表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/61

散策

 歓楽地区に指定された地域は──この世界を基準にしての話だが──最高の遊び場とも言えた。


 一五○○メートルトラック内では地球でも有名な競馬が、中央のコロシアムではジョストの試合が、空き家が立ち並ぶ区画では家毎に様々なギャンブル(ポーカーとかチンチロとかそういう感じの)が行われ、大通りでは流行の劇場館で列を成した人々が、この街の活気に一役買っていた。


 護衛のネージュは特に何も言わないし、シャルロットはお任せしますとだけ言って、微笑むばかり。


 顔色を窺う限り特に見たい物・興味を引かれた物がなかったのでジョストの試合を見に行った。


 穂先を丸めた鉄製の槍と鎧で固めた騎兵が正面から交叉する瞬間、落馬させるか兜の羽を落とす(フェザーズフライ)を狙うかすれば勝ちというシンプルなルールだ。


 地球あっちにもジョストはあったけど、ルールは大分簡略化されている……ゲーム知識だから根拠はないけど、これを見る限り向こうのジョストよりは単純だろう。


「馬に乗ってああやって突撃をするのか……そう言えば故郷を襲った魔族も似たようなことをしていたな」

「そうなのか?」

「あぁ。こうして見るといかに我々が外の世界に無関心であったか痛感させられる。……人間の世界にも学ぶべきことは多くあるな」


 ジョストを観戦しながらネージュはそう漏らした。

 故郷の件については色々思うところがあるのだろう……そもそもどうやって奪還するのか未だにはっきりしてないけど、現実的に考えれば誰かの手を借りるより他ないだろう。


 試合後は魔物との戦いで大立ち回りを魅せる剣闘士の戦い──こっちは興味ないのでさっさと退席して軽くお昼を摘まみ、劇場館へ足を運んでみた。


 演目は今、平民の女子達の間で大流行中の恋愛物……ギャルゲーや少女漫画で多少なりとも耐性を持つ俺には苦でも何でもなかったし、話もそう複雑なものでもなかった。


 貧しい家に生まれたヒロインはひょんなことから王子様の目に止まり、一目惚れして逢瀬を重ね、試練を乗り越えてついには二人の仲は認められ、末永く幸せに暮らしたという、ごくありふれた話。


 だけどこっちの人達にとっては新鮮で、涙する人までいた。

 シャルロットなんかも感動に胸を打たれていたようだからここでは俺が異常なのだろう……よって、空気読むの大好き(日本人)な俺はちょっと嘘泣きを交えて調子をあわせた。


「なんだか私と御主人様みたいです」

「俺は貴族でも王族でもないしあんなに格好良い男じゃないぞ?」

「いえ、私にとって御主人様は王子様そのものです。人並み外れた教養、斬新な価値観、他人を思いやる心、奴隷である私にも分け隔て無く与えて下さる御慈悲……御主人様は本当に素晴らしい御方だと思います」


 最近、シャルロットの評価が右肩上がり過ぎて怖いんですが……グラフにすれば八○度以上の角度が付いてるに違いない。


「身分違いの恋、か。何とも不思議なものだ」

長耳族エルフにも王族がいますよね? そちらでも王族と平民の婚姻は難しいのでは?」

「いや、我々の場合は種族的な特徴で子供を成す者が少ない。生まれても多くが女子である為、執政や兵士も必然的に女子が多くなる。男子が生まれる確率は更に低く、里全体でも若者は一○○人程度だった。そういう事情もあって、長耳族エルフ同士の婚姻ではよほどの事情がない限りは成立する」


 どうやら長耳族エルフは種族特性として妊娠率が低いようだ。

 低い分、生まれる子供は確実に才能を持つとかそういう恩恵があるかも知れないが、そういう検証は暇な時にすればいい。


 演劇を見終えた後の予定はどうするか……そう考えたところでふとジオドール様の頼まれ事が頭を過ぎった。


 四英雄・クリスティーナとその娘の治療……書面では可能であれば治療して欲しいとあるから強制ではない……が、領主様のお願いというのは強制であるパターンが多い。


 俺とジオドール様は当然、対等の関係ではない……つまり、お願いというのは方便に過ぎず、どう解釈しても命令となってしまう──本人にその気があるかどうかは別にして。


(あの人のことだから断ろうと思えば断れると思うけど、でも断るのもまずいよなぁ)


