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団長代理

 患者は聖凰騎士団で団長代理・・・・を務めるアリスティア・フルハベルと言う。

 かの組織は騎士団と名乗っているが歴とした冒険者の集まりだ。

 元を辿れば魔族によって滅ぼされた小国の騎士団で、その名残りから騎士団と名乗っている。


 一般人がクラン組織とは言え騎士団を名乗れば色々問題も起きるものだが、聖凰騎士団の団長を務めているのはかの有名な四英雄が一人、クリスティーナである。


 二○年前の戦争の立役者であり、魔術の才能を買われて侯爵家の養子となった彼女の組織にケチを付けるような大馬鹿者はいない。


 故に、騎士団と名乗ることを世間が黙認しているそうだ。


「てっきり王家お抱えの騎士団か何かだと思ってました」

「よく勘違いされるし、私達も冒険者っていうよりは騎士っていう意識が強いから。……あぁ、これ効くわねホント」


 肌を晒しながら、簡単に聖凰騎士団の内情を語るアリスティア団長代理……は、長いし本人も代理と主張しているからアリスティアさんでいっか。


「そういうアンタは世間知らずね。田舎出身?」

「えぇ。遠い島国からやって来ましたのでどうもこちらの事情には疎いんです」

「そう。じゃあ仕方ないわね。……ところで、これって島国じゃ流行ってるの? すっごく効くし、身体が新品になったような感じなんだけど?」

「こういう技術があるのは確かです」


 出身地についても技術についても嘘は付いてない。

 ただ、魔術的な力によって威力を何百倍にも底上げしているだけだ。


 使用人が血相を変えて部屋へやって来て、慌てて調べて見たが何てことはない、魔術を限界まで酷使したせいで魔術回路にガタがきていたのだ。


(どんだけ酷使すればこんな状態になるんだよ)


 身体に触れて【シックソナー】で走査してみたが、近年稀に見る酷さだ。

 冒険者という仕事をしているからか、もしくは団長代理という責任ある立場を全うする為なのか、これ以上魔術を使うと回路そのものが焼き切れて肉体に影響を及ぼす一歩手前まで悪化している。


 ただ掃除するだけじゃ駄目なのでシャルロットにミスリル製の針を取りに行かせて、商売道具を使って本格的な治療を開始したのが一○分前。


 現在は、身体の要所要所に針を打ち込み、魔力を流して魔術回路の修復に魔力を当てている。


 シャルロットは足裏から魔力を少しずつ流して緩やかにツボを刺激して緊張を解きほぐす……完璧な二段構えだ。


「あぁ~……これホント効くわ。アンジェリカ様の言ってた話、本当だったのね……」

「あの人は……」


 お願いだからあちこちに言いふらさないで欲しい。

 俺の身体は一つしかないんだ、裁ける仕事の数なんてたかが知れている。

 女という生き物は、どうして口が軽いのだろう……いや、男にも言えるか。


「ねぇ、美肌効果のヤツはやらないの? お金なら払うわよ?」

「魔術回路の修復で手一杯なんで諦めて下さい」


 大体なんで俺が有権者……と、言っていいのか微妙なラインだが、そういう人間と積極的に関わっていかなきゃならんのだ。


 そういう人種の人間と関わったところでろくな末路にならない。


「じゃあ明日は? できればアンタの言う“まじゅつかいろ”ってヤツの掃除も含めて団員全員にして欲しいんだけど?」

「手間掛かるから掃除だけで」

「…………相場の五倍出すわ。メリビアに来ている団員は三○人よ」


 三○人で相場の五倍……魔術回路の掃除は基本サービスに含まれているから美容コースになるな。


 フルコースを受けた場合、相場が四シルバだから五倍で二○シルバの三○人分だからしめて六○○シルバ──金貨にして六ゴールドの稼ぎになる。


「御主人様、この話は受けても良いと思います。聖凰騎士団の方々との顔つなぎにもなります」

「んー、一日で六ゴールド稼げるのは魅力的だけど三○人分やるのは手間だな」

「なら日を分けてやればいいじゃない。相場の五倍の何が不満なの?」

「お金より休みが欲しい」

「贅沢ね。……気持ちは分かるけど。……んあー、そこそこぉ~、あぁー、効く。五臓六腑に染み渡る心地よさー」

「…………」


 なんつーか、この人は嬌声というよりオッサン臭い。

 磨けば宝石の如く光る美貌の持ち主ではあるが、オッサンような感じであーだのおーだの、そんな声が響くせいで美貌と残念さが絶妙なコラボレーションを奏でている。


(そもそもコネ持ったところでこいつ、堅気の女だからな……)


 年齢は訊いてないし、そんなデリカシーの欠片もない質問もしない。

 ただ、俺と同じ人間であれば年の頃は一○代後半……つまり、色々多感で面倒臭い年頃で仕事とは言え頻繁に娼舘へ出入りしているなんてことを知られた日にはそれはもう口汚く罵られ、汚物を見るような目で蔑まれる。


 そういう目で見られて興奮するような特殊性癖は持ち合わせてない。

 当然、俺の職場を知られた日には……もう考えることさえ億劫だ。

 仕事先は隠している訳でもないし、少し調べれば分かる。

 だからまぁ、魔術回路の掃除の為とは言え積極的に俺が出張する理由はない。


 クランの戦力低下は深刻な問題なのは認めるが、特別親しい人でもなく、ましてや命の危機に晒されてもない人間に対してそこまで面倒見るほどお人好しじゃない。


(いくら金で身体を許してるとはいえ、真面目に働いてる彼女達を汚いとか言われるのも思われるのも、不愉快だ)

