よくある話
これ投稿している時点でストック半分割ってます。
ストック切れないよう書き足していますがいつまでこのペースを守れるか。
その日は珍しく仕事先で食事をすることにした。
多くの冒険者とたまの贅沢とばかりにやって来る職人見習い達が利用する三等地区の娼館はその日、給料日ということもあって大変な賑わいを見せていた。
冒険者に給料日という概念はないが、何処かのグループが大物でも仕留めたのだろう、懐が潤っている職人達と相まって羽振りがいい──というのを晩酌して貰いながら見習いキャストから聞いた。
「いつもならそろそろ客足も途絶えて私達の仕事も減るんだけどねぇ」
「あぁ、まだ攻略されてない迷宮が三つあったよな」
「うん。で、その中で中堅クラスの冒険者でもそこそこ稼げるのが頑迷の迷宮って言ってね、貴重な金属が出土するの。人によっては攻略しない方がいいって言う人もいるけど……」
「あー、うん……攻略しないのはまずいよな……」
試練の迷宮に出現する魔物はダンジョンコアで起動する通常の迷宮と違い魔物は殺されるとすぐ迷宮に吸収されるから基本ノードロップだ。
加えて魔物のリポップ間隔が短く、湧きに際限がない。
適度に間引きできれば維持するのもアリだが、消耗品の出費などを考えたらそれなりの資金と頭数が必要になる。
間引きが出来なければ魔物は増え続け、やがて迷宮外へ出る──つまり、メリビア内に魔物が侵入してしまう。
メリビアは広いだけじゃない、迷路のように街路が入り組んでいる。
一度魔物が街中へ入れば索敵だけでも時間が掛かるし、その分被害も増える。
だから今回のような事例は早期討伐が望ましい。
「ハァ……折角可愛い妹と買い物するチャンスなのに……。頑張った分だけ儲かるのはいいことだけど今は癒やしが欲しいわ」
「妹さん、元気?」
「元気よ。近所の定食屋で下働きしているけど上手く溶け込んでいるから世間からの評判もいいよ」
何それ羨ましい……俺なんかご近所付き合い最悪なのに!
「で、話変わるんだけどさ……最近アンナちゃんにお熱を上げてる冒険者がいるの」
「アンナ? ……すまん、キャストの数が多すぎて顔と名前が一致しない」
「魔女の舘で働いてる娘よ。愛想がいいからよくお客様を出迎えてるわ」
「あぁ、あの娘ね……」
言われて思い出す……確かに魔女の舘にそれっぽい娘が居たことを。
しかし、貴族や商人が見目麗しい愛人を侍らす為に身請け話を持ち出すのは良くあるけど、冒険者が身請け話を持ち出すのは珍しい。
身請け先では以前のような美貌を維持するのはまず無理だから愛人となった元キャストは昔の同僚に会いに行くという名目でマッサージを受けに来る……どんだけ俺の整体魔術に夢中なんだ、キャスト達は。
「珍しいな、冒険者で身請けしたいって奴。……金あるのか?」
「さぁ? 人伝に聞いた限りだと羽振りはいいみたいだよ? ほぼ毎日通ってるし、冒険者にしては礼儀正しいし、仕事の愚痴だって聞いてくれるみたい」
「ふーん……冒険者が身請けねぇ。引退でもするのかね?」
「どうだろう? アンナちゃんは元々農村の生まれで口減らしの為に奴隷商に売られたって話だから冒険者暮らしでも問題はないと思うけど……」
「どうせなら貴族や商人の方がいいよな。衣食住の保証はされるし」
「うん。私もそう思う」
そもそも冒険者に身請けするだけの資金を捻出できるのか?
