宿場町
結局、宿場町に着くまでの間に起きた襲撃は一度きりだった。
移動中、何故オークが襲って来たのか、その目的は何なのか……という話はされたが退屈凌ぎの話題に過ぎないので言うほど真剣な話ではない。
そういう事件の調査は専門家に任せて、俺たちは報告するだけでいい。
「宿場町っていうから大掛かりな宿泊施設なんてないと思ってたけど、意外としっかりしているんだな」
「先生、ここはサーマルとメリビアの中間地点にあるのですよ? 大商人や貴族様もこの街を利用なさいますからそれなりの施設があるのは当然ですわ」
そうか……考えてみれば宿場町とは言え交易の重要拠点でもあるのか。
俺たちが今、歩いているのは人混みを嫌うお偉いさん達の為だけに作られた専用通路だ。
そこから金持ち御用達の宿屋でチェックインを済ませる。
まだ夕暮れには早いし、少しなら宿場町を探索する余裕もあるだろうと思った俺はシャルロットとネージュを連れて露店通りへ向かう。
夕暮れ時の活気は宿場町であってもそう変わらない。
軒先に灯りを入れる飲食店の従業員、宿泊する宿を決める冒険者グループ、露店先で交渉する商人……。
「おっ、そこの色男さん。うちの商品見ていかないか? 女を二人も侍らせているんだ、甲斐性の一つぐらい見せたらどうだい? うちの商品は全部サーマル鉱山から仕入れた純銀製の装飾品だからね、きっとお連れの女性も喜ぶよ」
「ふぅん……」
サーマル鉱山の純銀が何なのか分からないが見るだけ見てみる。
指輪やネックレスに髪飾りと言った、如何にも女性向けの贈り物がメインの商品が並べられている。
シャルロットも女性だしこういう物を欲しがるだろうか?
そう思ってそっと横顔を盗み見してみたけど、銀製の装飾品に関心がないのかぼんやりと眺めているだけだった。
ネージュは仕事に徹しているからそもそも商品を見ていない。
(そもそも女性への贈り物とか何送ればいいかサッパリ分からないし)
冷静に考えてみれば俺は女性へ贈るのではなく、贈ってもらう側だった。
その贈られる物の大半がキャスト達に舞い上がっている金持ち連中の貢ぎ物であって、間違っても俺への贈り物ではない……が、それでもキャスト達はわざわざ包装し直して持ってくるからギリギリ贈り物としてカウントしている。
「サーマル鉱山から採れる銀というのは?」
「なんだ、知らないのか兄ちゃん。サーマル産の銀は厄払いのご利益があるんだぜ? クリスティーナ様が悪霊払いをする時も必ずサーマル産の装飾品を身に付けるぐらいだからな!」
ただの験担ぎだったか。
値札を見ると一シルバ──結構なお値段だ。
どうしようか少し悩んだけどキャスト達へのプレゼントということで一○点まとめて購入した……彼女達には仕事以外でもちょくちょくお世話になっているからこういう形でお返ししておくのも悪くない。
出費だが頑張って交渉して一八シルバまで値切った。
箱に入れた方がプレゼント用として見栄えがいいというアイデアが功を奏したと言ってもいい。
露店で買い物を終えたら丁度いい時間になったので宿泊先の高級宿屋へ戻る。
宿場町には自警団が存在するが駐在騎士のような高度な訓練を受けている訳ではないし、その数も町の治安を維持する最低限の人数しか存在しない。
「なぁ嬢ちゃん、そこのモヤシなんか放っておいて俺たちと遊ばねぇか? 俺たちすっげーいい店知ってるからさ」
やはり、こういう場所はメリビアに比べて治安が悪い。
しかも二人は容姿的にかなり目立つ……素行も頭も悪い冒険者に目を付けられるのは致し方ないこと。
「遊びたいなら私が付き合ってやるぞ?」
そう言って、ネージュは無詠唱で発動させた土魔術で作った石槍を展開して、男達の喉元にピタリと宛う。
俺が事前に教えた、バカ共のあしらい方だ。
「この女、魔術師だったのか!?」
「おい、魔術師はやめとけ。騒ぎになると面倒だ」
魔術を見た男達はそそくさと立ち去っていく。
ナンパをするような低ランクの冒険者共が魔術師を恐れる理由は単純明快……戦いに身を置く魔術師の使う魔術は簡単に人を殺せるからだ。
