女二人と
警邏隊の人からは簡単な職質を受けただけで開放された。
元々俺は手を出してないし、か弱い女性を守ったという立場もあり、おまけに大勢の人間が一方的に俺が殴られているところを目撃していた。
ついでに言えばメリビアは四英雄の一人、ジオドール様のお膝元だ……横暴な人間の行為を許すような汚職をあの人は許さない……と、以前パルシャークから教えてもらった。
「その……ありがとね、先生。自分でももう少し冷静に対処しなきゃって分かっているんだけど、ついカッとなっちゃって……」
「こんな商売していればストレスの一つや二つ、抱えて当然だよ。俺としては同じ失敗をしなければそれでいいさ」
場所は変わり、聖女の後宮の一室。
あの手の輩が復讐に走る可能性はないかも知れないが、万一のことを考えて警備体制がしっかりしてる一等地区へ移動して、店長への事情説明も兼ねて店で一夜を過ごすことにした。
収入源であるナンバーワンキャストと言えど、問題が表面化する寸前の事態になったとあってはお叱りは免れないし、アイリーンもケジメは付ける必要があるということでそれを受け入れた。
と言っても実際に彼女が問題を起こした訳でもないので減給と、今度の接待で精力的に働き汚名返上するようにとの通達を受けた。
精力的に働くとは言っても、内約は道中の雑用係……それも俺専用の。
「先生、何か食べたい物ある? 私の奢りだから気にしないで。勿論、シャルロットちゃんも一緒にね」
「……ここ、娼館ですよね?」
「あぁそうか。シャルロットが知らないのも無理ないか。メリビアの娼館は他所と違ってキャバクラ……要はお客さんと酒飲んでお喋りするだけのサービスも提供してるんだ。で、そうなると当然料理も出さなきゃいけないんだけど、専属の料理人を雇うのも金が掛かるから身請けされた時のことを考えて料理の練習がてらキャスト達にやらせているんだ」
料理は見習いの仕事だが、店で働いてるキャスト達は皆、料理が上手い。
というのも、俺がテコ入れする際に料理を教えたからだ。
日本で暮らしてた頃、自分が食べたい物を食べたい時は自分で勝手に作るしかなかったから自然と家事スキルも上達したものだ。
そのお陰で一通りの物は作れるし、こっちでも自炊に不自由することなく、キャスト達に料理を教えることができた。
中には料理が趣味となって、自発的に厨房に立って見習い達を手助けする娘もいる……女子という生き物は本当に横の連携が強い。
「そうだな。ご飯物より一杯引っ掛けたい気分だから蒸留酒とつまみを適当に頼む。シャルロットは?」
「あの……以前御主人様に作って頂いたオムレツが食べたいのですが、お願いできますか?」
「わかったわ。すぐ持ってくるから待っててね」
注文を受けたアイリーンは足早に部屋を出ていく。
因みに俺たちが今居る部屋は聖女の後宮の中で一番いい部屋だ。
ベッドは当然として、高級ソファーに光沢を放つ机、棚には多種多彩な酒類に媚薬と精力剤、踝まで沈む毛皮の絨毯、小部屋に備え付けられたお湯の出るバスタブ。
どう見ても一般客をもてなす部屋ではない──特別なお客様をもてなす為の部屋だ。
意図が見え透いている……露骨を通り越して清々しい。
「御主人様、一つ我が儘を言ってもよろしいですか?」
「お前が我が儘言うなんて珍しいな。即答できるほど甲斐性持ちじゃないからまずは言ってみろ」
「はい。明日からしばらく御主人様の助手をお休みさせて頂けないでしょうか? その時間を利用して私はジオドール様の訓練所で腕を磨きたいと思います」
「……なんでまた急に?」
「私は、ご主人様をお守りする為にあの槍を手にしました。ですが、蓋を開けてみれば私が役に立てた事など何一つありません」
今回は場所と運が悪かっただけだと思うが……いや、何も言わないでおこう。
「ご主人様の優しさは至上の物と理解しております。ですが、役に立たない奴隷を側に置くということは無用な争いの元となり、何より私自身が納得できません。優しい主人に甘えて、甘い蜜をすすっているだけの女だと、後ろ指を指されたくないのです」
「それで、戦闘訓練になるのか」
「はい。失礼を承知で言わせてもらいますと、御主人様はお世辞にも戦闘が得意とは言えませんし、性格そのものが戦いに向いてないと存じ上げます。ならばこそ、奴隷である私が主人の剣となり、盾となり、戦いの矢面に立つのがスジです。勿論、訓練をするからと言って日頃の仕事を疎かにするつもりも御座いません。ですからどうか、私に訓練する時間をお与え下さい」
別にそこまで切羽詰まった感じになる必要はないと思うんだが……いや、この世界じゃこれが常識なんだろう。
確かに折角買った奴隷が役に立たなければ非難の対象となって、無用な諍いを生みかねないし、何よりシャルロット自身がそれを良しとしていない。
よかれと思って便宜を図ってきたつもりだったけど、まさかそれがシャルロットを追い詰めることになるとは……異世界に来て一年経つのにまだその辺の常識に、俺は馴染めていなかった。
「……分かった。ジオドール様には俺から話してみる。それで、許可が出なかったらタツヤにでも頼み込む。それでいいな?」
「はい。ありがとう御座います」
そんなに訓練する必要なんてないと思うのは俺がまだこの世界に馴染めていないからだろう。
一生を街や村の中で過ごして終えることが多い一般人ならともかく、冒険者志望という訳でもないのに……あぁ、いつ今回みたいなことになってもいいようにってことだろう。
(それを考えれば俺も何か戦闘技能の一つぐらい持ってた方がいいな)
