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「ごめんなさい私どうやら疲労で耳が可笑しくなったようですわ……スーフェが魔導帝国のスパイだなんて? 有り得ませんわよね」
有り得ませんわ、スーフェは丁度十年前から勤めていますから、私が五歳のころからのメイド。
スーフェは一つ上ですからそのときはまだ六歳、そんなスパイを魔導帝国は放ったと? 有り得ませんわ、私の聞き間違い、そう疲れているんだわ此処の所色々ありましたし、それも致し方ないでしょう。
「可笑しくなってませんよ、私はずっと魔導帝国のスパイです」
「なぁんですってぇーーーーー」
「そんなに驚かれなくても」
「驚きますわよ! だって家に来たのは貴方が六歳の頃でしょう? その頃からスパイだったと言うの?」
「えぇ、私はスパイになるべく育てられてお嬢様のメイドに成りました……お嬢様と出会うまでは本当に地獄でした、来る日も来る日も訓練くんれん……でもお嬢様付きのメイドになって、お嬢様の近くで少しおとぼけな事をして、そう言う日々がとても楽しかったのです、だからいつも言っていますでしょう、お嬢様には感謝していると」
「そ、そんな深い理由があったなんて……そう、まぁスーフェが私の元に来て良かったと言えるなら私も貴族として鼻が高いですわ、メイド一人とっても私が守る民なのですから……もうその民はおりませんけど……それにしてもそれじゃあ我が家の内情は筒抜けですの? 国の財政などの資料もありましたでしょう……そもそも良く入り込めましたわね」
「その辺は魔導帝国が手引きしていたので私には詳しい事は……内情についても、私の使命はそれではありませんでしたし」
「あら他の使命ですの?」
やはりスパイと言ったら、国の内情を知る事が主な仕事だと思っておりましたが、それ以上に何を必要としていたのでしょう。
私は少し考えても答えが出なかったので、スーフェに聞くと、そんなの決まっているでしょうと返された。
「ウディアードの機体数や、搭乗者の人数……そして最もやらなくてはならなかった任務は、搭乗者の中でもずば抜けて才能や素質のある者がいないかどうかを調べていたのです」
「な、成程……魔導帝国ですものね、それは決まっていると返されても納得ですわ、それでお眼鏡にかなう者はおりましたの?」
「えぇ、此処に」
「私ですの!」
私の方を見て此処にと言うので、驚きに声を上げると、スーフェはクスリと笑ってそれを肯定する。
「騎士には凡人ばかりでしたが、本当に偶々お嬢様を見つけたのです……あの日は凡人共しかいないと分かり、私随分と心が荒んでおりまして、お嬢様を愛でようと……」
「ちょ、一寸待ちなさい、私を愛でると言うのは?」
「お嬢様がお休みになられている間に、スパイとして育てられた私の技術を駆使してお嬢様の寝所に忍び込み、音もなくお嬢様を撫でまくっていたのです」
「貴女なんて無駄な使い方を!」
「お嬢様って、一度寝たら中々起きませんし、寝顔可愛らしいですし……そしてその夜めくるめく」
「まさかあなた!」
「と言う冗談はさておき、不意にお嬢様に素質があるか調べて見たくなって、道具を使って鑑定したらあら不思議……この国で一番素質があったのは……いえこの国だけでは無く、たぶん世界的に見てもかなり高いレベルの素質を持っていたのが」
「……私ですの?」
まさか、そんなにも高い素質を持っていたなんて……。
お父様に隠されていなかったら、今頃城の騎士として訓練に明け暮れさせられていた……若しくはその能力の高さから何か面倒事を引き起こしていたのかもしれませんわね……ありがとうお父様。
「えぇ、お嬢様のその素質は素晴らしく、何とか魔導帝国に勧誘を試みようと思ったのですが……お嬢様が一生懸命将来王妃となるべく学んでいる姿を見て諦めたのですが……」
「今回の事があった訳ですわね……一応聞いておきますわ、今回の騒動は魔導帝国が関わっていると言う事は無いですわね?」
「私の知る限りでは無いですね……それにやるにしてももっと内部に組み込むようにじっくりとやりますから魔導帝国」
「それもそれで怖いですわ……まぁそれでフリーになった私を丁度いいとスカウトしたと言う事ですわね」
「はい、魔導帝国では素質ある者にも選択肢が幾つかあります、騎士になるか、その素質を使わずに終わるか、貴族の端くれとなるか」
「貴族ですの?」
素質がある者は貴族になれる。
成程それなら素質ある者が集まる可能性もありますわね、逆に村等で見つかった場合は周りが欲に目が眩みそうですわね。
「貴族と言っても一代限りの名誉貴族として、何かあった場合率先して配属された地を守ると言う条件で国から少しばかりのお金が支払われます……勿論それで功を上げれば貴族の仲間入りできるかもしれませんが」
「それでも流石に数に限りがあるのですわよね?」
「はい、先ずは騎士となるか貴族のコネを得るかが正攻法としての二つ、他の国の者で武勇があれば監視付きで貴族になったりもしますが、特例ですね」
成程、その素質を生かすと言う選択をした人は、先ずは騎士になりそこから成りあがれと言う訳ですわね、それもまた面白いかもしれませんわ。
ただそうなると、騎士として目立ち私の身元が露見した時に少し厄介かもしれませんわね……その辺りはどうなっているのでしょう。
私がそう問うと、スーフェはカラカラと笑いながら大丈夫ですよと返した。
「割と多いいですよ魔導帝国には、落ちこぼれた貴族、暗殺を逃れた貴族、色々な境遇の方がいらっしゃいますから、お嬢様のような境遇な方は珍しいかと思いますが、公爵令嬢が追放されて帝国入りしたと言えば察してくれますよ」
「それは亡命と言う事かしら? それとも」
「勿論、秘密裏に帝国が素質のある物を手に入れたと言う事です」
「ですわよねー」
わざわざそんな面倒臭い人材を飼うのでしたら、それなりの利益が無いとやってられませんでしょうし、そう言った方も私と同様素質があり帝国から目を付けられていた、と言う事ですわね。
そして私の様に国から飛ばされた所、若しくは誑かして、帝国の力として組み込む事で自国の国力を厳密には軍事力を強化しているのですわね。
そんな話をしながら私とスーフェはゆっくりと魔導帝国に向けて馬を向かわせる。
「はぁ、そろそろ着替えたいですわ」
「このペースだと何とか夜までには街に着くと思いますので我慢して下さい」
「せめて高笑いがしたいですわ」
「我慢して下さい」
「酷いわスーフェー」
「はいはい、そんなに元気なら飛ばしても大丈夫ですねー、少し飛ばしますよ」
「分かりましたわ、ハイよー風の如く疾走するのですわ馬よ!」
「お嬢様馬よって……」
「馬の名前なんて知りませんわ、馬は馬でしてよ!」
「んー、まっそうですね」
そうして私達は魔導帝国に向けて馬を走らせるのだった。