「──はい、処置終わりました」

「ありがとう。……すっごいわね、本当に身体が軽い。治癒魔術師なんて目じゃないわ」


 アリスティアさんの称賛を右から左へ聞き流して商売道具を片付ける。

 いい加減、ベッドに潜って寝たい。


「ねぇ、次は何時空いてる?」

「宵闇の鷹からの依頼で迷宮に潜ったり、商談の付き添い(・・・・)もあります。ちょっと予定が流動的なので断言できません」


 ……しまった、いつもの癖で依頼受ける気でいるよ俺。

 けどまぁ……どうせ短い付き合いになるだろうから。


「宵闇の鷹……魔霧の迷宮ね。アンタ冒険者なの?」

「訳あって同伴することになっただけです。冒険者ではありません」

「そう。……冒険者じゃなければ宵闇の鷹とはあまり関わらない方がいいわよ。ガチガチの戦闘系クランだから。うちはその辺しっかりしてるから安全も保証するわ」


 何さらっと勧誘してるんですかね……。

 人伝に聞いた話によれば聖凰騎士団の構成員は全て女性、完全にダウトだ。


「済みません。一応私にはちゃんとした雇い主がいるので私の一存で勧誘に応える訳にはいかないんです」

「そう。まぁ今日のところは手を引いておくわ」


 できれば二度と勧誘しないで頂きたい。

 鞄を提げてシャルロットと一緒に部屋を出る。

 当然、多くの使用人達は寝静まっている時間帯なので人の気配なんてない。


「御主人様、宜しかったのですか? 聖凰騎士団の話は私も行商人を通じて何度か窺いましたが、なかなか良い条件だと思います」

「そこそこの稼ぎと、ある程度の自由時間、これが約束されていれば後は特にいらない。それにクランなんかに入れば忙殺されるのは間違いない」


 聖凰騎士団は団長であるクリスティーナ様の意向で弱者救済を掲げた平民の味方……と言うか騎士団では手の回らない案件を片付ける組織だ。


 そんなところに入れば金は貯まれど時間が消えていくのは明らか。


「それに、シャルロットと二人きりでいる時間も欲しいしな」

「……ッ。ま、まぁ……そういうことであれば奴隷である私はとやかく言いません。出過ぎたまねをして申し訳ありません」

「いや、シャルロットのそういう考え方は普通だよ。だから悪くない」


 寧ろ俺みたいに欲の少ない人間の方が稀だし、信用も得にくいと思ってる。


「それよりもだ……明日はまた忙しいぞ。鍛冶屋で武器を受け取りに行って、娼舘全部回って、迷宮行くのに必要な消耗品の確認……やることが一杯だ」

「パルシャーク様の交渉結果を聞く、というのもあります」

「あぁ、それな……。よく思い出したシャルロット」


 一見、俺とは何の関係のない話かも知れないがキャスト達のことだ……交換条件として俺の同行を要求して、仕事先でも快適なマッサージを受けさせろとか言うに違いない。


 書き入れ時でも年度末でもないのに、どうして修羅場のような忙しさが立て続けに振ってくるんだ。


 そんなことを話しているうちに使用人が寝泊まりする宿舎まで辿り着いた。

 大まかな体感時間で言えばそろそろ日付が変わることか……いい加減寝たい。


「じゃ、俺はもう寝るよ。お休みシャルロット」

「…………」

「シャルロット?」


 ところが、シャルロットは部屋に向かうどころか立ち止まり、俺の袖を掴んで無言の自己主張を始めた。


 子供が欲しいものがあるけど我が儘を言えないから行動でアピールするようアレと似ている。


「御主人様……奴隷の分際でこのようなことを申し上げるのは不躾であることは重々承知していますが、どうかご無礼をお許し下さい」

「お、おぅ……。なんだ?」

「はい。どうか、私を──」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おぉ、先生。おはよう! 昨夜は良く眠れたか?」

「はい。お陰様で」

「そうかそうか! ……時に先生、少し寝不足のように見えるが、何かあったのか?」

「飛び込みの患者がありましたので。団長代理のアリスティアさんです」

「おぉ、彼女のことか! 聞いてるぞ。何でも仲間を護る為に限界まで魔術を行使したらしいな。まぁ先生の手に掛かればどうってことなかろう」

「はい。御主人様の治療の腕は世界一です」

「そうであろう、そうであろう! ……しかしそこのお嬢ちゃんは機嫌がいいの。良い事でもあったのか?」

「いえ。……ですが、これから良い事が起きると思います」

「……? そうか」


 あの日の夜、俺とシャルロットはハッキリと俺に対する好意を口にした。

 だけど、今のままでは何もかも中途半端になる。

 他人の家だからという建前を使ってヘタレたのも否定しない。

 だけど──ちょっと早まったかも知れない。


(今回の一件が終わったら応えるとは言ったけど……)


 そんなホイホイ決めていいのだろうか?

 ……まぁ、こういうのは先延ばしにしておくに限る。


 これまでのパターンからすればきっとこの先もずっと忙しくなって有耶無耶になるだろう……うん、そうに違いない。

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