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突撃訪問

割り込み投稿で第一話に登場人物紹介を載せてます。

若干のネタバレを含みますので注意して下さい。

「うっ、流石に飲み過ぎた……」


 翌朝、久しぶりに味わった二日酔いの嫌悪感に思わず倒れる。

 昨夜は転生したという日本人と偶然出会って、そのまま故郷の話で盛り上がって、気付けばキャストとの仲を取り持って欲しいとか言われて店内で土下座されて……。


 あぁそうか、途中で面倒臭くなってそのままお酒で酔い潰してなぁなぁにしてその場を去ったんだっけ。


(こんな時こそ俺にマッサージしてくれる人が欲しい……)


 水を飲もうとのろのろと起きあがる。

 水道……に、似たようなものがあるがそんな便利なものが平民の生活にまで浸透してない、不便さ満点の世界だ。


 俺が下宿しているアパルトメントは一杯の水を飲むには予め水瓶に貯水するか、井戸まで行かなければならない。


「おおぅ……」


 そして無情にも、水瓶の中は空っぽ……井戸まで行かなければならない。

 だが、二日酔いの身体での行軍は厳しい。


 二日酔いを引きずったまま職場へ出勤するというのは日本人としてはかなり恥ずかしい失態……人生の汚点だ。


 なんて、下らないことを考えていると立て付けの悪い階段をカンカンッと登る音が聞こえる。


 このアパルトメントはかなりボロいから階段の音一つ取っても不快に感じる場合がある……そう、今の俺みたいに。


(丁度いい、この前領主様からたっぷり金貰ったし、いい加減家でも買おう)

「先生、起きてますか? 先生……?」

「うぁー……その声、リーラ?」


 朝からキャストが俺のところへ来るというのは……実はそう珍しいことじゃない。


 どこぞの大商人・貴族様から貢ぎ物として貰ったお酒や嗜好品は優先的に俺のところへ回るようになっている。


 本人達曰く、『日頃のお礼』だそうだが、真意は分からない。

 ついでにお客さんが抱えているであろう悩みの種を解決できないかやって来る。

 解決策についてはあくまでキャスト達が自分で思い付いた体裁を取り、見返りとしてこれからもご指名下さいと、会心の笑顔で貢がせる……我ながら酷い泥沼だ。


 よろよろと、不調を訴える身体に鞭を入れて苦労しながら立ち上がり、どうにか玄関のドアを開ける。


「先生、お加減の方はどうですか?」

「やぁ親友、見舞いに来たぜ」


 女神の園ナンバーワンキャストのリシェラリアーナと、昨夜飲み明かした日本人・相葉達哉という珍妙な組み合わせだった。


「先生、先日お客様から頂いたお酒と朝食を持ってきましたの。……上がってもよろしいですか?」

「あー……うん、いいよ……」

「失礼します」

「おう、邪魔するぜ」


 こいつまで入室許可を出した覚えはないが……まぁいいか。

 玄関先でキチンと靴を脱いで上がる二人。


 西洋文化な暮らしが根付いている世界だが、日本人の血が強い俺はどうしても室内でも靴を履くという習慣になじめないので、靴を脱ぐスペースを設けて、床は直に座ったり転がれるようにわざわざ絨毯を購入した。


 俺の家に来るキャスト達も最初は靴を脱ぐ文化に慣れなかったが『俺の故郷ではそういう習慣だ』と言ったら何故か納得してくれた。


「先生にちゃんと友達がいて、私安心しましたわ」

「こいつと友達になった覚えは、ないんだが……」

「とまぁ、ちょっとキツめいの冗談を言い合えるぐらいには俺たちは仲がいいんだ」


 簡易キッチンでリシェラリアーナ(以下リーラ)が俺の為に朝食を用意する傍ら、相葉は当然のように部屋へ上がり込んできた。


 大方、入れ込んでいる娼婦と仲良くなる為に俺を利用する腹積もりだろう。

 とは言え、世界でも数える程度(もしかしたらコイツしかいないかも知れない)しか使えない解毒魔術で二日酔いを綺麗さっぱり消してくれた手前、邪険にするのも憚られる。


「とりあえず、二日酔いの件は礼を言う。ありがと」

「おう、いいってことよ。あ、リシェラリアーナさん悪いッスね。俺まで朝ご飯頂いちゃって」

「構いませんわ。他ならぬ、先生の友人ですもの」

「……なぁリーラ、今朝はやけに機嫌いいけど何かあった?」

「えぇ。だって今日は久しぶりに先生にお会いできたんですもの。やはりこうしてプライベートで会う先生は違いますわ」

「あー……うん。ありがと」


 輝くような笑顔を浮かべたリーラから朝食を受け取り、照れを誤魔化すように視線を逸らす。


「でさ先生、話変わるけど何か困ったことない? こっち来る途中でリシェラリアーナさんから聞いたんだけど先生の使ってる道具、ミスリル製だろ? それを新調して新しい道具欲しいとか思わない?」

