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街へ出よう

「んっ……御主人様、お早う御座います」

「んー……おはよ」


 今朝もいつものようにシャルロットのキスで目覚める。

 最初の頃は眠気も一発で吹き飛ぶぐらい興奮したが耐性が付いた今では夢の世界から意識が覚醒する程度で、日本に居た頃と同じように低血圧と眠気、そして寒さとの格闘が始まる。


 シャルロットもその辺はしっかり心得ているようで、寝間着の下へ腕を侵入させると両手を背中に回してぴたりと身体を密着させて素肌同士を擦り合わせるように背中をさする。


 基礎体温の高いシャルロットは冬でも指先まで温かいので人間湯たんぽみたいで暖かい……それに密着というのもポイントが高い。


「ぁんっ……」


 で、密着するとちょっと、こうね……スキンシップを取りたくなるのよ。

 と言ってもキスしたりふぅーって耳に息吹いたりあちこちお触りする程度に留める……連れ込み宿でもないからね。


 身体のあちこちを触られているシャルロットは抵抗する意思を見せない──どころか、サービス精神溢れまくりでやりやすいよう微妙に身体の位置を調整したり、動物が臭いを擦り付けるようにすりすりしたりしてくる。


 やはりシャルロットの素肌は気持ちいい。

 白魚のような指先に白磁のような艶やかで、それでいてぷるんとした肌……我ながら最高の仕上がり具合だ。


 そう、これは毎朝身体の何処かに不具合がないかどうか逐一チェックしているから行為そのものは全く問題ではない。


 たっぷり時間を掛けてスキンシップしてようやく朦朧としていた意識が少しずつ覚醒していく。


 俺の寝起きの悪さを例えるならSSD搭載のPCとブラウン管時代のPCぐらいの開きがある。


 だから意識がはっきりしたところでもう一度、味わうように唇を重ね、舌を絡ませるのが朝の日課なのだ。


「……っ、はぁ……。おはよう、シャルロット」

「んんっ……。おはよう、御座います……」


 小さな波の余韻に浸りながらも挨拶をする彼女は最高にエロい。

 こればかりはキャスト達には出せないモノがある、何せシャルロットは俺以外の男を知らないからな。


 朝のスキンシップが終わったところで綺麗に折り畳まれた服を受け取って私服に着替える。


 今日はリーラ達が取引先の舘から戻ってくる日だ。

 事前に予定を空けていて欲しいと頼まれていたから予定を入れる訳にはいかない……彼女達の努力に報いる為にも。


 シャルロットと一緒に食堂へ向かい、従業員に朝限定のセットメニューを頼む。

 護衛の冒険者達の姿は見えない……が、他の宿泊客の姿はチラホラ見える。


 そして男連中は決まったようにシャルロットに目を奪われ、彼女が奴隷であることに気付きその主たる俺へ嫉妬や軽蔑、そして殺意を向ける。


 この世界では奴隷は立派な合法の筈なのに何故軽蔑されるのか?

 その答えはとても簡単……フツメンに過ぎない俺が美しい奴隷を侍らせているという事実を、都合のいい頭が拒否しているバカが多いからだ。


 あれか、男って奴は美少女奴隷を見ると彼女を救えるのは自分しかいないとか、そういう設定を信じ込んじゃうのか?


(それでもここの連中は絡んでこないだけ幾分マシだけど)


