表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/61

三対一

 冒険者ギルド・サーマル支部の一角には一○人にも満たない冒険者達が列を成して並んでいる。


 背もたれのない簡易椅子が二脚儲けられただけのスペースには一組の男女が壁際に位置し、来客者である冒険者に対応している。


 並んでいる冒険者の共通点は皆、一目で分かる程の重傷を負った者が大半で、そんな彼等を少女が治癒魔術を持って治療し、男が目を光らせている。


「ふぅ……はい。次の方どうぞ」


 一人の治療を終えて、治療費を受け取って次の相手を治療する……そんな精力的な活動をしている少女の名はカティア・フォン・ローレット。


 この世界に住む人間の半数以上が信仰しているイザナミ教の信徒である。

 今年、成人したばかりの彼女は晴れて助祭となり、教会内では末端とは言え社会的地位を獲得した少女は、今でも教会には顔を出さず在野で活躍する冒険者の為に身を粉にして治療活動を続けている。


 治癒魔術師による治療行為は教会の貴重な収入源である為、本来は独断で行ったり勝手な価格設定が出来ないが、彼女の行いは黙認されている。


 侯爵家の次女であり、侯爵家当主も教会に多額の寄付金を提供しているからこそ、このような振る舞いが許されるのだ。


 ギルド関係者も、そして冒険者達も、彼女の献身には助けられているところが多いので年若いとは言えカティアにちょっかいを出す馬鹿者はいないし、仮にそんな奴が現れればもれなくギルド内の冒険者並びに怖い職員達によるお話(・・)が待っている。


「──はい、終わりました。ただ、非常に心苦しいのですが、その……」

「いやいや、カティア様が気にすることじゃありませんって。冒険者やってれば傷跡ぐらい残るのは当然。……寧ろ、この程度で済んだアタシはラッキーでしたよ」

「ですが、貴女は来週には引退して、旦那様と結婚する筈では……」

「まぁ、そうだけどさ……旦那も冒険者だからその辺気にしてないみたいだから。……あぁほらカティア様、折角綺麗なお顔に生まれたんだ、そんな顔しなさんなって。アタシは大丈夫だって、な?」

「はい……」


 それでも納得しきれず、渋々頷くカティア。

 つい先程、彼女が治療した女冒険者の顔には蛇が這ったような傷跡が縦に刻まれている……先日の遠征で魔物にやられた傷跡だ。


 この世界の治癒魔術師は怪我を治すことは出来るが、それだけだ。

 傷跡は怪我として認識されないからか、跡を消すことが出来ない。


「お嬢様、人間は万能では御座いません。寧ろ、お嬢様は良くやっている方であると存じます」

「セバス、そろそろお嬢様って呼ぶの止めてくれない? それと、私は今教会で修行中だから俗世の肩書きは関係ないからただのカティアよ」

「失礼。長年の習慣でつい」


 場の転換を図る為に敢えて言い間違えたのだろう、カティアはそれ以上追求せず、黙って治療を続けようとして、既に人の列がなくなっていることに気付いた。


(傷を治しても、跡を消さないと意味がないのに)


 カティアの元を訪れる客はもっぱら女性が多く、その殆どが身体に傷を残しての治療になる。


 ギルド以外の地区でも精力的に活動を続けてはいるものの、治癒術が向上する気配はなく、魔力量と魔力操作があがるばかり。


 治療した人の中には結婚を控えているからどうにか傷跡を消して欲しいと懇願する人もいた。


 その度に気を失うまで挑戦しては、失敗して己の実力不足を嘆く。


「傷跡を消すなんて無謀なことだ」

「命があるだけありがたいじゃないか」

「それ以上を望むのは罰が当たる」


 彼女を見る度、教会関係者は口を揃えて言う。

 身体に残った傷跡を消すことなど、当代最高の治癒魔術師を誇るクリスティーナでさえ不可能と言える所業なのだ。


 理屈では理解している──それが分からないほど子供ではないが、感情がそれを許さず、簡単に割り切れるほど大人でもない。


 一先ず目の前の治療客は片付けたので一息付こうかなどと考えている間にギルド内が騒がしくなった。


 何でも素行の悪い冒険者グループが新顔に対して一方的な言いがかりを付けて、それが原因で決闘にまで発展してしまったらしい。


(冒険者って、どうしてすぐ力で解決しようとするのかな?)


