出勤
ストック終了。
次回の一斉更新は六月下旬を目処に頑張ります。
「御主人様、起きて下さい」
「んー……寒いから嫌だ……」
「そういう訳には参りません。本日は聖凰騎士団の方々に整体魔術を施す約束を取り付けている筈です」
「うー、分かってる……言ってみただけ……」
寒風吹き荒れる冬の朝……寒さと眠気に抗いながら起床する朝。
暖房どころか暖炉すらない部屋だ……暖を取る道具は七輪によく似た物を使う。
薪ではなく炭を入れて地道に……地道に部屋を暖める。
うちは金に物を言わせて複数購入しているが、ないよりはマシという程度の効果しかないが、それもマイホーム購入までの辛抱だ。
「シャルロットは、朝平気なのか……? 俺は、めっちゃ寒いんだけど……?」
「はい。私の村は山奥でしたからとても冷えます。ですから、このぐらいはなんて事ありません。何より御主人様が買ったコレがありますから、朝は少し快適なんですよ。起きる時だけが大変ですけど」
それでも充分凄いと感じるのは俺だけだろうか。
寒さで強引に覚醒させられた頭で着替えて、条件反射のように七輪(もう面倒だし七輪と呼ぶことにした)の前に座る。
四方に置かれた七輪の上にはそれぞれやかんとソーセージが置かれている。
ソーセージは網の上に置いて炭火焼きしてから白パンに挟んで食べるつもりだ。
「すぐに紅茶をお出ししますのでもうしばらくお待ち下さい」
「ん……」
手を擦りながらジッと身体を暖める。
やかんに満たされた水が沸騰して、茶葉を入れたポットへ注いで蒸らす。
充分蒸らしたところでカップに紅茶を注いで頂く。
冷え切った身体が内側からじんわりと暖まるような、そんな安心感に包まれる……これは、砂糖を使ったか。
シャルロットには基本、調味料の類は自由に使っていいと言っているし、砂糖入りの紅茶も飲みたければ自由に飲んでいいと伝えてる。
俺の分にわざわざ砂糖が入っているのはポットに砂糖を入れて、主人の分の残り物を頂くとう名目で砂糖入りの紅茶を飲むつもりだろう。
そこまで気にしなくていいと思うが、奴隷としての体裁は大事らしい。
むしゃむしゃとソーセージを挟んだパンを咀嚼していくと、少しずつ身体が目覚めていくのが分かる。
約束を取り付けたアリスティアさんには昼前に行くと伝えている。
この世界にも時計は存在すると言えばするが貴族社会であっても深く浸透していないので大雑把な時間の感覚で生きていると思いきや、俺のような転生組と違い、現地人はかなり正確な体内時計を持っているのであまり困らないらしい。
それでも定期的に鐘を鳴らして大まかな時刻を知らせる文化は根付いているけど、時間に縛られる生活を送ってきた俺としては少し不便に感じる。
「早めに向かうか。奥様から定期的にマッサージして欲しいって頼まれてるし」
「そうですね。私も早く道場で身体を動かしたいです」
二人の意見が一致したところで手短に出掛ける準備をする。
準備と言っても少量の金と護身用の武器、清潔な衣服に着替えるだけで終わってしまう。
支度が終わり、戸締まりの確認をしてアパルトメントを出る。
朝市を過ぎた時間帯だからか、目抜き通りにはあまり人の姿が見られない。
街を巡回している騎士と冒険者、そして少数の地元住民……職人達は工房に引きこもって仕事でもしているのだろうか?
「おい、あの娘見ろよ……」
「うわっ、すんげー可愛いジャン! しかも首輪付けてるってことは、もしかして奴隷!? いくらしたんだあの女……」
「娼婦にしちゃ初々しいし、この前の競売にはあんな娘いなかったから掘り出し物か? あんな綺麗な女を自由にできるとか羨まし過ぎるぜ」
「でもよぉ、その隣を歩いている男はなんだ? ひょろっちぃ身体してるし、おまけになーんかパッとしねぇよな。もしかして貴族様か?」
「俺もいつかあんな可愛い女奴隷を買いてぇな。やっぱ男は冒険者になった以上、最後はハーレム囲って引退してぇよ」
すれ違い様、露骨な視線がシャルロットにぶつけられる。
嫌悪感を感じた彼女はサッと身体を隠すようにそれとなく移動する。
「メリビアにはああいう輩は山ほど居るからな。不愉快だと思うが慣れるしかない」
「分かってます。……ですがそれでも、御主人様以外の方にそういう目で見られるのは不快でなりません」
俺が嫌らしい目で視姦するのはいいのか……そりゃお手つきしたけどさ。
「御主人様。私、娼舘の方々から色々(・・)教わってますから、その……名実共に、御主人様の所有物になった訳ですから、もう私に遠慮しないで下さいね? 御主人様に遠慮されるのはとても寂しいです」
「お、おぅ……」
いかん、寒い筈なのに何故か暑くなってくる。
天下の往来で甘い雰囲気を出したせいか、独身男から凄まじい嫉妬オーラをビシバシぶつけられる。
(まさか俺が嫉妬される立場になるとは……)
