私が奴隷になった日
「では商談成立ということで宜しいですね、ミゲロ様」
「うむ。実りのある取り引きであった」
「左様で御座いますか。今後とも、我が商会をご贔屓下さいませ」
張り付いた笑顔で貴族様と握手を交わす店長と、貴族に買われたことで喜びを必死に抑えている後輩の奴隷。
私が奴隷商会にやってきてから一ヶ月が経つ。
早ければ翌日、遅くても一週間で買い手が付く同姓の奴隷達と違い、私には一向に買い手が付かない。
理由なんて簡単だ、私の身体には火傷の跡が残っているから。
やって来た時は何とか売り込もうと口数少ないながらも頑張ってみたけど、皆私の身体を見て何処か引いている。
この店にやって来る男の客は皆、女の奴隷を求めるとき、必ず胸を見る……私だって胸がない訳じゃないのに、本当失礼な話だ。
だけど、このまま売れ残る期間が長引けば私はいずれ鉱山へ送り出されるかも知れない……そう思うと私はそうなる為に奴隷になったんじゃないと、叫びたくなる。
田舎村で育った私でも、鉱山奴隷の実体は知っている。
例え傷物であっても、若い女がそこへ放り込まれればどうなるか、想像するのは容易いことだ。
「シャルロットちゃん、なかなか売れないね」
「だな……。魔術の素養持ちとはいえ、あれじゃなぁ……」
「いっそのこと、冒険者に売り込んでみてはどうでしょう? もしくは教会へ売り込むというのも……」
「お前は知らないかも知れないが教会の幹部ってのは金に五月蠅いんだ。見目麗しい奴隷なら買ってくれるかも知れないが、今のシャルロットじゃダメだ。鉱山へ送るにも買い手が付かないだろう」
「となると、傭兵団送りですかね……」
傭兵団送り──その言葉で、私の身体は石のように固くなった。
私達の住む世界は魔物が蔓延っているが、その魔物にも種族が存在し、中には人間と共存してる者達もいて、そうした魔物は一括りで蛮族と呼ばれてる。
例えば小柄で毛深くて愛くるしい表情が印象的なコボルトはウェイトレスとして働いている……という話を行商人から聞いたことがある……たまに村内の畑を荒らすから可愛いというイメージはないけど、都心に住む人はそう思ってるらしい。
そういう共存を取る蛮族も居れば、戦争で共存する蛮族もいる。
オークで作られた戦闘集団──会話にあった傭兵団だ。
傭兵団送りになった女の末路はそれはもう悲惨なもので、決して生きて帰ることが出来ないと言われてる。
仮に命辛々、生き延びたとしても二度と人間社会に復帰できないと言われる──それほど、傭兵団での暮らしは苛烈を極めるそうだ。
でも実際、どうしようもないのだ……どんな男でも、私の火傷を見た瞬間一気に興味を引いてしまう。
村の為に奴隷へ堕ちた筈なのに、村を去る時も頑張って笑顔を浮かべていたのに、今は喉が枯れるまで泣き叫びたい気持ちだ。
私が御主人様と出会ったのは、まさにそんな日だった。
(なんて綺麗な人……)
正直、わざわざ女の奴隷を買う必要があるのか──と、そう問い質したくなるほど美しい女性を侍らせていた。
けど、注意深く会話を聞き入ってみるとどうも御主人様の妻ではないらしい。
あんなに美しい女性だ、きっと男には蝶よ花よと言い寄られ貴族様さえも袖に振れる凄い人に違いない。
そんなことを考えてるうちに私達は先輩・後輩と共に中部屋に並べられた。
最初から性奴隷が欲しいなら、女達は衣服を脱がされるけど、どうやらこの人はお弟子さんが欲しいらしい……会話の端々で先生という言葉が聞こえる。
男の奴隷は一分も経たないうちに部屋から追い出された……暑苦しいとか何とか言っていたけど、凄く共感できた。
商人様から渡された資料を基に、御主人様が選別を始める。
エルフが欲しかったのか、真っ先にそっちを見ていたけどお金が足りないのか、すぐに諦めた。
獣人族は資料だけ見て流して、私達三人の前に立つ御主人様。
一度、視線を向けられたけど過剰な期待はしないと心に決めていたから無視を決め込んだ、けど……。
「彼女達と面接をすることは可能ですか?」
御主人様は一人ずつ、面接をなさった……別に珍しい話ではない。
