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選択と理由

 接触してきた女はカティアと名乗り、側に控えている男はセバスと名乗った。

 カティアは教会所属の治癒魔術師だが、訓練という名目でギルドに出入りして無償で負傷者を治療している。


 冒険者にはならず者が多いが、カティアの献身はギルド内でも有名なので手を出す愚か者はいないとは本人の弁。


「本当に傷跡が消えてる……でもなんで傷の治りは遅いの?」

「私はこの力を息を吸うのと同じ感覚で使っていますから説明を求められても困ります。敢えて言うならギュッと魔力を込めてササッと流す感じ?」

「うぅ……知り合いにいる天才と同じこと言ってる」


 そして現在──俺達はカティアに捕まり、目の前で整体魔術を披露することになった……面倒なことだが、強引に逃げる方が面倒だ。


 被験者は先程ネージュがボコボコにした冒険者三人。

 軽い凍傷の跡や身体に残る傷跡に対して整体魔術を発動させて、表面的な傷を癒してみせる。


 ……因みに授業料という名目でしっかり治療費はカティアに請求しておいた。


「んん……魔力の使い方が普通じゃないのは分かるんだけど……もっとこう、練り方? が違うのかな? セバス、何か分からない?」

「残念ながら……。過去の経験からシラハエ様が魔力を独自の方法で使用しているのではないかという推理はできますが、それ以上のことは」


 で、俺たちは何をしているのかと言えばカティアに整体魔術を見せろとせがまれ、こうして披露している。


 彼女曰く、今まで自分は数多くの怪我を治療してきた……しかし、切創跡や火傷跡のように治療後も残る物については完全に無力だった。


 自分はそうした、傷跡に苦しむ人間を一人でも減らしたい……だけど方法が分からず、どうしようもない──俺と出会ったのはまさにそんな時だったのだ。


「シラハエさん……お願いします、どうか私を弟子にして下さい」

「うん。それは無理です」

「そ、そんな……ッ!?」


 まさかの即答に、雷に打たれたような衝撃がカティアを襲った……漫画なら背景にベタとホワイトで雷の演出が入っているに違いない。


「そ、それは秘伝の技術だから、ですか?! いえ、秘伝の技術を教えろと厚かましい頼みをしていることは重々承知しておりますッ! 勿論、無償タダで教えを請うようなことはしません、金銭は勿論、可能な限り先生の望むものをご用意致します、ですから──」

「私のアレは、教えたくても教えられるものじゃないんだ」


 周りに人気がないのを確認してから、俺は話すことにした。

 自分の秘密を簡単に話すのは軽率な行為だが、この娘の場合はキチンと話さないと説得できないと感じた。


 ……全部話さなきゃ大丈夫だろう。


「まず、あれは特殊魔術に分類されている事、そして私は特定の人を師と仰いでその魔術を会得した訳ではありません、完全な独学です」

「独学で魔術を覚えたのですか?!」


 何やら目を思い切り見開いて、開いた口に両手を宛ながら驚いているけど、そんなに驚くようなことだろうか?


 確かに最初は魔術が発動する気配なんてなかったけど、人が魔術を使うところをしっかり観察しつつ、取っ掛かりを掴んで自分に合った方法で鍛錬すれば案外いけるものだ。


 決して俺がチートだからではない。

 チートならもっと凄い能力を得ている……だから俺はチートじゃない。


「次に、カティアさん……あなたと私は初対面です。初対面で、貴女がどんな人間なのかも分からない……そんな状態で人に物を教えられるほど、私は無警戒な人間ではありません。何より数日後には私はこの街を去ってしまうので教授できる時間はないと思って下さい」

「そ、そこを何とか曲げて頂けませんか! 教えるのが無理ならばせめて、せめて実演だけでも! どうかお願いしますッ!」


 お願いされたところで困るのは俺なんですが……。

 自分がお人好しであることは自覚しているが、俺はカティアほど献身的な人間ではない。


 傷跡の治療をすれば相場以下の価格とは言え必ず治療費は貰うことにしてる。

 人によってはがめつい人間と思うだろう……けど実際、整体魔術コレは俺の収入源も同然だからお金を貰うのは当然のことだし、それについてどうこう言われる筋合いはない。


「御主人様……」


 無理にでも断る方向で話を打ち切ろうとする俺を、シャルロットが呼び止める。


「その……奴隷である私が御主人様の厚意に甘えて意見するのは奴隷にあるまじき行為だと自覚してますが、その……どうしても、ダメですか?」


 どうしてもダメか──その問いを数値化するなら八:二で拒否の色が強い。

 一○:○にならないのは短時間であれば時間ぐらいは作れるし、デメリットがあるとすればこの街で与えられた俺の自由時間が根刮ぎ奪われるという点。


 指導力のなさを全面的に押し出して断っているが彼女の要求を良く聞けば別に指導せずとも傷跡を治す場面を実演してみせるだけでいいと言っている。


 その場合、身体に傷跡を残している人間に協力を求めることになるがすると今度は高確率でそこから俺の事がバレる。


 人の口に戸は立てられない──口止めをしたところで冒険者達が何処まで律儀に約束を守ってくれるかは甚だ疑問だし、そこから伝言ゲームのように誇張された情報が伝わって更に面倒事が舞い込んでくる可能性もある訳で……。


 心情的には報酬次第で引き受けてもいい──だけど、自分とその周りの人間の安全と滞在日程を天秤に掛けた場合、どちらが傾くかは考えるまでもない。


(そもそもこのセバスとか言う執事に見られている時点で詰んでいるような気もしなくもないけど……)


 セバスからすれば木っ端の如き俺の存在などどうでもいい──だからきっと、訊かれた問いに対しては正直に答える。


 まぁ権力関係はジオドール様に泣きつく以外に対策が浮かばないからあれこれ悩むのは不毛だ、心苦しいがここは──


「シラハエ殿、どうしてもダメか?」


 なんと、長耳族エルフであるネージュまでもそんなことを言ってきた!