無詠唱の修得方法が確率された現代では昔と違い、魔術師の地位がそれなりに上がっている。
一言呟くだけで簡単に風穴を開けられる魔術をポンポン出せる存在は頭の悪い人間であっても恐怖を覚える──というか何年か前に罪人を相手に魔術師達が公開処刑をして自分達の攻撃力を知らしめたのが発端らしい。
だから最近は魔術師に絡む冒険者の数も大分減っているし、宵闇の鷹や聖凰騎士団のような大手クランは好待遇で魔術師を迎え入れる。
「冒険者ってどうしてナンパばかりするんでしょうね。女の子はアクセサリーじゃありませんのに……」
メリビアで一人歩きをすれば高確率でナンパされるシャルロットとしては迷惑以外何でもないに違いない。
同じ男として自分を良く見せる為だったりモテたいが為に行動を起こすという気持ちは理解できない事もないが、先のような輩は御免被りたい──と、言いたいところだが部分的には俺も同じであることは否定できない。
女を物とする、そういう意味では俺のシャルロットへの扱いがまさにそうだ。
さっさと解放奴隷にすればいいものを、それっぽい理由を付けて解放せず手元に置き、奴隷にあるまじき好待遇を与えることで自分は他人と違うんだと言い訳を重ねる。
仕事を与えるだけなら奴隷である必要は全くない……なのに奴隷を欲しているのは心の奥底でくすぶっている支配欲が牙を剥いてるから。
奴隷に甘えて好きに扱う──程度の違いはあれど、本質的には同じだし、言い訳にもならない。
敢えて違いをあげるとすれば考え方の違う人を巻き込まないよう努力していることぐらいか。
「御主人様? 何か気になることでもありましたか?」
「何でもない」
「……失礼ながら、少しぼんやりしているように見えましたが?」
「旅の疲れが出ただけだ。問題ない」
「そう、ですか……」
あまり納得してない様子で頷くシャルロット……すまんがこればかりは人に相談できるものじゃない。
何となく微妙な空気のまま宿屋へ戻り、その足で食堂へ向かう。
「先生、遅かったですわね。団体行動は旅の基本ですわよ?」
「悪い。ちょっと道が混んでてな」
「先生、早くしないとご飯冷めちゃうよ」
ちょい、ちょい……と、アイリーンが当然のように自分の隣を指定してくるので大人しく座る。
リーラは……悔しそうにこっちを見ている……二人の間で何があったんだ?
テーブル席にはキャスト達と護衛達が当然のように同席している……この宿屋は警備もしっかりしているから護衛達には骨休みとして食事を振る舞っているんだろう。
「食事は経費として出すから安心せい。好きなだけ食べてくれ」
この中で一番の年長者であるギルドマスターのガッシュさんがジョッキを掲げながら言う……そう言えばいましたね、道中静かだったから存在忘れてたよ。
ガッシュさんが乾杯の音頭を取って一斉に食事を摂る。
周りの人たちは当然のようにナイフとフォークを扱っているがネージュは少し困惑しているのでアドバイスをすることにした。
「ネージュ、ナイフは右手でフォークは左手に持って。細かい作法はいいから音を立てないように気を付ければそれでいい」
「こ、こうか……?」
「そう、そんな感じ。見よう見まねでやれば後はどうにでもなる」
手本を見せる形で俺がまず厚切りのステーキを切ってみせる。
どんな肉が使われてるか知らないが普段俺たちが食べている肉よりも絶対上等なのは間違いない。
ステーキを三分の一サイズにカットして、そこから更に一口大にカットして口へ運ぶ。
元貴族のリーラのように音を立てずにやるのは無理だが格好だけは多分、さまになってる……と、思いたい。
「む……これは、肉を切るのには便利だが……むぅ、やはり慣れないな」
悪戦苦闘しながら肉を切り分けて食事をする彼女は……うん、何て言うか不憫で仕方ない。
慣れない食器を使っての食事ってどこか肩肘張っちゃうから美味しい物が出てきてもそれをしっかり味わう余裕がなくなるんだよねぇ。
……そもそも長耳族的に肉ってオッケーなのか?
