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シャルロットの不安

ストックを書き足しても一瞬で消えていく……!

でも何とか今月中はこのペースを護りたい……ッ!

 私は御主人様にとって、必要な存在なのか。

 運命的な出会いを果たしてから一ヶ月も経っていないけれど、私があの人に仕えることに意味があるのか疑問を抱く毎日だ。


 家事も、掃除も、洗濯も、帳簿も、知性も、御主人様は全てにおいて私を上回る存在で、放っておけば全て自分でやりかねない。


 私を気遣って、積極的に仕事を割り振ってくれているけれど、私の不安が拭われることはない。


 御主人様に捨てられる──それが、一番怖いことだ。

 胸元から上まで映る鏡で自分の姿を見たとき、これが本当に私かと見間違うほど、御主人様の使う“せいたいまじゅつ”によって、私は美しい女へ生まれ変わった。


 まだ身体の一部に火傷の跡は残っているけど、服を着ていればそれは分からない……だから私は自分が特別綺麗な女になったのだと勘違いした──御主人様が手がける、娼婦の存在を知るまでは。


(勝てる訳がない……)


 どの娘も皆、美しく着飾り、嫉妬するのも馬鹿らしい美貌は、もう溜め息しか出ない。


 特に御主人様に恋慕の情を抱いてるであるリシェアリアーナ様、この御方は別格と言っていい。


 光沢を放つブロンドの髪、整った目鼻、桜色の唇、視線を釘付けにする大きな胸、白磁のような肌……。


 御主人様が『一番目を掛けた作品』というだけあって、同じ人間とは思えないほど美しいリシェアリアーナ様は、明らかに御主人様を意識している。


 奴隷であれば私が身を引くのがスジだ、出しゃばっちゃいけない。

 だけど──


「いい、シャルロットちゃん? 貴女の御主人様はね、それはとーっても、奥手なの。私達が必死にアプローチしてもね、それっぽい理由をつけて断られるの。だから是が非でもシャルロットちゃんには頑張って欲しいの」

「一度やったらそれをネタに私達も関係を持てる可能性アリだしね。あ、別にシャルロットちゃんを蔑ろにするつもりはないから」


 御主人様の職場の人──都市では娼婦の事をキャストと呼ぶのだろうか──は皆、口を揃えてそう言って、私に閨の技術から礼儀作法やマナー、男の立て方について教えて頂いた。


 文字通りのキズモノになってからはそういうことを学ぶ機会はなく、そういうことに興味のあった私には都合が良かったし、そうすることで御主人様に恥をかかせず済むと思えば、熱心にもなる。


 何より──ここで御主人様から寵愛を頂けるかどうかで、今後の私の人生は大きく変わる、そう断言してもいい。


 娼館の店長から聞いた話によれば、女の奴隷は情けを頂けるかどうかで待遇が変わると言われている。


 手を出せば主人も愛着が湧き、ぞんざいに扱われることがない。

 何より手垢の付いた女奴隷は買い取り価格が一気に落ちる……よほどのことがない限り返品はしないそうだ。


 私は当然、誰かに身体を許したことはないし、今では街中の男が必ず振り返るほど、美しく生まれ変わった。


 御主人様が手を出さないのは、私を奴隷商会へ高く売りつける為──あんなに人の好い御主人様を疑うなんて、酷いことだと思う。


 だけど、一度悪い考えが浮かんだらボールが坂を転げ落ちるように思考が止まらなくなる。


 今日の商談だって、冒険者ギルドのマスターであられるガッシュ様と、田舎者の私でも知っている一流冒険者クランの団長様と対等に交渉してみせた。


 厳密に言えば、御主人様が交渉したお相手はエリオット様だけれど、小さな村の村長の娘でしかなかった私にとっては王族にも等しい存在と、御主人様は渡り合っていた。


 そんなに凄い人が、私に立派な衣服を与えて下さり、気遣うように仕事を割り振り、あまつさえ火傷の跡を無償で治してくれた。


 私の心はもう、御主人様に身も心も全て捧げてお仕えする気でいる。

 他の男の人に買われる……そう考えただけでも恐ろしい、考えたくもない。


 ジオドール様の舘にある道場で槍術の訓練をしたいと申し出たのも、そうした悪い考えを払拭する為にがむしゃらに身体を動かして誤魔化そうという気持ちが強かった。


 だけど私は──


「御主人様、まだ起きていらっしゃいますか?」


 ──気付けば、御主人様の部屋へ訪れていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 何やら思い詰めた表情でシャルロットがやって来た。

