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ユキネと先生

登場人物欄更新しました。

 日常に戻ってから少しルーティンワークが変わった。

 平日が忙しいのは変わらないが、一部のキャスト達が接待の訓練を積むべく店を開ける日が出来たので少しだけゆっくりできるようになった。


 平日の朝は予約してきたキャストに整体魔術を施し、夜は娼館へ行き避妊処置や感染病の予防、休憩時間の間に行うマッサージをしたりする。


 基本は変わらないが、平日の予約が減ったことは大いにありがたい。

 なので今日は空き時間を利用して不動産ギルドへ足を向けてどんな物件があるか、訊いてみることにした。


「上下水道完備で風呂付きで広さは二人暮らしでも手入れが出来る程度? まぁあるっちゃあるがこいつぐらいだろ」


 紹介された物件は三LDKの屋根裏付き。

 異世界モノにはありがちな曰く付きでも何でもない、ごく普通の物件。

 二等地区にあるとは言え、やはりお高い。


 以前、この家に住んでいた豪商が王都に住み移る際、売却する際家具は好きにしていいと言い残したそうで、不動産の人間は家具を売らずそのまま部屋に置き、手ぶらでもすぐ住める環境を整える代わりに割高で提供することを選んだ。


(借家にすれば住めなくもないけど)


 できれば終の棲家にしておきたいし、気持ちはもう借家じゃなくてマイホーム購入に傾いてるから借りたいとは思わない。


 日本なら銀行からお金を借りてローンを組むことができるが、俺は商業ギルドに組している訳ではないし、ましてや貴族でもない。


 例え稼ぎがそれなりであっても、身分も信用も圧倒的に足りない平民では門前払いされるのがオチだ──そのぐらい、この世界で大金を借りるのは大変なのだ。


 元々今日はどういう物件があるか調査しに来ただけなのでそれほど落胆はしなかったが、見取り図と置かれてる家具を教えてもらってから俄然、マイホーム購入の意欲が出て来た。


「あ、センセや。久しぶりー」

「よぉユキネ。久しぶり」


 不動産ギルドでの用件も済み、ぶらぶらと宛もなく街を歩いていたら偶然、ユキネと出くわした。


 モコモコのマフラーに使い古された三角帽子というスタイルだが、どれも体格に合わずミスマッチ感がする……多分、先輩キャストからのお下がりだろう。


 マフラーの端は地面スレスレの低空を振り子のようにゆらゆら揺れているし、三角帽子は深ツバのせいで視界を遮っているようにも見える。


「なぁ、そんな格好で町中歩いて平気なのか?」

「気ぃ付ければダイジョブやでー。それにな、ウチめっちゃ寒がりなんよ。せやから少しでもぬくい格好せんとすぐ風邪引いてしまうんねん」


 初耳だ……ユキネはもっと元気にはしゃぎ回るイメージあったけど。


「服は……お下がりとかないのか」

「服か? 妹のサクラにやったで。ウチはお姉ちゃんやからな、これで我慢や」

「馬鹿、子供が変な我慢すんな。いつもみたいに催促しろ。服ぐらい買ってやる」

「え……せやけどセンセ、お金平気なん? ウチの店来るお客さん、たまに借金してんねん。せやからセンセも──」

「子供に服を買ってやれないほど貧乏じゃないし、そうだったら飯奢ったりしないだろ? ほら、行くぞ」


 ということで急遽、買い物することになった。

 渋るユキネを説得して古着屋へ向かう。


 新品の服でも良かったけどこいつの性格を考えれば新品の服だと意固地になって絶対受け取らない姿勢を取るのが簡単に想像できる。


 その点、古着屋ならそういう遠慮もされないし、財布にも優しい。

 店員に頼み、在庫を全部ひっくり返して子供用の服を何点か選び、ユキネが気に入ったものを選んで購入。


 子供服の古着(冬服Verと春服Verの二種類、サクラの分も買っておいた)ということで六○カッパ程度で済んだ。


「センセ、おおきにな……うち、これ大事にするからな!」

「ちゃんと着ろよ。その為に買ったんだから」


 買ったばかりの古着をギューッと大事そうに抱き込むユキネ……こうして見ると本当に年相応の子供にしか見えない……誰も魔女の舘で働く見習いキャストだとは思わないだろう。


「ユキネはこの後予定あるか? ないならどっか適当に食べるか?」

「あー、ゴメンなセンセ。ウチこれから仕事なんよ。魔霧の迷宮が攻略されたからお客さんぎょーさん来る筈やー! て、皆張り切ってるんよ。せやからウチも小遣い稼ぎするチャンスや思てな、めっちゃ頑張るんや」