最初の奴隷、リザは明らかにやる気ゼロという感じで個室へ入って行く……日頃から玉の輿狙いだと公言しているし、御主人様もすぐに興味をなくしたようですぐ部屋から追い出した。
スウィーリアはリザよりは時間が掛かった……部屋を出て来たときに見た様子だと、受け入れ半分、拒否半分と言ったところか。
でもスウィーリアは冒険者だし、御主人様が求めるような人材ではないかも知れないと、この時の私は漠然と考えていた。
そして私の番が回ってきた──流石に緊張したので一呼吸置いてから入室する。
「シャルロットです」
挨拶を交わしてから、面接が始まった。
内容は……当たり障りのない、ごく普通の面接だった。
特技とか、経緯とか……でも一番衝撃的だったのはやりたくない仕事を聞かれたときだ。
私は奴隷なんだから、こっちの都合なんて無視して仕事を割り振ればいい──少なくともこの世界の奴隷達は皆、そうだ。
御主人様に逆らえば痛みが待っていて、恐怖を植え付けられて役所に訴えることすら出来ない……そんな奴隷が大勢いる。
だから私もそういう奴隷になるんじゃないかと思ってたのに……。
「君に決めた……君を買うよ」
結局、御主人様は私を買うことにした。
あれこれ理由を並べてみたけど、やんわりと説得された……意外と頭はいいかも知れない、とてもそういう風には見えないけど。
商人様にお金を払って、奴隷紋を刻まれ、質素な服を着る……これで私は正式な奴隷となった。
最初に与えられた私の仕事は、服を選ぶことだった。
これも遠慮したんだけど、リシェアリアーナ様と一緒に説得された……この人は一体、何をしている人なんだろう。
先生と呼んでいるから夫婦でないことは間違いない……教え子と生徒か、或いは魔術師としての師弟関係か。
そんな事を考えているうちに買い物は終わって、リシェアリアーナ様は仕事があるからと言って別れた……夜に仕事をするということは何処かで歌姫をしている人かも知れない。
そして御主人様の家に上がらせて頂いた私だけど、玄関先で靴を脱ぐよう指示された。
奴隷が履くような靴を室内に持ち込む訳にはいかない当然だ……と、思った私だったけど、御主人様もタツヤ様も当然のように靴を脱いで上がった……変わった人達だと、素直に思った。
集合住宅と言えばいいのだろう……そういう家に住んでいるから小汚い部屋を想像していたけど、意外と綺麗だった……特に床に貴族が買うような絨毯を敷いているあたりが。
(御主人様は貴族様?)
でも、それならわざわざこんなボロ家に住んでいる理由が分からない。
使用人らしき人もいないし、腕の立つ騎士様という風にも見えない。
私の混乱を余所に、御主人様とタツヤ様は申し合わせたように準備を進める。
私が出遅れたことに気付いた御主人様は仕事を与えてくれたけど……台所が狭いということもあるけど、私の手伝いなんて必要ないぐらい、要領がいい。
用意するご飯が多いと思ったら、それは私の分だと言うからますます私の頭は混乱した……何処の世界に、奴隷と同じ食卓に付いて、同じご飯を食べる人がいるんだろう?
食事中も、お二方は何かと私を気遣い、話しかけてくれたけど、正直ご飯の味も会話の内容も今一つ覚えてない……それだけ、私にとっては衝撃的な出来事が立て続けに起きたのだから。
そして、極めつけは“足裏まっさぁじ”なる指導が終わった後のことだ。
御主人様は魔術師らしく、指先に魔力を纏わせて私の火傷の跡に指を当てた。
私も生活魔術は使えるから、近くであれば魔力を感知することが出来るけど、そんなことは重要なことじゃない。
──絶対に治らないと思ってた火傷の跡が、綺麗に消えてたのだ。
商人様が雇っている、お抱えの治癒魔術師も『治療できない』と断言していた跡を、当然のように治す御主人様。
何か、私に向かって言っていた──ような気がするけど、全く頭に入ってこない
(消えてる……本当に、消えてる……)
何度も、何度も……穴が空くほど右手を見る。
魔力切れで肘から上は治療できていないけど、肘下は完璧に治療されている。
それこそ、初めからそこに火傷の跡なんてなかったかのように……。
遅まきながら、私はとんでもない御主人様に仕えることになったのだと、この時になってようやく実感したのだ。