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「この生活も慣れて来ましたわ」
「お嬢様が此方に来てからもう一か月以上たちますからね」
私はお昼の休憩時間に寮へと戻り、約一時間の休憩を軽い昼食を食べ紅茶を飲みながら過ごしておりますわ。
目の前にはスーフェとグレースさん、相変わらず私達三人は訓練の日々を過ごしておりますわ。
騎士団の基礎も学び、この辺りの大雑把な国の配置は元々知っておりましたからそう言った方面は復習をしながら、ウディアードの訓練と体力作りに剣術稽古、たまに弓も持ちますわ。
可笑しなお茶会のメンバーはあれ以降特に接触を行っておりません。
その代りメイドを生け贄にしているようではありますが。
何せ怖い軍曹が乗り込んで行って朝から騒いでいるようですので、メイドを派遣してその騒ぎを収めているようですし。
まぁ実際はしっかりと訓練を行うのが普通ですので、同情の余地等は元からない様に感じますが、そこは帝国貴族の関与もあるそうですし、一筋縄ではいかないと言う事ですわね。
ただ、あのセレス嬢ならば諸突猛進してくるかと思ったのですが、上手く抑えているようですわね。
……まぁソーラ嬢が私の目から見て限りなく黒だとしても、本当は何か一つ見誤っており白の可能性もあるでしょうから、私も迂闊には突っ込んでは行けませんわね。
ですが訓練は楽しいですし、ウディアードを実物では無いにしろ操るのも楽しいですわ。
ですから、特に今の所これと言った文句も無く訓練をして過ごしている訳ですわ。
「お嬢様、御代わり如何ですか」
「いいえ、もういいわ」
「はふぅ、あと十分でまた開始ですかぁ」
いつの間にか空になったカップを台所へと持って行く。
リビングに帰ると、机に突っ伏しているグレースさんが呻いていた。
「グレースさんも体力は付いて来たではありませんの」
「そうですね、最初に比べればかなりの進歩です」
「それはそうなんですけど、まだまだ疲れます……」
グレースさんもあれからかなり素を出す様になって行き、今では机に突っ伏せるほどになりましたわ。
ですが、彼女の心はご両親の事で急いているのでしょう、ですが急いても何も変わらないと言う事は彼女も分かっておりますわ、だからこそ今少しずつ素で話し、そして訓練を頑張っているのだと思いますわ。
「ですが訓練が始まると一番張り切るのはグレースさんですわ、ですからこのまま頑張って頂きたいですわ」
「えぇ、私からもとても頑張っているように思えます」
「……頑張ります!」
さて、グレースさんが訓練へのスイッチを入れた所で地下に居りますわ。
地下に降りると、既にエミリー少尉が柔軟をしながら待っていましたわ。
前まではエミリー少尉の事を少尉とお呼びしておりましたが、それだともし他の少尉に会ったときに分からなくなるからと言う事でトルマン少尉と言いなおしたのですが、エミリーでいいと言う事でしたので、最近ではエミリー少尉とお呼びしておりますわ。
「エミリー少尉、本日の午後はどのようになさるのですの?」
「今日は走りながら剣術を使って行こうかな」
この訓練、意外と大変なのですわよね。
二人で並走しながら剣を合わせて行くと言う訓練で、ウディアードでの戦闘ではかなり役立つ技術であり、上手く立ち回る技術が身に付くらしいのですが、最初は中々に苦戦致しましたわ。
本日の相手はスーフェですわね。
やはり何だかんだとスーフェが一番相性が良く訓練出来る気がしますわ、長年の付き合いですから、可笑しくはないですわね。
「それではアメリア伍長、行きますよ」
「えぇ軍曹」
そう言えば、何時からか訓練の時はしっかりと私の事を伍長と呼ぶようになりましたわねスーフェ。
……まぁ敬語が抜け切れていないので、軍曹としての威厳は薄いですが、きっとこれを言うと恐ろしい笑みを向けられる事になるので言いませんわ、私はそこをシッカリと見極めておりますのよフフフ、フフ、おーっほっほっほっほ。
おっと、スーフェが少しジト目で此方を見て来ておりますわね、早々に始めると致しまましょうか。
「いいですか?」
「大丈夫ですわ」
私達は頷き走る。
そして走りながら手に持った木剣を相手に振って行く。
カンコンといい音を鳴らしながら時には、少しジャンプをしたり、屈みながらも走る事は止めずに相手の剣に集中しますわ。
そしてストップがかかり、クールダウンで歩きながら広場の真ん中へと歩く。
真ん中付近でトコトコと歩いていると、グレースさんがメイドの一人と訓練を始めますわ。
それにしても、このメイドたち既に主人よりも騎士団にとっては大切な存在ですわね。
何せ嫌々とは言え、しっかりと訓練をなさっているのですもの。
*****
入隊してからの約一か月と少しはこのような感じですわね。
ただ、本日は少しエミリー少尉の様子がおかしいですわね。
いつものように朝の集会に出た私たちですが、エミリー少尉が少し困ったような顔で此方を見ている。
「……おはよう」
少尉の挨拶にそれぞれが挨拶を返す。
「スーフェ軍曹、アメリア伍長、グレース伍長、三名には任務が下った」
……は?
任務ですの?
たしか九番隊は隊の規律や騎士団になれるための部隊であるとか……にも拘わらずいきなり任務。
考えられるのは、九番達を卒業できるかを見る試験の可能性ですわね、もしそうでないのならばどなたかの陰謀、貴族の利益などが含まれていると考えるべきですわね。
「エミリー少尉、それはどのような任務なのですの?」
「……ハンナ伍長を覚えているか?」
ハンナ、ハンナ・ヘーレでしたか、可笑しなお茶会でグレースさんと共に縮こまっていた元男爵令嬢でしたわね。
そのハンナ嬢がどうしたのでしょう。
「実は、彼女は婚約者との間に諍いがあってこの帝国に来る事になったんだ、しかもハンナ伍長の方では無く、婚約者の方が他の女性と色々とあってね、それでもハンナ伍長はいつかその婚約者が迎えに来てくれると信じていたのだけれど」
……なんと言うか、良くわかりませんわね。
ハンナ嬢の婚約者の方が他の女性と関係を持ち、それを両家に知られて婚約が破棄されたと仮定してみますわ。
ハンナ嬢は一度婚約者を得た身、他の婚約者を得るのは少し難しくなるでしょう。
もとよりハンナ嬢はその婚約者の事が好きで、失意のうちに帝国に来ないかと誘われ自棄になって付いて来た、若しくは離れれば相手も追って来ると考えたと言う所ですわね。
そもそも男爵家と言えど貴族、その貴族との約束をたがえたとなるならば、その婚約者もただでは済まない可能性は有りますわね。
ですので本来ならば待って現れるような人物ではない筈なのですが。
「その婚約者のいる国も国でね、魔導帝国にいるハンナ伍長を迎えに来たいと言う話になって、それを上は許したみたいなんだよね」
……あらあら、何やらきな臭くなってきましたわ。