 俺もシャルロットも、周りの視線には気付かない振りをして黙々とパンとスープを平らげる。


 貴族上がりの冒険者、もしくは浅慮な冒険者であれば理不尽な言いがかりを付けて来るのが常だが俺たちが利用している宿は敷居が高いのでそういう輩はいない。


 朝食を平らげ、二人でとりとめのない話をして時間を潰していると、出入り口の方からパタパタと誰かが小走りで駆け寄ってくる気配を感じた。


「先生……っ!」


 振り向けば予想通り、綺麗に着飾ったリーラが周囲の目を気にすることなく一直線に駆け寄ってくるとバッと飛び付いてきた。


 ここで避けたら面白いだろうなーと、ちょっとだけ悪魔の俺が囁くが流石にそれは可哀相なのでしっかり受け止めてやる。


「お疲れ様。大変だっただろう?」

「えぇ、もう大変なんてものではありませんでしたわ。えぇ、それはもう地元メリビアでお相手するゲストの方が紳士に見えるくらい酷い人でした」

「でもその甲斐あって交渉の方はバッチリだったわ。あの苦痛に満ちた時間が無駄にならなくて本当良かったわ!」


 いつの間にか横にはアイリーンが腕を絡ませ、こてんと頭を肩に乗せながら甘えていた……ただでさえ威圧的だった周りの視線が更に鋭くなっていく。


「あのクソハゲの弱味もバッチリ握れたし……そうよね、リシェラリアーナ?」

「えぇ……とてもいい話が聞けましたし、何より男として終わってしまうと言っても過言ではない趣味に目覚めさせましたから……ふふっ」


 怖い、怖いよ二人とも!

 リーラとアイリーンだけじゃない──接客という交渉に臨んだ他のキャスト達も似たような目をしている……どんな責め苦にあったんだ、ボールドネス。


「そうか、頑張ったなお前達。……それで、仕事上がりってことはいつもみたいにマッサージか?」

「えぇ、是非お願いしますわ。……と言いましても私達、ほぼ夜通し起きてましたのでそのまま寝入ってしまうかも知れませんが……」

「疲れているから仕方ないさ。それを見越して明日は時間作ってあるから今日はゆっくりするといい。疲れが残らないくらい徹底的に癒すから」

「ありがとう。先生のそういうところ、私好きだよ?」

「あら。好き程度で先生に近づこうというの? 私は愛していますから二番目・・・は身を弁えて下さらない?」

三番目・・・ともなれば立場を維持するのって大変なのね……同情するわ」


 ……あれ、なんでいきなりギスギスした空気になるの?

 女神の園と聖女の後宮……共にナンバーワンを競い合う関係だからこそ、ふとした切っ掛けでこんな風になるのか?


 どっちしろ男の俺がいくら考えても分からないことか。


「二人とも、ひとまず部屋へ移動しないか? 他のキャスト達が困っている」

「そうね。続きは後でじっくりしましょう」


 そんなことしなくていい──そう言いたくてもその場の空気に押されて言えなかった俺は決してヘタレではないと断言しておく。


 キャスト達が借りている部屋を訪れて一人ずつ、全身の疲労を丁寧に取り除き、身体に染みついた不潔な物を払うように毛の先から爪先に至るまで綺麗に磨き上げる。


 本当はそこまでする必要はないと思うが、そういう効果があると強く思い込んでやればやられる側の人もそういうものだと信じる。


 人の思い込みの力は時として病気を治癒してしまう……だからこういう行為も決して無駄ではない……筈。


 キャスト全員分のマッサージを終えてから今日はどう過ごそうかと考えたところで、武器屋巡りをしてみようと思い立った。


 ジオドール様の依頼は受けることにしたし、それなら最低限でも身を守る防具は必要になるだろう……特にシャルロットの分とか。


「シャルロット、これから店を回って防具を見繕うと思うんだが、どうだ?」

「防具ですか? 私は今のままでも充分ですが……」

「それでもだ。いい防具があればすぐに乗り換えるべきだし、籠手や脛当てはまだ買ってないだろう?」


 ついでに言えば、ミスリル針なんかが手に入ればいいなー……なんて思っているが、それは別に今日である必要はない。


「分かりました。すぐ支度しますので少々お待ち下さい」

「分かった」


 予定が決まったところの槍と防具を取りに部屋へ戻るシャルロットを見送ってからキャスト達と同じタイミングで戻って来たギルドマスターを捕まえて報酬の催促をする。


 ゲームでお馴染みのアイテムボックスや何でも入る袋的なものがあればいいんだが残念ながらどちらも俺にはない。


 しかも個人財産はもはや日常的に持ち歩ける量ではないので娼館の金庫室を借りてそこに預けてある。


 ついでにこの街でお薦めの武具屋がないかどうか訊いてみる。


「質のいい防具、もしくはミスリル製の極細針を売ってくれる店か。流石のワシも余所の街の店となると怪しくなるな。王都や帝都のようなところであれば心当たりがあるんじゃが……」

