サーマル
この世のあらゆる娯楽を凝縮したと言っても過言ではない、大陸随一の歓楽都市・サーマル。
都市全体を高い壁と深い堀で覆い、市街地は入り組み、地元住民でも考えなしに歩き回ると迷子になる。
王都で流行している劇場や吟遊詩人と契約している宿屋、大掛かりな賭場、とにかくこの街で遊ぶことには困らないが、中でも一際目立つのが中心地にデンとそびえ立つ巨大な円形状の建物……。
建築事情など知る筈もないけど、東京ドームに匹敵する建物を異世界で拝める日が来るなんて……ちょっと感動。
「あれってもしかして、メリビアでも噂になってる……」
「うむ。大陸最大の観光名所の闘竜場じゃ。かの四英雄達もあそこで竜との死闘を演じたものだ」
検問の順番待ちが長いのでここぞとばかりにガッシュさんがうんちくを垂れる。
名前が示す通り、そこではリング内に竜種が放たれ、腕自慢で命知らずの冒険者がガチで死闘を繰り広げ、莫大な富と名声を夢見て開催時には参加者が殺到する。
竜種と言ってもお伽噺に登場する、魔王に匹敵するような強者はいない。
大会部門にもランク別にリングへ放たれる竜種が定められており、地元のギルドでは昇級試験代わりに規定のランクで優勝することを義務付けているとか。
それに闘竜場と名付けられているが年中、竜との闘争を演じる訳ではなく、普段は闘技場としての役目を果たしている。
因みに四英雄達が挑んだのは鋼竜と呼ばれる竜種の中でも上位の存在。
堅牢な鱗、強靱な筋肉、規格外の重量が生み出す地響き……。
学説によれば竜種の特権である飛翔能力を犠牲にして手に入れたその強さは、地上を跋扈する魔物は勿論、魔族でさえ手を焼くと言わせるほど。
「魔王カドケウスに仕える魔族の一味が会場に放ったその鋼竜を当時は冒険者だった四英雄で対処したんじゃが、当時の最高火力であったキャスパル様とクリスティーナ様の魔術でさえ、決定打にはならなかった。人々が絶望する中、ヤヒコ様が乾坤一擲の策に出た」
「……その策とは?」
「鋼竜に自ら喰われて腹の中で暴れ回るという、非常識なものだ」
非常識の一言で済ませられる貴方も大概だと思います。
「やはり先生も闘竜場のような場所に興味があるのですか?」
「いや、血生臭いのは苦手でね。冒険者みたいに生活の為っていう理由があるならともかく、殺し合いを見て楽しむのはちょっと、ね」
「えぇ、分かりますとも。私の故郷でも帝都全体を巻き込んだ大きなお祭りがあるのですが、それがまた大変血生臭いものでして……。ああいうのに夢中になる殿方の気持ちというのはどうしても理解できませんわ」
「その点については私も同感かな。ところで先生、私達の仕事終わったらデートして慰めてくれない? もしくは染みついた男の色を染め直してくれてもいいし」
少し強引だが、話題転換とばかりにリーラとアイリーンが話しかけてくる。
他のキャスト達も反応に微妙な違いはあれど、仕事が終わった後リフレッシュが欲しいようでジッとこっちを見ている。
「それはいいけど後ろの娘達にも希望訊いておきたい。……マッサージ希望者」
二人を除いたキャストのうち、三人が挙手する。
残り五人の希望は食事だったりナンバーワンキャストを堕とした秘技を是非体験したいという娘達。
秘技でも何でもないんだけどね、ただ持久力にモノを言わせて乗り切っただけだし。
「次、どうぞ」
ガッシュさんの話を肴にして順番待ちをすること一時間……ようやく俺たちの馬車が検問所まで進んだ。
都市へ来た目的、滞在期間、荷物検査、馬車の確認、入税料の支払い。
荷物検査の際、若くて如何にもだらしないナントカ貴族の三男坊っぽい騎士が武器を隠し持ってないかという名目でキャスト達の身体を検分したという一幕もあったが、ガッシュさんが殺気を飛ばして最小限の被害で済んだ。
やはり娼婦という存在は何処でも卑しく、最底辺の存在という認識が根強い。
その癖、都合がいい時には言い寄って嘘と見栄で塗り固めた虚飾で口説き落とそうとするから本当、娼舘通いの男連中というのは救えない。
……俺も人のこと言えば義理じゃないが。
(サーマルに着いたら基本、やることないんだよな俺)
移動初日とは違い、今は馬車の中で大人しく街並みを観察している。
