奴隷を買おう
普段着と護身用の棒を持って街へ出る。
朝の忙しい時間を過ぎた表通りはこれから迷宮へ赴く冒険者パーティで溢れかえっている──と、思ってたんだが……。
「なんだ、冒険者の数が少ないな」
「んふふ、残り三つの迷宮があまりに厳しいって言うから討伐依頼で日銭稼ごうって冒険者が多いみたいだぜ。普通は稼げる宛が無くなればすぐ余所へ行くのが冒険者の流儀だけど、ここには──」
「世界一美しい娼婦が、世界一の技術で男を骨抜きにするんですもの。恋人のない健全な男なら、下半身の欲望には逆らえないという訳ですね」
「同じ男としては耳が痛いな」
俺たち三人の間で交わされる会話も大概な内容だ。
リーラはフード付きのケープを纏いつつ、俺たち二人に隠れるように歩いているから誰も彼女の正体に気付かない。
「あぁそうだ、お前金はあるんだろうな?」
「この前、領主様からの依頼でそれなりに稼いだけど……ちょっと心もとない」
いつまでもアパート暮らしは嫌だし、そろそろ風呂付きの家が欲しい。
だからなるべくお金は使いたくない。
「足りなければ無利息で貸してもいいぜ? どうせしばらくはこの街にいるしお前なら踏み倒すような真似はしないだろ」
「交渉はお任せ下さい。私、これでも交渉には多少自信があるんですの」
「借金ほど怖いものはないからいいよ。それとリーラには期待してるよ」
「……ッ! はい、お任せ下さい!」
今の一言の何処にやる気スイッチが?
まぁリーラの場合、交渉と言ってもいつも取ってる客の殆どが商人や貴族だ……きっとそっち方面で上手いこと口車に乗せる心算だろう。
タツヤの先導に従い、人混みの中を縫うように移動して奴隷商会へ向かう。
目的地の商会は、目抜き通りに面したところに堂々と建つ大きな建物だった。
「ここ、奴隷商会だったんだ」
「私、知ってますわ。確かここの店長さん、二日に一度は来る常連さんですし、店の娘もうちの店長がこの店から買ったという娘が何人かいますわ」
「看板掲げてないし紹介状ないと利用できないけどな。まぁ俺が口利きすれば融通は利かせてくれると思う、けど……」
「大丈夫ですわタツヤさん。ここの店長さんはメリルちゃんにお熱ですから、もし渋った場合はそれを引き合いにすれば販売ぐらいはしてくれると思います。……何より奥さんに内緒でお店に通うぐらい夢中ですし、えぇ……きっと色好い返事が貰えますわ」
「貢がせるだけでなく相手の弱味をしっかり握るとか……娼婦って本当怖いね」
「もぉ、先生ったら……。先生だからこそ、こうしてお口が軽くなっているんですよ?」
そうだよね、普通はそういう個人情報ペラペラ喋ったりしたらいけないもんね。
軽口を叩き合いながら商会の扉を開く。
受付の人は達哉の姿を認めると素早く歩み寄ってきた。
「これはタツヤ様……。本日は如何なされました?」
「奴隷を買いに来た。ただ、買うのは俺じゃなくて俺の友人なんだが……」
「タツヤ様の紹介ということですか? 大丈夫だとは思いますが私の一存では決めかねますので店長に窺って参ります」
マニュアル厨のようにマニュアル通りの対応をする受付。
基礎が出来上がっているのはいいけど、応用や融通が利かないのはどうかと思う。
今回の場合は……まぁ勝手な判断で顧客作ってそこから、なんてことになれば責任取れないよな。
それほど待たずに店長らしき人が二階から降りてきた。
奴隷商というぐらいだから少し太っているかと思ったけど、意外と身のこなしは軽く、腹が出ている様子もない……自分の足で商品の仕入れをしてるんだろうか?
