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得意先は娼舘

性懲りもなく新連載。

カッとなってやってしまった……反省してる。

「あぁっ! イイ、いいわッ! ……そう、そこよ! そのぐらいで、全身を……っ!」


 演技でもない生の喘ぎ声が耳朶を打つ。

 声の主は磨き抜かれたプロポーションを晒し、うつ伏せ状態で嬌声をあげる。

 対する俺は、魔力を集めた掌で撫でるように、時に魔力を体内に送り込む。

 ……その感覚が癖になっているのか、こっちが何かをする度にいちいち過剰な反応をするのがこの人。


「──はい。終わりました」

「はぁ……っ。今日も凄かった……」


 言葉だけ聞くととんでもない勘違いをしてもおかしくないが、実際俺は彼女に対して何一つ嫌らしいことはしてない。


 体内の血流を促進して、肝機能を活性化して、造血関係の臓器を刺激して新鮮な血液を製造できるようテコ入れをする。


 身体に溜まった疲労を全て弾き出し、心身共に一○○パーセントの状態にする──それが俺の仕事だ。


 正式な職業名はないので勝手に異世界の流儀に合わせて整体魔術師と名乗っている。


 分かり易く言えば異世界マッサージ師か。


「ねぇ、先生……今日はこれからどうなさいますの? もし暇でしたらもう少しお付き合い、しません? 先生にサービスしたいっていう娘、沢山いますわよ? 勿論、私もその一人ですけどね」

「あー、済みません。今日はまだ仕事が控えているので」

「それなら、仕事が終わった後ならどうですか? 私、先生の為なら時間を空けることも吝かではありませんわよ?」

「非常に魅力的な提案ですが、今日は間違いなく遅くなるので」

「そうですの……。では今回は大人しく身を引かせて貰います。……ですが、先生ならいつでもサービスしてあげますわ。……個人的に、たっぷりと……ね?」


 いつの間に着替えたのか、胸元が大きく空いた真っ赤なドレスに身を包んだお姉さんが当然のように胸を押しつけて耳元で囁いてくる。


(社交辞令、これは社交辞令だ。夢を見ちゃいけない……)


 俺は知っている──この娼舘の店長が、俺を専属にして抱え込みたいことを。

 その搦め手の一つとしてこの都市ナンバーワンないし、未来のナンバーワン候補者達を使って取り入れようとしていることを。


 一つだけ幸いなのは、無理矢理な勧誘をせず、煩わしくない程度のアプローチに留めているという点か。


「次回はいつも通り来週で?」

「えぇ。本当、先生みたいな人がいて助かったわ。ほら、この仕事って寝るだけじゃなくてお酒も入るでしょう? 肌や髪の手入れだって大変なんだけど、先生の魔術に掛かれば全部解決しちゃうんですもの! ……でも、本当に私たちのような娼婦ばかり相手にしていいのですか? その……貴族様ならもっと稼ぎが良くなると思いますが」

「貴族社会は肌に合わないので」


 適当なところで世間話を打ち切り、わざわざ見送りに来た娼婦キャストたちを適当に相手して娼舘を後にする。


 貿易都市メリビアが誇るナンバーワン娼舘・女神の園。

 この店は俺が月単位で契約している得意先の一つだ。


 そして今日は後八件、得意先……というか急な仕事が入ったせいで残りの得意先全部を回りきらなければならない。


 先日、メリビアの地下を張る水路に試練の迷宮の存在が五箇所同時に発見された。


 試練の迷宮は普通の人が想像する迷宮とそう変わらない代物だが、最深部には魔武器、もしくは聖武器が安置されている。


 この手の武器は売るととても高く、武器としての性能も優れている為、冒険者がこぞってこれを手にしようと群がる。


 身体を売って日銭を稼ぐ稼業の人間が、儲け話に敏感な商人達が、利権を貪るハイエナ共が、一度に町に流れ込む。


 人が多くなれば様々な問題が生じるが、町が活性化することは確かだ。

 そして流れ込んでくる人間の大半は冒険者で、一山当てた連中は下の方もすっきりさせたい……そういうことだ。


 店側としては体力・精力共に旺盛な冒険者のアクロバティックなプレイで店の顔とも言える娼婦が壊れないようにケアする必要がある。


 実際、俺が手がけた娼婦達は……贔屓目を抜きにしてその辺の貴族令嬢よりも美しいから需要が尽きない。


 何せ俺の整体魔術は体内の臓器機能を良くするだけじゃない、肌の手入れから髪のスキンケアは勿論、ダイエットレベルだが体型の調整まで可能なのだ。


 その為、この町の娼婦たちは毛先のぱさぱさや枝毛、カサカサ肌で悩む町娘・令嬢とは一線を画した存在なのだ。


「知ってるか? メリビアの娼婦はまさに女神のような美貌で男を骨抜きにする美の権現なんだぜ?」

「最高の女が最高の奉仕をしてくれるんだ、こりゃもう借金してでも行くしかねぇ!」

「この前、三○過ぎの人が相手してくれたけど、ありゃ絶対嘘だ。どう見ても二○歳かそこらだって絶対」

「メリビア来て娼舘いかねぇような冒険者はタマ無しだぜ!」


 道中、第一陣よりも早く現地入りした先駆者たちに向けて、早速現地人が自慢げに弁を打つのが耳に入る。


 冒険者は基本、不規則な生活を送っているが明確な目的があると朝から行動することも珍しくない。


(あぁ、やっぱ店長たちはこれを見越して早めにケアしようって思ったのか)


 多分、今回の件は一○店舗全ての合意で行われたんだろう。

 何処か一店舗でも捌き切れなければ残りの店に負担が掛かる。


 迷宮攻略がいつ終わるか分からない上に、今回出現した試練の迷宮は五つ──長期戦を想定するなら余裕のあるうちからやって、その後のローテーションを組んでいく。


 つまり、俺の自由時間が加速度的に減っていくことを現す。

 冒険者のような斬った張ったの生活は読み物だけで充分。


 貴族に目を付けられないように小銭を稼いで適度な自由を謳歌して、雑踏に紛れながら細々と生活したい。


 ただそれだけの筈なのに気付けばメリビアの娼舘になくてはならない存在になっていたとは……恐るべきは横の繋がり。

次回の投稿は0:00です。

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