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団長からの依頼

「私からの依頼はタツヤとシラハエに迷宮攻略に参加して欲しいことだ」

「ちょっと待って下さい」


 いきなり話の腰を折ったのは他でもない、俺だ。

 さも当然のように言い放ったけどこの人、とんでもないこと言いやがった。


「うん、何かな?」

「私は下手をすればゴブリンとまともに戦えるだけの力がありません。その点についてはご存知ですか?」

「シラハエにそういうことは期待してないさ。私があなたに求めるのは解毒作業だ」

「解毒? 先生は治癒魔術師ではありませんよ」


 横から補足するよう、店長が割り込む。

 そう、俺の本業はあくまで身体の調子を整えるだけであって、神の奇跡を起こす類ではないのだ。


 だというのに、何故俺に解毒作業の依頼が?


「以前、君が冒険者ギルド併設の酒場で若い男を助けたそうだが……覚えてないか?」

「……あ、あぁ……っ! もしかしてその人達って──」

「大分遅れたけど、クランの人間が世話になった。礼を言う」


 あぁ、ありましたねそんなこと……えぇ、確かに助けましたよ。

 ……見殺しにすれば良かった、いやできないけどさ。


「話を続けるよ。タツヤには臨時として前線に加わり、シラハエには毒に冒された仲間の治療を頼みたい」


 あぁ、なるほど……そういうことなら分かる。

 けどさエリオット団長、直接俺に交渉は出来ないんだ。


「事情は理解したが、先生との交渉は必ず私たち娼舘の店長陣を交えて交渉するのが、私たちと契約した際に設けたルールになっている。タツヤ殿はともかく、先生への交渉は日を改めて欲しい」

「こちらも時間がないのだ。あまり悠長なことを言っていられる余裕がない」

「宵闇の鷹がメリビアに出現した迷宮攻略に名乗りを上げたのは他でもない、あのアスガルド陛下からの依頼だ」

「…………」


 いきなり国のトップの名前が出てきたことに皆、何とも言えない顔になる。

 新聞である程度の情報を仕入れることが出来るとはいえ、流石に王族関係の情報となるとそれなりの地位にいる人間の耳にしか入ってこない。


 日本人組である俺達は勿論、シャルロットも良く分からないと言わんばかりの表情を浮かべている……が、自分に発言権がないことぐらいは周りの空気から察しているので沈黙を貫いてる。


「先生はアースランド王国のトップについては?」

「全く知りませんし興味もありません」


 新聞で知ることの出来ない情報はどうしようもないし、そもそも貴人の醜聞スキャンダルに飛び付くような賤民でもない。


「アスガルド陛下は先の戦争で率先して自国の騎士団を前線に送ることで、自らを平和の為に最も多くの血を流した戦勝国と言うような御仁だ。そして、自国内に魔物の根城となるような迷宮の存在を許すような性格でもない」

「聖凰騎士団を投入したのも、その辺が理由だ。ギルド側にも速やかに攻略するよう催促が掛かってると、本部から言われとる」


 全く困ったモンだと、溜め息混じりにエリオット団長を弁護するギルマス。

 強く反論できないのは迷宮攻略に反対する意見がないからか。


 如何に希少金属レアメタルを産出する迷宮が出現しているとは言え、放っておけばいずれ迷宮内の魔物が溢れて街を脅かす。


 冒険者を大量導入してみたが、難易度の高さに加えて攻略を強制する権利を持ってない点から、ここ数週間で迷宮入りを果たす冒険者の数は激減……代わりに他の依頼をこなして街に留まっているのが現状。


 しかも、この時期は農村から出稼ぎにきた農夫の存在もある……外部の人間を収容できる数はとっくに越えている……となれば、いずれ冒険者と農夫達の間でトラブルが起きるかも知れない。


「迷宮が攻略されれば他の冒険者も稼ぎ口がなくなったと知って余所へ行くだろう。今は迷宮関連以外の依頼は出しておらんが、攻略に消極的な冒険者にも生活はあるからな、ちょくちょく潜ってはいる。……言い方は悪いが、ギルドとしても、そしてジオドール様としても早いところ迷宮攻略して冒険者を余所へ追い出したいのじゃろう」

「迷宮攻略が滞れば街での諍いは勿論、物流──特に大量の迷宮産のドロップが大量に卸されている。このままでは価格は値下がり、相場に無視できない影響が出る。陛下から出された期限もある。あの陛下なら騎士団を投入してきてもおかしくない」


