ドロップアイテム
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ガーディアンゴーレムの装甲が自重によって崩れ落ちていく。
動力源を失い、完全に機能停止した奴は文字通り、ただの鉄塊となった。
苦しい戦いではあったが勝つことができた──そのことを実感すると全身から力が抜けていき、同時に考えないようにしていた考えが浮かんでくる。
(一体誰がこんなことを……)
ガーディアンゴーレム──見た目からして人の手による改造を感じ、その手のゲームに詳しい人間が見れば一発で分かる外見。
ただそれだけで俺とタツヤと同じ異世界組と決め付けるのは早計だが、可能性としては充分考えられる。
どうして魔霧の迷宮の最下層でこんなものを作ったのか、という謎は残るが、俺の頭ではせいぜい、タツヤと同じパターンでやって来た人間が何かしらの理由で作ってみた、ぐらいの理由しか浮かばない。
(頭脳労働なんて滅多なことするもんじゃない。今は重傷者の治療が先だ)
そう思って、意識を切り替えた途端、自分も決して無傷ではないことを痛みによって思い出した。
爆風に煽られ、ガーディアンゴーレムの装甲に激突した際、肋骨を折って、内臓のいくつかを痛めたらしく、内側から焼け付くような痛みが陸に打ち上げられた魚のように暴れまわってる。
緊張の糸が切れたことにより、思い出したように嘔吐感が襲い、みっともなくその場で喘ぎながら吐き出す。
「御主人様!? 大丈夫ですか御主人様っ!」
明らかに狼狽した様子でシャルロットが駆け寄り、治療をしようとして手を引っ込め、どうすればいいか分からずオロオロする。
彼女に整体魔術の才能があれば指示を出すなり、冷静になってから整体魔術を使った応急手当をすることもできたであろう。
だがシャルロットに出来るのは民間療法と簡単な応急処置、そしてマッサージと、どれも根本的な解決には繋がらない。
「ま、待って下さい! 今治癒魔術が使える魔術師様を──」
「それは、いい……っ」
呼びに駆け出そうとするシャルロットの手を掴む。
何故俺がそんなことをするのか戸惑い、すぐにその原因に思い至る。
(そうだ、治癒魔術はあくまで目に見える患部しか効果がない……っ! 御主人様の様子を見る限り、悪いのは目に見えない部分……ッ!)
マッサージを仕込んでもらう傍ら、自らの知識とこちらで見聞きして、体験したことの成果を分かりやすく説明したときのことを思い出してくれたようで、その場に留まってくれたものの、それで冷静さを取り戻した訳ではない。
勿論俺も、無意味に呼び止めた訳じゃない。
「タツヤを……あいつなら、いける……」
「わ、分かりました!」
指示を受けたシャルロットは脱兎のごとく駆け出してタツヤのもとへ向かう。
出発前にあいつが治癒魔術を使えるかどうかは確認済みだし、それが内臓にまで効果を及ぼすものであるのはあいつの話から聞いて確信を得ている。
俺の整体魔術でも治療はできるが、これは何度も言っている通り、あくまで人体に備わっている再生能力を促進・増幅させる程度の効果しかない。
激痛は未だに身体の内側を駆け回っているが、嘔吐感だけは過ぎ去ったので血のついた唇を手で拭って周りを観察する。
ガーディアンゴーレムの攻撃に巻き込まれて重賞を負った団員らしき人は部屋の隅に置き去りにされてる。
部屋に突入したとき、治癒魔術を使えるクロスボウ隊の人が治療に当たっていた筈だが……やはりボス攻略ともなれば犠牲者なくして成し遂げられないか。
(そういえば俺をかばったアリスティアさんは……)
漢気溢れる(女だけど)行動で俺を絶体絶命の窮地から救った彼女はどうしているか視線を巡らせてみると、鉄塊と化したガーディアンゴーレムに手を付きながらよたよたとした足取りでやって来た。
「大丈夫……じゃあ、ないようね」
「見た目ほど……っ、酷く、ない……」
強がって見せたが、咳き込むと同時に食道に残ってた血を一緒に吐き出してしまい、それが返って彼女の不安を煽った。
「大丈夫じゃないじゃない。血も吐いてるし……さっき自分に使った治癒魔術で魔力は打ち止めなの、ごめんね」
「大丈夫だ。俺がやる」
スっと、俺達の間に割り込むように黒い影が差し込む。
シャルロットに連れて来られたタツヤだ。
前置きもなくタツヤはその場にしゃがみ、当然のように無詠唱で治癒魔術を発動させる。
身体の中を暴れまわっていた痛みがみるみるうちに引いていき、不調を感じていた身体もあっという間に治っていく。
「凄い……クリスティーナ様でもこんなに優れた治癒魔術は使えないのに……。アンタ、一体何者?」
「冒険者だよ。才能に恵まれた、ていう前置きがつくがな」
こいつの場合、神様からチートを貰った……の間違いじゃないだろうか?