 あまり表情の変化が見られない彼女にしては珍しいことだが、夜に主人に宛われた部屋へやって来るというのも珍しい。


 少なくともシャルロットは、奴隷という立場を遵守するタイプだと思っていたんだが……俺の思い違いだったか。


「どうした? いつもと枕が違うから眠れないか?」

「……どういう意味ですか?」

「いや、人って枕が変わるとなかなか眠れなくなるって言うんだけど、シャルロットはそういうのない?」

「えっと……そ、そうです! 枕が変わって眠れなくなったんですッ」


 見え透いた言い訳だけど、俺はそれを指摘するような野暮な男でもない。

 どうでもいいが俺がこの世界へ来たとき、困ったことはそれはもう指の数じゃ足りないくらいあったが、上位にランクインする物で寝具の事情があった。


 藁を詰めたベッドでもそこそこ高級品というのにも驚いたけど、それは別に構わない、地面の上でも案外、眠れることが分かっていたから。


 けど一番大変だったのは枕が固いこと。

 これはもう本当に首が痛くなって大変だった……けど、領主邸で使われている羽毛枕、これはこれで寝づらいんだよなぁ……使用人用の部屋にそんなものがあること自体、ビックリだけど。


「じゃあ、眠くなるまで何か話すか」

「はい」


 取り敢えず椅子を勧めて、メイドが気を利かせて持ってきてくれたワインを飲もうとしたところで、コップが一つしかなかったので追加でもう一つ貰った。


「家の仕事や俺の助手にはもう慣れたか?」

「はい。まだ自分でも勉強不足なところは実感してますので日々精進する思いで頑張らせて頂きます」

「そんなに肩肘張る必要ないからね? 無難にできればそれでいいからね?」

「そういう訳には参りません。私の失敗はそのまま御主人様の評価に繋がります。おいそれと手を抜くことなんて出来ません」


 堅いなぁ、貴族様に仕えている訳じゃないんだしもう少しこう、楽に構えてもいいんだけど。


「御主人様、今夜はいつものように“まっさぁじ”をしますか?」

「ん? 今日は道場で訓練してたから疲れているんじゃないのか?」

「問題ありません。夜なので軽く運動した程度でしたから」

「……なら、今日も頼むよ」


 グラスに満たされたワインを一口啜って喉の渇きを潤す。

 騎士爵とは言え、地方都市を納める貴族が取り寄せているワインなだけあってなかなか美味しい。


「差し支えなければ、村での生活を教えてくれるか?」

「村での生活ですか? ……そうですね、家に居る間は両親から字の読み書きと計算、それと生活魔術を教わっていました。それ以外では薬草栽培をしたり、子供達に字を教えたり、たまに来る行商人の方々のおもてなしをしてました」


 年若い女の子の口から出てくるおもてなしという言葉……どうしてもアレなことを想像してしまうのは俺も歴とした男だからだ、どうか許して欲しい。


「薬草か……どういう薬草を栽培していたんだ?」

「女性の気持ちを高ぶらせる薬草や、気分を落ち着かせる効果のある薬草、傷の治りが早くなる薬草を主に栽培してます。いずれの薬草も薬草は貴族様には大変人気のある商品ですので栽培にも力を入れてます。私はたまにしか使いませんでしたが、気分を落ち着かせる薬草は効果覿面ですよ。特に嫌なことがあった時に使うとビックリするくらい気持ちの整理が付くんです」

「へぇ……仕事先に卸すことができればいいけど、流石に難しいかなそれは」

「いえ、他ならぬ御主人様の頼みです。ホーゼ村に立ち寄る機会があれば融通して貰えるようお願いしてみます。両親や村の人達も私を売った後ろめたさもあると思いますのできっと承諾してくれると思います」

「そうか。なら今度、無理にでも休みを取ってシャルロットの故郷にでも行ってみるか?」

「えっと、私の村は北東にあるアプス山脈にあるんですが……」

「道中の護衛はタツヤにでも頼めばいいさ。顔見知りだし、優先的に依頼を受けてくれるだろう。それに、シャルロットも落ち着いたら両親に会って話したいだろ?」

「その……ありがとう御座います」


 恥じらいながら御礼を言うシャルロット……なかなか可愛い。

 表情の変化に乏しい娘が時々、こうして女らしい顔を見せる瞬間って最高にドキドキするよね?


