迷宮へ行こう
迷宮へ潜る日がやって来た。
後方支援とは言え、軍隊規模の人数で攻略する訳ではないので魔物が後方まで流れ込む可能性は否定できない。
だから用心棒を雇ったらどうだという話になったんだが──
「久しぶりね、エリオット。相変わらず派手に活躍してるそうじゃない?」
「それほどでもない。何せ、迷宮一つ満足に攻略できない男だからな」
なんかのっけから険悪なムードなんですが。
エリオット団長とアリスティアさんってしのぎを削り合う関係だから仲悪いのか、あるいは性格的な問題か。
結局というか当然というか、ジオドール様は護衛として同行することは叶わず、代理としてアリスティアさんが派遣された。
護衛代の代わりに団員分のマッサージを要求させることになったが、その程度の手間で安全が買えると思えば安い方だと言い聞かせている自分と、またあの日のように自分の命を優先して逃げ出すのではないかと疑っている自分がいるが、ひとまずそれは心に蓋をして意図的に無視することにする。
『先生が死んだらどうするというのだ! 先生にもしものことがあればワシが妻に怒られるんだぞ!?』
『緊急事態ならともかく、今はご自愛下さい。代わりにアリスティア様を派遣します。それなら大丈夫でしょう?』
『いーや駄目だ! ここはワシ自ら護衛役を買って出るのがスジというもの!』
『そんなスジは知りません! ……アリスティア様、どうかよろしくお願いします』
出発前にそんなやり取りがあったのは記憶に新しい。
(しかしまぁ、リアルでフルプレート見ると重厚感あるな。女が重量装備するのって二次元ならともかく現実だとこんな違和感あるのか)
そんなことを考えながらエリオット団長と口論するアリスティアさんをぼんやり眺める。
白を基調とした鎧は胸部、腕部、脚部に至るまで完全に覆われている。
各部位の名前とかは知らないけど、腰に当たる部分は五枚の板金が付いていて、動きやすさを重視しているであろうそれは何となくスカートっぽく見える。
ガチガチの防御重視で固めているなら武具は剣と盾かなと思ったが武器は十文字槍に酷似した長槍だ。
代理とは言え団長が使う武器ということを意識してか、十文字槍はシャルロットが鍛冶屋の親父から貰ったような装飾が施されている。
鎧といい、槍といい、質実剛健に重きを置く冒険者にしては珍しい仕様だ。
「聖凰騎士団は目立つことも仕事のうちなんです」
内心に疑問を見透かしたように、シャルロットがそっと耳打ちする。
「宵闇の鷹が迷宮専門ならば聖凰騎士団は魔物と対人戦闘の両方に長けた人員で構成されてます。護衛依頼も積極的にこなしていることからどうすれば抑止力に繋がるのかを熟知しているんです」
「なるほど。……シャルロット、やけに詳しいな?」
「時間を見つけて屋敷の人に聞いたんです」
勉強熱心だな、シャルロット……過労で倒れたりしないか心配だ。
その辺は俺が気をつけるしかないか。
団長とアリスティアさんの折衝が一段落したところでクランの経理担当から支給品を渡される。
迷宮内に蔓延る毒素に対抗できる消耗品──防毒の護符だ。
身体のどこかに貼り付けておけばそれだけで効果を発揮するそうだ。
「但し、魔物が吐く毒霧を浴びたら効果と引き換えに一枚ロストするから気をつけろよ。最低限の数しか支給されない後方組は特に気をつけてくれ」
防毒の護符を六枚受け取り、シャルロットに手伝ってもらい背中に貼り付ける。
当然、シャルロットにも貼り付けなければならないのでこちらは物陰に隠れてせっせと済ませる。
アリスティアさんに頼もうかと思ったけど、彼女は彼女で既に物陰に隠れた後なので消去法で俺がすることになった。
「その……恥ずかしいので、出来るだけ早くお願いします」
「分かってる」
背中をはだけさせ、恥ずかしそうに呟く。
彼女の治療はまだ完全には終わってないので背中には未だに火傷の跡がハッキリと残っているが、それ以外は本当に玉のような肌に生まれ変わっている。
我ながら素晴らしい肌だ……ヘタレでなければ撫で回したい。
耳掃除を建前に膝枕は適度に堪能してるけど。
「貼り終わったよ」
「ありがとうございます」
手早く服を着て、一緒に物陰から出ると、いつの間にか来ていたタツヤの隣で腹を抱えてくの字に身体を折って地面に倒れてる団員がいた。
「お早う、シャルロットちゃん! 先生もお早う!」
「おはよう御座います、タツヤ様」
「お早う、タツヤ。そこで倒れてる男は?」
「なに、女の着替えを覗こうとした不埒な輩にちょっとばかしお灸を据えてやっただけだ。俺は、女性には優しいからな」
つまり、男には無駄に厳しいんですね分かります。
「女には優しいって、ある意味差別よね」
防毒の護符を張り終えたアリスティアさん(彼女は元々参加する予定がなかったから自前で用意したものと思われる)がごく自然に会話に参加してくる。
どうして初対面の人間に対してそんな喧嘩腰になるんだ?