「なんか腹立つ言い方だけど……そんなに凄い治癒魔術見せられたら納得せざるを得ないわね。……そう言えばあのゴーレムの攻撃もそうだったわね。目じゃ完全に見きれなかったのに、アンタはちゃんと見切ってたし」
「持って生まれた才能だからね、仕方ないさ。……ほい、終わり。んじゃ次はお前だ。……身体の内側、まだ不調なんだろ?」
「なっ、別にいいわよ私は。このぐらい──」
「家に帰るまでが冒険だ。こんなつまらないところで死なれたら誰が先生の護衛をするんだ?」
アリスティアさんの言い分をピシャリと止めて、強引に治療をするタツヤ。
俺は経験則で彼女が内臓を痛めているのが分かっていたけど、タツヤのやつよく気づいたな……意外と観察眼あるのか?
「何にせよ、俺の読みが当たって良かった。先生、良くやってくれた」
「トドメはともかく、そこまでいけたのは二人のお膳立てがあったから上手くいっただけだよ。実際、俺一人居てもどうにかなったとは思えないし」
むしろあそこで行かなければ本物のヘタレの烙印を押されるだろう。
命を大事にするなら間違った選択だけど、シャルロットを始めとした周りの人間からは失望されるだろう。
それはそれで別にいいけど、俺にだってなけなしの自尊心がある。
「いいえ。あのときの御主人様はとても格好良かったです」
きっとシャルロットの目には御主人様が華麗に先陣を切って懐に入ってスマートに決めるシーンに改竄されて映っていたに違いない。
「まっ、結果はどうあれ私も頑張った甲斐があったってものよ。……ねぇ、ここまでしてあげたんだし、まさかタダ働きでいいなんて言わないわよね?」
「マッサージの件だな。団員全員にしておこう。勿論、全員初回のみ無料だ。仕事と魔力との兼ね合いもあるから日を分けることになるが構わないな?」
「そこはほら、専属で契約してくれるとこじゃない?」
「一応、雇い主との契約で勝手に新規を取れないことになっているので。今回は顔つなぎができただけでよしということにしてください」
「文字通り、命を賭けて守ったんだからもう少しサービスしてくれてもいいと思うんだけど……まぁいいわ。今回はそれで引き下がりましょう。何だかんだで初回だけとはいえ団員全員の面倒見てくれるのはありがたいわ」
良かった、大人しく引き下がってくれた。
アリスティアさんは今後も長く関係が続くと思っているだろうが、俺の職場を知ればなかったことにするなり連絡よこさず気づけば関係が切れてる的な流れになるだろう。
それでも初回分のサービスはきっちり働くつもりだ……約束した以上はキチンとそれを果たさないとな。
「それより、ここは試練の迷宮なんだろ? 聖武器、もしくは魔武器が何処かにあると思ったんだけど?」
「あぁ、それな。さっき回収しといた」
いつの間に回収したんだ、タツヤの奴……。
そんなことを考えているうちにタツヤは【アイテムボックス】から今回の戦利品である一振りの剣を取りだして見せた。
特別な装飾はなく、外見も奇抜なものではなく、良く言えば飽きの来ない普遍的なデザイン、悪く言えばありきたりなデザインをした長剣。
但し、それはあくまで表面的な話であり、刀身にはビッシリとルーン文字が刻まれている……刀身にルーン文字が刻まれているということは魔剣だ。
少なくとも世間の認識では、そうなっている。
「さっき【鑑定】使って見たけど、こいつは魔剣だ。銘はティルフィング。剣としての能力も上級に分類されるな。効果は所持者の生命力と魔力を代償に魔剣に秘められ絶剣技を解放する──て、説明文にはある」
「絶剣技……?」
「それは……アレだ。F○でいう暗○騎士が使う暗○剣みたいな技だ」
暗○剣って……もしかして某有名ゲームタイトルにあったアレのこと?