「タツヤ殿の紹介と聞いたが……」
「初めまして。タツヤの友人のシラハエです」
右手を左肩に付けてぺこりとお辞儀をする。
奴隷商はジッと俺を見つめる……値踏みされている気分だ。
いや、正しくは俺ではなく、俺の後ろに隠れているリーラだ。
「失礼。もしや後ろに控えているのは──」
「はい。お久しぶりですわ、御主人様」
フードを外し、完全に営業モードで挨拶を交わすリーラ。
ふわっと、香水の匂いが鼻孔を刺激するだけじゃない、フードを外した勢いで髪の毛がさらさらと、砂金が音を立てるように靡く。
そして極めつけはとびきりの笑顔で、熱を込めた声での御主人様ボイス……これが、海千山千の男達さえも骨抜きにする女神の園ナンバーワンの実力者。
特別なことをしている訳でもないのに、圧倒的なオーラと比喩抜きで万人を骨抜きにする金貨一○○枚の笑顔、そして思わず勘違いしてしまう演技力で容易くこの場はリーラに飲み込まれてしまった。
「御主人様、実は折り入ってお願いが御座いますの。こちらの方は勤め先の店長がお世話になっているお医者様なんですが、そろそろお弟子さんが欲しいと相談を持ちかけられまして、それならば数あるメリビアの中でも高品質の商品を取り揃えていると言われている御主人様のお店で探してみてはと思い、こうして連れてきた訳です」
「う、うむ……」
あ、俺このパターン見たことある……貢ぎコースの王道パターンだ。
店にやってくる商人や貴族は最初、『所詮は娼婦だ……どれ、ワシが直々に指導してやるか』みたいなことを話しながら入って行って数時間後にはお金もアッチもがっつり搾り取られ、翌日には『悔しい、でも感じちゃう!』的な顔でやって来る。
案の定、リーラはそこで(見慣れた俺にとっては)わざとらしく悲しそうに影を作り、スッと顔を伏せる……あ、店長明らかに困った顔してる。
「でも、よく考えてみれば非常識でしたわね。紹介状もないのに厚かましくも商品を売って欲しいなんて……。御主人様の都合も考えず、卑しい娼婦の分際で図々しくも敷居を跨ぐ、無知で恥知らずな女がいきなり来られても……」
「い、いや……そんなことはないぞリーラ殿! ただちょっと、驚いただけで……」
「ふふっ、お優しいのですね。ですが、見たところ御主人様はお忙しいご様子。先程まで書類仕事をしていたのでしょう? 衣服に羊皮紙のカスと、指にインクが付いております」
優雅に、そしてあくまでさり気なく手を取って、丁寧に羊皮紙のカスを払い、慈愛に満ちた笑顔でインクの付いた所を白魚のような指で優しく撫でる。
「御主人様の多忙な時間を削ってしまったこと、深くお詫び申し上げます。今日のところは潔く引かせて頂き、後日また改めて──」
「いや、いい! 書類仕事ばかりで丁度退屈してたところだし気分展開をしたいと思っていたところだ! ……キミ、すぐに商品の用意を」
「はっ……はい!」
「ありがとう御座います、御主人様! ……メリルちゃんに御主人様のコト、売り込んでおきますわ」
そしてトドメの軽いハグ──と、耳元で囁く甘言。
こうやって女神の園の利用客は抜け出せない泥沼へと更に踏み込んでいくのか。
キャストの客引き(?)現場を見るのは始めてだけど……うん、美少女にここまでやられて動かない男はいないわな、確かに。
「リシェラリアーナさん、マジ凄いよな。あの人だって仮にも油断できない同業者と丁々発止とやり合ってるんだろう? それをこうもあっさり籠絡するとは……美人って本当得だよな」
「存在感だけで相手を動かせるのってまさに才能だよ」
男二人でそんな感想を言い合ってる間に準備が整い、店長が営業スマイルを浮かべながら決まり文句を言って、部屋へと案内する。
「魔術の素質のある者だけを並べておきました。質問があれば何でもお聞き下さい」
「…………」
部屋に通された、魔術の素質があるという人間を見てみる。
数は全部で二○人……内訳は男女が一○人ずつ。
弟子だし男でもいいかな……と、最初は思っていたけど見てすぐに諦めた。
だってさぁ、どいつもこいつも筋骨隆々で顔を横断するような傷跡あるんだぞ!?
冒険者受けはいいかも知れないけどこんなのに安心して身体任せられるお客さんなんている訳ないでしょう!
おまけに全員、『当然俺を買うよな?』と言いたげに見てくるし、挙句アピールなのかすごい勢いでスクワットや腕立て始めるし……やめてよ、狭い部屋が汗臭くなるし気持ち悪いから!