「俺をどう評価するのは自由だけどな騎士さんよ、この世から差別がなくなるなんてことがあり得るのかい? お前さんさっき、宵闇の鷹の団長さんと喧嘩してたよな? 自分と価値観の違う人間の意見に対して攻撃的な意見を述べるのだって、差別のうちだと俺は思うぜ? 相手に差別をするなというなら、まず自分が差別をしない高潔な人間になることだ」
そんな人間は実在しないけどね──と、肩を竦めてタツヤは締め括る。
地球でも差別問題は根強く残っているんだ、ましてや王族貴族が絶対的な力を持つこの世界じゃそんな理屈を並べたところでどれ程効果があるか疑わしい。
「それよりもそれ……装備はそれで全部か?」
何となく微妙な空気が漂ってきたので、話題をタツヤの装備に移す。
「ふふん。言いたいことは分かるがこれはれっきとした装備だ」
そう自慢げに語るタツヤだが、どの辺が装備なんだ?
パッと見た感じ、剣帯に刺した剣と胸元に付いた紫色のブローチ以外、これといった装備が見当たらないんだが……。
「マジックアーマーね。ちょっといい? ……凄い、板金鎧より薄い上に高密度に圧縮された防壁……型番が見当たらないとなると古代遺産ね」
「あぁ。良くわかったな騎士さん」
「いつまでもそんな呼び方じゃ不便でしょ。アリスティアでいいわ」
「そうか。あ、俺は先生の友人のタツヤ。よろしく」
ただ、アリスティアさんだけはどうも違ったようだ。
「マジックアーマー、ですか?」
「えぇ。見た目ブローチにしか見えないこれがそうよ。金属鎧と違って魔力を込めると目に見えない膜が身体を覆ってくれる代物でね、現存するマジックアーマーは身体の一部分を覆うのが一般的よ。高級品になれば全身を覆うけど全身を覆うとなれば出力が落ちるし値段も天井知らずになるから、こっちはもっぱら見栄を張りたい貴族様が使うわ。でもね、魔導文明が栄えていた頃に作られた遺品は違う。全身を覆いながらミスリルアーマーに匹敵する物やそれ以上の代物を作れる職人が居たのよ。そうした物を手にするには古代人が作った遺跡に潜って運良く見つけるしかないわ」
「タツヤ殿の言う通りだ。ワシがかつて組んでいたパーティでそれを装備していたのはクリスティーナぐらいだったな」
「へぇ。じゃあタツヤが持ってるマジックアーマーみたいな、魔導文明時代に作られたものは皆一括りに古代遺産って言うのか?」
「そうよ。見た目に寄らず頭は鈍くないのね」
なんか、一言多いよなアリスティアさん。
まぁ注意するほど偉い人間でもないし、それを言う権利もないし、何より彼女は俺の護衛役だ……あまり機嫌を損ねるようなことをして実力が発揮できなくなるようなことにならない為にも忍耐でやり過ごすんだ。
「よし。では出発前に点呼を取るぞ」
ザッと全体を眺めながらエリオットが出血状況を確認する。
今回の迷宮攻略に割かれた人数は俺やタツヤのような部外者を除き、一○人。
外壁の仮拠点には居残り組も居るが思いの外、毒との戦いで体力が落ちているので健康な人間だけを選出した結果となったそうだ。
「よし、全員いるな? ……タツヤとシラハエも居るか?」
「おう」
エリオット団長の問いにタツヤは鷹揚に応じ、俺は挙手して応える。
その後、簡単な出陣式をした後、宵闇の鷹一同と共に魔霧の迷宮へ赴いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
常に毒素が充満し、健常者の身体を蝕む魔霧の迷宮──メリビアに存在する試練の迷宮の中でも屈指の難易度を誇る迷宮。
装甲の厚い戦士系が前衛を担い、エリオット団長を筆頭とした熟練者が後方を担当。
防毒の護符のお陰で毒素は気にしなくてもいいけど、魔物が全く存在しない訳ではない。
「前方よりポイズンゴブリンを確認! 数は三!」
「前衛、矢撃ちの陣形だ! 深追いせず確実に仕留めろ!」
後方から団長の指揮が飛び、一糸乱れぬ動作で前衛陣は密集陣形を組んでポイズンコボルトとかち合う。
剣と盾を巧みに操り、ポイズンゴブリンの爪を、牙を防ぎ、後ろで待機しているクロスボウ隊(五人しかいいないから隊とは呼べないが)が正確に狙い打つ。
特殊な形をした鏃が突き刺さり、苦悶の声を上げる魔物に対して冒険者達は一切の手心なく刃を食い込ませる。
一体のポイズンゴブリンを仕留めるのに必ず二人で当たっている……冒険者の戦い方というからもっとこう、雑で乱暴なものだと思っていたが意外としっかりしているもんだ。
何となくタツヤの姿を目で探してみると……最後尾のポイズンゴブリンの首を容易くはね飛ばしたところだった。
刀身に付いた血は振り払う動作をするまでもなく、スルスルと落ちていく……あれはブラットコーティングの恩恵だろうか?