 流石に新聞がそこそこ普及しているだけあって、情報が出回るのも早い──と、思ったけど迷宮から帰って地上に出たとき凱旋したから早いのは当然か。


 迷宮が攻略されてからまだ数日しか経ってないけど、宵闇の鷹の連中は既に迷宮内で集めたドロップアイテムの換金を終えて、自分の取り分を握りしめて遊ぶ頃だろう。


 ……一部の人間はマッサージに目覚めて何とかしてもらおうと躍起になっているそうだが、こっちは普通にスルーしてる。


 仕事なら仕方ないので一度、ユキネを魔女の舘へ送ってから別れる。

 街の至るところに設置されている灯火に灯りが点き、仕事を終えた職人や出稼ぎ労働者達で目抜き通りは瞬く間に大混雑する。


 俺もそろそろ娼舘へ出勤しなきゃいけない時間だ。

 ミスリル針は迷宮で駄目にして以来、用意してないけど早急に用意するべきだ。


 問題は職人気質の炭坑族ドワーフがそういう物を作ってくれるかどうか何だが……渋られるようならジオドール様に相談してみよう。


「おう、誰かと思えば先生じゃねぇか! 先生も今日は一発ヤるつもりか?」


 店の近くまで来たとき、いきなり筋骨隆々の、白い歯を見せて笑う姿が似合う感じのイケメン冒険者に声を掛けられた。


 誰だか一瞬、本気で分からなかったけど、鉄の腕輪に刻まれた紋章を見て宵闇の鷹の団員だとすぐ分かった。


 黙っていればイケメンなんだが口にした言葉と人差し指と中指の間に親指を入れるジェスチャーがなければ完璧だった。


 そしてこの世界では多少下品な男でも腕っ節が強かったり金持ちだったりすれば町娘は言い寄ってくる傾向がある。


「数日ぶりですね」

「おう。そうだ先生、またアレして欲しいんだが頼めるか? あれしてもらうとさ、マジ身体の調子がいいんだわ。ちゃんと金は払うぜ」

「あー、済みません。今は雇い主に取引相手以外には自粛するよう釘刺されているんで……済みません」


 勿論これは嘘だ。

 何が悲しくて恋愛イージーモードの人間を世話しなきゃならない。


「そっか……なら仕方ねぇ。今日のところは引くとするか」


 ただ、予想に反してあっさり引き下がってくれたのはとてもありがたい。


 その場の流れという訳ではないけど、特に断る理由もないしすぐ近くなので店先まで一緒に向かうと、出入り口の前で怪しい人影が見えた。


 焦げ茶色のローブに身を包み、フードですっぽり顔を隠した線の細い人。

 パッと見は二等地区ないし三等地区に住んでいる人のように見えるが靴だけは上等だった……それで、何となく入り口付近で突っ立っている理由を察してしまった。


「なんだぁ、あの男? 店の前でうろうろして? ……もしや、俺のお気に入りに手ぇ出す気じゃねぇだろうな?」

「お客さんだと思いますよ。ウロウロしてるのは決心がつかないからだと思う。身振りと履いている靴からして……聖職者かな?」


 教会の戒律については知らないが、彼等にしてみればこういう店に来るのはとても後ろ暗いんだろう。


 司教ぐらいになれば女を幾人か侍らせても文句は言われないだろうが、若い頃は修行だ何だのと頭ごなしに否定されたり禁止されるのが一般的……ではないかと推測する。


 しかし、彼等も人間だ……魔が差して興味が沸いて、こういう店に来てしまう……実に人間らしい。


 このまま放っておくと騎士に通報されかねないし、客なら客でさっさと入って貰おうと思い、声を掛けることにした。


「どうしました?」

「ふぁい!? いいえ別に何でもないんです! ただちょっとどんなお店かなーと思いましてですね──」

「もし宜しければ店までご一緒しませんか? 私一人で入るにはどうも心細くて」

「そ、そうですね。いや、そこまで言われてしまったら仕方ない。拙僧がご一緒してさしあげましょう!」


 面倒だな、たかが娼舘入るのに何故こんなに躊躇う。

 ……感覚としてはアレだろう、始めてAVを借りるときの気持ち。


 堂々と借りればいいのに、ダミーを用意してあくまでこっちがメインでエロいのはついでですよー、的な雰囲気を装って借りる人……。


 成人する前に異世界こっちに来たけど、クラスメイトの奴が面白がってエロ本たらい回しにしてそれを見せてからかう奴がいたけど、俺は普通に読んだし、言い訳することもなく無表情で性癖を暴露した。


 ……お陰で女子グループからの評価は地に落ちたのも今ではいい思い出だ。

 怪しさ満点の聖職者を店に招き入れて、手の空いている適当なキャストに案内と説明を頼み、俺は通常業務へと戻った。


 ……後ろから聞こえる私を見捨てないでという悲痛な叫びを無視して。

主人公のメモ②

ユキネの魅力は逆境に負けない笑顔。

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