リスクばかりじゃない
7月中に更新する予定が8月に……。
夏は恐ろしい……。
身体の目立つ場所に傷跡が残っている人たちを集めてくる──そう言ってカティアが人を集めて飛び出したのがほんの一○分前。
その一○分という僅かな時間でカティアは俺の前に人を集めてきた。
最初の声掛けで集まった数は四人──これはカティアが意図的に数を抑えたものと思われる。
事前に傷跡に直接触れる必要があることを話してあるから治療者が限定されるのは当然と言えば当然だ。
「カティアさん、その方がカティアさんの言っていた?」
「そうよ。私もセバスもしかとこの目で見たから間違いないわ」
それでも何処か半信半疑なのは致し方ない。
集まった四人は男二人、女二人の比率でいずれも若い。
履き物と私服のボロ具合から農村を飛び出して一攫千金を夢見て冒険者になった少年少女に見えないこともない。
そんな彼等には共通して顔に深い傷跡が、或いは軽い火傷跡がハッキリと残っている……これは、男であっても少しキツい。
「なぁ、カティアさんの紹介だって言うけど本当に治せるのか?」
「御主人様の力は本物です」
少しムスッとした口調でシャルロットが言い返す。
ややこしい事になる前に代表者一名の前に立って顔に触れる。
身体に残った傷跡を消す──俺にとってはこの上なく楽な仕事だ。
肌のキメを細かくしたり髪のケアをしたり余分な脂肪やたるみを無くしたり体内の臓器を治癒、もしくは活性化させるのとは違って魔力消費が圧倒的に少ない。
いつものように指先に魔力を集めて不要な細胞を除去して、幹細胞をイメージした魔力を貼り付けて急激な成長を促しつつ肌に馴染ませる──俺のやる作業を言葉にすれば大体こんな感じだ。
求められるのは精密な魔力操作と集中力、そして鮮明なイメージ。
俺からすれば魔力は本人のイメージ次第で火や水、雷なんかにも派生するご都合主義全快の存在だから魔力から幹細胞をイメージしてそこから肌へ馴染ませることが出来たって不思議じゃない。
この作業も慣れたもので、単純な切創程度なら大きさにもよるが平均一分程度で治療が終わる。
「ほ、本当に傷跡が消えていく……」
「でも、うっすらと残っているんじゃ……えっ、本当にここに跡あったんだよね?」
「こんな魔術、聞いたことがない……」
三人の冒険者が驚く中、カティアは目を皿のようにして治療行為を観察している。
彼女の目的は俺の技術を習得することだから無駄口を叩いたり驚いたりしている暇なんて一秒も存在しない。
傷跡の治療はそんな感じで終わり、次は火傷跡の治療に入る。
(今更だけど、キャスト達にマッサージするときみたいにお喋りでもすればいいのか? いやでも、カティアの邪魔になりそうだし)
「どうしたの? 早くやってくれない?」
「あぁ、済まない。始めようか」
チラッとカティアの表情を窺ったけどもの凄く真剣な表情をしているから黙って治療することにした。
傷跡の時とは違い、火傷跡を完治させるのは技術的にも、魔力的にもかなり厳しいから気合いを入れる必要がある。
集中する時だけ呼吸を止めて、正確に治療することに専念する。
サラマンダーに襲撃されて酷い火傷を負ったシャルロットに比べればマシなレベルだが、消費する魔力が増えることに変わりない。
ぽたぽたと、額から玉のような汗が噴き出て、それをシャルロットがハンカチで拭いてくれる。
そうして火傷跡を完治させたところで異変に気付いた。
(あれ? 魔力、そんなに減ってない?)
魔力操作が向上したような手応えは感じてないが……ひょっとしてシャルロットを治療した時よりも魔力量が上がっているのか?