「ふむ……お主、ネージュとか言ったな。作法に慣れてないところから察するに農村の生まれか?」
ガッシュさん、なんでネージュに関心持つんですかね。
ここで長耳族だってバレたら色々不味いし、かと言って俺が下手にフォロー入れると何かまずい気がする。
ネージュは問題を起こさないと誓ってたし、ここは彼女を信じよう。
「あぁ、察しの通り田舎者だ。地元では会ったことはないがシラハエ殿と同じ出身だ」
「ほぅ……そう言えば小耳に挟んだ話じゃが、確か先生は島国出身だったな。……ところで、二人は“ハシ”とかいう食器を使うのか?」
「えぇ。私の故郷では箸が一般的です」
長耳族の国って箸あるのかよ?!
どうにか無表情をキープできたから良かったものの、緊張状態でなければ動揺してそこからバレたに違いない。
ネージュが話を合わせる為に吐いた嘘という可能性もある。
「確か、御主人様も家では“ハシ”を使いますよね? 私も以前、持たせて頂いたことがありますがあれはなかなか難しいものです」
「そうか? 私は子供の頃から箸を使ってきたからな。皆のように“ないふ”と“ふぉーく”で食事をする形式に戸惑ってる」
マジであるのか長耳族製の箸。
……機会があれば融通してもらおうかな、手作り箸。
「それよりネージュ、馬車の中から見ていたが先の傭兵団との戦い、なかなか見事であった。実力的に言ってAランクの剣士に匹敵するその腕、何処で磨いた? 冒険者ギルドには所属していないようじゃが……」
「故郷で基礎を学び、魔物との戦いの中で磨きました」
「なるほどのぉ。……どうじゃネージュ、冒険者ギルドへ加入しないか? ギルドとしても有望な人材が入ってくれるのはとても有り難いことなんじゃが……」
「申し訳御座いません。私にはやらなければならないことがありますので」
「そうか。まっ、ギルドの門はいつでも開いておるからな。気が向いたらいつでも来なさい。必要があれば力になろう……勿論、対価は貰うがな」
そう言ってグビーっと酒を煽るガッシュさん……いきなりネージュに話題振ってくるからビックリしたけど無事に乗り切れて良かった。
「ねぇ、先生が島国出身って言うのは知っているけど実際どんなところ?」
話が途切れたのを見計らってアイリーンが質問をしてくる。
これは……どう答えたらいいんだ?
咄嗟にネージュと俺は同郷の人間っていう設定にしちゃったけど、下手に答えたらネージュと俺の解答に齟齬が生まれるかも知れないし……。
「そう、だな……内陸では農耕が、沿岸部では漁業を営んでいるな。そしてそういう仕事をしている人は自然を敬い、崇拝している」
若干、誇張と妄想が入っているのは否めないが全くの嘘ではない。
「農耕と漁業が盛んな国……漁業が盛んという点ではメリビアと同じね。ねぇ、先生がメリビアに居るのってやっぱり海を近くに感じられるから?」
「いや、単純に飯が美味いから」
飯もそうだが、何より魚醤があるのも理由の一つだ。
日本人はどうしても醤油が恋しくなる瞬間がやってくる、だから魚醤の存在は非常にありがたい。
「あぁそうだ先生、食事が終わった後で良いからワシの部屋に来てくれないか?」
「ガッシュ様の部屋に、ですか?」
商談関係なら店長のパルシャークを同席させる必要が出てくるな。
いや──話の流れからしてネージュ関係かも知れない。
出来れば断りたいところだが、上手い断り文句など思い付く筈もなく承諾してしまった。
その後は当たり障りのない話題を交わしつつ食事を楽しみ、全員が食べ終わるのと同時に席を立つ。
この後、俺はガッシュさんの部屋を訪れなければならないが一人で来い……とは言われてない。
商談なら頑張って断る気でいるが、ネージュ関係だと色々まずい……必然的に同行者はネージュになる。
「すぅ……はぁ……」
「そんなに緊張する相手なのか?」
「冒険者ギルドのマスターなんて普通に生活していたらそう会わないよ。それに……ネージュのことかも知れないだろう? だから覚悟はして置いた方がいいよ」
「それは……否定できないな。私が知らぬ間にドジを踏んだ可能性もある」
「まぁとにかく覚悟して成り行き任せで頑張るしかない」
ガッシュの部屋の前で充分に気持ちを落ち着かせて、意を決した俺は扉をノックした。
中途半端に終わってしまうのであと一話だけ更新頑張ります。