 騎士団の専門は魔物との戦いではなく、防衛だ。

 魔族のような人型なら融通は利くが、迷宮のような閉所での戦闘・戦術、そして獣の体型も同然の魔物が相手なら冒険者に一日の長がある。


 騎士団を投入しても悪戯に被害を増やすだけだ。

 もし、騎士団の数が激減したと、魔族側に知られれば戦争もありうる。


「ご理解頂けましたか、店長?」

「巧遅より拙速、か。……やむを得ない。他店舗の店長陣には私から話を通しておく。……そういう訳だ先生、済まない」

「……まぁ、陛下の名前が出てきた時点で諦めてますけど」


 権力者に逆らうほど、気概溢れる人間ではないし、これも自分の平穏の為だと割りきっていくしかない。


「お二人に支払う報酬ですが、タツヤは迷宮内で入手したドロップ品の三割を譲渡する権利を。シラハエには依頼料として一○○シルバ支払う。どうだ?」

「ほぅ、三割もくれるのか。気前がいいな」

「レッドドラゴンの素材で儲けたから懐事情は良いさ。人材事情は厳しいが」

「なるほど、その条件でいいぜ。先生はどうだ?」

「……追加で条件を付け足したい。私に対してあらゆる勧誘行為はしない事……これが条件です」

「……君の解毒技術が本物なら宵闇の鷹は好待遇で君を招き入れるが?」


 あっぶねぇ!

 この男、さり気なく勧誘する気だったのか……油断も隙もねぇ。


「そういうのは間に合ってますから結構です。平和に勝るものはありません」

「それは残念だ」

「あ、俺は無理矢理来るならヤル気だからそこんトコ宜しく」


 ちゃっかりタツヤも便乗してる……まぁいいけどさ。

 交渉が纏まったところで具体的な契約を打ち合わせて、ギルマスが契約書を書き起こして配布する。


 俺はその中に巧妙な言い回しが含まれてないか入念にチェックして、店長にも確認を取ってもらった上で同意書にサインする。


 後は店長とギルマスとの、個人的な交渉の場になるので俺達が居ても意味はないので早々に退室した。


「ところでシラハエ、君は街で医者……と言えばいいのか? 商売をしているようだが、戦闘経験はあるか?」

「殆どありません」

「そっちの奴隷は?」

「村の作物を荒らすコボルトを追い払ったことがある程度です」

「そうか。……当日は後方に待機して患者の処置に当たってもらうけど、迷宮内にある安全圏セーフエリアを仮拠点とするが場所が場所だ。一度迷宮の雰囲気というものに慣れておいた方がいいかも知れない」


 ふむ、エリオット団長の言うことは尤もだな。

 俺も、迷宮というのがどんな場所は人伝にしか聞いたことがないから一度ぐらい潜ってみて、どんな場所か体験しておくだけでも随分緊張の度合いが違ってくる。


(折角だし、ジオドール様にも迷宮内の様子を訊いてみるか。あの人のことだし、情報収集と称して他の迷宮にも潜っていそうだ)


 流石に引率者なしで毒素が充満する魔霧の迷宮へアタックしようとは思わないけど……宵闇の鷹はどうやって攻略する気だ?


 普通に考えれば教会から防毒の護符を購入してるんだろうな。


「それと、武器を使うなら必ず鍛冶屋に寄った方がいい」

「鍛冶屋へ? 何故です?」

「……ブラットコーティングを知らないのか?」

「先生、流石にそのぐらいは知っとこうぜ……」


 珍獣を見るような眼で俺を無遠慮に見るエリオット団長とタツヤ。

 ブラットコーティングは、平たく言えば魔物の血から武器を護る為の魔術だ。


 炭鉱族ドワーフの独占技術で、これを掛けられた武器・防具は効果時間中であれば魔物の血を浴びても劣化することがない。


 魔物の強さ・種族に応じて使用する術式・触媒は変わるが汎用タイプのものであれば一○カッパで半日は持つとのこと。


 これがミスリルのような希少金属レアメタルになれば相手によってはブラットコーティングが必要なくなる──というのは冒険者の常識らしい。


 今まで撲殺オンリーだったけど、そんな技術(ブラットコーティング)なんて初めて知ったよ。


 因みにホーゼ村から出たことのないシャルロットは知らなかったそうだ。

 別に俺が特別無知という訳ではなかった。


「メリビアにそれなりに居れば知っていると思ったんだが……」

「まぁ、それはそれとして……護身用の棍棒がありますけどそれも必要ですか?」

「……もう少しまともなのはないのか? 何が起こるか分からないから最低限でも防具は揃えておけ。クランが所持する備品を貸してやりたいところだがお前の体格じゃサイズが合わないだろう」