まだ魔力に余裕があるので最後の一人もバッチリ治療したところ、やっぱり魔力に余裕はあった。
体感で顔程度の火傷跡ならあと二人は治療できる……かも知れない。
「本当に火傷の跡が消えている……もうお嫁には行けないと思っていたのに。……あの、本当にありがとう御座いますッ!」
「ありがとう御座います、もう傷跡のことについては諦めてましたけど、何だか救われたような気分です!」
治療を受けた冒険者達が口々に御礼を言う。
俺は今までエステ効果にばかり気を取られていたけど……そうか、考えてみれば何も美肌効果や内臓治療だけが全てじゃない。
傷跡の治療っていうのは特定の分野においては誰も足を踏み入れてない領域だし、これが露見したところで貴族から目を付けられることはない……いや待て。
(治癒魔術で利益を得ている教会には目を付けられるじゃん)
結構いい案だと思ったんだが、どっちにしろ厄介毎になる。
それでも今回の一件についてはカティアが実家の力を借りて対応してくれるっていうから大事にはならない。
報酬に組み込んでいる以上は信じておこう……駄目だったらその時考える。
追加で治療も出来ないこともないが何が起こるか分からないから魔力は温存しておくことにした。
「ひとまず今日はこれで終わりだけど……何か掴めた?」
「……難しいということが分かったわ」
実質、何も分かってないってことか。
そもそも特殊魔術って才能ある人なら見るだけで覚えられるものなのか?
……これは考えても仕方ないからやめとこう。
「晩御飯はどうする? 予定がなかったら一緒に食べない? 勿論、後ろの方も一緒に」
「ありがたい申し出ですが夜は先約が入ってますので」
嘘ではない……夜は護衛として同行してきた人達にマッサージを行わなければならない。
キャスト達が口を揃えて『先生のアレは凄いのよぉ~』なんて言ったりするものだから旅の間、一度してやったんだがこれがまぁ大好評だった。
で、料金払うから護衛期間中は毎晩必ずして欲しいとせがまれてしまった。
マイホーム購入の為に金はいくらあっても困らないから出来る範囲でということで引き受けたのは記憶に新しい。
「そう。……あ、でも明日はちゃんと時間空けられるよね?!」
「あー……多分というか間違いなく予定入るから難しいな」
遅くてもいいなら夜に診断してもいいけど、流石に年頃の娘と男を、同伴者付きとは言え会わせる親はいない。
今のカティアなら無許可でやりそうだし、セバスさんの密告によってバレてややこしいことになると思うから予定がないことを遠回しに言ってみる。
「そ、それだったらいつ都合が付く? 出来る限り私の方で融通するから……」
「うん……その申し出はありがたいけどそれでも難しいと思う。それに三日後には街を出て行く予定だから」
「滞在費の問題でしたら私が持つわ! 無理を言っているのはこっちの方だからそのぐらいはさせて!」
「俺個人の日程じゃなくて、雇い主の都合だから俺の一存で決められることじゃないんだ」
「そ、そう……」
うーんこの娘、本気で傷跡の治療を確立させたいって気持ちが強いな。
何とかしてやりたいという気持ちがない訳じゃないが自分の時間と労力を割いてまで面倒見てあげたいかと訊かれると首を傾げる。
結局この場は明日以降の夕方、時間が取れたら冒険者ギルドに顔を出すという事で話を付けた。
報酬についてだが金銭は要求しない代わりに治療を受けた冒険者達を含め、俺の事は一切口外しないことを約束すれば今後も時間の許す限り、何度でも実演してみせる。
(まぁカティア達が約束を反故したらスパッと関係断ち切ればいいか。どうせその場限りの関係になるだろうし)
強者からすれば弱者との約束を守る義理などない……立場が対等、もしくは後ろ盾がある相手ならともかく、そうでなければ約束を守るかどうかは気分次第──というのが俺が見てきたデキる人間の特徴だ。
それが本当かどうかは分からないが検証する気もないし、権力者は皆そうだと思い込んでいた方が逆に気楽でいい。