 ジオドール様は武勲を立てて貴族に叙せられた獣人だ。

 四英雄という看板を堂々と掲げられるとは言え、人間社会で生きるには何かと面倒が多いのは容易に想像が付く。


 俺がここで手伝えば間接的にジオドール様の手柄となり、先方に恩を売ることが出来る。

 同じ四英雄同士とは言え、大人同士の付き合いは何かと面倒だ、恩を売るに越したことはないし、あの人の代わりに見知らぬ領主がやってくるのはちょっと嫌だ。


 ただ、そうなると今度はルート変更を余儀なくされる。

 サーマルで用事を終えたらメリビアへは戻らず、そのままルートを外れてクリスティーナ様が住んでいる迷宮都市へ向かわなければならない。


 紹介状と手紙、そして身分証明証の代わりにジオドール様が身につけていた首飾りを預かってる。


(予定を変更するならネージュにはそのまま帰ってもらって冒険者ギルドで迷宮都市までの護衛依頼を張り出す……欲を言えばAランクの冒険者に護衛して欲しいところだけど金が掛かる。現実的なところで万全を期するならBランク……最悪Cランクだな)


 ネージュは元々、王族の護衛という大役がある。

 勝手な日程変更は好ましくないし、彼女とて頷ける内容でもない。


 Bランクの冒険者に護衛依頼を出すなら依頼料は片道で一人二○シルバの出費は覚悟しなければならない。


 護衛代は相手を治療した際に報酬として組み込めば経費扱いにすることも出来ないこともないが、それは成功したらの話だし、そもそも相手の状態を見ていない以上治せる保証はない。


「何か考え事か?」

「いや……」


 いかんいかん、今は折角の観光だ……そういうことは宿屋に帰ってからじっくり考えれば良い。


 特に目的もなくふらふら歩いていると広場で見世物をしているから見に行ってみようという話し声が聞こえたのでそれに便乗して、見世物をしている広場まで行ってみた。


「さぁさぁ! お次は世にも恐ろしい人体切断! 木製の台に拘束された美少女の運命や如何に!?」


 見世物というよりマジックショーの類だった。

 俺達が見た場面は丁度、町娘っぽい女が台の上で拘束されて、その少女目掛けて大男が大剣を力任せに振り下ろそうとする瞬間だった。


 観客達が息を呑む、或いは『ひぃ……っ』と、短い悲鳴を上げるのが聞こえた。

 果たして──群衆が想像するような惨劇は起きることなく、胴体を真ん中から真っ二つにされたにも関わらず血一つ流すことなく固定されたまま、笑顔で観客達に手を振る少女の姿がそこにあった。


「すげぇ、一体どうなってんだ?!」

「切られたのに血が流れてない……もしかしてあの女は物の怪の類か?」

「でもよぉ、あの娘道具屋の娘だぜ? 俺何度か会ってるけど何でもない普通の娘だったぜ?」

「てことはなにか? 魔術か何か……いやでも、ゴニョゴニョ言ってるようには見えなかったし……うーむ」

「ふむ、魔力を使った気配もなかったな……だとすると剣に秘密があるのか?」

「え、えっ? あの人切られたんですよね? どうして生きているんですか?」


 見物客と同じように驚きを露わにするネージュとシャルロット。

 そんな二人の様子が純粋な子供のようで少しおかしくなってしまうのは、俺が異世界基準でつまらない人間に違いない。


(あれ、どう見ても町娘を買収してるだろ。下半身を折って、台の中に予め隠れていた人がタイミングを合わせて下半身を出す。男は何もない真ん中の拘束目掛けて切り落とすだけでいい……うん、昔の切断マジックだな)