 あまり平民と接点のないカティアからすれば不思議で仕方ない。

 出来れば止めたいところだが、必要以上の接触は実家から固く禁じられている。

 傍に控えているセバスは護衛だけでなく、お目付役としての仕事もあるから。


「セバス、私も向かうわ。決闘法が行使されたなら怪我人が出る筈だから」

「治療をすることについては同意致しますが、わざわざ現場に赴かなくても……」

「早いに越したことはないわ。ましてや私には貴方がついている……つまり、何の問題もないわ。いいわね?」

「畏まりました」


 恭しく頭を下げるセバスを見て満足したカティアは、早速後を追うように移動した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 決闘法──それは主張が平行線になった時に執り行われる原始的な裁判のようなもの。


 条件が揃えば貴族相手にだって決闘法を適用できるがその場合、比喩抜きで命懸けになることが多いので平民からは滅多に貴族相手に決闘を申し込まない。


 現代において決闘法は、冒険者同士の揉め事をスマートに解決する為に用いられている側面が大きい。


 問題を起こす冒険者というのはもっぱらボリュームゾーンと呼ばれるところでくすぶっている新米・中堅冒険者が殆どなのでギルド側も許容できる損害として目を瞑っている。


 冒険者同士の諍いは小さな物から大きな物まで、取り上げたらキリがない。

 そうした問題を速やかに解決できるという意味でも、決闘法は重宝される。


 職員達からすれば書類仕事に割かなければならない時間を僅かな手間と労力で済ませられる点が非常に魅力的だ。


 ……そして俺達は今、その決闘法の渦中にいる。

 ちょっとしたイベント用の為に作られたのか、部屋の中央にデンと鎮座しているのは石塊を立方体に切り取り、それを均等に並べたリング。


 それなりの動きが出来るよう設計されているのか、リングは縦横共に凡そ三○メートル程……少数対少数のような試合も想定してこういう作りになったんだろう。


「よぉし、逃げずに良く来たな。褒めてやろう」

「武器の準備をするより風呂入って身体洗った方が良かったんじゃねぇのか?」

「なぁに、俺達は紳士だからな。ちゃんと朝までには返してやるからよ」

「…………」


 男達の下品な挑発にネージュは一切取り合わない。

 ただ黙って抜き身の剣をだらりと提げたまま、突っ立って居る。


 ぼぉっとしているようにしか見えないが、あれは達人が良く口にする『構えなくして構えあり』的な境地に達しているからああしているのだろうか?


