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それから丁度日が暮れる頃合いに街に到着しましたわ。
道中は特に何がある訳でも無く、道を馬に跨り駆けて行く。
此処でゆっくりとしていては、もしかしたら連れ戻される可能性もあるかもしれませんし。
街に入れば、人の声が溢れ仕事終わりだろう人々が雑踏を行きかう。
私はあまり街と言う物を見た事がありませんでしたので、興味深く辺りを見ているとスーフェが此方を見ながら口元を二ヤつかせていた。
「スーフェ、人の顔を見て二ヤついて、失礼ですわよ」
「すみませんお嬢様、お嬢様がまるでお上りさんのようでして」
「……そう見えるなら早く教えてちょうだい!」
私としたことが、確かに街を物珍しそうに様々な方へと目を向けている様は、田舎娘のようでしたわね。
不覚ですわ……気を付けなくてはなりません。
街は私がいた王都よりも立派な物では無いようですが、そこそこ人が行きかう既になくてはならない街のようですわね。
風景は……なんと言いましたか、中世ヨーロッパ風と言う奴ですわね、このゲームの最初の説明に書いてあった記憶を有しておりますし。
それにしても中世ヨーロッパと言うのは、一体どのような場所だったのでしょうか……私にはこのゲームの内容としての記憶しか有しておりませんから、気になる所ではありますわね。
「お嬢様、先ずは宿を探しましょう」
「その前に服を変えたいですわ」
私は未だダンスパーティーで着ていた赤いドレス姿と言う、非常に目立つ格好をしておりますので、辺りを行きかう方々はチラリチラリと此方を観察し、下卑た笑いの方々が何処かへと走って行くのかも見えました。
多分、私をネタに金品を巻き上げて、最後は殺すなりなんなりする為にお仲間と話し合いに行かれたのでしょう……嫌ですわっまたく。
一応宿で待っていると言う話でしたが、これならば早めに服やで服を着替えて行動した方がましでしょう。
目立つドレスの女が何処何処の宿に入った、などと言う噂が広がるのは嫌ですし。
私はスーフェに連れられて、大通りにある一軒の服屋へと入る。
中は様々な服が並び、入って直ぐのカウンターには人のよさそうな御婆さんが此方にニコリと笑いかけてくれる。
「いらっしゃい、何かお探しかい?」
「服を一着頂けますかしら?」
「どう言った物がええ?」
「本当に普通の物でいいですわ」
「……ならこの紺のロングワンピースでええかの? そっちのメイド姿の御嬢ちゃんはこっちの深い緑のでええかい?」
「それでいいですわ、此処で着替えますので場所を貸して下さる?」
「それなら奥の部屋で着替えるとええ」
私はお婆さんに洋服を貰い、案内された奥の部屋へと入る。
買った洋服はこれ一着あれば問題なしと言うロングワンピースで、先ずは腕を通してから体を通し、皺を少し伸ばせば終わり。
「このような簡易の服ならば着替えも簡単ですわね」
「これからはご自身でやられる事が多くなると思いますので、段々と色々と慣れて行かれるのが宜しいと思います」
「そうですわね、私はもうただの民……なのかしら? 自分の立ち位置が微妙ですわね」
スーフェも着替え終わり、私に苦笑いしながら一つ頷く。
「一応王族の意と言う形で出てきましたが、それでも現王に連れ戻せと言われれば内輪で済ませてしまう可能性もありますし、それに今後向かう魔導帝国でお嬢様の受け入れがあると考えれば微妙なのも仕方ないかと」
「そうなのよね、だから早めに魔導帝国に入ってしまいたいですわ」
「お嬢様は魔導帝国に入り、どうなさるのですか?」
「そんなの騎士としてウディアードに乗ってみたいに決まってますわ」
折角私には素質があるのですから、それを使わないのは損と言う物でしょう。
