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領主邸、再び

 雲一つない青空が頭上に広がる休日の朝、俺は鞄を片手に一等地区にある領主邸へ向かっていた。


 先週の約束通り、ジオドール様の足の経過を見る為であり、奥さんにマッサージ(完全にエステの領域だけど)を施す為だ……気が乗らない。


(最後に休んだのっていつだ……あぁもう、さっさと迷宮ぐらい攻略しやがれ冒険者共が、荒事は得意分野だろうッ。んでさっさと余所の町にでも行け。そうすれば通常業務に戻れて心おきなく休める!)


 理不尽な八つ当たりだと分かっても、そう思わずにはいられない。

 自宅から邸宅まで三○分掛けて向かうのは単純に乗り物酔いを避ける為。


 領主様もキャストも店長も、疲れたら俺にマッサージを頼めばいいという発想でいるけど、俺こそマッサージをして欲しい……この際普通のマッサージでも構わない。


「ジオドール様から話は伺ってます。どうぞ」


 特に身体検査されることなくあっさり通される。

 やはり四英雄の古傷を治療したのが効いているのだろうか、それともジオドール様の客人にそんな無礼なことは出来ないとか……いや、これは考えすぎか。


 玄関先で待機していた執事に挨拶をして、ジオドール様の私室──ではなく、一階奥にある訓練所に案内された。


「ジオドール様、シラハエ様をお連れして参りました」

「ん? おぉ先生、待っておったぞ!」


 ジオドール様は俺を発見すると破顔した。

 飾り気の少ない、動きやすさを重視した服は実にジオドール様らしいと言えばそれまでだが、どうしても気になることがある。


「ジオドール様……まさかとは思いますが訓練なんてしてませんよね?」

「うむ。治りかけの傷をまた開けばどうなるか分からないほど、ワシは愚かではないぞ。……何よりジェシカに散々言われたからのぉ」


 そうか、ジオドール様は女房の尻に敷かれるタイプか……覚えておこう。


「それより先生、早く見てくれんかのぉ。一日も早く治したくて身体が疼いて仕方ないんじゃ」


 どうやらこの場で治療をしたいらしく、邪魔にならないよう隅に簡易ベッドが用意されていた。


 訓練に勤しんでいる人たちはこちらの様子を一瞥しつつも、黙って訓練を続ける。


「あれから痛みはなかったですか?」

「うむ。身体の調子と相まってすこぶる気分がいい。雁字搦めに鎖で縛られていた身体が解き放たれたような感じじゃ」

「筋肉の衰えもある程度改善できますから、その恩恵でしょう」

「なんと! 先生の“まっさぁじ”はそんなことまでできるというのか!」

「ほんの気休めですけどね。流石に自分の身体で試すことはできませんから体験者の感想が全てですけど」


 針を刺して自己治癒力を飛躍的に高めつつ、当たり障りない会話を続けながら右足の調子を見ていく。


 縫合した箇所が千切れている様子はないので魔力切れで出来なかった細かい縫合をしていく。


 獣人族だからだろう、人間よりもずっと自己治癒力が働いている。


(普通の人なら回数を分けてやる必要があったかも知れないけど、ジオドール様なら今日で全部終わりそうだ)


 果たして、俺の予想は見事的中し二度目の施術で完治と言えるくらいに仕上がった。


「少しずつ負荷を掛けてみて下さい。少しでも痛みを感じたらすぐに私の所に」

「相分かった。……ジーク! すまんがちょいと手合わせしてくれ!」


 訓練用の刃引きしたハルバードを担いで白線を引いただけの簡易リングの中央で両者が睨み合い、合図もなくぶちかました。


 戦闘については完全に素人なので何処かの解説王みたいな真似なんてできる筈もなく、カカン、カン、カン、カカカンッ、と断続的に響く音と目まぐるしく動き回る二人を見ながら『どの辺が軽くなんだろう……脳筋基準で言ってるの?』なんて、かなり失礼なことを考えながら静観する。


 時間にして三分ぐらい打ち合っただろう、急に二人は足を止める。

 傷口が開いたのかと思ったが、注意深く観察する限り、そんな風には見えない。


「……先生、先生は凄い人じゃ。最後の方はかなり本気で動いておったが全く痛みなど感じない……文句なしじゃ!」

「それは何よりです」

「ありがとう、先生……本当に、ありがとう!」


 大きな手でがっしり捕まれて、何度もありがとうと感謝の言葉を言われる。

 ありがとう……か。

 思えばこんなにも素直に感謝されたのは久しぶりだ。


 普段の業務内容なんてせいぜい、疲れを取る程度だからここまで深く感謝されることなんてまずない。


 自然、どれだけ頑張っても俺の仕事なんて所詮はこの程度……なんて思っていたけど……。


(まっ、たまには真面目に頑張るのも悪くはない、か)

「それで、先生……次は妻の方なんじゃが……魔力の方は?」

「えぇ……前回と違って今回は余裕あります。奥さんが心配なのはごもっともですし、何でしたら同伴しますか? 私の代わりに奥さんの話し相手をしてくれれば助かります」

「いや、先生のことは信用しとるが……まぁそういうことなら」


 良し、これで不倫を疑われずに済む──


「領主様、聖凰騎士団のアリスティア様が挨拶に参りました」

「むっ? そうか……流石に聖凰騎士団の人間を待たせるのもアレじゃな……。グレン、スマンが先生を案内してやってくれ」

「畏まりました」


 どうやら不倫を疑われる可能性が出てきた……これはいつも以上に徹底して心を無にしなければならない。


 グレンと呼ばれた執事に案内されてアンジェリカ様の元へ向かう。


 領主様の奥さんも最初から気合い充分なようで、部屋に入ると仕事モードの店長とバスローブに良く似た服を着てスタンバイしていた。


 あれは……店長がマッサージを受けるときに着用しているものと同じだ。

 店長から事前にレクチャーを受けたんだろう。


「お待ちしておりましたわ、先生」

「どうも……」

「やれやれ……。先生は相変わらず口下手だね。もう少し愛想を良くしないと女の子にモテないぞ?」

「…………善処します」


 仕方ないだろう、友達いないし能力低いしイケメンじゃないし社会の底辺だし……止めよう、自己評価しても悲しくなるだけだ。


「そんなに緊張しなくていいよ、先生。私がいる限り先生の生活は最大限守るよう努力するよ。何せ格安料金で夢のような施術を施して貰っているんだ。私は便利な道具だと割り切って上辺だけの信用を築いて使い潰すような薄汚い貴族とは違うし、そうなるつもりもない」

