お仕事
「初めまして。本日はアリスティア様のご依頼で施術を施すことになりました。整体魔術師の白南風です。こちらは私の助手のシャルロットです」
開口一番、まずは自己紹介をして身元をハッキリさせておく。
紹介を受けたシャルロットは言葉短く名乗り、深々と頭を下げる。
「改めて自己紹介するわね。クリスティーナ様から聖凰騎士団を預かっている団長代理のアリスティア・フルハベルよ。で、武装している彼女は副団長のネリス……私の右腕のようなものよ」
「ネリス・マーガレットです」
友好的な雰囲気はないが、無闇に声を出したり突っかかったりするようなデレ要素が見えない超攻撃型でないことにホッとする。
「…………」
「……」
シャルロットとネリスが無言で火花を散らしているように見えるけど間違いなく目の錯覚だ……だって二人とも初対面だし、そんなことする理由ないよね。
「で、男連中だけど……うん、副団長のベーテ以外は覚えなくていいかも」
笑いを狙ったんだろう、アリスティアさんの一言に男団員らが『俺達はついでかよッ』とか『真面目に紹介しろよ姐さん』みたいな茶々を入れる。
落ち着いたところを見計らって、紹介を受けたベーテさんらしき人が一歩前に出る……たったそれだけなのに動きの一つ一つが全て洗練されている。
イケメンで、雅な香りがして、しかも一流クランの副団長……こんなのが居るから俺には今まで町娘と縁がなかったんだ、死ねばいいのに。
「副団長のベーテだ。……ところでどうも君からは私に向けて不穏な気配が向けられているような気がしてならないのだが、もしかして以前、私と君との間で何かあったか?」
「いえ、初対面です。お気になさらず」
「そうか。君がそういうならそうしよう」
イケメン死すべし……但し仕事となれば別だ。
不本意だけど……ものすごぉ~く、不本意だけど……ッ、仕事で来た以上は絶対に手を抜くことが出来ない。
例え相手がイケメンでも、人生イージーモードですよって感じの顔でも、ハードモードを余儀なくされてる俺は礼儀正しく振舞わなければならない。
(それにベーテさん以外シャルロットに色目使ってるし)
自分が手がけた女性が評価されるのは嬉しいけど、自分の奴隷が邪な目で見られるのはハッキリ言って不愉快で仕方ない。
「マッサージをするのはこの部屋にいる人だけですか?」
「いいえ。希望者はネリス以外よ。彼女は護衛も兼ねているから」
「アリスティア様、何処の世界に婚前前に婚約者でも何でもない男に肌を晒す淑女がいますか? 私はあくまでその男の監視役です。……アリスティア様の肌に必要以上に触るようでしたら容赦なく切り捨てますので」
もっともな意見だ……セクハラ即処刑というのも異世界ならではか。
それなら危ないラインは踏まず、筋肉を解きほぐす役目はシャルロットに任せるのが一番だろう……娼舘や俺で幾度も練習してきた彼女の技術はもう合格点を与えてもいい。
「では、アリスティアさんのマッサージはシャルロットに任せます。同性同士なら問題ないでしょう」
「私、“まじゅつかいろ”の方も手入れして欲しいんだけど?」
「そっちは手を握っただけでもできますよ」
魔力消費がバカにならないだけで、不可能ではない。
そもそも今のアリスティアさんに魔術回路の手入れは不要なのだ。
まぁその辺は説明しても目に見えない物を信じろと言ってるようなものだから恐らく……というか間違いなく納得しないだろう。
(魔術回路に魔力を流した時の快楽って癖になるらしいからな)
俺は未経験だが、日々手入れを受けているキャスト達やシャルロットの言い分によるとそういうものらしい。
適当なところで雑談を切り上げて、屋敷勤めの使用人が予め用意したと思われる簡易ベッドに寝かせて服をめくる。
前衛で剣を振り、盾で受け、鎧を着込んで走り回るからか、服の下はまさに筋肉の鎧と表現するに相応しい肉体が出てきた。
冒険者に良く見られる野太い腕に大小様々な切り傷、引っ掻き傷、噛み傷……まさに歴戦の戦士と言える身体だ。
いつものように【シックソナー】を掛けて診察してみて驚いた。
いつか診たジオドール様……とまではいかないが初めて治療したアリスティアさんの魔術回路並みに状態が酷い。
他の希望者の状態もチェックしてみると、どの人も似たような症状だった。
「最後に戦闘をしたのは何時ですか?」
「一ヶ月前だ。バジリスクの番いに遭遇した際、俺達で身を挺して時間稼ぎをした」
あぁ、だから体内に不純物が混ざっているのか。
それは瘴気にも良く似た物で、放っておけば内臓を浸食し、やがて死に至らしめるモノ……今回は早期発見だったこともあって少ない魔力消費で除去できる。
ミスリル針の変わりに魔力で形成した針を内側から体内へ撃ち込み魔力を流す為のバイパスを作る。
「ふぉ……おぉ……あ~、効くなこれは」
女好きを自認する気は毛頭ないが、間違っても男色という訳でもない俺は誰得としか思えない男の喘ぎ声に対して心を無にし、全ての音を右から左へスルーすることで仕事意識のみを残した。
「……ねぇ、その声どうにかならない?」
「無理よネリス。経験者の私が言うから間違いないわ。……アレは本当に天国だから」
「御主人様の技術は唯一にして世界一です。体験者が極上の快感を得られるのは当然のことです」
そう言いながら反対側の簡易ベッドに寝そべっている冒険者の身体を丹念の揉みほぐすシャルロット……言うまでもなく、こっちの方に行列が集中してる。
いや行列というほど人が並んでいる訳じゃないけどさ、どうせ魔術回路の手入れは俺がやるんだから早いか遅いかの違いでしかないよ?
