キャストとお喋り
一○店舗ある娼舘はそれぞれ三等地区・二等地区・一等地区にあり、上に行くにつれて店の数は減る。
三等地区は労働者や地元住民、冒険者向けの宿やアパルトメントが立ち並ぶ平民の為の区画。
当然、利用者数はこの地区がダントツ多いのでこの地区には五店舗ある。
二等地区は少し裕福な平民、商人、小金持ちが住む地区、ここは三店舗。
そして選ばれた富裕層が住む一等地区に二店舗。
一等地区に二店舗あるのは単純に数が少ないのと競争原理を取り入れた結果だろう。
王都や帝都であれば一等地区に店を構える、なんてことはしないがその辺の事情は興味がないので知らない。
朝からマッサージを開始して、三等地区の娼舘全てを周り終えた頃には既に昼時を迎えていた。
何処かで食事をしてから向かおうかと思ったが、店側のスケジュールを考えれば出来るだけ早く済ませるべきか。
二等地区にある通い慣れた路地裏を歩いて目当ての店へ向かうと賓客を出迎えるかのように二等地区に店を構える店長ら三名が出迎えてくれた。
心底どうでもいいがこの店長らもやたら肌とか血色がいいのは俺のケアによる賜だ。
……オッサンの肌なんか見ても楽しくないが、さりとて無駄に喘ぎまくる娼婦の相手をするのも、ねぇ?
「わざわざご足労頂き感謝致します、先生」
「あぁ」
店長らがここにいるってことは一つの店で纏めてやっちゃえってことだろう。
それなりに付き合いが長いので俺の気質というものをよく分かっている。
「時に先生、昼食などは如何です? 心ばかりでは御座いますが精一杯、おもてなしをさせて頂きます」
「んー……仕事終わってからもらう」
「畏まりました。二等地区で働くキャスト達は大部屋で待機させてます。先生は隣の部屋に居て頂ければこちらから順次、お連れ致します」
こっちはこっちで大変そうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この世界の医療事情は治癒魔術師と薬草を扱う医者に大きく依存している。
ファンタジーの定番と言えるポーションはあるがとても高価な代物で貴族や一流冒険者達が集まるクランでもなければ常備は難しい。
そういった事情で彼女達の身体のケア以外にもチート魔術を応用して避妊処置と感染予防も施している。
避妊具もそれらしい薬もないこの世界では、この魔術はかなり重宝されているので必ず掛けるよう、お願いされている。
但し、こっちは定期的に掛けなければ効果がないので必然的に娼舘へは頻繁に通うことになる。
お陰で俺はご近所の人からは娼婦好きと言われ、避けられている。
冤罪もいいところだ、俺はただ仕事で来ているだけなのに。
「本当ね、冒険者の相手は大変なのよ先生。腕っ節が強いのは安心できるけど、私たちを道具でも見るような目で見るのはね?」
「想像はできます」
「こんな商売やってるからアレだけど、少なくとも私たちは本気だし手を抜こうとか考えてないよ。でもそんな私たちにもやーっぱり癒しが必要なのよ。いや本当、その点で言えば先生は文句ないわ」
「ありがとう御座います」
娼婦達の愚痴に適当に相づちを打ちながら一週間分の疲労を取り除いてリフレッシュする。
魔術で処方しても夜の商売は体力勝負だからどうしても内臓に大きな負担が掛かるからこうして定期的なマッサージ(誰が何と言おうがマッサージだ。異論は認めない)をしなければならない。
「そう言えば先生、もうやった?」
「やったって、何をです?」
「嫌ね、女の口から言わせるなんて。今やメリビアの娼婦たちはみんな先生にお熱をあげてるんだ。先生がちょっと頼めばやらせてくれるさ。女神の園や聖女の後宮のナンバーワンだって夢じゃないさ」
「いやぁ、一応仕事とプライベートの区別はしっかり付けておかないといけないんで」
考えなかった訳じゃないけどさぁ……娼婦が原因で散財したり騙されたりする話をよく耳にするからさ、どうしても疑ってしまうんだよね。
「自分としてはめっちゃへこんでいるときに優しく慰めてもらおうかな、と」
と、最近考えついた断り文句でさり気なく流す。
だけどこのお姉さんは意味深な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「あら。それじゃあ先生の様子は常に気に掛けておかないといけないわね。知ってる? 今、私たちの間で誰が先生の筆下ろしをするかで揉めているのよ?」
「それは……」
流石にどう反応していいかワカラン。
何なの、男の童貞なんて道ばたの小石程度の価値しかないと思うんだけど!?
そんな調子で次々と娼婦たちの身体を触り、時にからかわれ、時に逆セクハラされ、時に口説かれたりしながら二等地区のキャスト全員分を終わらせる。
「先生、食事をお持ちしました」
一息付いたところでワゴンを押すメイド服(コスプレ対応すれば客受けも売り上げも良くなるんじゃね? と俺が助言して以来、利用客の間でコスプレが流行りだした)に身を包んだ女性達。
あくまで好意でやっていることだ、無碍に追い返す訳にもいかない。
仕事が控えていることを考慮してか、食事は片手間で食べられるサンドイッチと紅茶が用意された。
一人の女性が慣れた手つきでカップに紅茶を注ぎ、控えていた女性がごく自然な動作で寄り添ってくる。
「接客の練習ですわ」
「至らないところがありましたら、遠慮なくご指摘下さいね、先生」
「勿論、先生への御礼もありますけどね」
何かを言う前に先制されては何も言えない。
過剰な接待は俺自身、望むことではないことは相手も重々承知しているが、辞めようとする気配がない。
「店長からお話が来るとは思いますが、来週もまた一斉出張してもらうことになると思います」
紅茶を注いでくれた女性・ルリアが申し訳なさそうに言う。
「今回の迷宮ってそんなに規模でかいの?」
「はい。初期段階で派遣された偵察部隊の情報によれば過去最大の難易度を誇る試練の迷宮があるのは確かだそうです」
「迷宮から魔物が溢れ出る可能性を考慮して既に大手クランに積極的な呼びかけと情報拡散を行っていると店長は仰ってました」
「長引けば騎士団の出動もあり得るかも知れません。私たちにとっては一稼ぎするチャンスではありますけどね」
「あぁでも、先生とじっくりお話できる機会が減るのは嫌かなぁ。……いっそ休日にデートでもしましょうか? 表向きはアフターってことにしとけば……」
「虫除けにもなりますし……悪くないですわ」
「ねぇ、聞こえてるんだけど……」
異世界に行っても女って怖いね。
書き溜めしている分がストックが切れるまでは隔日投稿したいと思います。