「……」


 ふと、ネージュと視線が合った。

 何か言われた訳じゃないが、それで理解した。

 ネージュは突っ立って居るんじゃない……俺の指示を待っているんだ。


 雇われ護衛とは言え、俺は彼女の依頼人……世間から見ればそうだがネージュにとって俺は今、仮初めの主人だ。


 だから忠犬のように命令が下りるのを待っている……筈。


「……ネージュ、あいつ等の命を奪っても詰まらない」

「あぁ」

「だけど、ああいう輩は見ていて気分が良くなる訳でもない。惨めになるよう痛めつけてやってくれ」

「了解した」


 殺したところでこっちには何の得にもならないし、わざわざ殺す理由もない。

 それなら相手に相応の屈辱を与えた方が幾分スッキリするものだ。


「へっ、随分自信たっぷりだな。けど、俺達が相手じゃその自信もすぐ絶望に変わるぜ?」

「どういう意味だ?」


 ネージュの言葉に、男は行動で応えた。

 大剣使いの男はパフォーマンスの代わりにその場で大剣を上段から振り下ろす。

 リングの外側にいるにも関わらず風圧が頬を叩くと同時に部屋に響く破壊音。


「出た……グラッドの魔剣・キルスラッシュ」

「一振りで両脇に同じ威力の斬撃を生み出す迷宮産の魔剣……いつ見ても反則だぜありゃ」


 隣で野次馬らしき冒険者が解説口調で話しながら戦慄する……器用だな。


「へっ、どうしたビビったか? 今なら──」

「審判、私の方は準備万端だ。いつでも始めてくれ」


 だが、ネージュは目の前で行われたパフォーマンスも、男達の言葉にも、我関せずとばかりに信仰を促す。


 これには流石の男──野次馬はグラッドとか言ってた──もカチンときたらしく、青筋を立てながらネージュにガンを飛ばす。


「テメェ、ちょっと優しくしていればチョーシ乗りやがって……ッ! 審判、今すぐ始めろ!」

「は、はい! ……そ、それでは! 公正な立ち会いの下、力の限り戦って下さい。……始め!」


 職員の開始宣言と同時に両者は動いた。

 先陣を切るように突撃するグラッドの強襲に対して、ネージュは土魔術で防壁を張って対処する。


 グラッドの身長を超える防壁に阻まれた大剣は刀身を半分ほど壁にめり込ませるだけで、破壊には届かなかった。


 しかし、予めそういう動きをする陣形なのか、二人の部下は両サイドから回り込むようにネージュを取り囲もうと動いていた。


「……ッ!?」


 が、既にネージュは動いていた。

 右側から来る男には風魔術をぶつけて対処し、左側の男へは風魔術を纏わせた魔術剣で応戦。


 男の振り下ろしに合わせるように、ネージュが剣を振るう……先日、彼女の戦闘を見た俺としてはあの男程度ならわざわざ剣を合わせて対処せずとも、パリィで流して返す刃で首を跳ねられると予測する。