「そうですか……」

「うむ。スマン──いや待て。後者については少し心当たりがあるぞ。確か……そうだ、奴がいたな! 鍛冶職人ではあるが自分が気に入ったと思う人にしか武器も防具も卸さないわ、ヘンテコな武器に強い拘りを抱いている点を除けば……腕は確かだ。手先が器用だからもしかすると作ってくれるかも知れない」


 ガッシュさんによるとその職人は昔、ガッシュさんとパーティを組んでいた元冒険者で、攻撃専門の魔術師らしい。


 魔術師であるにも関わらず研究よりも物作りが好きという、かなりの変わり者で引退後はサーマルの商業区に自分の店を持ち、利益無視で好き勝手に商売してるらしい。


(話を聞く限り炭鉱族ドワーフのように聞こえるけど、違うのかな?)


 そもそも炭鉱族ドワーフは種族的な特徴で魔術の才能が人間より乏しい。

 中には魔術を仕える炭鉱族ドワーフもいるが、彼等にとって魔術は無理して覚える必要のない物、という認識でしかない。


「店を持ってると言っても表向きは金物屋だ。ワシの紹介状があれば多分大丈夫だと思うが……気に入られなかったら、諦めてくれ」


 紹介状を書きながらガッシュさんはそう説明してくれた。

 友人宛ということで正式な文書とは程遠いかも知れないが、相手にキチンと伝わればそれはもう何でもいい。


 紹介状を受け取り、店の場所を教えてもらい頭の地図にしっかりインプットしたタイミングで、武装したシャルロットとネージュが降りてきた。


 このタイミングでネージュが来たということは、今まで寝ていたのかも知れない。


「お待たせしました」

「済まない……準備に手間取った」

「いや、いいよ。んじゃ行くか」


 シャルロットとネージュを連れて街へ降り立つ。

 メリビアであるなら手を繋いでデート気分を味わうところだが、今は知らない街に居るということで自重している。


 一般の人間が働いている時間帯だからか、表通りは人が少なく、たまに冒険者とすれ違う程度だが特にトラブルは起きない。


 メリビアは迷宮が出現する前であっても一年中、通りが人で溢れかえっているし、労働者が荷車を引く姿がチラホラ見えるのに対して、こちらはそういうのが殆ど見当たらない。


 後で知った話だがサーマルの主な仕事は外壁の補強工事でそっちに人が流れていくから昼時と夕方を除いた時間帯は必然的に人が少なくなるそうだ。


「静かで過ごしやすいな」


 人口密度とかも関係していると思うけど、メリビアはよく言えば賑やか、悪く言えば五月蠅い、そんな街だ。


 冬季に入れば何処の街も静かになるがメリビアにはまだ魔剣の迷宮が残っている──野外活動をしなくても実入りのいい仕事はいくらでもあるし、出稼ぎでやってきた農夫達も今年は給金のいい仕事にありつけるってことで労働意欲が高い。


 供給過多になるのではと思うかも知れないが、所詮は迷宮という、限られた空間から出てくる……工場のような生産力はないから市場価格にそこまで影響が出る訳ではない。


「そうですね。メリビアは何かと五月蠅い街ですから。ただ、静かすぎて少し寂しい気もしますけど」

「神経質な人間が多い学者様にはいいかも知れないけどな」

「そうですね。でも御主人様としてはメリビアの方が住みやすいと思ってますよね?」

「まぁね。新鮮な魚介類がいつでも食べられるってところは大きいし、肉だって普通に市場で買えるからな。それに騎士も巡回しているから治安もそう悪くはない」


 やはり四英雄のお膝元というだけあって、メリビアは治安がいい……日本と同レベルなら文句はなかったが、異世界にその水準を求めるのは酷というものだ。


「問題の店は確か……金物屋だったよな?」

「あれではないでしょうか?」


 目抜き通りに連なる店を一つずつ確認しながら探しているとシャルロットがそれらしき店を発見した。


 金タライの絵が描かれた看板に細い時でフォルジィストと書かれた店名。

 石造りの建物なのは他の店と変わらないが、出入り口が凹状になっていて、扉の近くに店名と絵が描かれたA看板が立てられている。


 ……この世界に来てA看板なんて始めて見たかも知れないな。


「珍しい看板ですね。普通の看板は屋根の近くに掲げるものですけど、これは地面に立てかけられるんですね」

「あぁ、それは制作費を抑える為の工夫なんじゃないかな?」


 シャルロットにA看板と言っても伝わらないと思ったのでそれっぽい言葉を使って説明する。


「シャルロットの言うような看板を作るとしたら専門家に製作依頼をしなきゃいけないけど、このぐらいなら大工道具と材料、絵筆に塗料があれば誰でも作れるだろう? 構造も単純だし」

