ガーディアンゴーレム
魔霧の迷宮のダンジョンボス・ガーディアンゴーレムを一言で表すなら動く要塞だ。
ゴーレム種特有の高い攻撃力と防御力は並みの剣士では傷一つ付けることが叶わず、生半可な武器では簡単に刃毀れし、壊れてしまう。
但し、ゴーレム種の弱点は総じて機動力が低く、冷静に対処すれば滅多なことでは被弾しないので、初心者にとっては難攻不落ではあっても、死亡率の低い魔物というのが冒険者達の間では常識だ。
そのガーディアンゴーレムは今、様変わりしていた──
「おい、なんだあれ……?」
安全圏で出撃を渋りつつも貸し三つで妥協して外へ出て、道中タツヤから作戦を聞かされいざボス部屋へ踏み込むと件のゴーレムは圧倒的な火力を以て、宵闇の鷹の冒険者を駆逐していた。
俺が驚いたのは、一流冒とも言える凄腕冒険者である彼等が為す術も無く吹き飛ばされる光景を見た──からではない、ガーディアンゴーレムの全貌を見たからだ。
小さな傷が目立つ鈍色の表面に一切の飾りを廃した無骨なシルエット。
ボリューム感溢れる上半身には人間で言う肩部、胸部、腕部に備え付けられた、中心部が空洞となった長い棒が全部で八門。
超・重量級の上半身を支える下半身は明らかに人為的な工作が感じられる跡が残り、完全に迷宮の床と一体化している……これはもう、ゴーレムというよりも固定砲台と呼ぶに相応しい風体だ。
だが問題は、そんなことではない……こいつの外見だ。
(どう見てもこれ、ロボットじゃねぇか)
随所に……というか大部分でアレンジが見られるが見た感じ、有●重工のRA●DENに似ていなくもない……のか?
「何、あれ? オリハルコンゴーレム……な訳ないわよね? むしろ鉄を凝縮した感じ? もしかして新種のゴーレム?」
隣でアリスティアさんが分析をしている間にガーディアンゴーレムの右腕部が火を吹いた。
人間一人がすっぽり収まるほどの口径を持つ二門の大砲が照準を定め発砲。
腹の底まで響くような爆発音と肌を激しく打つ衝撃波が全身を襲う。
立てない程の風圧でもないのに、つい反射的に一歩引いて構えてしまうほどに。
狙われた団員は直撃こそ免れたものの、全身に酷い火傷を負い、前線離脱を余儀なくされた。
クロスボウ隊の中に治癒魔術が使える者が居たらしく、治療に当たっているが助かるかどうか微妙なラインだ。
「言いたいことは山ほどあるだろうが、今は全部置いとけ」
俺の胸中を察したように、タツヤがぽんと肩を叩いて言った。
「あのガーディアンゴーレムは明らかに第三者の手が入ってる。団長の話だとボス戦は威力偵察で何度かしてるみたいだけどあんな姿じゃなかった。現時点で分かっている情報は団長の持つ魔剣クラスでようやく装甲に傷を付けられること。射程距離に入らない限り攻撃してこないこと。破壊してもすぐ再生しちまうこと。ゴーレムの核が固定されたヤツの真下にあるってことだ」
「お前でも無理なのか?」
「ゴーレム自体破壊するのは容易い。が、核を破壊する魔術を使うとなりゃ相当な規模になる。つまりここじゃ使えない。だから、伝えた通りの作戦でいく」
「あの……余裕があるうちに撤退した方がいいと思うのですが……」
シャルロットが常識的な発言をする。
確かにそれが一番現実的だし、そうするのがいいように思える……普通なら。
「本来ならそうなんだが相手はアスガルド陛下だ。こと国内の迷宮討伐や魔族排斥については話が通用する相手じゃない」
王族が支配するこの世界では、王命に背くことは文字通り死を覚悟しなければならない……王族の力というのは絶大で、絶対だ。
それに宵闇の鷹が失敗したところで、今度は聖凰騎士団やならず者が集まる傭兵団にお鉢が回り、その次はジオドール様に話が行き、それでも駄目なら王家直轄の騎士団が投入される……悪戯に被害が増え続ける未来しか予想できない。
事態が冒険者クランだけの問題で済めばいいが、迷宮攻略のノウハウのない騎士団・傭兵団が出向いたところで凄惨な事態が待ってる。
他国から送り込まれ、紛れ込んでいるであろうスパイのこともある。
国防を担う騎士団の戦力が落ちたとあれば、虎視眈々と首を狙う他国が侵略戦争を仕掛けてくるかも知れない。
魔族による侵略戦争は終戦したが、水面下では開戦の火蓋が切られないようギリギリの綱引きが行われてるのが世の常だ。
仮にそういうことが起きなくても獅子身中の虫たる貴族達による内乱が勃発し、国内はガタガタになる。
貴族社会に詳しくない俺でも、少し想像力を働かせればこの程度の予想は付く。
じゃあ何で依頼を受けたのかと聞かれれば、それはもうお人好しという病気が半分で、残り半分が傭兵団の存在だ。