歓楽街と言っても城塞都市だった頃の名残りか、表通りであっても真っ直ぐ進めない程度には進みづらい。
今、馬車が通っているのは露店通りのようでちょくちょくと屋台が並んでいる……が、人通りが少ないせいであまり繁盛しているようには見えない。
「宿屋に着いたらキャスト達は宿屋で身支度を整えてそのまま取引先の屋敷へ向かう……ていう手筈ですね?」
「うむ。その間、ワシ等は自由行動が許される訳じゃが……どうだろう先生、ここは一つ男同士、水入らずで語り合うというのは?」
「ガッシュ様? それは勿論お酒のお話ですわよね? まさか、ガッシュ様に限って先生に安い花を持たせよう、などとお考えではないでしょうね?」
「も、勿論だとも。うむ、先生をそのような所へは連れて行く訳がない」
連れて行く気だったのか。
大方、ここで買ったキャストに別料金払って整体魔術をかけて、綺麗にしたところで元気になったアレを存分に試す腹積もりだったかも知れないが、その道のプロにはあっさりと見抜かれた。
「…………」
シャルロットは自身の立場を考慮して発言せず、代わりにぎゅっと抱きついて無言のアピールをする。
──御主人様には私がいます、ですから安い女は不要です。
そんな副音声が聞こえたような気がするが、間違いなく気のせいだ。
ネージュは氷のような視線を少しだけ向けて、見て見ぬ振りをする……潔癖性の長耳族にとっては耐え難い話題なのだろう。
程なくして馬車は予約しておいた宿屋に着く。
接待するキャスト達と商談を纏める店長とガッシュさんは向こうに泊まる。
店長は元々同席する予定はなかったが、何かしらの取り引きがあって参加する権利を得たんだろう……深く考えないことにする。
よって、この宿屋に寝泊まりするのは俺、シャルロット、ネージュ、そして道中護衛してくれた冒険者達だ。
ただ、屋敷に送るまではキチンと護衛する必要があるので街を散策がてら、俺もそれに便乗する。
「なぁ先生よぉ、あの娘達がどんな服着るか聞いてるか?」
「貴族令嬢が夜会で着るような服と今回の為だけにオーダーメイドした勝負服……ぐらいしか知らない」
「勝負服かぁ、いいねぇ! 俺も今度女神の園で買うときはそれ頼もっかな」
「頼むって……女神の園の相場は知っているんですか? 時間買いでも金貨が飛びますよ?」
余談だがリーラの場合、本人の希望で一晩買い以外は認められず、最低でも金貨二○枚の出費を覚悟しなければならない。
最低、というのはオプション抜きでの話だが……まぁ女神の園ともなればオプションがなくてもかなり楽しめる……と、最近娼舘に嵌り気味のタツヤが言ってた。
「先生も知ってるだろう? メリビアに現れた迷宮。ミスリル鉱山が発見された迷宮は色々事情があって制覇されたらしいけど、最後の迷宮で人喰い宝石箱が出たんだよ」
「人喰い宝石箱だって? ……いや、それでもクランで配当金割ると分け前かなり減ると思うけど」
人喰い宝石箱とは某ゲームに登場する宝箱に擬態してプレイヤーに不意打ちをかますアレだ。
迷宮内での出現率は低く、ギルドでも希少魔物として認定されており、冒険者の間では一攫千金の象徴とも言える。
魔剣の迷宮でなくても、通常の迷宮を踏破すればトレジャールームが解放されて富と名声を得られるが、ここ数年で迷宮が踏破されたという話は聞かない。
最後に踏破されたのが二五年前に四英雄が挑んだ強欲の迷宮を最後に、迷宮が踏破された報告は聞かない──そのぐらい、迷宮攻略は難しい。
対する人喰い宝石箱はとても分かり易い。
名前が示す通り、奴は宝石を蓄えた魔物だ。
擬態を見抜けずやむを得ず交戦した場合でも中に蓄えてる宝石は無傷で手に入るから少人数パーティであればかなりの収入が見込めるが、外側にはめ込まれている宝石はどうしても傷物になってしまう。
しかも外側にはめ込まれている宝石に限って大粒だったり希少な宝石だったりするし、そもそも擬態している時点では宝石は出現してない。
奴の擬態を見抜き、無傷で宝石を手にするには熟達した魔術師の力が必要とされる……具体的なやり方は睡眠魔術と毒魔術によるスリップダメージで撃退するそうだ。
「おう! それがよ、その人喰い宝石箱が大当たりでよ、しかも運良くそのとき魔術師が居たからな! それで一人金貨三○枚の収入が入ったって訳よ!」
