解毒作業
担ぎ込まれた冒険者は金属鎧に剣と盾で武装したガチガチの前衛で、運んできた冒険者は最低限の防具しか身に纏ってなかった。
酒場でだれていた冒険者達は彼等を一瞥だけして露骨に目を逸らす。
この世界、魔術を扱える人間はそれだけで貴重な人材だ。
冒険者の中にもいない訳ではないが、そもそも魔術師は何処でも引っ張りだこで、何処かしらの組織に属してるケースが多い。
そして、そういう人間は決まって個人の判断で他人を治療したりはできない。
「俺が診る」
但し、それは現地人の事情であって、異世界人たる俺には関係のない事情だ。
俺も一応、娼舘専属ということにはなってるがそういう制約はない。
自分が治したいと思う人は治すけど、気に入らない人は関わらない。
……昨夜みたいな例外は別としてね。
「あ、アンタ治癒魔術が使えるのか……?」
「いや、使えない。だが俺は医者……みたいなものだ」
この世界にだってちゃんと医者は存在するが医者になる為の免許を持っていなくても医者を名乗る人間は多いから各々が勝手に名乗ってる。
免許持ちだと国家認定医師と名乗れるが、そうでない人は医者と名乗る。
そして医者が行う治療は症状を診て煎じた薬草を飲ませるとか、そういう昔から存在する民間療法だ。
アイリーンは俺が仕事をしやすいよう、気を利かせて場所を確保してくれた。
パッと見た限り切り傷がかなり目立つが顔色が悪いし尋常じゃない量の汗をかいている。
もしやと思い、【シックソナー】を使ってみれば案の定、身体が毒に犯されていた。
それもジオドール様の比じゃないほどに。
放っておいたら間違いなく死ぬレベルだ……知ってしまった以上、見て見ぬ振りは出来ない。
「アイリーン、中の針熱湯消毒して」
「わ、分かった」
「な、治せるんですか先生!?」
「保証はしないがやるだけやる」
患者の仲間と協力して防具を剥ぎ取り、肌を剥き出しにする。
地べたにおくのは憚られるので強引にスペースを確保した机の上にうつ伏せにして治療を始める。
周りの客は積極的に手伝おうとしない……手伝われても困るが見世物みたいに注目するのは止めて欲しい。
ここまで来るともう本人の気力と、どれだけ早く解毒できるか……成否の鍵はそこに集約される。
魔力を纏わせた掌を背中に当てて魔力を流し込む。
ジオドール様の身体を蝕んでいた毒と同じタイプだが、濃度はこっちが上だ。
早急に処置を施さなければならない。
なので俺は右手は魔力で作った擬似的な針を体内に撃ち込んで毒の流れを制限しつつ、左手はいつも通り免疫力を活性化させ、毒に耐えられるように体力も回復させる。
左右それぞれペンを持って異なる字を書くようなものだ。
利き腕だけ魔力操作は完璧だけど反対はダメ、なんて恥ずかしいからな。
「な、なぁ……」
「黙ってろ」
治療中、話しかけられるとかなり気が散るので睨んで黙らせる。
簡単にやってのけているように見えるがこの魔術、かなり繊細な制御が要求されるんだ、集中力は絶対に切っちゃいけない。
毒を少しずつ捉えて身体に負荷を掛けないよう慎重に外へ弾く。
弾かれる度に男の身体が薄い紫色の光を放ち、弾けるような音がする。
遠巻きに治療行為を見ている連中は当然、怪訝顔……見せ物じゃないんだからどっか行って欲しい、マジで。
「先生、消毒終わりました」
「ありがとう」
ミスリル針があればかなりやりやすくなるし、魔力消費も抑えられる。
道具なしで得られる効果を一○とするなら針を触媒にして魔力を流し込めば効果は三○にまで跳ね上がる。
本来なら肝機能を瞬間的に強化させる為の処置だが撃ち込む深さを調節することで毒を取り除く為の通り道にすることもできる。
浅く針を撃ち込み、体内の毒をミスリル針へ誘導すると間歇泉のように毒々しい霧がシューッ、シューッ、と断続的に吹き出た。
吹き出した毒と入れ替えるように性質を変えた魔力を針を通じて流し込む。
イメージとしては血管に注射して薬を打ち込むのと同じだ。
それを何度か繰り返していくと、今にも死にそうな顔だった男も毒が抜けていくにつれて表情が和らいでいく……ここまで来れば峠は越えたも同然。
後は魔力で作った針をツボに撃ち込んで免疫力を高めておけばいい。
実在する針と違い、体内に撃ち込んでもしばらくすれば自然消滅する優れものだ、異世界チート万歳。
「どうだ? 毒素が抜けたから楽になったと思うが?」
「あぁ……信じられないくらい楽になったよ……ありがとう、先生」
「明日になっても体調が崩れなければ完治した証拠だ」
道具を片付けながら事務的に結果を告げる。
「あの、治療代の方は……」
「銀貨一枚」
先の依頼でがっつり稼いだから別に治療費とか要らないけど、無料で治療してもらったのを切っ掛けに、調子乗られてたかられるのも面倒なので普通に金を取る。
医者の相場は知らないけど病気治療にはそれなりの金額が必要だが治癒魔術を使える人間はただのヒール一回で銀貨数枚を平然と要求してくるから……まぁこっちは掛かったら大変な毒を治療したから妥当な相場ではないだろうか。
何より俺の整体魔術は魔術……とは言い難い代物だし、高いとゴネられるのも嫌だから銀貨一枚は丁度いい価格だと思う。
「あと、俺は元々専属の医者だからあまり勝手に治療できない。次はないと思ってくれ」
「専属だったのか……。それは、悪いことをしたな」
「気にしなくていい。俺が勝手にやったことだから。ただ恩を感じてるならあまり吹聴しないで欲しい。雇い主の耳に入るのは怖い」
別にあの人達ならそこまでキツく詰めてこないだろうけど、一応ね?
報酬を貰い、鞄を持って店を出ると当然のようにアイリーンが一緒にやって来る。
しかもなんかニコニコーって感じの笑みを浮かべながら。
「何だよ……」
「何でも。……ただね、やっぱり先生は優しいなーって、思っただけ」
「さいですか」
その後は適当な店を何軒か冷やかしてアパルトメント前で別れた。