出立前日
いよいよ冒険者ギルドのマスター・ガッシュの依頼日が迫ってきた。
前日ということで今日は当日、接待するキャスト建の身体を入念に、これ以上ないくらい手入れをする。
魔術回路や肝機能は勿論、避妊処理から爪に溜まった僅かな垢、肌のシミとそばかす、体型の微調整、俺が特に力を入れている髪に至るまで、全てを徹底的に磨き上げた。
元から美しかったキャスト建は俺の超が付くレベルの本気マッサージを受けた結果、もはや俺程度の言語力では表現できないレベルだ。
敢えて言葉にすれば美の女神・アフロディーテの化身……とでも言おうか。
これで抱きたくないとか言う奴が居たらそいつは間違いなくホモだ……ヒエロス・コロス行き待ったなし。
実際、彼女達の美貌に見慣れてる筈の店長陣でさえ、ぽかんと口を半開きにしている……そのぐらい、今の彼女達は美しい。
今まで本気を出したことがなかった訳じゃない。
シャルロットにマッサージを施すときは常に全力だし、あの日以来触れ合う機会が増えたから必然的に気合いが入る。
だけど、シャルロットには悪いけど娼館で働いてるキャスト達──特に女神の園と聖女の後宮で働くキャスト達は元がいい上に高い教養が雰囲気として滲み出ているからどうしてもこちらに軍配があがる。
「先生、どうですか? 自分で言うのも何ですが今の私達なら落とせない男なんていないと思うんですけど」
「あぁ、今までで一番力を入れたからな。この国の王様だって頭を下げて求婚したって不思議じゃないさ」
なんていうか、もうここまで来ると化粧すると劣化するレベルだな。
ただ施術を施しただけで肌のキメは細かいしわ髪はサラサラしてるし光りの加減でキラキラするし顔だって整っているし脱げば出るところはしっかり出て引っ込むべきところはキチンと引っ込んでいる。
少なくとも俺の整体魔術を受けたキャスト達は皆、スリムな体型になる……ダイエットせずともたるみや脂肪をどうにでもできるのだからコルセットどころか運動も要らない。
貴族連中が知ったらさぞかし嫉妬するだろう、特に美容に力入れてる人。
「今のお前達は間違いなく綺麗だ。見た目だけじゃない……中身もね」
「……どれだけ美しく着飾っても私達は娼婦です。堅気の町娘のように──」
「そこまで」
自虐的になりそうなところで、ピシャリと遮る。
「確かにこの世界は綺麗事じゃない。世間様から見れば卑しい仕事だ。ともすれば必要ない、なんて言う浅学な輩が好き勝手言うこともある。金で買われて、乱暴に肌を重ねて、時には涙もする日だってあると思う。男の俺には、本当の意味でそれを理解することはできないから想像するしかない。それを認めた上でハッキリ言うよ──キミ達は、この世界で一番美しい女だ」
お世辞でも何でもない、俺はメリビアで働くキャスト達を掛け値なしに美しい存在だと思う。
金さえ払えばどんな男にでも抱かれて、その男の色に染まって魅せる彼女達を汚いなんて思ったことは、一度もない。
「お前達は蓮華だ。男という泥に囲まれ、その泥を一身に注がれても蓮華たるキミ達は枯れるどころか美しく咲いてみせる。咲くことが出来る。泥水を注がれたら朽ち果てる温室の花なんかよりずっと綺麗で尊い存在だ。そこだけは誰にも否定させないし、否定するなら俺が声を出してハッキリ言うさ。メリビアのキャストはこの世でもっとも気高く美しい女だと」
『………………』
……ちょっと、熱が入りすぎたかな?