 一人勝手に納得している間に街娘は台から解放されて、観客達にアピールする。

 マジックショーをしているだけかと思ったらナイフジャグリングや身体能力を活かした曲芸、ウクレレみたいな楽器を取り出して詩を披露していた……何でもアリの大道芸って感じだ。


 全てのショーが終わって拍手喝采の中、帽子を取りだしておひねりを強請ってきたので申し訳程度に銀貨を数枚入れた。


 他の観客は銅貨が殆どで、たまに銀貨を入れる人がいたけどそれだけだ。


(パッと見たところ収入は貨幣単位だと銀貨五枚に銅貨が約七○枚ぐらいだな……街娘への出演料が一シルバだとしても生活できるか微妙なラインだな)


 サーマルは城塞都市だから物価がそれなりに高い。

 俺ぐらいの収入なら特に問題ないけどこの収入で生活するとなると素寒貧に近い生活を余儀なくされるだろう。


 ただ、見たところ体つきはしっかりしているしあの身体能力だ。

 冒険者と兼業しているのかも知れない。


「冒険者ギルドへ行ってみたいんだが、構わないか?」


 次はどうしようか、二人に訊いてみたところ、意外なことにネージュが希望を言ってきた。


 護衛という立場であれば褒められる事ではないがそもそも俺はそういう事は五月蠅く言うタイプではないので深くは訊かず、理由だけを尋ねる。


「メリビアでは私の顔が割れている。ここなら帽子を被っている限りばれる心配はない。ギルドへは単純に身体を動かしたいからだ。訓練は一日サボれば取り戻すのに三日かかるというからな。勿論、我が儘であることは充分承知しているつもりだが……」

「いや、いいよ。行こう」


 どうせ目的地も何もないし、行くだけ行ってみよう。

 地元の人間に冒険者ギルドの場所を尋ねて、目的地へ向かう。


 メリビアの冒険者ギルドが赤煉瓦作りの建物であるのに対して、サーマルの冒険者ギルドは木造建築、それもあちこちに古傷や痛みが目立つ年期の入った建物だ。


 ギルドへ足を踏み入れると思い思いに自分の時間を過ごしている冒険者達の姿が見えた。


 テーブルを囲んで談笑するグループから掲示板の前で受ける依頼を仲間内で相談する者が見られる。


 メリビアのギルドにたむろしている冒険者が荒くれ者ならば、サーマルの冒険者は爪を隠した獣と言ったところか。


 なるべく冒険者はジロジロ見ないように受付の方へ進んでいく……が、シャルロットとネージュの容姿はどうしても目立ってしまうので必然的に好奇心の混じった視線がこちらに向けられる。


「女連れてギルドに顔出すとか……ケッ、いいご身分だぜ」

「大方、何処かの貴族のボンボンのごっこ遊びだろう。ったく、俺ら冒険者としての格って奴に関わるぜ」

「……一度、ここの流儀教えるか」


 もの凄く不穏な会話が聞こえるんですが……。


「済みません、ギルドの訓練施設というのは誰でも利用できますか?」

「当施設をご利用なさる場合はギルドカードを提出して頂きます。失礼ですが、ギルドカードはお持ちですか? 紛失された場合、再発行してからのご利用となりますが発行手数料として一○シルバ掛かります」


 どうやらこの支部では誰でも気軽に利用できるという訳ではないようだ。

 そして再発行の手数料が高い……少なくとも新米冒険者がポンと出せるような金額じゃないし、農村なら五人家族でもそれだけあれば数ヶ月は生活できる。


「冒険者でなければ利用できないのか?」

「規則ですので。但し、決闘法のような例外が適用された場合はその限りでは御座いません」

「決闘法……それは一体なんだ?」

「なんだ嬢ちゃん、決闘法を知らないのか? なら、俺たちが分かり易く教えてやってもいいぜ?」


 受付で困っているといきなり背後から俺たちに声を掛けられた。

 後ろに人が立っているのは何となく分かっていたけど、声を掛けられたのは意外だった。


(これ絶対面倒毎になるパターンだな)