「あ~、にしてもシャルロットちゃん、ホント上手だね。どう、御礼にこのあとどっか食べに行かない?」
「お誘いは大変嬉しいのですが、この後は訓練が控えてますので」
「じゃあ訓練終わった後どう? 勿論奢るからさ」
「えっと……」
チラリと、シャルロットが視線で助けを求めてくる。
本音としては彼女が他の男と何処かに行くのはいい気分がしない……が、俺はあくまで奴隷の主人であって恋人ではない。
「シャルロットの好きにすればいいよ。嫌なら嫌って断ればいいし、行きたいなら行けばいい。横暴な御主人様を気取る気はないよ」
「ほら、御主人様もこう言ってるしさ……どうシャルロットちゃん?」
「…………申し訳御座いません。今の私は御主人様の奴隷としても、武術の修行も、全てが中途半端ですのでそういうのは……」
「真面目だねぇ。たまには息抜きも大事よ?」
「テスラン、嫌がってる彼女をこれ以上ナンパするのは関心しないわ。ナンパをするな、とは言わない。だけどそれは節度を守った上でのことよ」
「アリスティア様もお堅いねぇ。……まぁ、クリスティーナ様から隊を預かってるとあっちゃ仕方ねぇか」
やはりどこの組織も一枚岩という訳ではないらしい。
と言ってもこっちは反主流派がいるというより男女の意見の違いによって齟齬が生まれてる程度のものだろう。
一人目の施術が終わるとシャルロットがマッサージで解きほぐした人の魔術回路を掃除しつつ魔力針を打ち込み、内蔵全般を修復・活性化させる。
(暴飲・暴食の典型だな……胃袋と肝臓……それに腎臓が疲れ気味だ)
どちらもとても大事な臓器なので念入りに手入れする。
シャルロットをナンパしたことは関心しないし、いっそこのまま毒殺してやろうかという殺意が芽生えるがグッと堪える。
「はぁー……気持ちいっちゃいいけどやっぱ男より女にしてもらう方がいいわなぁ。……なぁ先生? シャルロットちゃんの出張サービスしてないの? お金なら払うからさ」
「私はあくまでも御主人様の助手ですので」
テスランさん、食い下がるね……気持ちは分かるけどさ。
街娘どころか貴族令嬢すら霞んでしまう年頃の美少女奴隷に身体を触ってもらい、丹念に筋肉をほぐして貰っているのだ……そりゃ男としてアクション起こさない方がおかしいだろ。
ラブコメみたいな展開なら私は御主人様一筋です! みたいな発言が飛び出るだろうがシャルロットはそんなこと言わず、淡々と仕事をこなしてくれる。
教えた通り、緊張させない為に適度に会話を挟み、さらりとナンパを躱す彼女の受け答えは俺と話している時と違ってどことなく機械的な感じがする。
御主人様以外の男には興味ありませんって、自惚れてもいいですか?