傭兵団は基本、肉体的に頑強なオークやオーガで編成されている。
人間と違い、正しく契約を結び報酬を確約すれば契約を破棄したりしない分、ある意味では人間よりは信頼できる部分もある……が、それでも連中だけは街に入れたくない。
オークとオーガ……この二つの種族は九割強の割合で雄が生まれる。
極稀に雌が生まれるらしいが、競争率が激しく滅多に現れる者でもないので彼等は他種族の雌を嫁として迎え入れ、孕ませる。
特に長耳族と人間との相性は良く、報酬として人間の女を、依頼の難易度によっては長耳族の女を要求してくるのが常だ。
そんな種族がメリビアに入り、俺が手塩を掛けて磨き上げたキャストに目を付ける……想像するだけでも嫌だ、お触りも視姦も絶対に許さない。
(やるしかない。ここで倒すか、事態が逼迫して面倒事が増えた状態で倒すかの違いだ。ならチャッチャと片付ける)
「分かったタツヤ……やろう」
「決まりだ。砲撃は俺が対処する。アリスティアちゃんは先生の護衛だ。捌ききれない弾は任せた。団長とシャルロットちゃんは負傷者を安全圏に運んで」
流石に団長に向かってお前も命懸けろとは言えないか。
同じクランの人間でもないし、雇われ傭兵に過ぎない以上そんな発言権がある訳でもないし。
「御主人様……どうかお気を付けて」
「大丈夫。やばくなったらタツヤを盾にしてでも逃げる」
「何気に酷いなお前!?」
「お喋りしてないで行くわよ!」
アリスティアさんに尻を叩かれるようせかされ、俺たちは一斉に駆けた。
ガーディアンゴーレムに備え付けられた大砲が、爆撃のような音を上げながら砲弾をぶっ放す。
タツヤは俺たちよりも前に先行して、音速に迫る勢いで撃たれた弾を長剣で受けて壁側へ受け流す。
流された砲弾はタツヤの前でオレンジ色の火花を散らしながら軌道を逸らし、迷宮の壁に激突する。
地響きにも似た音が室内に響き、パラパラと天井に溜まったゴミが落ちる。
「ってぇなオイ! しっかり流したってのに腕持って行かれるかと思った……ぞ!」
軽口を叩きながらも迫る二発目をしっかり受け流す……だが想定よりも早かったのか、或いは重かったのか、もしくは両方か……完全な受け流しは叶わず踏ん張った姿勢のまま、迷宮の床を削りながら押し戻された。
接触事故は避けられたものの、ガーディアンゴーレムの懐は未だ遠い。
「走れ!」
それでも尚、タツヤは走れと叫んだ。
命を賭けると決めた以上、他人にばかり命懸けの行動を押しつけるのは良くない……だから俺もこいつ等と同じように命を賭ける。
(そうでなきゃ割りに合わないよな……ッ)
左腕部の主砲が重厚な音を立てながら旋回して、砲身から弾が吐き出される。
先のような大砲ではない、パチンコ弾ほどの弾丸が空中で一斉に散らばるタイプのそれ──散弾だ!
勿論俺はリアルタイムでそれを把握している訳じゃない……起きた結果から推理しただけに過ぎない。
だがタツヤとアリスティアさんは人智を越えた反応──と、形容するべきか──あり得ない反応速度を持って前に立ち、即座に防御魔術を展開する。
無詠唱による即席の防壁は容易く亀裂が入り、砕け散った。
散弾でさえ、威力を相殺するのが精一杯だ……主砲の攻撃を防ぐことなど論外。
それでも俺は走る、死地で足を止めれば次の瞬間には一瞬で挽肉だ。
(目標まで目測一○メートル……)
日常なら大した距離じゃないのに、この砲撃をかいくぐって進む一○メートルは一○キロに等しい距離だ。
逃げ出したいと叫ぶ心は声を張り上げて抑制して、タツヤとアリスティアさんだけを見て駆ける。
両腕部の主砲が照準を微調整の為僅かに砲先が動く。
弾はすぐには発射されなかったが、何かを装填するような音がやけに耳に残った。
「……ッ! 衝撃に備えろ!」
怒鳴るように指示を出したタツヤは無詠唱で風魔術を発動させ、風の塊を俺とアリスティアさんの身体に強打させた。
バランスを崩しかねない、背後からの衝撃に足がもつれそうになる。
だが次の瞬間、背後で起きた大きな火柱が薄暗い部屋を照らし、火傷しそうな熱風が背中を叩いた。
タツヤの風魔術と、グレネード──と思われる爆風の二つを受けてバランスを崩さなかったのは奇跡……でも何でもなく、ガーディアンゴーレムにぶつかったことで免れた。
(距離は一気に縮まったけど……っ)
痛みを感じる間もなく、口の中を血が逆流してくる。
身体をくの字に曲げて吐き出したいという欲求に逆らい、無様に血をまき散らしながら吐き出し、痛みを無視して目的地を目指す。
頭上で鉄同士がこすれ合う音がした。