枝毛のない、光沢すら放つ美しい髪に整った目鼻。
思わず抱きしめてしまいたくなるスレンダーな体躯。
微かに鼻腔を刺激する香水の香り。
そして──かつては火傷跡のあった皮膚は染み一つない白磁のような肌へ生まれわった。
一○人の男に評価を訊けば間違いなく全員が“美少女”と評価するシャルロットは自分の奴隷ということもあって、かなり念入りに手入れをしている。
贔屓目が入っているのは認めるが、絶世の美女と評価してもいいくらいだ。
そんな美少女の首には奴隷の証である首輪が付いている──それがまた、背徳感を出して、若い男の欲望を加速させる。
奴隷が珍しくない世界であっても、美少女が圧倒的に少ない世界だ……健全な男なら興奮してしまうのも無理はない。
「なぁ、訓練始めてまだ日は浅いけどどうなんだ?」
「はい。私を鍛えて下さっているヴォルグ様はとても厳しい方ですが、稽古の方はとても分かり易くて自分が日々、成長しているのを実感できます」
稽古が激しいのは知っている。
何せ毎晩、身体に疲れが残らないよう肌の手入れも兼ねて徹底的に整体魔術を施しているんだが、至るところに痣を作って帰ってきている。
もし整体魔術がなかったらそれはもう酷い身体になっていただろう。
「まぁ、身体を壊さない程度に頑張れよ。お前がいなくなったら困る。割とマジで」
炊事も掃除もマッサージも、頼まなくても積極的に動いてくれるし、それが嫌々じゃなくて本気でしてあげたいと思っているのが伝わってくる。
ダメ男製造機とはシャルロットのことだろう……いやある意味ではそうなる為に奴隷を買った訳だが。
最近はシャルロットの奉仕項目に夜伽も追加されたんだが、これは娼館へ行かないと無理だ……本当に壁薄いし。
「早く一人前として認められるといいな」
「はい。それと、ヴォルグ様からも言われたのですが対人経験だけじゃなく、対魔物経験も積むように言われてますので、叶うならば冒険者ギルドへ登録して、暇な時に魔物狩りをしたいと思うのですが……駄目ですか?」
「わざわざ登録しなくても普通に魔物を狩ればいいだろう。そもそもギルドなんか行ったらお前をエロい眼で見る冒険者の餌食になるし、俺がそうなることを認められない。だから却下」
「……っ。わ、分かりました。御主人様がそうおっしゃるのであれば」
ちょっとストレートに気持ちぶつけすぎたかな?
でも真面目な話、シャルロットが他の男にナンパされるのは凄く嫌だ。
だってさぁ、何度も言ってるけどこっちの男って基本顔面偏差値が高いからさ、こう……ふとした弾みで誠実なイケメン王子様かイケメン騎士様に口説かれてみろ?
シャルロットとて女だ、そりゃ心が動いて乗り換えられたりしたっておかしくないだろう?
恋人って間柄じゃないからあれこれ束縛するのは間違っているって分かっているけど、それでも間違いなくへこむ。
枕を濡らして夜な夜な泣きはらして悪落ちする自信がある。
「それとも、やっぱり今の生活は不満か? マイホーム購入までは我慢して貰うしかないけど──」
「い、いえッ! 私は、御主人様と一緒であれば……」
モジモジと、うつむき加減で太ももをこすり合わせるシャルロット……何ですかこの可愛い生き物。
お陰ですれ違う男が凄い目でこっちを睨んでくる……ちょっと優越感。
ただ、いつまでも天下の往来でイチャコラする訳にもいかないのでいい加減移動する。
一等地区の出入り口で職務質問を受けて、身体検査を受けた後、真っ直ぐ領主低へ向かう。
始めてお邪魔した時は馬車移動だったけど今回は徒歩なので領主邸へ向かうだけでも三○分以上掛かった……自転車があれば一五分程度で着くし歩くよりずっと楽だと思ってしまうのはまだまだ異世界の生活に慣れてないからか。
(かれこれ一年暮らしているのに案外慣れないもんだな)
衛生や近所事情、仕事の斡旋、インフラ、日本と比べてあらゆる点で劣っているのは認めるし、慣れてないのも事実。
だけど自分の稼ぎで生活して、自分に好意的な美女と美少女奴隷に囲まれる生活というのは……それほど悪くない。
少なくとも日本へ帰りたいという気持ちが沸いてこない程度には。
ぼんやり考え事をしながら歩いていたせいか、あっという間に領主邸へ到着して、いつものように顔パスで邸内へ入り、使用人の案内で聖凰騎士団の面子が寝泊まりしている区画へ向かう。
使用人に案内されたのはアンジェリカ様にマッサージを行う中部屋だった。
「アリスティア様、シラハエ様をお連れしました」
「通して」
ドア越しにアリスティアさんの声が聞こえる。
言われるまま、ドアを開くとそこには簡素な私服に身を包んだアリスティアさんと似たような格好をした数人の男、そして何故か一人だけ武装している女性の姿が目に飛び込んだ。
主人公のメモ③
普段のシャルロットはクールに装っているけど夜は恥ずかしがりながらも一生懸命してくれる。