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内緒の依頼

「来たか……」


 部屋に入るとガッシュさんはベッドの上で座禅を組んでいた。

 メリビア支部に限った話ではないが、冒険者ギルドのマスターというのはトップランカーだった冒険者が引退後、本部から任命を受けて就職する風潮がある。


 ガッシュさんもその例に漏れることなく若い頃は凄腕の冒険者として名を馳せていた……らしい。


 それでも年老いても尚、港で働く労働者よりもがっちりした体躯に腕に刻まれた大小様々な傷跡を見れば歴戦の強者であることが伺える。


「ふむ……ネージュも一緒か」

「あぁ。私はシラハエ殿に雇われた護衛だからな」

「……。先生、すまんがネージュに席を外してくれるよう頼めないか? できれば内密に話をしたい」


 あ、なんかもう面倒な臭いがしてきた。


「済みませんがそういう話でしたらお断りさせて貰います」

「まぁ待て。せめて話を聞いてからでも遅くはなかろう? 君にとっても美味い話だ」


 ますます拒否したくなる情報ありがとう。

 ぶっちゃけこのまま回れ右してさっさと帰りたいが、流石にそれは人として問題ありなような気がする。


 だからまず話だけ聞いて、その上で断る──それがベターだろう。


「……まぁ、聞くだけなら。ネージュ、済まないが外で待機しててくれ」

「分かった。何かあったらすぐ駆けつける」


 目礼だけしてさっさと部屋から出ていく……本当、仕事人間って感じだな。


「すまんな。出来れば男同士の方が都合がよくて」

「そうですか。それで、用件は何でしょう?」

「用件か。……あー、まぁ商談と言えば、商談だ」

「……。迷宮討伐の時にも言ったと思いますがそういう話は女神の園の店長に話を通して下さい」

「そうか? しかし先生はちょくちょくと独断で治療をしているそうだな? なら今更例外が増えたところで大した問題にならんじゃろう?」

「事後報告ですが店長には報告させて貰います。面倒なことは避けるに越したことはないでしょう?」

「じゃが、ワシからすればお主の方がよっぽど面倒なことを抱えているように思えるぞ? 例えば──ネージュとかいう長耳族エルフだな」


「──ッ!?」


 この人、どうしてネージュが長耳族エルフだって……。

 食事の時は帽子取ってなかった筈……だから外見から長耳族エルフと断定することは出来ない……いや、まさか……。


「食事中に“ハシ”の話題が出てきたじゃろう? あの食器はな、この大陸では長耳族エルフ特有の文化なんじゃ。海の向こうにある先生の故郷でも“ハシ”が使われる上に、先生は間違いなく人間そのもの……。半信半疑じゃったがネージュが食事中であっても帽子を取らなかったのが気になったのでな、こうしてカマを掛けてみた訳だが……ふむ、動揺を隠しているところからして事実のようじゃな」

「…………」


 しらばっくれても無駄だろう。

 シラを切ってところで帽子を取れと言われればそれまでだ。

 ……覚悟を、決めるしかないか。


「聞き捨てなりません」


 だが、そんな俺の覚悟を一蹴するように部屋の外で待機していたネージュが割り込んできた。


 壁越しの会話が聞き取れる程の聴力が優れているのか、長耳族エルフという種族は。


「ガッシュ殿、あなたの疑念を言葉にするならシラハエ殿は長耳族エルフを街中に連れ込んだ犯罪者であるということですか?」

「そこまでは言わない。じゃがお主が──」

「では、私が長耳族エルフでないことを証明すればいいのですね?」


 ネージュ、一体何言ってんだ……?

 俺はどうすればいいの……止めて素直に白状して焼き土下座すればいいの?


 どうしようか迷ってるとネージュに凄い勢いで睨まれた──口出しせず黙って成り行きを見守っていろってことですか。


「ガッシュ殿、ご覧下さい」


 毅然とした態度で、ネージュが帽子を取る。

 止める間もない……本当に一瞬の出来事だった。


 果たして、ネージュが被っていた帽子に隠れていた耳は──人間と同じ丸耳だった……あれ?


「私の耳が長耳族エルフのそれに見えますか?」

「……いや。見間違う筈もない、人間の耳だ」

「シラハエ殿は同郷の人間・・である私を護衛として雇った……それだけです。そこの何の問題がありますか?」

「……ないな」

「私は雇われた身ではあるが、雇い主がありもしない疑惑をぶつけたことについては見過ごせない性格だ。このまま交渉を続けるならその点について充分、考慮して貰いたい」


 この流れには、乗るべきだな。

 余人なら呼び出された挙げ句、疑われて頭に来てそこで打ち切るけど、金銭的な報酬を釣り上げるにはいい機会だ。


 ……今後のことも考えたらこういう事も出来るようになった方がいいかも知れないしね。


「ガッシュ様、今回の一件……私がパルシャーク店長に報告すれば必要のない約束を取り付けられるのは明白です。ですが、誠意・・を見せてくれる相手には誠意を持って応える程度の度量は持ち合わせているつもりです」

「……売られた喧嘩は高値買い、か……冒険者の基本じゃったな。忘れておったよ、お主も昔は冒険者だったということを」


 いやガッシュさん、そんな言葉始めて聞きましたけど?