上を見て確認する気も起きない……ただ頭の中にあるのは目的地へと速やかに辿り着くことだけ。
顔の真横で火花が散った……腕部の影に隠れて見えなかった機関銃が火を噴いた。
あくまでおまけ程度の火力なのか、照準制度は高くないようだが、少しずつ改善されつつある……。
「やらせない、わ……っ!」
だが、鉄の雨が俺に降り注ぐことはなかった。
爆風の衝撃で俺以上の怪我を負ったアリスティアさんが裂帛の気合いと共に機関銃へ向けて投槍したからだ。
業物なのか、彼女の手から放たれた槍は砲身をど真ん中から貫き、武器としての機能を完全に停止させた。
だがまだ機関銃は一門残っていて、その銃口がまっすぐこちらを捉えてる。
「行って!」
言うが早いか、アリスティアさんは重装備のまま放たれた矢のように跳躍する。
僅かな滞空時間の中、機関銃がアリスティアさんを捉えて銃撃する。
視界を奪うほどの閃光と、鼓膜が避けそうな程の、甲高い音が響き、反射的に耳を塞いでしまう。
だがその時間は長く続かなかった。
彼女の愛用とも言える鎧は驚異的な防御力を見せ、アリスティアさんの命を守って見せた。
鎧に守られた彼女は銃撃の影響で失速したにも関わらず砲身へ手を伸ばし、強引に掴んで腕力のみで身体を引き寄せると、腕に限界まで強化魔術を施し力ずくで機関銃を曲げて見せた。
驚きのあまり、立ち止まりそうになったが、鬼のような形相でこちらを睨んできた彼女の気迫に負けて、足を進める。
(ここまでお膳立てして貰っておきながら失敗しましたなんて格好悪すぎるし申し訳が立たないな)
これが終わったらあの二人はキチンと労うべきだ。
頭の片隅でそんなことを考えながら俺はガーディアンゴーレムの背中から生えた太いパイプへと辿り着いた。
タツヤのスキルにある【鑑定】によればこのパイプは動力源である核の魔力を直接本体に送り込む為のバイパス──生命線だ。
俺はそこに、ありったけの魔力を流し込めばいい。
(つかこれ、ミスリル針刺さるか?)
ものは試しにということで一本だけパイプと地面の間にある僅かな隙間へ突き立ててみると抵抗を感じながらもどうにか突き刺さった。
残りの一本も同じ要領で突き刺して、左右それぞれの手でミスリル針を掴む。
普段は身体の調子を整える為の魔力を体内で精製しているけど、今はその逆──有毒な魔力を精製している……普段やっていることの応用なのでそれほど難しくはないし、似たようなことは冒険者時代、魔物相手にやって来た。
魔力を流す前に思いつきで【シックソナー】を使ってみると内部構造を把握することが出来た……もしかしてこれ、生き物にカテゴライズされる対象なら内部構造を調べることが出来るのか?
……ガーディアンゴーレムが生き物かどうかはこの際置いておく、そういうのは学者様の仕事だ。
意識を掌に集中させる──
イメージするのは猛毒だ。
体内を暴れ回り、食い千切り、火山の如く燃え上がり、全てを焼き切るモノ──
「……くたばれ」
吐き捨てるように呟き、魔力を解放する。
この世界に来て全力で魔力を放ったのは生まれて初めてだ。
それまで軽く捻っていた蛇口を一気に限界まで捻るような感覚だ。
段階的ではなく、瞬間的に全快で押し流された魔力は暴れに暴れ、術者である俺にさえ反動という形で襲いかかってきた。
(落ち着け、こいつは俺が毎日使ってる魔力だ……飼い慣らせない道理はない)
暴れる魔力に方向性を持たせて、牙の先を自分からミスリル針へ移して、少しずつ抑え込んでいく。
受け入れられる魔力の許容範囲を超えているのか、手にしたミスリル針が感じたことがないくらい熱を帯びているのが分かる。
保って数秒程度……充分な時間だ。
針を犠牲にする覚悟と共に、駄目だしの魔力放出。
今まで色んな女性の身体を癒してきた相棒は、ついにその役目を終えた。
魔力は全て吐き出した……今までにない程の倦怠感が全身を襲う。
もう一歩も動けない──いや、動く必要すらない。
核を内部から破壊されたガーディアンゴーレムは突如、電池が切れたロボットのようにピタリと止まり、自身の重量を支えきれず各パーツが、装甲が、軋みを上げながら歪み、崩れ落ちていく……。
「御主人様!」
手にした槍を放り出したシャルロットが目にもとまらぬ速さで駆け寄り、思い切り抱きついてきた。
突進に耐えるだけの体力なんて残ってなかったがどうでもいい……今は彼女の温もりを存分に味わおう。
俺たちは、賭けに勝ったのだから──
キリが良いのでこの辺で。
G.W.中に番外編みたいな話でも書いて書きため期間に入ろうと思います。