そんなことを考えている間に宵闇の鷹たちは最初の一匹を始末し、最後の一匹へ取り掛かっていた。
タワーシールドで防御を固めた重戦士風の男が盾を構えたまま猪の如く突進して体当たりを仕掛ける。
巨体に似合わぬ速度で迫られたポイズンゴブリンは反応に遅れて直撃する。
どのぐらいウェイト差があるか分からないが、軍配は重戦士風の男に上がった。
衝撃に耐えきれなかったポイズンゴブリンが蹈鞴を踏み、体勢を崩したのを確認し、横へ逸れて射線を開ける。
次の瞬間、既に矢を装填し終えたクロスボウ隊による一斉射撃が始まった。
胴体、腕、脚、胸……解き放たれた矢は引力に引き寄せられるかのように一本も外すことなくポイズンゴブリンの身体へ突き刺さり、怯ませる。
「トドメは俺が」
そして、だめ押しとばかりに背後からタツヤの奇襲攻撃。
充分な距離を取り、威力を抑えて離れた氷の矢は僅かな抵抗すら許さず、硝子細工を割るように頭を潰した。
「流石に戦い慣れてるなー」
「一流クランなら、このぐらいは当然よ。寧ろクランに属する冒険者ならある程度戦術的な立ち回りが要求されるものよ。上を目指すなら特にね」
尤もな発言だ……ただ、冒険者がそういうのを意識することに違和感を感じるのは俺が異世界陣だからだろうか?
「ナイフを取り出しましたね」
「剥ぎ取るんだろう? クランだって部隊を維持するのに金が必要だろうからな」
だから、魔物を倒せばその都度進軍を止めなければならない。
アリスティアさんもその辺の事情は分かっているのか何も言わない。
しばらく、散発的な遭遇に遭うものの、これといった問題もなく無事最初の大部屋へ辿り着いた。
「シラハエ達はここで待っていてくれ。万が一にも流れ弾で死なれては困るからな」
「分かった」
本当に俺がここに来た意味があるのかと思えるくらい、進軍は順調だ。
恐らく俺の力が欲しいのは最下層、なんだろう。
俺の予想ではボスと対峙する人間とローテーションを組んで毒になった者から順次、治療をしていくと予想している。
「ねぇ、さっきから気になってたんだけどあなた奴隷よね? 随分肌が綺麗だけど……やっぱりアイツの整体魔術のお陰?」
待ち時間が退屈なのか、アリスティアはここぞとばかりにシャルロットへ迫り、質問を投げかけてきた。
冒険者とは言え、彼女も歴とした女子だ……目の前にこんな肌の綺麗な女が居ればそりゃ気になるよな。
「はい」
「ねぇ、ちょっと触ってみていい? ……うぅ、何なのこの肌触りは。見た目は艶やかで肌触りはすべすべ、しかも触り心地はふわふわしてるし……髪の毛は……枝毛がないし……嘘!? 毛先まですっごい綺麗なんだけど!? 貴族令嬢だってこんなに綺麗な髪の毛はしてないわよ!」
「はい。御主人様の“まっさぁじ”は世界一ですから」
何処か誇らしげに胸を張るシャルロット……自分の容姿を褒められたことが嬉しいのだろう、その気持ちは分かる。
「ホント、毎日これを受けられる貴女が羨ましいわ」
「マッサージする時に思ったんですけど、アリスティアさんは男に素肌を晒すと聞いたとき、抵抗なかったんですか?」
普通、こういうのって女であれば全力で拒否反応を示すものなんだが、先日彼女にマッサージを施した時はそういうのがなかった。
「あぁ、それ? 私達、貴族とコネ作る為に夜会に出ることもあるのよ。で、その時背中を見せるタイプのドレスとか着るから背中ぐらいならそこまで抵抗ないし、変なことしたら斬れば済む話だしね」
「…………」
「御主人様はそのような御方では御座いません。御主人様は仕事をする時は、自分の仕事を完全に仕上げることしか考えておられません。信用できないというのであれば今後一切、関わらないで下さい」
先程とは打って変わり、軽く睨むようにシャルロットが反論する。
「えぇ、それは充分知ってるわ。……御免なさい、少しからかい過ぎたわ」
「いえ。私こそ奴隷の分際で過ぎたことを……」
口ではそう言ってるが、何処か納得してない様子のシャルロットと、軽い口調とは裏腹にわりと本気で謝罪するアリスティアさん……二人の温度差が怖いです。
しばらく居たたまれない空気が流れたけれど、それはボスを倒したと報告しにやってきた団員によってどうにか霧散した。
今はダンジョン内に居るというのに、どうにかならないのかねこの昼メロみたいな修羅場空気は……。