「いいだろう、何が望みだ?」


 望み……そんなの言うまでもなくマイホームだが、それだと釣り合わない。

 今回の一件はあくまで限りなくクロだと疑われただけ……その程度で家寄越せとか紹介状書けとか言っても多分、渋られるし、パルシャークに相談しても禍根が残るぞと言われるのは分かってる。


「ありきたりですが、お金で。誠意としては一番分かり易いと思います」

「分かった。これから先生に頼む依頼の報酬に上乗せする形で支払おう」


 既に俺が依頼を受けることは確定らしい……が、それについてはまだ話を聞くだけの段階だから言質は取らせない。


「それは内容次第です。承諾した覚えはありません」

「だろうな。……それで、先生への依頼なんじゃが、ちょっとこう、耳を近くに」

「……?」


 先の事があってネージュを追い返すような真似はしないようだが、何故そんな内緒話をするような……あぁ、そう言う話がしたいからネージュを追い出したんだったな。


 もっともそれは、脅したことで台無しになってしまったけど。


「先生の“まっさぁじ”は身体の調子を良くするんじゃな?」

「はい」

「領主様から聞いた話じゃが、何でも治癒魔術でも治せない古傷は勿論、内側の不調や肌の手入れまでできると……」

「はい」


 なんでそんなことを訊く?

 普通に施術を頼みたいなら普通に頼めばいいのに……。


「でだな先生、そのぉ…………アレには効果があるのか?」

「あれ? ……済みません、もう少し具体的に」

「男の元気の証たるアレじゃ」

「あー……」


 ここに至って、漸くガッシュさんが人払いを頼んだ理由が分かった。

 そりゃ面と向かって頼み込めないよな……女性の前じゃ特に。


「アレを元気にするのは……可能か?」


 よっぽどメリビアの娼舘で豪遊したいんだねこの人……同じ男としてその気持ちは良く分かるけどさ。


「まぁ、可能です……はい」


 可能というか俺が行為を致す前に良く使っているし、ジオドール様に頼まれてたまに施している。


 なので効果は折り紙付きだ……技術もないのに同時に相手しても一服する余裕があるくらい元気になる、ソースは俺。


 ガッシュさんの要望を正しく理解できなかったのは……アレだ、ジオドール様がそれを頼み込んだ時は直接的な表現をしたのに対して、この人は歪曲な表現をしてきた……だからすぐにはジオドール様に内密にしてるソレだという事実に辿り着けなかった。


 ついでに整体魔術というのは単純に身体の調子を整えるだけでなく、老いた身体であっても全盛期に近い状態へ戻すことができる……ジオドール様の話によればそうらしい。


 何処まで事情を知っているかは知らないが、大方ガッシュさんが独自の情報網を駆使して入手した情報から推理してたどり着いた結論だろう。


「私としても直に触らなきゃいけない、という意味では苦痛を伴いますのでかなり割高設定してます。一回五○シルバで」


 ジオドール様はいざという時、支障が出ない範囲で後ろ盾になってもらうという確約を取り付けているので無料サービスで提供している。


「金貨を要求してくると思ったが、意外に安いの……まぁ安いに越したことはない、契約成立だ」


 ゴールド単位で吹っ掛ければよかったか……いやでも、大した手間じゃないから治癒魔術師みたいにぼったくるのは気が引けるからこれでいい。


 但し、今日はネージュの目があるので施術は後日改めてという形にした。

 慰謝料の件はそのとき話すことにした……踏み倒すつもりならジオドール様かパルシャークにでも密告すればいい。


「なぁネージュ、耳のあれどうやったんだ?」


 ガッシュ様の部屋を出て、人目がないのを確認してから思い切って疑問をぶつける。


 答えてくれないならそれはそれでいいけど、気になるものは仕方ない。


「アレか……幻影魔術を使った。ただし、秘術を駆使した高度な奴だ」


 幻影魔術というのは文字通り、相手に幻影を見せる魔術……人間でこれを高度なレベルにまで高めている者がいるかは分からないが長耳族エルフにしてみれば自分達の領域たる森に他種族が入り込まないよう、高度なレベルでの修得が要求される。


「見えないところに幻を見せるのは人間でも出来るだろう。だが、存在する物を幻で上書きするのは難しい。相手の五感全てに訴えるような幻影ともなれば我々でさえ使えるのは一握りだけだ」

「つまり、ネージュさんは秘術と合わせて耳の形を人間の耳のように見せたということですか?」

「そうだ。そう何度も使えるものじゃないから使い所は考える必要があるがな」


 そして、その限られた回数のうち一度を、俺の失態を拭う為にネージュさんは秘術を使ったということか。


「すまない。貴重な秘術を使わせてしまって……」

「私は契約を守っているだけだ。お前が気にすることではない」


 割り切り方が軍人みたいだね……いや、軍人か。

 そんな世間話を交わしながら俺たちは宛われた部屋へ戻った。

次回の更新は7月下旬を予定してます。

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