飛び込みの仕事も終わり、別れを告げてから二人と一緒にギルドを出て宿泊している宿屋へ向かう。
歓楽都市という一面を持つサーマルの夜は折るこそが本番とでも言わんばかりに遊びに興じる若者が多く、商魂たくましい酌婦や娼婦が客引きをする姿が目立つ。
職人や労働者の多いメリビアと違ってサーマルには遊び人が多いようだ。
現に今も何処からか陽気な歌声と楽器の音色が雑踏に紛れながらも何処からか聞こえてくる。
「こういう空気はやっぱり苦手か?」
「あぁ。夜なのにまるで静かになる気配がない……お前達はこれが普通なのか?」
「俺の故郷も似たような地域はあったな。シャルロットは村出身だから違うと思うけど」
「そうですね。私の村は小さいので夜遅くまで起きているのは納期を控えた職人ぐらいでした」
「あー、そうか……普通は夜更かしなんてしないよな」
この世界の人達……とにかく寝るのが早ければ起きるのも早い。
最初は不思議に思ったけど寝るのが早いのは灯りとなる蝋燭を無意味に消費するほど裕福ではないからという点が大きい。
そりゃ日が落ちると共に寝る人間が大半なんだ……朝早く起きるのは当然だ。
「それで、御主人様……先程のことなんですが……」
「カティアとの交渉? もう起きたことだし気に病んだところでどうにかなる訳でもないんだから気にし過ぎると却って悪化するぞ?」
「それでも、あの場では私は分別を弁えるべきでした。奴隷としてはあり得ない程の待遇を与えて下さる御主人様の優しさに甘えてしまいました……」
「けど、女としてカティアの志に共感できたからつい、言っちゃったんだろ?」
恥を忍ぶようにこくりと頷く。
奴隷への待遇・態度を考えるなら俺のそれは異端と言ってもいい。
シャルロットは自分が恵まれた存在だと思っているからこそ、主人たる俺の恥にならないよう奴隷としての振るまいに拘っている節がある。
シャルロットとしては奴隷の分際で我が儘を言ったことが許せないんだろう。
その結果がどう転ぶのかは分からないが、もしも悪い方向へ事態が転がったらどうなるか……真面目な彼女の事を思えば気にするなっていう方が無理か。
「シラハエ殿……私も──」
「はいストップ」
意識をこっちに向ける為にパンと手を叩いて、ハッキリ言う。
「二人の言い分はもっともだが……今回の件は悪いことばかりじゃない。カティアがどれ程の有力筋かは分からないが最低でも教会との繋がりは持ってる……そうだろ?」
「はい」
「つまり、最低でも教会の力が欲しい時はカティアを窓口にすることが出来るって訳だ。そしてこれは上手く行けば……という条件付きだが俺の魔術を習得した場合、彼女は教会でそれなりの地位と立場を確保できる。そういう人間に対して俺は恩を売った……先行投資って奴だ。悪いことを想像する気持ちは分かる……だけど、まだ起きると決まった訳じゃないし、俺達の対応次第ではチャンスにも変わる。あの時、シャルロットとネージュが言い出さなかったら、俺はその可能性に気付くことはなかった。それでも二人は悪いことをしたと思うか?」
「それは……」
「そう、だが……」
「なら、今はそれでいいだろう。カティアって娘と話した感じだとそんなに悪い娘じゃないから案外、どうにかなるかも知れないだろう? ……それでもまぁ、気になるっていうなら、シャルロットは俺の奴隷として、ネージュは護衛としての働きで応えてくれればいい。だから今は、起きるかもしれない可能性よりも、そうならない努力をしよう。……いいな?」
『……はいッ!』
ふぅ、どうにか説得できた……これで二人が余計な悩み事に悩まされる心配はなくなった訳だ。
……ついでに今のシャルロットなら今回の件を引き合いちょっと強引に迫ったり遠慮して頼めなかったアレとかもイケそうだ。
それを思えば結果的にカティアの頼みは引き受けて正解だったかもな。
8月は少し執筆を頑張る方針で行きます。
未だに自分に合った書き方というのが見つからない……。