「確かにそうですね。……でもこれって、道においたら蹴飛ばされて壊されたりしませんか?」

「多分、そうならないようにわざと出入り口をこんな形()にしているんじゃないかな? 道の外側なら蹴り飛ばされる心配もないと思うし」


 最初に見た時はどうしてこんな形にしているか不思議だったけど、自分で説明している間にその疑問が解けた。


 確かに普通の人なら看板蹴飛ばしても少しも気にとめたりしないよなぁ。

 いちいち気にする俺がおかしいのかな、やっぱり。


「ふむ……お前達にとってはこの手の看板は珍しいのか」

「? ……ネージュ様の故郷では珍しくないんですか?」

「あぁ。大きな板を掲げるのは手間だからな。それに置いたところで通行の邪魔になる訳でもないからな」


 どうやら長耳族エルフの里ではA看板が一般的みたいだ。

 外貨のない里で看板がどのような役割を果たすかちょっと興味はあるが、本題ではないので黙って店内へ入る。


「いらっしゃいッス!」


 店内に入るとカウンターの上に立っている店員が元気良く挨拶してきた。

 もう一度言う、カウンターの上に店員が立っている。

 比喩でも誇張でもない、カウンターの上に立っているのだ。


 身長一○○センチ未満の、ふわふわの毛につぶらな瞳をキラキラさせてこっちを見ている小さな店員……。


「何でしょう、この小さな……生き物? のような者は……」

「……妖精族フェータだな」


 シャルロットの疑問に一拍遅れてネージュが答える。

 小人族リトル・ワンとも呼ばれる妖精族フェータ炭坑族ドワーフほど人間社会に関わっている訳ではないが、長耳族エルフのような非外向的な種族でもない。


 種族特徴としては手先が器用で知性が高く、古代語の解読や製造法が失伝してしまった物の復元もあっという間にこなしてしまう。


 但し、その小柄な体格の通り長耳族エルフ以上に体力には恵まれていない。

 そして興味を持った時には恐ろしい程の集中力を発揮するが、それ以外だと飽きっぽく、長続きしない者が多く、少し子供っぽいところがある。


 ……ガッシュさん、妖精族フェータと組んでいたなんて現役時代はきっと変わり者だったに違いない。


「何の用事ッスか?」

「あぁ……ガッシュさんからこの店を紹介されてたんだけど……」

「ガッちゃんッスか! 元気ッスか?!」


 ガッちゃん……凄い呼び名だな。

 ともかく、知り合いなのは本当らしい。


「元気ですよ。本人の紹介状もある」

「見せるッス」


 ぴょん、ぴょん……と、小さい体をめいっぱい跳躍させながら催促してくる。

 日本なら即解雇される接客だが、大抵のことは異世界というだけで許されるのは何故だろう?


「むむむ……確かにガッちゃんの字ッス。分かったッス。ガッちゃんの友達の頼みとあらば人肌脱ぐッス!」

「あぁ、ありが──」


 ありがとう……と、言い切る前にガッシュさんの知り合いは全速力で店の奥へ引っ込んでいった……まだ何が欲しいのか伝えてないのに、そそっかしい性格なのか?


「……無礼な店員だな」

「そうですか? 別に普通だと思いますけど」


 馴れ馴れしい態度に腹を立てるネージュに対して、シャルロットは特に気分を損ねた様子はない。


 かく言う俺も特別気分を損ねた訳ではない……やはり長耳族エルフが人間圏で生活するのは様々なストレスとの戦いになるようだ。


 しばらくすると、奥の方から大きな包みを両手で持ち上げながら戻ってきた。

 包みからして剣でないことはすぐ分かったが、かと言って投擲ナイフにも見えないが……はて、何を持ってきたんだ?


「ガッちゃんの紹介で、魔力が使えるお兄さんならきっとこの武器が一番だと思うッス。是非使って欲しいッス」


 そう言いながら、店員の妖精族フェータは包みを広げた。

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