「そりゃ凄いな。俺も普通の家庭に比べたら稼ぎはいい方だけど一度に金貨が貰えるほどの収入なんて数える程しかないからな。やっぱ一山当てるには冒険者が一番なのか」
「ったりめーよ! ……でよ先生、モノは相談なんだが女神の園に入れるよう口利きしてくれねぇか? いや聖女の後宮でもいいんだ。勿論タダとは言わねぇ、仲介料として金貨一枚払う。あの店にはそれだけの価値がある。……どうだ?」
「……ギルドマスターに頼めば紹介状書いてくれるんじゃないのか?」
商人は知らないけど、少なくともタツヤはそうだった。
以前、家に遊びに来たとき、ぽろりとそんなことを漏らした記憶がある。
「いや、まぁ……確かにそうなんだけどよ、あのオッサンかなりのやり手でよ。下手に交渉するとこっちが大損する場合が結構あるんだ。先生ならそういう阿漕な真似しないって信じてるからよ。何なら貸し一つでもいいぜ?」
俺なら与しやすいと踏んでの交渉って訳か。
考えとしては悪くないが、正解かと訊かれれば違う訳で……。
「期待を裏切るようで悪いけど、店長そういうところはしっかりしている人だから俺が口利きしても無理だよ」
「そこを何とか! お願いします先生!」
「いや拝んでも無理だから……」
俺の口利きであっても認めないというのはそれなりの付き合いで白南風清十郎という人間を把握しているからこそだろう。
その割りには俺がキャストと身体だけの関係持ったことに口を挟まないんだよな……特に反対する理由がないから黙認してるだけかも知れないし、俺も何か言われない限りは何も言わないつもりだ。
「それに、一等地区の娼館で遊ぶ為の紹介状が欲しいならギルドに拘る必要はないだろ。クランに所属しているなら贔屓にしている商人に話を付けるとか」
「おぉ! 確かにその手があったな! いや先生、アンタ頭いいぜ!」
頭いいとかそれ以前の問題だと思うんだが……まぁいい。
そんな感じで雑談を交えながらしばらく歩いてると目的地へ到達した。
街の中でも一際大きな赤煉瓦作りの外見は古く、月日の流れが歴史の重さを感じさせる印象を訪問者に与える。
小まめに外壁を掃除しているとは言え、経年劣化は防ぎようもないが人の手によって行き届いた清掃と古い煉瓦の組み合わせは不思議と絶妙にマッチしている。
そして、その由緒正しい(?)洋館の門前には複数の人影が……。
「おぉ、おぉ……待っていたぞ! いやぁ、この日をどれほど待ち望んでいたことか!」
「旦那様、まずは挨拶が──」
「いやぁ、それにしてもキミ達がこの世で尤も美しいと言われる娼婦か! っくく、本物を見るまでは美しく着飾った貴族令嬢に毛が生えた程度だと思っていたが……いはやは! 世界一と豪語するだけのことはあるッ!」
「…………」
もしかしてこのオッサンが接待相手?
両脇に控えさせてる妙齢の人は執事服着ているから消去法でそうなるのは理解できる、けど……。
「久しいの、ボールドネス」
「ガッシュか。全くお前はいいところで話の腰をおりおって。私が今、花を愛でてるのが分からないのか?」
「ボールドネス様、そう焦らずとも時間はまだたっぷりありますわ。楽しみは残しておいた方が、より愉しめるというものだと思いませんか?」
「おぉ、そうだな! さぁガッシュ、早く紹介してくれ!」
「全く……まぁいい。こちらの御仁はメリビアの一等地区にある娼館の店長だ。それぞれ女神の園、聖女の後宮を担当してる」
「初めましてボールドネス様。女神の園の店長を務めさせて頂いてます、パルシャークです」
「聖女の後宮の店長、アドルフだ」
「うむ。遠路はるばる良くおいで下さった。さぁ、中へ。歓待の準備はしてある」
そう言ってボールドネスなる商人はガッシュさんと店長二人、そして一○人のキャストを洋館へ招き入れる。
(しっかしまぁ、あれはテンプレ過ぎるだろう……)
不毛地帯の頭部、全体的に丸っこい身体、ベタつきそうな汗、嫌らしい笑みと露骨な視線、成金趣味のようなギラギラした装飾品……絵に描いたような悪徳商人にしか見えないあの男を接待しなきゃいけないのか彼女達は……。
(戻って来たら精一杯労ってあげよう)
決意を固めながら、俺は彼女達が洋館の中へ消えていくのを見送った。