今更説明するまでもないが、俺が手がけているキャスト達の美貌は比喩や誇張でもなく、貴族令嬢なんて目じゃない。
勿論、教養面で劣るのは認めるが接客業をしているだけあって礼儀は知っている。
で、彼女達を身請けするとなればこれまた相応の金が要求される。
……数ヶ月前、身請けの現場に居合わせたことがあった。
その時、身請けされたキャストは一等地区で働く娘だったが、その時店側に支払われた金額は七○○ゴールド──金貨にして七○○枚分、白銀貨なら七枚分だ。
店長も払えるとは思ってなかったようで、男が金貨がぎっしり詰まった革袋をドヤ顔で持ってきたときは開いた口が塞がらなかったっけ。
参考程度に、メリビアで見目麗しい女の高級奴隷を買うとしたら最高でも五○ゴールドあれば買えるし、オークションに掛けられたとしても一○○前後で落ち着くと思う……多分。
「やっぱり先生も心配?」
「まぁ、知らない相手じゃないからな」
「アンナちゃんはまだ若いからしばらくやっていけるけど、私はそろそろ身請け話の一つでも欲しいところかな」
三等地区に限った話じゃないが、メリビアで娼館を経営している店長陣はとにかく気前がいい。
一定の年齢に達すると店長自らが利用客に愛人はどうですかとセールをする。
その場合、それなりに歳のいってる娘を紹介することになるから必然的に身請け額が落ちるが、そこは俺の整体魔術でしっかりと仕上げてるから特に問題なく話が進む。
適当に料理をパク付き、腹も膨れたところで店を出て行く。
帰り際、さり気なく大人の遊びに誘われたがやんわりと断る。
「ちょっとアンタ、これはどういうこと!?」
「いや、その……これは仕事の付き合いで……」
「付き合い!? この前も同じこと言ってたじゃない! そんなに汚い女がいいなら娼婦と結婚すればいいじゃない、馬鹿!」
「あぁ、待ってくれ! 誤解なんだ、話を聞いてくれ!」
「知らない、俺は浮気しないとか言っときながらいっつもいっつも言い訳して娼婦を買うなんて……ッ!」
(荒れてるなぁ……)
店の前では一組の夫婦らしき男女がテンプレみたいな修羅場を演出している。
最近のメリビアでは良くある光景だ……実際、娼婦に夢中になりすぎて借金してその結果、破産したという話も聞いている。
だからキャスト達には過剰な貢ぎはさせないようにと通達しているが、それでも限界はある。
「見つけたぜ、アンナちゃん……」
「な……っ、誰よアナタは」
今日は真っ直ぐ家に帰れると思ったが、どうやらそうではないらしい。
路地裏の方から聞こえてくる、ありきたりな台詞とありきたりな展開……。
フード付きのケープを纏ったアンナは粗暴な冒険者らしき男に腕を掴まれ、路地裏へ引き込まれ壁を背に追い詰められてる。
護衛の人間はどうした──と、思ったが、アフター帰りのところを狙われたのかも知れないし、キャスト全員分の護衛を雇うのだって馬鹿にならない金がいる。
このまま放置しとけばアレな展開が繰り広げられるのは明白なので足音を消して黙って後ろから近づく。
護身用として持ち歩いている棒では心許ない。
魔力撃が使えれば別だが、あれは絶賛練習中だ。
なので、別の技を使うことにする。
(本当はこういうこと、あまりしたくないけど……)
何か下品なこと言ってるが、黙って前口上を聞いてやる趣味はない。
ポケットに忍ばせている針を握りしめ、指で挟んで無言で剥き出しになっている太股に突き刺すと同時に魔力を流す。
整体魔術を使う際、大雑把なイメージになるが流し込む魔力の質を正だとするなら、この男に流した魔力は負。
イメージしたのは身体の不調や痺れを促すモノ──神経毒だ。
「ふごっ」
不意打ちをされたせいか、或いは毒の影響か、情けない声をあげながらどうっ、と石畳に倒れる。
その隙を突くようにアンナの手を取って駈け出そうとして、失敗する。
「先生!」
「……っ!」
ホラー映画に出てくるゾンビのようにがしっと、足首を捕まれる。
反射的に棒に手を伸ばして顔面を力一杯突く。
日本なら即傷害罪で訴えられるような行為だし、事情を知らない巡回騎士が見れば捕まるが、それは現場を抑えられた時の話。
相手が貴人であれば話は違うが、騎士は平民同市の喧嘩を仲裁することはあっても、起きた後については当人達の問題として処理する。
顔面を何度も突きながら捕まれてない、もう片方の足で手首を踏み抜く。
運動靴ではない、冒険者用に普及している鉄板仕込みの半長靴で踏み付けているにも関わらず、男は血走った眼で俺を睨み、放そうとしない。
(どんだけ馬鹿力なんだよ……ッ!)