俺もオタクの端くれだから知っているけど、あれはHPを消費して使うだけだけど……あぁ、イメージしやすいよう例の一つとして出した訳ね。
「売ったらいくらするんだろうな」
「何年か前の話になるけど……あぁ、私が団長代理をする前の話ね。当時の団長がある魔族を討伐した時に戦利品として魔剣を手にしたんだけど、それを大貴族が当時の価値で白銀貨一○枚で買い取ったそうよ」
「白銀貨一○枚ですか」
アリスティアさんの説明にシャルロットが思わず、といった風に声を出す。
金貨に換算すれば一万枚に相当する金額だ……魔剣の相場は分からないが、俺のような庶民からすればたかが剣一本に払える金額じゃない。
「タツヤはその魔剣、どうすんだ?」
「あー、うん……俺は自前で持ってるし、所有権を主張しても宵闇の鷹と揉めるだろうから俺は辞退するよ。先生はラストアタック取ったとは言え、今回は合同作戦みたいなもんだから丸ごと所有権は持てないけど交渉権はあると思うぜ。どうする?」
ここで言う交渉権っていうのは恐らく魔剣を売ったときに出るであろう利益の分配率のことを言っているんだろう。
宵闇の鷹が魔剣ティルフィングを売り払うか、クランの物にするかはさておき、ボス攻略で活躍した人間に対して何の恩賞もないとあっては色々まずい。
ましてや今回、ボス攻略において団長はあまり役立ってない……それは信頼できる人間二人による目撃情報もあるから交渉面ではそこそこ有利に立てる……筈。
最後のボス攻略には参加してないのに……と、思うだろうがこの迷宮は元々彼等の縄張りとしてギルドに金を払っていたし、前哨戦ではそれなりに血も流れたから交渉の権利ぐらいはある……筈。
「御主人様、交渉でしたら私に任せて貰えませんか? 戦いではお役に立てませんでしたがせめて交渉ぐらいは私にやらせて下さい」
「お前が? ……まぁいいけど、無理のない範囲で交渉しろよ」
「その辺は大丈夫よ。私も一緒に交渉のテーブルに着くから」
シャルロット一人では不安と感じたのか、アリスティアさんがフォローに回ると主張してきた。
まぁ口添え料として少しばかり分け前を要求する腹だろうがそんなのは貴族も商人も当然のようにしていることだし、組織を運営する人間ならそう出るのは当たり前だ……腹を立てても仕方ない。
「さて。雑談が済んだところで先生、一足先に仮設拠点に向かってくれないか。俺達が駆けつける前の戦闘で重軽傷者がチョイチョイ出ている。俺の治癒魔術は怪我や病気に対しては絶大だが、そうでないモノ……魔力の回復速度や肉体の疲労は別だ。毒に掛かった団員もいるからそっちの手当も頼む。……どのみち今日は迷宮で一夜明かすだろう。死者の弔いという名の簡単な酒盛りもあるだろうしな」
「分かった」
やはり冒険者という生き物は酒盛りが好きなようだ。
いや、この場合は湿っぽい空気を嫌う気質が根底にあるからか?
そんな事を考えながら俺たちは最下層を後にした。