「それは……」


 確かに最近、ミスリル針を使う頻度が増えているから劣化が心配にはなっている。


 ただあれだけ細い針は、メリビア在住の鍛冶師には難しいかも知れない。


 あれは、腰痛でまともに立てなくなった鍛冶師のドワーフを助けた伝手で特別料金で作ってもらったものだから。


 あぁでも、まだ作って一年も経ってないしすぐ交換する必要はないかもな。

 さし当たって一番欲しいのは──


「道具より弟子が欲しい」

「ん? 弟子取らなかったのかお前」

「怪しさ満点の職業に弟子入りする人間がいると思うか? そもそも魔術が使えるってだけで出世が確約されるような世界だ。まともな人間ならそこそこの稼ぎでマイナーな仕事なんかより確実に大金稼げる仕事に就くだろ」

「じゃあ簡単だ。奴隷を買え」

「魔術を扱える奴隷がいくらするか分かってるのか?」


 口に出して言わないけど、どうしても奴隷を買うという行為は忌避感というか、背徳感というか、そういうのが邪魔して踏み込めないでいた。


 けど、冷静に考えれば俺が奴隷らしい扱いをしなければ済む話だけど、そもそも俺が求める水準の奴隷っているのか?


「ふむ……。その様子だと魔術師の事情には疎いみたいだな」

「……? 何の話だ?」

「先生、魔術の素質を持った人間というのは意外と埋もれているんですよ」


 リーラの話を纏めるとこうなる。

 魔術師の世界では、魔術を正しく指導できる人間が圧倒的に少ない。


 例えば火魔術一つ取っても、何故火が燃えているのか、それを正しく理解している人間が少なく、それを知る者はその理論を秘匿し、弟子以外の人間には決して教えないよう箝口令を敷いてるのが現状。


 正しい理論は即ち、自身の飯の種であり是が非でも秘匿すべきものなのだ。

 弟子が持つ属性を理解できず誤った指導を続ける人間も多い。

 火属性を持って生まれた人間は生涯、火属性しか扱えない。


 ところが、師匠が弟子の適正属性を見誤り、自身が得意とする水属性の基礎を延々と教え続け、結果も出ず自分の間違いに気付かず勝手に破門するケースも少なくないと言う。


 それ以前に、自分に魔術師としての適正があるかどうかを調べるには弟子入りするか、魔術師ギルドで調べてもらう必要がある。


 前者の場合、数少ない魔術師と出会うという幸運が要求される。

 幸運にも出会い、調べて貰った結果、素質がなければ門前払いされるだけだが、田舎者丸出し人間を魔術師かれらは見下し、優越感に浸ることで貴族達のご機嫌取りのせいで溜まったストレスを発散するそうだ。


 後者の場合、ただ素質を調べて貰うだけでも貴重な道具が云々と小難しい理由を付けられて一シルバの出費がかかる。


 都市で暮らす人間ならば捻出できない金額ではないが、田舎者に銀貨一枚の出費はかなり大きい……魔術師が少ない訳だ。


「ですから、素質があってもチャンスに恵まれず、埋もれたままの人が大勢居てもおかしくありませんの。三大クランのような大手は独自に囲い込んでいるかも知れませんが」

「そう、なんだ……。ていうかリーラ、なんでそんなこと知ってんだ?」

「こう見えても私、昔は帝国でも有数だった魔術の名門家の生まれですの。父が政争に破れて、今はただの娼婦ですけどね」

「へぇ……帝国の生まれだったんだ」

「えぇ。ですが……生まれなんてどうでもいいではありませんか。私にとって大事なのは、今ですから」


 ごく自然な動きで隣に寄り添って腕を搦めてくるリーラ……あれ、さっきまで真面目な話してたのになんでそんな流れに?


「んんっ! そうか、弟子に出来るだけの奴隷が欲しいか。なら今すぐ買いに行こう。俺は奴隷商会にも顔が利くからな。任せておけ」

「いや、今日は午後から仕事──」

「先生、最近働き過ぎではありませんか? 店長には私が手紙で伝えておきます。大丈夫ですわ、女神の園ナンバーワンである私の言葉ともなれば軽々に無視できませんから。えぇ、今日ぐらいはゆっくりして下さいな」

「おぉ、そいつは心強い! よし、早速買いに行こうぜ、奴隷!」

「……まぁ、休めるなら何でもいいや」


 良く分からないが今日はこのまま流れに乗っておこう。明日は普段通りに出勤すればいいと思うし、いい加減弟子の一人ぐらい取って楽をしたい。


 にしても達哉の奴、意外といいところあるな。

 俺は奴のことを誤解していたようだ──


「(上手く行きましたね、タツヤさん)」

「(おう。この後は手筈通り折を見て二人きりにしてやるし、今後も出来る限り協力してやるぜ?)」

「(ここで私が良いところをアピールすれば先生の私への評価は鰻登り……絶対このチャンスを活かして見せますわ)」

「(おう、頑張れよ。その代わり──)」

「(分かってますわ。魔女の舘のアンナちゃんへの口利き、しておきますわ)」


 ……誤解、していただけだよね?

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