とはいえ、現状はミスリル製の武器を使い、毒に変質させた魔力を通わせて攻撃するぐらいの方法しか浮かばない。
先の依頼で確約した報酬のお陰で懐事情は大変宜しい……が、夢のマイハウス購入を思えば簡単に手は出せない。
厳密に言えば手持ちの貯金と報酬を合わせれば買えるんだが、俺の要求する家というのが上下水道完備の風呂付きなので、自然とお高くなる。
……今度、ダメ元でアンジェリカ様に相談してみるとしよう。
「先生、お待たせ」
あれこれ思案に耽たりシャルロットと雑談を交わしながら時間を潰しているうちに、アイリーンが酒と食事を持って戻ってきた。
シャルロットに酌をしてもらい、アイリーンが話題を提供する。
一等地区のキャストに限らず、メリビアの娼館で働く彼女達はお喋りも仕事の一つなのでお客様に合った話題を提供して盛り上げて、ベッドの上でも満足させて、始めて一人前として認められ、一人で客を取ることが許される。
話の内容はシャルロットでも参加しやすいよう、迷宮討伐から入り、次第に内容が俺のことへシフトしていく。
「で、なんか知らないけど宵闇の鷹の人達もマッサージの魅力に気付いてさ、お願いしてきたんだ。しかも露骨に俺を避けてシャルロットばかりに。今思えばマッサージ一回毎に金取る方向で交渉すれば良かったと思う」
「そうですね。そこは今後の課題です。私としては経験を積むことが出来たので差し引きゼロだと思ってます。次に彼等が来たときに少し割高で請求すればいいと思います」
「先生とシャルロットちゃんの“まっさぁじ”は本当に良く効くよね。あっという間に疲れが取れちゃうし。特に先生の針を使ったアレはもう極楽よ」
「シャルロットも似たようなことがそのうち出来るようになると思うぞ」
最近の役割分担はもっぱら、俺が針治療している間にシャルロットや足や腕の筋肉をマッサージすることが多い。
どの程度の効果が見込めるのか、ジオドール様の屋敷に駐在している騎士達で大まかな疲労具合と回復の程度を調査してみたところ、異世界人だからか、効果が効き過ぎたのか分からないが大抵の人は疲労状態でマッサージを受け終えるとすぐに全力で活動できるぐらいには回復する。
その際、さり気なくジオドール様に勧誘されたが丁重にお断りした。
「ところで先生、話は変わるけどいつ恋をするの?」
「また急に話を変えてきたな」
「急でも何でもないよ。先生だって何時かは結婚しなきゃいけないでしょう? いつ魔物に殺されるかも分からないし、戦争で悲惨な最期を遂げるかも知れない……悲観的な言い方になるけど、何時死んでも悔いが残らないように女を抱くのって自然なことだと思うんだけど?」
「御主人様、どうなんですか?」
シャルロットも当然のようにアイリーンに便乗してきた。
以前酒場で話した、身の上話の続きをしているんだろう。
「先生はまだ、女の子と触れるのが怖い?」
「…………少し」
「でも興味はあるよね? 私の身体見て反応してるし」
「当たり前だろ」
「いつか、克服しなきゃって思ってる?」
「……まぁ、いずれは」
「何の話ですか?」
当然、俺のほろ苦い一ページを知らないシャルロットは話に付いて来られないので掻い摘まんで説明した。
「で、私としてはその女性恐怖症をいずれ克服するんじゃなくて、今するべきなんじゃないかって思う訳よ」
「別に女性恐怖症じゃないだろ……」
仮にそうなら娼婦を相手にマッサージなんて絶対しない。
「それなら、証明して。今ここで」
「…………」
「シャルロットちゃんも、不安に思ってるのよ。手垢の付いてない奴隷って、いつ売られてもおかしくないの。先生は臆病だけど甲斐性がない訳じゃないんだから、男らしくドーンとヤッて不安を取り除いてあげて。……私も、先生なら何時でもサービス抜きで色々楽しませてあげたいっていう気持ちもあるし、何より今回の件の罪滅ぼしの口実にもなるしね」
「もうそこまで来ると清々しいな」
「先生相手に詰まらない嘘、吐きたくないから。……で、どうする?」
こちらを挑発するように、胸元を開いて腕を搦めてその深い谷間へ誘う。
シャルロットも負けじと接触を図るが、こちらは質量の差で圧倒的な物足りなさがある……具体的な発言は控えさせてもらう。
「御主人様……私のことは嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃない。正直好みだ」
これは紛れもない本心だ。
過去に振った女と似ているところがあったらそう答える自信はなかったけど。
「それでしたら……少しでも私のことを思って下さるのでしたら、どうか私にお情けを下さい。どのようなことをしても構いません。……どうか、私を御主人様好みの女に仕込んで下さい……」
何処で覚えてきたのやら、その台詞。
興奮する身体と何処までも冷静な部分が絶妙なバランスで同居し、このまま流されて関係を持ちたいと願う自分と、もう少しムードを作って仕切り直した方がいいんじゃないかという自分が鬩ぎ合って──勝敗が上がる前に思考をぶん投げて素直になることにした。
「そこまで言うなら……分かった、俺も男だ。覚悟を決めよう。けどアイリーン、前にも言ったと思うけど俺は──」
「従順な娘が好きなんでしょ? 先生こそナンバーワンキャストの実力、侮ると火傷しちゃうわよ?」
アイリーンとシャルロットを交えての初体験は実に良い物だった。
そして彼女にリピーターが多い理由も頷けた。
主人公のメモ①
アイリーンは恋人気分で盛り上げてくれる。