 それを敢えて行わないのは俺の指示に忠実に従っているから。

 乾いた金属音が一度だけ鳴る。

 男の剣は風を纏わせたネージュの魔術剣によって根元からぽっきり折れた。


「あっ? なんで──」


 振り抜いた時と同じ速さで剣を引き戻し、今度は盾の上から突きを入れる。

 甲高い音を立てながらもネージュの剣は男の盾をガリガリ削りながら貫通する。


 風を纏った刀身は獣が獲物に噛み付くよう牙を剥き、あっという間に表面の肉を削ぎ落とし、切っ先は胸当てを削りながら風圧で吹き飛ばした。


「ぎゃぁあああっ! う、腕がああああ……っ!」

「痛いだろう? すぐ止血してやる」


 冷酷な一言によって男の血はすぐに止まる。

 但しそれは、氷魔術による荒々しいやり方だった。


 てっきり火魔術による火傷で止血すると思ったんだが……ネージュなりの情けって奴か。


「その獣のような声……耳障りだな。黙ってろ」


 口元を氷のマスクで覆い、無理矢理声を封じて腹に一発蹴りを入れる。

 身体能力を上昇させる魔術をかけてあるのか、男はゴム鞠のように勢いよくはね飛ばされ、何度もリングに身体をぶつけながら部屋の端まで追いやられた。


「……!? ……っ、……ッ!」


 もがもがと、酸素を求めて必死に口元の氷を剥がそうともがく。

 パニック状態である手前、鼻呼吸ができることに気付けないのは仕方ない。

 反対側から迫った男が剣を水平に構えてバットを振り抜くように薙ぐ。


 後ろに目があるような勘の良さを発揮したネージュは前へ倒れる力を利用してそのまま前転してやり過ごす。


 起きあがるタイミングを計った男がグリーヴを穿いた足で顔面へ体重を乗せた前蹴りを入れる。


 先程と同じように避けることはせず、正面から蹴りを片手で止めると勢いよく振り上げると、枝でも振り回すような気軽さで力任せにグラッドへぶつける。


 男の体重と装備の重量、魔術によって強化されたネージュの腕力と膂力が加わったその一撃は、男をノックバックさせるのに充分な一撃だった。


「嘘、だろ……? あんな細い腕の何処にあんな力が……」

「いや、あれは単純な力じゃない……強化魔術だ。しかし、ここまで強力な強化魔術をほぼノータイムで発動させるとは……Aランクと比肩しても遜色ないぞ」

「女の冒険者でこんなに強いなら話に上がってる筈なんだが……何者だアイツ?」


 周りに居たギャラリーもどよめき、目を見開く。

 ……どう見ても華奢な体つきをした女が力技も同然のやり方で男を持ち上げ、あまつさえ振り回したんだ、無理もない。


「ネージュ様、見かけに寄らず豪快な戦い方をしますね。魔物を相手にしていた時は綺麗にまとめているように見えましたが……」

「わざとああいうやり方を取っているんだよ。ああいう輩は正面からの力技で打ち勝った方が精神的なダメージも大きいんだ」


 怪力を見せつけているのはビビらせる効果も期待してのことだろう──と、シャルロットにそれとなく補足を入れながら観戦する。


 二度三度、力にモノを言わせて振り回していたがすぐに男の身体が限界を迎え、足関節が不自然な方向へ曲がり、ベコベコの板ような状態となった。


 ネージュはグラッドが近づけないよう正面から男をリングに叩き付ける。

 流石にリングがひび割れることはなかったが、それでも結構痛そうな音がした。

 グラッドは言葉にならない声を発しなが大剣を滅茶苦茶に振り回しながら突進する。


 大剣によって生まれた刃と共に無数の刃嵐が吹き荒れる様はまさに削岩機。

 物は試しとばかりに、距離を取って風魔術を一発、正面へ撃ち込んでみる。

 放たれた魔術は魔剣とぶつかり合った次の瞬間、一瞬眩い光を放って消滅した。


「無駄無駄! 俺様の魔剣は魔力を流し込めば魔術を無力化できるんだよ! 大人しくボ

コられて俺様のモノになりなぁ!」

(流石にそこまで壊れ性能じゃないだろ)


 などと声に出して突っ込む気も起きないので黙って成り行きを見守る。

 魔術が通じないと分かれば接近戦に持ち込むかと思いきや、再び魔術を発動した。

 但し、今度は攻撃ではなくただの閃光だ。


「ぐぉっ!? テメェ、卑怯な真似を……ッ!」


 流石の魔剣も光は無力化できなかいようで、グラッドへの目つぶしは成功。

 巻き添えを食らった冒険者も強烈な光を不意打ちも同然の形で直視したせいでしばらく視力が戻らない。


 かくいう俺とシャルロットは前の方に人がいたお陰で最小限の被害で済んだ。

 一時的に視力を失ったグラッドはとにかく当てることに重きを置くよう四方八方、魔剣を振り回すのに対して、ネージュは気配を完全に消した状態で距離を詰める。


 ある程度距離を縮めたところで最初の攻防で作った土壁の欠片を拾い上げて投げる。


 欠片がリングに付着した音をネージュと勘違いしたグラッドが全力で大剣を薙ぎ払い、それに合わせて背後から近づいたネージュはグラッドが腕を振り抜くと同時に手首を切り落とし、同時に氷魔術で止血した上で口を氷で覆った。


「ふむ。下品な言葉を使う割りには強かったな……」


 懐から布を取り出して刀身に付着した血を拭き取って納剣する。

 三人相手に手加減して掛かった時間は一分ちょっと……まさに格の違いという奴を見せつけられた気分だ。


「──しょ、勝者……ネージュ。決闘法の掟に従い、ネージュ殿には相手が所有していた貨幣が進呈されます。ただ、彼等には預金している分もありますので卸すのに少し時間が掛かりますが……」

「あぁ、構わない」


 事務的なやり取りを終えて俺たちの元へ戻ってくるネージュに、拍手は上がらない。

 まぁあんなパフォーマンス見せた挙げ句、返り血まみれの女性を拍手で称えるっていうのもおかしな話だ。


「ネージュ様、酷い返り血です。今拭き取りますから」

「あぁ、済まない」


 シャルロットが懐からハンカチを取り出して、顔に付いた血を拭う。

 衣服に付いた血はどうしようもないな……なんて事を考えながら二人の様子を眺めていると、ネージュの手首の異変に気付いた。


「ネージュ、その手首……」

「ん? あぁ、これか……。魔術で強化したとは言え、元は華奢な身体だ。少し負荷が強すぎたようだ」


 見れば手首はその反動で内出血している……放っておくのは痛々しいし精神衛生上無理なので即座に治療する。


 筋肉のスジが切れた訳でも刃物でばっさり斬られた訳でもない……ただの内出血だから殆ど時間を掛けずに治療できた。


 ついでに小さな傷跡や指先のあかぎれ等も治療しておく。


「シラハエ殿は相変わらず器用だな。小さいとは言え、傷跡を綺麗に消すなんて」

「俺にとっては普通のことだけどね」


 ともかく、ちょっとしたトラブル程度で済んで助かった。

 後は連中の金が全て引き落とされるのを待って、宿屋へ帰るだけの筈──だった。


「今の話は、本当ですか?」


 本日最大級のイベントが、アップを始めました。

諸事情により次の更新は29日になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