「あの、御主人様……そろそろ“まっさぁじ”の方を……」


 彼女は恥ずかしさを隠したい一心なのか、話を変えてきた。

 彼女を購入してから、研修という名目で仕事上がりは必ず足裏と背中のマッサージをやらせている……俺にだって癒やしが必要なのだ。


 キャバ嬢だって癒やしを求めてホストクラブ行ったり、ホストが癒やしを求めて風俗行くのと同じ理屈だ。


 今日は大して働いてないけど……うん、ここは乗っておこう。


「じゃあ、お願いしようかな」

「ありがとう御座います。それでは御主人様、そこのベッドの上で横になって下さい」


 促されて、いつものようにうつ伏せの姿勢を取って両腕を組んで頭を預ける。

 シャルロットが後ろに回り込む気配を感じつつ、細い指先が足裏をゆっくり指圧していく……とても気持ちいい。


(あ~……気持ちいいなぁ足裏……。自分じゃイマイチだから本当効くわぁ)


 最近は指先に魔力を纏わせ、その魔力を用いてツボへ刺激を与える術を、俺のマッサージ作業から見て覚えたのか、気持ちいい程度にピリッとする。


 指先から掛かる力加減は強すぎず弱すぎず、絶妙な加減で丹念に足裏のツボを刺激する。


「だいぶお疲れのようですね。肩と目のツボが凝ってます」

「あぁ、うん……心当たりがないけど……まぁ確かに家事仕事って体力勝負だからなぁ」


 特に井戸水を汲んで部屋まで運ぶ作業とか。

 肩にも腰にも足にも、負担が半端ない。


「家事仕事なんて、奴隷がすることです。御主人様がそのように汗水垂らして働き、奴隷に何もさせないとあればご近所の方々に侮られます」

「いや……もうこれ以上下がる評価なんてないだろ。それにそういうのは元々力のある男の仕事なんだからあんま気にするな」

「では、私を冒険者ギルドへ登録するのはどうですか? 奴隷の稼ぎは御主人様の稼ぎになりますし、貯金が増えれば今以上に良い家に住むことも出来ます」


 冒険者ギルドへの登録か……一応、先週から小遣いをあげてはいるけど一シルバじゃ足りないのかも知れない。


 シャルロットだって立派な女の子だ、アクセサリーが欲しいけど手持ちのお金じゃ買えない、でも主人に面と向かっては言えない、だから仕事をして、報酬を少しだけ自分の懐に入れて欲しいものを買いたい──そんなところか。


 俺としては別に構わないというか、稼ぎは全部やる気でいるけど今までの流れからしてそれだと絶対納得しないと思う。


 それ以前にシャルロットの戦闘力にはまだまだ不安が残るから、今すぐ許可を出す訳にはいかない。


「あぁ……まぁそっちはもうちょっと槍が上手くなってからな」

「分かりました。一日も早く御主人様のお役に立てるよう精進します」

「シャルロットは充分、役に立ってるよ」

「…………」


 ピタリと、マッサージをする手が止まった。

 何か気に障るようなことでも言ったのか?


「……本当に、そう思ってますか?」

「あぁ。シャルロットはちゃんと役に立ってるよ」


 ついつい、自発的に動いてしまうけど何も言わなくても率先して仕事をしてくれる存在……言わば実家のような安心感を彼女は与えてくれる。


 これで役に立たなければ、何が役に断つというのだ?


「……それでしたら、御主人様は何故──」

「先生、まだ起きていらっしゃいますか、先生……っ!」


 シャルロットの声を遮るように、ドア越しに屋敷で働く使用人の声が響く。

 あまりに切羽詰まった声音に反射的に飛び起きてドアの前まで移動して、血相を変えて来た使用人から話を聞く。


「屋敷に招いている聖凰騎士団の団長様の容態が悪化しました! 旦那様から先生に診て貰うよう頼まれてます!」


 どうやら今日という日はまだ、終わらないようだ。

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