そういう理由で自然と候補は女性陣に絞られる。
渡された資料に書かれたプロフィールに目を通すと上は二八で下は一二歳。
ただ、気になるのは全員の種族。
「全員、種族がバラバラですね?」
一○人のうち、長耳族が二人、獣人族が三人、褐色族が二人、残りは人間だ。
「えぇ。本来なら秘蔵娘ということでシーズンオークションに出展する予定でしたが他ならぬタツヤ殿のご友人であること、また女神の園が常日頃からお世話になっている先生ということで特別ご用意致しました。勿論、値段の方も勉強させて頂きます」
意訳するとここで俺に恩を売ることを条件に入れ込んでいるメリルちゃんとの橋渡しをしてあげる……みたいなことを吹き込まれたんだろう。
いくら見た目が貴族令嬢なんて霞んでしまうほど良いと言っても、メリルは今年で三○歳……キャストの将来性を考えるなら引退時だ。
(しかし、値段がなぁ……)
資料にある価格はエルフという商品価値の高い種族なだけあってべらぼうに高い。
子エルフでさえ、将来性を加味して二○○ゴールド、金貨二○○枚もする。
ハッキリ言って払える金額ではない。
俺が契約している店舗から貰う毎月の契約金は一店舗につき五○シルバだから月の平均収入は五○○シルバ、金貨に換算すると五ゴールドでそこに飛び込みの仕事や店長たちのマッサージ代が入る──と言えば、二○○ゴールドの価値が分かるだろう。
手持ちの金は領主様から頂いた報酬と合わせても五○ゴールドちょっと。
分割払いをするにしても価格に対して月々の収入が少なすぎてローンを組めるとは思えない。
エルフ奴隷……とても浪漫溢れる奴隷だ、もの凄く欲しいが買えない。
キャスト達と比べれば見劣りするが、整体魔術で弄ればすぐに彼女達と比べても遜色ないくらい美しくなれる。
(まぁ、予算内で収まりそうな娘がいない訳じゃないが……)
予算内で買える人族の奴隷三人に目を通す。
一人目は年若い娘で推定Dカップはありそうな胸の持ち主だが、よほど今の待遇に不服なのか、自分を売り込もうという気配がない。
二人目は二八歳のお姉さん。
この世界では完全にババァ扱いされる歳だが俺は気にしない……整体魔術に掛かればお姉さんに早変わりするからな。
資料には冒険者をしていたとあり、長いこと活動をしてきた恩恵か、全体的に引き締まった身体をしている。
やる気もそれなりで、目が合うとにこりと微笑んできた……異世界に来た当初ならもしかすると心動かされたかも知れない。
三人目は……一番状態が酷い。
肩まで伸びた淡い栗色の髪にすらりとした手足。
資料にある年齢は一五歳とあり、略歴にはホーゼ村出身、村長の一人娘とある。
性別と年齢、体型と相まって力仕事なんて出来るようには見えない。
何より一番酷いのは頬、腕、足に浮かぶ、蛇模様の火傷の跡。
こちらを見ても特に反応は示さない……自分に商品価値がないと分かっているのか、表情に変化はないが無気力という訳でもない。
「あの娘だけ、毛色が違うようだけど?」
「彼女は……仕入れ時の事故でサラマンダーの炎に煽られましてあのような状態となってしまいました。今はこうですが、それは美しい娘でした。期待の商品だっただけに損失も大きかったです。奴隷商と言えども、国の許可なくして奴隷の殺傷処分は禁じられております。鉱山へ送ろうにも魔術の素養があるということで踏ん切りがつかなくて。……どうでしょう、もし彼女をお買いあげ頂けるというのであれば最大限の勉強はさせてもらいます。こちらも商売ですから流石に無料で、という訳には参りませんが原価の三分の二で提供させて頂きます。その代わり、返品は受け付けませんが……」
要するにお店のお荷物で、気が弱くてお人好しな俺に押しつけようって腹か。
懐事情と年齢を考えれば適任かも知れないが、一応面接はしておきたい。
「彼女たちと面接することは可能ですか? できれば一人ずつ、個室で」
「勿論、構いません」
ということで、予算の関係で購入できる人間三人の女の子と面接することにした。
この中に一人、ヒロインがいる!