「私も妹と同じ意見よ。……それで先生、支払いの方は?」

「マッサージ、肌の手入れ、髪の手入れ、弱った内蔵のケア、余分な脂肪の除去……どれも一つ一シルバから引き受けてます。フルコースは四シルバです」


 最初はちゃんと料金プラン組んで提供しようと思ったけど相手はキャストが殆どだし、何より考えているうちに面倒臭くなって『どうせ原価ゼロだし適当でいいや』的な感じで今の料金プランになった。


 治癒魔術の相場が銀貨一枚からという情報も一役買っている。

 因みに魔術回路の掃除はサービスでやってる……その辺のことを知らない人にいちいち説明するのが面倒だし、大した手間じゃないからな。


「まぁ、全部頼んでもたったの四シルバ!? 流石にそれは安すぎですよ先生! 私なら金貨を出しても惜しくありませんわ!」

「姉さんの言う通りだよ。先生はもう少し自分の価値を知っておくべきだ。私が先生なら一ゴールドから提供するよ。それでも充分に採算は取れるからね」


 値上げしたら値上げしたで利用客は文句を言うだろう……とは言わず黙って準備を進める。


 普段から美容と健康に気を遣っているのか、肌と髪の状態は思っていたほど悪くはない。


 自分磨きにお金を掛けるのはいいことだけど、それって結局顔面偏差値の高い人間がやるから意味があることで……いかんいかん、ネガティブになっては仕事に影響が出る。


「肌の手入れは毎日しているのですか?」

「えぇ。毎朝山の湧き水で濡らした上等な絹のタオルを使ってお肌を洗っていますの。髪の手入れも上質なオリーブオリルを厳選しております。愛した男の前では少しでも美しくありたいと思うのは当然のことでしょう?」

「分かります」


 いつものようにまずは魔術回路の掃除から始める。

 あまり魔術を使う人間ではないようで目立った汚れもなく、変な声をあげる様子もなく、気持ちよさそうに身体の力を抜き、表情筋を緩める。


「ふぅ、いいですわね。……でも、シャナが経営している娼婦達が美しいという話を聞いたとき……正直に申しますと、鼻で笑いました。所詮は娼婦、美しさにも限度があるだろうと」

「自分の間違いを素直に認められるのは素晴らしいことだと思います」


 魔力の質を変えて肌と髪に浸透させながら適当に相づちを打つ。

 今の作業を例えるなら痩せた土地に充分な肥料と水をやって土地を蘇らせているようなものだ。


 ただ、この初期段階の作業──特に髪の毛が凄く面倒だ。

 ミスリル針のように触媒がない状態だと直に触らなければ効果を発揮しない魔術な訳だから髪の毛も念入りに触る必要がある。


 特にアンジェリカ様は髪が長いから作業がもう大変で仕方ない。


(ミスリル製の櫛があれば一発で解決しそうだけど……よそう、いくらするか分からないしそもそも作ってくれる保証もない)


 無い物をねだっても仕方ないので黙って髪の毛をケアする。

 魔力が浸透し、パサついていた髪が少しずつ回復し、瑞々しさを取り戻していく。


 ……さて、次がいよいよ難問だ。


「先生……信じていますからどうぞ」

「私がこうして証人として立っているんだ。気負う必要なんてないさ」

「……本当にいいんですね?」

「はい、先生」


 ひとまず言質は取ったので残りの作業を終わらせる。

 まずは腰回りに付いた余分な脂肪を魔力で作ったスコップで取り除くイメージで取り除く。


 そうすることで余分な脂肪を取り除くことが出来る。

 取り除かれた脂肪が何処にいったのかとかそういうのは考えないし、俺程度の頭ではうんうん唸っても意味ないことだ。


 ただこれ、やり過ぎて必要な脂肪まで取り除く恐れもあるから細心の注意を払う必要があるし、取り除いた後も体型が崩れないよう魔力で作った針を鉄骨代わりに組み込んでおく必要がある。


 原理とかその他諸々は感覚で理解しているから上手く説明できないが、こうすると上手くいく、という確信はあるし、このやり方で失敗したことはない。


「──はい、終わりました。見える範囲では丁度いい具合に痩せたと思いますので」


 流石に男が居る前で体型をチェックさせるような無粋な真似はしない。

 キャスト達は平気でやるし触ってとか言うがな。


「まぁ! これ、本当に私なの!? 肌なんて子供みたいにぷるぷるですべすべでしっとりしたお肌に生まれ変わって──嘘、出ていたお腹も見事に引っ込んでるし二の腕の脂肪もスッキリしてる……自分で体験した筈なのに信じられないわ」

「そこが先生の凄いところさ。お陰で私も、店の娘達も常に最高の女であり続けられるのさ」

「えぇ、本当……これは是非とも秘密を守らなければなりませんわ。……先生、ありがとう御座います。次もまた、宜しくお願いしますわ」

「あ~……機会があれば」


 次の仕事より休暇が欲しい、マジで。


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