「分かりました」

「俺も付き合うよ。お前に任せると変な防具買ってきそうだ」


 仕方ない……俺とシャルロットの安全の為に見繕いますか、防具。

 彼女を同伴させることについては既に話してある。


 どのぐらいの数を治療するか分からない以上、魔力を節約できるのであればそれに越したことはないからだ。


 十字路でエリオット団長と別れた後、一度金を取りに家まで戻り、タツヤご贔屓の武具屋……は、敷居が高いので無難にギルド推奨の店に顔を出す。


「いらっしゃいませ!」


 店に入ると元気のいい子供が出迎えてくれた。

 武具屋には一度しか入ったことがないけど、ここはギルド推奨の武具屋というだけあって、色んなものが取りそろえられている。


 大学の教室ほどのスペースのうち半分が武器、残り半分が防具コーナーとなり、利用客は商品と値段を交互に見ながらうんうん唸っている。


「先生とシャルロットちゃんは軽装の方がいいな。予算は?」

「一人五ゴールド用意してある」


 これで手持ちの金貨は全て消えるが、そうなっても生活できなくなる訳じゃないので特に問題はない。


「一人五ゴールドか……併せて護身用の武器も一新したいところだけど……」

「危険が迫れば全力で逃げる」

「……うん、先生はそういうタイプだよな。シャルロットちゃんは何か希望あるか?」

「いえ、私は満足に武器を使ったことがないので……」

「ふむ……なら槍の方がいいかもな。あれなら難しい技術は要らないし、間合いの有利もある」


 タツヤ……遊んでいるようにしか見えないけどちゃんと考えてるんだな。


「防具だけど、無難にこいつがいいだろ」


 そう言いながら、タツヤは一つの防具を指差す。

 展示スペースの一角に飾られた、服のような物……プレートにはスケイルアーマーと書かれ、その下には赤字で金貨五枚と書かれている。


「予算が一気に飛ぶしシャルロットの武器買えないじゃん……」

「そっちについてはアテがあるから心配するな。……あ、ブラットコーティングだけど魔霧の迷宮の魔物なら一シルバのコーティングが必要だから覚えといて」

「……まぁ、そっちは必要経費として割りきるか」


 結局、タツヤに勧められるままスケイルアーマーを即金で購入する。

 服の上から着てみたところ、動きを妨げるようなことはなく、しっくりくる感じだ……何の素材が使われてるか少し気になるところだが。


 次はブラットコーティングをして貰う為に鍛冶屋へ向かう。

 こっちはタツヤが贔屓にしている店があるからそこへ向かうらしい。


「おう、親父……居るか?」

「おう。今日は何の用だ? ……新顔連れてきてるみたいだが、仲間か?」

「そんなトコ。格安でミスリル卸してるよしみでさ、こいつに見合う武器と彼女用に槍を一本見繕ってくれ」


 こいつ、堂々とただ働きしろと言いやがった……いい性格してんな。


「おいタツヤ、幾らなんでもその要求は──」

「いいぜ」

「さっすが親父。話が分かる」


 あれ……そんな簡単に話通っていいの?


「兄ちゃんの武器は何だ? ……ふん、棍棒か。一応、手入れはしてるみたいだがあまりいい使い手じゃねぇな」


 などとぶつぶつ文句を言いながらも親父さんは作業を中断して奥のスペースへ引っ込み、一○秒足らずで箱を抱えて戻って来た。


 箱の中には太さの異なる丸い棒が何本も入ってた。


「片っ端から握ってみろ。一番手に馴染む奴を選べ」


 言われるまま、棒を手にとって握ってみる。

 注意深く観察してみれば、棒の底には番号が振ってある……これは、多分オーダーメイドの武器を作る時に使う奴なんだろう。


 いくつか試した結果、一番手に馴染んだのは三番と書かれた棒だった。


「アンタの武器は明日にでも出来る。次は嬢ちゃんだ」


 棒の入った箱を片付けると、今度は細長い棒を何本も抱えて、それを空いたスペースへ無造作に放り投げる。


「全部重さが違う。手に馴染む奴を選べ」

「分かりました」


 シャルロットが振り回すことを考慮して、俺達は壁際まで下がる。

 一つ一つ、重さを確かめるように手に持ってから、軽く素振りをしたり、突いたりして具合を確かめる。


 俺が選んだ倍以上の時間を掛けて、ようやく彼女は理想の重さを見つける。


「これにします」

「どいつだ? ……ふん、嬢ちゃんならアレがいいだろ」


 言って、棒を片付けると別の部屋へ引っ込む親父さん。

 一分ぐらい経った頃、布で包まれた槍を持ち出してきた。


「貴族からの注文だったが先方の都合でキャンセルになった。冒険者は華美な武器は好かんから困ってたところだ。性能は保証する」


 ぶっきらぼうな言葉通り、ぶっきらぼうにシャルロットに押しつける親父さんから槍を受け取った彼女はシュルシュルと布を解いていく。


「ほぉ、これは……」


 全貌が露わになった時、思わず声が漏れる。

 紺色の柄から銀色の穂先に至るまで、全身磨き抜かれた鏡のような輝きを放ち、存在感だけで鋭利な刃物を彷彿とさせる。


 持ち手やそれ以外の場所には細かな意匠が施され、高級感を演出し、鎬には炎のような波紋が映し出されてる。


「美しい……。武器とは思えないくらい素晴らしいです」

「世辞はいい。どうせ死蔵する筈だったモンだ。存分に使え。メンテが必要なら来い。当然、金は貰うがな」

「はい。ありがたく使わせて頂きます」


 再び布で包むと、大事そうに抱えるシャルロット。

 奴隷が一番良い武器をてにしていいのかと思わなくもないが、どうせ俺は戦えないし、彼女が満足してるならそれでいいやと思った。

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