 内心、うんざりしつつも対応しない訳にはいかないと言い聞かせて振り向く。

 身長二メートル越えの男三人が腕を組み、ニタニタと卑下た笑みを浮かべながら俺たちを品定めしている。


 真ん中の男は肩部に魔物の角を付けた、見た目アメフト選手みたいなフルプレートアーマーを着込んだ大剣使い。


 両脇に控えさせている男二人は片手剣とバックラーで身を固めたスタンダードな剣士……明らかにパワーで押し切るタイプですよって感じのパーティだが、冒険者同士がパーティを組めば力よりに傾くのは良くあることなのでこのパーティが珍しいという訳でもない。


「よぉ兄ちゃん、見ない顔だな。もしかして冒険者にでもなるつもりか?」

「冒険者ってのは遊びじゃねぇんだぜ? 女の後ろで隠れるだけの野郎に務まるほど甘くねぇぞ」

「まぁ待てお前等、ここは一つ、先輩らしく後輩を導いてやるのがスジってもんだ。……そうそう、決闘法だったな。簡単に言えば相手に決闘を申し込んで勝負をする。勝ったら負けた奴から好きなモンを奪えるって訳だ」

「兄ちゃんよぉ、まさか逃げようなんて考えてんじゃねぇよな? 巨人殺しのディオス兄貴に恥かかせるんだ……覚悟できてんだろうなあ?」

「俺たちだって暴力は嫌いなんだが、決闘なら別だぜ? しかも、俺たちに勝てばこの場で金貨袋が手に入るんだぜ? ……勿論、受けるよなぁ?」


 無茶苦茶な理屈だ……冒険者は野蛮人が多いと、知識人や貴族は口を揃えて言うがこれはもう反論できない。


 さっさと逃げたい……でも囲まれてるから強行突破すると確実に騒ぎになる。

 それなら正攻法で決闘受けた方がいいのか?


「ふむ、お前達の言いたいことは難しくて分からないが、察するに女を寄越せと、彼に対して要求してるのか? そんなことをしなくても普通に頼めばいくらでも相手するつもりだったんだが?」


 不穏な空気に対して、敢えて挑発するようにネージュが一歩前に出て俺を庇う。

 矛を収めるきがないのは見て分かるが……黙って見ていこう。


「へぇ……分かってるじゃねぇか姉ちゃん。もしかして俺たちと朝まで遊んでくれるのか? ッヒヒ、こりゃとんだアバズレだぜ!」

「望みとあらば夜通し相手してやる。もっとも、私にも好みというのがある。少なくとも弱い男に抱かれるなどまっぴらごめんでな。……まずは力を示してもらおうか?」


 僅かに殺気を込めて、剣の切っ先をピタリと喉元に当てて相手を真正面から睨みつける。


 ……近くで見ていた筈なのにいつ抜剣したのか全く分からなかった。


「そこの人、決闘法なら利用できると言ったな?」

「は、はい……。ですが、あの……」

「決闘法を受理して欲しい。私は一人でいいし、そちらは三人で構わない。私が負ければその場で見せ物にしてくれてもいいが、私が勝った場合はそこの金を全て置いてってもらう」


 一人でポンポン決めていくネージュ……凄い自信だな。

 相手が大した輩じゃないって戦士の勘で分かるのかね?

 俺はそういうの疎いから分からないけど。


「へへっ、大した自信だな姉ちゃん。本当にいいのか? 双方の合意があればルールの変更・追加ができるとは言えちぃとばかし厳しいんじゃねぇのか? 俺様だって鬼じゃねぇ。今なら三対三の決闘に変更してもいいんだぜ?」

「ならば冥府の土産に教えてやろう。私はオーガ程度の魔物なら容易く細切れにできる」


 かくしてここに、三対一の決闘が行われた。

ストックが既にヤバイことに。

明後日は気合いで更新するけどその次は……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