 人間嫌いの長耳族エルフが人間の肩を持つなんて……。


「私も女の端くれだから、その気持ちは分かる。故郷でもしばし問題になっていた。協力できないだろうか?」

「俺たちの日程はネージュも知っているよな? 下手をすれば主人・・の下へ帰る期間が遅れる。それは看過できないだろう?」

「それは……確かにそうだが、どうにかやり繰り出来ないか? 私も出来る限りの協力はさせて貰う」


 ネージュまでカティアの味方かよ……ちょっとだけ二人に裏切られた気分。

 それでも多分、俺が我を通せば俺の意見は通る……最終的な決定権を持っているのは他ならぬ俺自身だから。


(話を受けるメリットはシャルロットとネージュの敬意を買うことが出来る。金銭面はともかく俺の拙い交渉術でもやり方次第ではカティアにそこそこの貸しを作れる。末端でも協会関係者とのコネだ。ないよりはあった方がいい)


 受けることで起きる弊害については今更説明するまでもない……個人的な理由とか俺自身の特異性とかそういうのが大部分を占めているから。


(受けないメリットは余計な仕事をしなくて済む……デメリットはこっちの方が多いかも知れないけど、ジオドール様や店長に貸しを作ることでどうにか出来る問題なら、労力を割いてもいい。ただ、今後シャルロットとネージュの俺への評価はそれなりに落ちる……そこから俺では想像できないような問題が起きない保証はない)


 嫌なら嫌と、ハッキリ態度に取るべきだ。

 それに今回のシャルロットの行動は彼女の言う通り、奴隷に許される範疇を越えている……だからハッキリと互いの立場を区別する為にも、そして彼女が第二・第三の我が儘を言わないようにする為にも断固とした態度で突っぱねるべきだ。


(あぁもう、認めるよ。断りたいって気持ちは本当だよ。でも何とかしたいって気持ちの方がもっと大きいよ)


 転移前の俺はそれなりのラノベを読んできた。

 出版社が出している物から個人が気軽に投稿出来る投稿サイトの小説……学園物や歴史物、今まさに体験している異世界物まで無節操に色んなジャンルを読み込んできた。


 全てのオタクがそうとは思わないけど、俺たちオタクがそういう小説を読む時は主人公を自分に重ね合わせて、物語の中で起きている事を疑似体験して楽しむ。


 小説と一口に言ってもその種類は多岐に渡る……その数あるジャンルの中で、世間の評価が圧倒的に低いライトノベルに夢中になるのは何故か?


 なんて事はない、自分だって主人公のような勇気を持ち、弱気を助け強きを挫き、逆境にも揺るがず己の信念を通し抜く……そういう生き様に心惹かれるからだ。


 チートで暴れ回るような話、知恵を駆使して成り上がる話が一世を風靡したのもだって、きっと異世界に行けたら自分も変われるんじゃないか、現実ここでは無理だったけど、異世界むこうでやり直せたらきっと変われる──そういう潜在的な欲求が流行という形で現れたんだろう。


 そして今まさに俺は、ラノベの主人公のような選択肢を迫られている。

 勿論俺が迫られている選択肢は重大な意味を持つ物じゃない……ただ、臆病な心が顔を覗かせて目を逸らせと囁いている。


 ……ハッキリ言おう。

 俺はこういう時間外労働は嫌だし、面倒事だって避けたい、余所の街まで来たんだから観光だって楽しみたい。


 でもそれじゃ、日本で暮らしていた頃の自分と──あれこれ言い訳して楽な道に逃げていた頃と何も変わらない。


 俺みたいな正しい事を行う古くさい主人公はあまり受けが良くないけど、俺はそういう主人公が好きだ。


 俗世にまみれていくらか捻くれたけど、やっぱり自分にもそうなる手段とチャンスがあると気付き、その上でシャルロットとネージュにお願いまでされたらその衝動を抑えきれない。


「あの、御主人様──」

「分かった。俺の負けだ……引き受けるよ」


 はぁ……言っちゃったよ俺。

 最初の決意があっさりひっくり返るとか意志薄弱過ぎる……タツヤとかなら絶対自分の意志を曲げないだろうなぁ……。


「ほ、本当に引き受けてくださるのですか?」

「もう決めた、引き受ける。……但し、さっきも言ったように俺は指導能力がないし、そもそも自分の能力を完全に把握している訳じゃないから実演するだけだ。実演する為の協力者はそっちで募ってくれ」

「は、はい! あの、本当にありがとう御座います!」


 立ち上がり、腰を直角に曲げたカティアは喜びを爆発させたように御礼を言う。

 ……引き受けただけで実際に修得できるかどうかはカティア次第だってこと、忘れてないだろうか?


「それで、早速日程の方を詰めていきたいと思うのですが……」

「今からでいい。宿に戻るまでまだ時間はある」


 どの道、先の決闘で倒した相手の預金を卸してそれが手元に届くまで時間がある……なら今すぐにでも実演してしまった方がいい。


 また勝手に治療したってお小言貰うかも知れないし、埋め合わせと称して仕事を大量に割り振られるだろうけど……そうなった時に考えよう。

31日の更新を目安に頑張ります。

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