けどまぁ、アレだ……一等地区で働く百戦錬磨の彼女達ならば嘘偽りない気持ちを使って元気付けているだけだって気付けるだろう。
大体、メリビアのキャストは男に口説かれ慣れているんだ。
恋愛初心者の俺がどれだけ熱心になったところで大人の余裕って奴で流されるのがオチだ……間違いない。
「御主人様、今のは口説いてるようにしか見えませんよ? ……やっぱり私では役者不足でしょうか……」
「ん? 何か言ったかシャルロット?」
「いえ、何でもありません」
そうか、何でもないと言うならそうなんだろう。
その後、当日着ていく衣装をお披露目したり、その服が俺好みだったのでシャルロット用に衝動買いしたり、筆おろしの経緯をバラされてアイリーンがキャスト達との間で行われていた賭けに勝っただのなし崩しでリーラ他、数名のキャスト達の相手をする約束を取り付けられたりした。
強引な流れなのは否めないが断る理由はことごとく潰された……冷静に考えたら別に断る理由なんて何処にもないのに。
「別にいいじゃない。有名な冒険者だって妻が二人三人いるのが当たり前だし……私を贔屓している貴族様なんて愛人が一二人いるのよ?」
「先生、妻が一人でないといけないなんて誰も決めてませんよ?」
アイリーンとリーラは口を揃えてこう言うし、シャルロットもこくこくと頷いている。
人類国家との戦争だけでなく二○年前なら魔族との大戦、魔物による被害……街の中で生活しても人は簡単に殺される。
満足な防壁のない村なら尚更だ……人口問題の解決策としてどの国家も一夫多妻は法律で認めている。
……一夫多妻を認めてるだけで何もしてない、消極的な案だけど。
「ところで先生、今回の“まっさぁじ”はかなり念入りにしてたけど……あれっていつでも出来ない?」
「そこまでする必要ある?」
「女は美しくなれる道があれば、そこに飛び付く生き物よ。今ならお金もサービスもマシマシよ?」
アイリーン、一度関係を持ってからアグレッシブになったな。
「先生、永遠の二番手よりもナンバーワンの実力に興味はありませんか? ほら、何だかんだで私の方が先生とのお付き合いも長いでしょう?」
「年齢から言えば私の方が若いわよ? 火遊びは火傷の元よ、オバサン?」
「品位と知性を兼ね備えた女を屈服させることが殿方の愉しみというものよ? お子様には少し経験が足りないから出直した方が身のためよ?」
火花バッチバチですな。
ていうか何、二人とも……仲悪いの初めて知ったんですが?
「あの二人って仲悪いんですか?」
近くに居たパルシャークにそっと訊いてみた。
「売り上げを競うライバルという程度には仲が悪かったさ。けど、こうなった原因は間違いなく先生だよ」
「……俺、何もしてませんし口説いた覚えもありませんよ?」
「無自覚とは恐ろしいね。いや、だからこそ惹かれたんだろうね、彼女達は」
謎かけか何かだろう。
それでも見た限り険悪という程の仲ではなさそうなので放置を決める。
本より今日来た目的はもう充分果たしたし、当日の護衛をしてくれる冒険者達とは当日顔合わせすればいい。
商会によっては独自に私兵部隊を養っているところもあるが俺の顧客達は所詮は娼舘経営者、せいぜい店の用心棒を雇う程度だ。
最近は領主様やその奥さん、屋敷に勤める使用人達も顧客に入ってしまっている……そして聖凰騎士団もいずれそうなるだろう。
もっとも、こっちの交渉はパルシャークに丸投げすることにした。
頭が鍛えられないとか言われそうだけど冒険した結果、俺基準で今より悪い暮らし(具体的には自由な時間)になるとか絶対御免だし、何だかんだでキャスト達との付き合いは楽しい。
「それじゃあ二人とも、今日は上がっていいよ。あぁそうそう、必要なら部屋を貸してもいい。先生もようやく遊びを覚えたからね」
「えーっと……ハイ、お願いします」
断ろうかなーと思ったけど欲望には勝てなかった……ウン、俺も男の子だったってことだ……ちょっと安心した。
部屋を借りると言ってもまだ日は高いから始めるのは夜になってから。
そういう訳で今日は久しぶりにシャルロットと二人で街中をぶらぶら歩く……リア充達が当然のように行っているデートという奴だ。