毒で身体が不調とはいえ、そこは腐っても冒険者……うつ伏せで倒れたまま、俺の棒を奪い取ると両手で足を掴んでくる。
反射的に蹴り飛ばそうとするも、咄嗟に足を抑えられる。
「テメェ、何しやがんだ……あぁ? あれは俺の女だぞ、あぁ?」
「彼女は誰かのものじゃない!」
勢いで負ける訳にはいかないので精一杯、強がってみせる。
「うっせぇ! いくらあの女に注ぎ込んだと思ってんだ、あぁ!? ここまで金かけてやって袖に振って男に恥かかせるとかふざけてるぜ!」
「女を買うのはいいが、そりゃ自己責任だ! お前もアンナに惚れたっていうなら自力で振り向かせてみろ、この甲斐性なしが……っ!」
瞬間、顔に衝撃が走った。
ハンマーで殴打されたような衝撃が突き抜け、石畳に叩き付けられるも、運よく頭の落下地点に腕があったお陰で最悪の事態は免れた。
「テメェ、何様のつもりだ、あぁ!?」
元の性格に加えて酒も入ってるせいか、ヒートアップした男はそのまま馬乗りになると力いっぱい殴りかかってくる。
一時期、冒険者をしていたとは言え俺は超人でも何でもない凡人だ。
それに、ここまでされたらもうどうすることも出来ない。
(あぁこれ、徹底的に殴られた挙句金巻き上げられて手足へし折られて橋の下に流れる汚い河川にポイ捨てされるんだろうなぁ……)
降り注ぐ暴力と痛みを完全に他人事のように感じながらも、どうにか脱出できないか思案する。
だが、俺が策を講じる前に事態は好転した。
スッと、頭上に刺した黒い影。
そして圧し掛かっていた重みがフッと消えて、一泊遅れて耳に届く不快な音。
「先生、大丈夫ですか……先生っ!」
「平気……」
「どう見ても平気って顔じゃねぇだろ……」
恐らく男を殴り飛ばしたであろう、若い男は──光の加減で顔がよく見えないが、多分俺と同じくらいの年齢だろう。
斥候職を専門にしているのか、殆ど防具らしき防具を身につけてない。
俺の視点から確認できるのは腰に帯剣している長剣ぐらいだ。
「もう、先生……無理をして。先生は冒険者様と違って弱いんだから」
「けど、先生が気付かなかったらアンナちゃんは大変な目に遭ってたんだろ? いやぁ、勝てないって分かってても女を助けるとは、先生見所あるよ」
いや、別に殴り合いで決着付けようとは思ってなかったよ?
ただちょっと、不意を突いた隙に逃げようとしただけで……。
「アンナちゃん、この男は俺が騎士に突き出しておくからさ。先生の面倒見てあげなよ」
「はい。……タツヤ様、私の願いを聞き入ってくれてありがとね」
「いいって。他ならぬアンナちゃんからの頼みだから。ただもし、恩を感じているようだったらさ──」
「ふふっ、次にお店来たときはたっぷりサービスしてあげるわ」
「…………」
話している様子を見て気付いたけど、もしかしてこの冒険者が最近、アンナを身請けしようとしている噂の男……なのか?
アンナの助力を得て──と言っても一人で立てないほどボコボコに殴られた訳でもないが──どうにか立ち上がって帰路に着く。
「さっきの男は? ……あぁ、絡んでいたのと助けた人ね」
「アレは、最近店に来る男でさ、しつこく迫っていて迷惑してたのよ。店長の話じゃ娼館通う為に装備を質に入れて借金してたみたい」
「それはまた……」
そういう話を聞く度に思うことだが、何故冒険者という生き物は建設的に生きようとしないんだ?
人生は博打じゃないんだから、もっとこう……ねぇ?
「で、さっきの人だけどこっちも私を良く指名してくれる人でね……冒険者にしては礼儀正しいし、こっちのこと気遣ってくれるのよ。多分、訳ありな貴族じゃないかな?」
「訳あり貴族、ね……」
そういう話もよく耳にする。
貴族としての生き方が窮屈で、家を飛び出して冒険者となる。
但し、大抵は今までの生活と現実とのギャップで挫折するとかしないとか。
成功した者も少数ながらいるそうだが、大抵のお坊ちゃまお嬢様は平民や農民が圧倒的に多い冒険者生活に耐えられない。
先進国で生活してきた日本人には良く分かる……貴族と日本人が感じるギャップはまた違うが、親近感は持てる。
「なぁ、今日の仕事先でアンナを身請けしたい冒険者がいるって話を聞いたんだけど、アンナとしてはどう思ってるんだ?」
「私? ……うーん、タツヤ様のことは悪くないって思ってるし、身嗜みもキチンとしている、何よりほぼ毎日来ている程度には稼ぎもあるから。……ただ、将来のことを考えると少しでも貯金はしておきたいって思うからまだそういう話はちょっと、ね」
「あー、うん。この商売って結構稼げるからね……」
余所の事情は知らないが、メリビアではキャスト達のやる気を維持する為、アフターで稼いだお金は丸ごと自分の物にしていいそうだ。
基本給の方は知らないがアフターを取らせて大金を手にさせることでキャスト達のやる気を出させる、その為にわざと基本給は低めに設定しているかも知れないが、とにかく彼女達はアフターになると気合いを入れ直して、ホクホク顔で帰ってくる。
「それに、店長もしばらくは店で働いて欲しいって言うからさ、当分は独り身を楽しむつもりでいるよ。……あぁでも、適度にフォローは入れるつもりだけど」
つまり、あの男は少なく見積もっても数年は延々と貢がされるということか。