しかも、その素質もかなり高い物と言う事ですし、交渉を間違えれば使われ続けるただの道具と成り果てるでしょうが、スーフェの話しによると、どうやらそんな事も無い様子ですし。
何より楽しそうですし。
まぁスーフェが魔導帝国に私を引き込むために嘘を付いているとしたら、その限りでも無いとは思いますが。
「宜しいのですか? 騎士となれば確かにウディアードに搭乗する事が可能になるとは思いますが、戦場やそれに準じた場所に行かなくてはならなくなると思います」
「それもまた一興ですわ、私は王妃になるべく育てられましたわ……しかし、既にその任は解かれ、貴族でも無くなり、一体私には何が残っているでしょう?」
「……それは」
「私には素質がある、そして私もウディアードに興味がありますわ、ならば答えは簡単でしてよ」
「それで死ぬかもしれませんよ」
「その戦争が必要だと思えばそれもまた致し方の無い事ですわ、私も殺す気で行くのですもの殺されても文句を言える立場にはありませんわ……ただそれが不必要な戦争であるならば……全身全霊を持って逃げますわ!」
「逃げるんですか!」
「当たり前じゃない! 意味のわからない戦争に巻き込まれて死にたくはありませんもの! おーほっほっ」
「お嬢様お店の中です!」
「っと、そうですわね、久しくしておりませんでしたから無意識に出てしまいましたわ、私にとってもう高笑いは生活の一部でしてよ、おーっほ」
「お嬢様」
「コホン、それはさておき、これから宿ですわね?」
「……いえ、お嬢様に最後の確認があります」
最後の確認? 一体何のことでしょうか?
私は首を傾げてスーフェを見ると、その真剣な瞳とかち合う。
私はその瞳に答えようと佇まいをただし、スーフェに向き直る。
「何かしら?」
「この国を出る事に心残りはありますか?」
「そうね、無いと言えば嘘になるわ、主にお父様とお母様の事についてですわね……ですが、あの方々が早々下手な真似をするとも思えませんし、商人を通じて落ち着いたのちお手紙でもお送りすればよいでしょうし、心残りはありませんわ」
「魔導帝国に行くと言う事にも、異論はありませんね?」
「くどいですわ、悪役令嬢に二言は無くてよ」
「……分かりました、それとその悪役令嬢と言うのは止めませんか? 何でしたっけ? オトゲーでしたっけ? なんにせよお嬢様は悪役ではありませんし」
「あら、私この悪役令嬢と言う響が結構好きなのですわよ、かっこいいと思うわ」
「はぁ~、流石お嬢様」
「なんですの、その長い溜息と流石お嬢様って、その流石は馬鹿にされている様にしか聞こえませんわよ!」
「それで、覚悟を確認できたので今日の内にここを立ちます、早くしないと追いつかれそうなので」
「さらっと流しましたわね……それで追いつかれそうというのはやはり」
「えぇ、此方の店主に御代を払っている時に、仲間が耳打ちしてくれまして、馬車も此方で用意してありますので、そちらに乗って早々に魔導帝国へと向かおうと思います」
「フフ、そうですわね、折角此処まで来たんですもの、魔導帝国に亡命出来ないなんて面白くありませんわ」
私は店主に礼を言ってから、スーフェが私と自分の着替え終わった二着を持っていない方の手で扉を開ける。
そして扉を出ると一台のまぁまぁ立派な馬車が止まっていた。
質素で特に何もかざりっけの無い馬車ですが、それでいて機能は高そうな、見る人が見れば貴族用だと直ぐに分かりますわね。
そしてその馬車の入り口には、初老の男性が執事服を纏い此方に礼をする。
「お初にお目に掛かりますアメリア様、私は案内人にございます」
「よろしく頼むわ」
成程、案内人であって名は名乗れない、この方もスーフェと同じようなお仕事の方なのかしらね。
私はそんな事を思いながら、馬車へと乗り込んだ。