この世界──いや、この土地というべきか──には四季があるが、その寒暖差がとにかく激しい。
夏は東京の真夏日を越える猛暑が連日続き、冬はマフラーとイヤーマフラーがなければとても外に出る気になれない……夜とか絶対出たくない。
当然、シャルロットにもマフラーを始めとした防寒具は与えている……お陰でいい具合に首輪が隠れているので堂々と手を繋いで歩ける。
別に首輪が隠れていなくても堂々と手を繋ぐ気だったど。
「思えばこうしてのんびり街を歩くのって始めてだよな?」
「そうですね。最近の私は領主邸で訓練、御主人様は娼舘のお姉様方と領主様夫妻への“まっさぁじ”にかかり切りでしたからね」
因みに、シャルロットは既に今日の訓練分は終えている。
正確には教官が気を利かせて早めに切り上げてくれた。
「シャルロットの手は暖かいな。ていうかよく手袋なしで出歩けるな」
「ここは私が住んでいた村よりも過ごしやすいですから。それに御主人様にして頂いている“まっさぁじ”を受けてからすごく体調がいいんですよ? どれだけ食べても太らないし、身体が内側から元気になっていくようで冬なのにとても快適なんです」
俺はちっとも快適じゃないけどね。
あと、太らないのは毎晩俺が微調整してるからだ。
当然、内蔵脂肪にも気を付けているから間違ってもシャルロットが不健康、なんてことはあり得ない。
そのお陰……と言うべきか夜は夜で楽しみが増えた。
一人だと寒いから一緒に寝る→くっつけばもっと暖かい→運動すれば布団の中を効率よく暖められる→という分かり易い展開が待ってる。
「何か軽く食べていくか?」
「はい」
適当な屋台を見つけて銅貨を支払って軽食を取る。
炙り焼きした魚と黒パンを挟んだドネルケバブもどきを片手に木箱を椅子に見立てだけの質素なイートインスペースで食事を取る。
周りの冒険者は美少女と冴えない男の組み合わせに首を傾げているが無視。
「美味しいです。……でもこれ、お魚ですよね? 味はともかく食感がお肉に似ているんですけど?」
「ミートフィッシュを使っているからね。味は魚で食感は肉っていう不思議な魚だ。この時期になると大量に水揚げされるしなかなか肉を買えない庶民が代用品として使われてるんだ。ここの店主は独自に調合した香辛料を使っているのかな、肉と錯覚しそうだ」
「そうなんですか。やはりメリビアでは漁業が盛んなだけあって色んな魚が採れるのですね」
「あぁ。もう少ししたらスピアシュリンプっていう魚介類も水揚げされるから。それは絶対食べた方がいい。安いのに上手いから」
どうでもいいが我が家の食卓では数日置きに肉が出る。
基本のローテーションは白パンを主食に肉、魚、野菜という具合だ。
貴族様なら毎日肉を食べるだろうが俺は毎日食べたいとは思わない……純粋に好みの問題で。
「シラハエ殿」
「はい。……?」
横から名前を呼ばれたので振り向く。
先生や御主人様以外の呼び名で呼ばれるのは久しぶりだなーと思いつつ、相手を注視する。
装甲の薄そうな銀色の胸当てに細剣、そしてツバの深い帽子。
帽子を深く被っているせいで目が隠れているけど、サラサラした金髪と声音には覚えがあった。
「……えっと、もしかしてネージュ?」
「そうだ。久しぶりだな」
ツバの深い帽子を被った長耳族の女は佩剣した剣を軽く上げて左胸に拳を当てる……長耳族式の挨拶だろうか?
「御主人様のお知り合いですか?」
「ん? まぁ一応……。彼女はネージュで……騎士だ」
シャルロットには最低限の紹介だけしておく。
未だに戦争に参戦しなかった長耳族の評判は悪いのでそこは伏せるべきだろう……わざわざ耳の隠れる帽子を被っているぐらいだし。
「奇遇ですね。こんなところで会うなんて」
「あぁ。実を言えばシラハエ殿のことを探していた」
「それってつまり……」
俺を探していたということは、姫様の容態が悪化したとか?
いやでも、見た限り切羽詰まっているようには見えないけど……。
「駆け引きは苦手だから率直に言う。私を買って欲しい」
ネージュ「週休二日、残業無し、有給ありのクリーンな職場を求む」
主人公「むしろ俺が希望したい」