそのどちらでもない、黒髪に平たい顔をした冴えない男ではないか!


 これは天の采配ミスだ。

 あのような凡人が美少女奴隷を侍らすなど、あってはならない!

 彼女のような女性は、俺のような貴公子にこそ相応しいのだ。


 こっそりと素行調査を続けてシャルロットさんの跡を付け、T字路に差し掛かったところで女剣士は反対方向へ行った……彼女は友人枠らしい。


 あの剣士もなかなか美しいが、自分より強い女なんて要らないし、頭だって下げたくない。


 女王陛下のような例外は仕方ないにしても、女は黙って男の言うことに従っていればいいんだ……そうすれば幸せにしてやるというのに。


「声を出すな」

「……っ」


 喉元まで声が出そうになったけど、喉が硬直して声は出なかった。

 いつの間にか俺に背後には人がいて、喉笛にナイフの切っ先を突き付けられていただけでなく、訳も分からないまま細い路地に連れ込まれてしまった……ナイフを突き付けられたまま。


「一度しか言わない。その賢い頭でしっかり理解しろ」


 低く、相手を威圧する声だったから最初は気付かなかったけど、この声は聞き覚えがあった……シャルロットさんと一緒にいた女剣士だ。


「シャルロットにしつこく付きまとっていた男だと気付いてる。ギルドからずっと尾行していたのも知ってる。何者か詮索させたくなければ……痛い思いをしたくなければ振り向かず来た道を引き返せ。分かったらゆっくり動け」


 あ、これはヤバい……逆らったら殺されるパターンだ。

 素行調査が中断されたのは残念だけど俺だって命は惜しい、業腹だがここは無礼者の言う通り諦めるしかない。


(だが、そう簡単に諦める俺じゃない!)


 顔はしっかり覚えた。

 要は男を殺して強制的に奴隷から解放すればいい訳だ。


 誰だって奴隷暮らしは嫌に決まっている……だから俺が極悪非道な御主人様を華麗に殺してやれば流石のシャルロットちゃんも目を覚ますに違いない。


 問題は犯行手段だ。

 いくら俺が貴族だからって大っぴらに人を殺すのはまずい……クソ、何で俺は跡取りとして生まれなかったんだ。


 だが、心算はある……俺の力を使った犯行だ。

 先日、級にやってきた討伐依頼……そこでイイモノを見つけた俺は密かにそれを手に入れた。


 お披露目する機会もあるが丁度いい、明日は祭りだ……あの男も間違いなく闘竜場にやって来る……その時がチャンスだ。


(待ってろよ極悪人……シャルロットさんは必ず俺が手に入れて見せる!)


 抑えきれない口元の笑みを浮かべながら、俺は早速準備に取り掛かった。


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