「さ、次は私の番よ」
男達へのマッサージが終わると、マッサージ用の服(領主邸の使用人達にするときはそれを着せているから多分借り物だろう)に着替えたアリスティアがスタンバイする。
彼女は施術を施してから日が浅いので魔術回路も綺麗だし身体に老廃物質が溜まっている訳でもない。
なので各種内蔵機能を活性化させつつ僅かな疲労回復を図るだけに留める。
ただ、本当にそれだけだと後で文句を言われそうなので肌に浮かび上がっているシミとそばかすを消しておく。
髪の手入れは直に触る必要があるし、副団長の目があるので自粛した。
「あ~、マジきくわぁ~……」
「アリスティア様、流石にその声はどうかと思うのですが……」
「だぁってぇ……おうふ、きもちいいからしょおがないじゃなぁい~……」
ネリスさんも美少女の声にはどん引きですか……周りの団員も似たような反応だし。
「はぁ~、ホンット生き返るわぁ……。ねぇ、どうしても交渉駄目?」
「前にもお答えした通りです。そもそも私個人には交渉する権利がないのでどうしても契約したいのであれば雇用者であるパルシャークさんの元へ出向いて下さい。アンジェリカ様の妹ですからお姉さんを窓口にすれば会うことぐらいは出来るかと」
「うぅ~……分かった」
済みません店長、全部あなたに丸投げすることにしました。
心の中で店長に謝罪しながら俺はアリスティアさんのマッサージをこれ以上ないくらい完璧に仕上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
聖凰騎士団副団長、ネリス・マーガレットは内心の驚きを抑え込みつつ事態を見守っていた。
整体魔術なるモノは聞いたことないが、この世界には魔術界の権威であるクリスティーナですら見たこともないような、唯一無二の特殊魔術が潜在的に存在しているのだ。
目の前の男が自分如きが見聞きしたことのない特殊魔術の使い手であってもそう驚くことではない。
では何に驚いているのか?
(なんて魔力……それに魔力制御も桁違い)
先生と呼ばれる男が魔術を行使する度に、微かな青みを帯びた光りがぽぉっと儚げに光る。
一般人ではその程度の変化しか感じ取れないが魔術剣士として高いレベルで魔術を修め、魔力を視ることのできるネリスは並みの魔術師では感じ取れないレベルで彼の魔術を体感している。
針の穴を通すかの如く、精緻な魔力制御は無駄という無駄がない。
膨大な魔力を内包する身体。
長耳族を上回る、上質な魔力。
特に顕著なのが三つ目──上質な魔力だ。
魔力を持った人間がその魔力に属性という色が備わっているのは少し魔術に覚えのある者なら誰もが知り得る事実だが、魔力の質に違いがあるのはあまり知られていない。
同レベル帯の魔術師が全く同じ魔術を同じタイミングで真正面からぶつけ合った場合、勝敗を左右するのは生まれ持った魔力の質だ。
例えば異なる重さのボールが同じ速さでぶつかり合った場合、重いボールに軍配が上がるように、先の条件であれば密度の濃い魔力を有していた者が勝つ。
そして魔力の密度が高ければ高いほど、魔力制御の難易度は跳ね上がる。
ただ魔術を使役するだけなら手足を動かす感覚で行える。
しかし威力を維持しつつ消費魔力を抑える繊細な制御となると、密度が邪魔をする。
かつてネリスは聖凰騎士団の伝手で四英雄にして魔術界の双肩と言われてるクリスティーナとキャスパルの魔術を目視したことがある。
四英雄と呼ばれる程の実力者だから当然、魔力制御も、魔力密度、保有する魔力量も、並みの魔術師とは比肩すべき者では無かった──これまでは。
「アリスティア様」
マッサージが終わったのを見計らい、ネリスは声を潜めるように呼ぶ。
相手側も彼女の様子が違うことに気付き、緩みっぱなしだった頬の筋肉を緊張させる。
「彼の魔力を視ました。端的に言えば長耳族に比肩すると思います」
「……それは、凄いわね」
「特殊魔術の使い手の例に漏れることなく、通常の魔術までは扱えないと思います」
「そうね。普通の魔術師でも最低限、身体強化や魔障壁ぐらいは使えるわ。でも、彼は迷宮内では一度も使ってなかった。だから、放っておきなさい」
少なくとも白南風が自分達に牙を剥くようなことはない。
仮に好戦的な人間であっても、その辺にいる冒険者で事足りる程度の戦闘力しか持ち合わせていないのだ……驚異となる要素などないに等しい。
自分達が把握してる範囲では、という但し書きが付くが。
「まっ、こういう場合は友好的な態度で接するのが一番よ。例え打算で近づかれるって思われても友好的な人間をわざわざ攻撃するほどバカじゃないんだし」
「分かりました」
僅かな話し合いの結果、聖凰騎士団は白南風に対して様子見という結論を下した。




