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今私の目の前にいるのは、短い赤い髪の青年で、目が少し細いネコの様な印象を受ける。
男性はスラリと背の高い方で、家で見た細見の護衛のような体つきのようですから、きっと筋肉も普通についているのでしょう。
そしてその男性がこちらを見ながら言った言葉、それこそが問題でしたわ。
彼は確かに『アゲット』と言ったのですわ。
この街に来てそれほど経っておらず、街でその名を口にした事が無い事を考えると、アーリスル王国の関係者か、若しくは魔導帝国で私が亡命した事を知っている人物。
ただ、今日此処に来る事を知っていたとなると魔導帝国側の人間だと思いますわ。
しかし、どうやらこの男は偶然会った様な、しかも私がアメリア・アゲットであると疑いながら声を掛けて来ましたわ。
それに此処に来る事はたぶん少尉しか知らない筈ですわ。
少尉も特に他言しようとは思いませんでしょうし、そう考えますと、昔あった事のある人物と言う事になりますわね。
……それにしてもこの男、何処かで見た事がありますわ。
それはこのアメリアの記憶としてでは無く……今いるゲームの思い出した……。
……。
そうですわ!
正直、今回の記憶はウディアードの事を中心に思い出しましたけど、此処は一応乙女ゲームの世界……彼は例の何故かロボ物の続編が乙女ゲームだったその乙女ゲームの攻略者ですわ、と言うよりも攻略される方ですが。
それにしても、それは私以外知り得ないと思いますし、一体この男は私の事をどこで。
「アメリア嬢?」
後ろを振り向くと、マスターが怪訝な顔で此方を見ていた。
どうやら、お店の子が私達がお店の前に突っ立ているのを不審に思い、マスターに連絡したようですわね。
お店では、必ずマスターが店員を呼ぶときは嬢を付けるのだそうですわ。
「あらぁ、エヴァン様じゃない、いらっしゃいませぇ、この子がどうかしましたかぁ」
「あぁマスター……実は彼女とは面識があって、良ければ少し部屋を貸していただけないだろうか?」
マスターが此方を見るので私は一つ頷く。
実際あった事を思い出したわけではありませんが、どうやらこの方貴族のようですし、此処で首を振る選択肢はありませんわ。
しかしやはりこの方エヴァン・ランドンでしたのね、ランドン伯爵のご子息。
……はて、エヴァン・ランドン…………あ。
そうですわ、確か私が十一歳の時、暫定ではありましたが既に王妃又はそれに近い者になるだろうと言う事で、諸外国のパーティーに参加させて頂いたときにお会いしたのですわ。
確か、この国の公爵様のお誕生日に連れてこられたときですわね。
何とか奥の一室を借りて、二人になる前に思い出せましたわ。
「お久しぶりでございますエヴァン様」
「……やっぱりアメリア・アゲット嬢か、いやこんな所で見たから凄いびっくりしたぞ」
そう言えばこの方どちらかと言うと元気溌剌なタイプでしたわね。
一応対外的な貴族としての装いを外で出来るようになりましたのね、昔はやんちゃ坊主と言ったような振る舞いでしたのに。
ひとたび思い出せば、その光景が脳裏をよぎり少し笑ってしまう。
「……なんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
「いえ、あのエヴァン様がしっかりなされたと思っただけですわ」
私がそう言うと、少し苦々しい顔になりながら一つため息をつかれましたわ。
「まぁ、あの頃は若かったからな……それに今の俺は第一皇子の護衛だしな……今日は休みだけど」
「まぁ、ものすごい大役ですわ、おめでとうございますわ……それにしてもそのような者に休みがあるのですね」
「まぁ俺だけじゃないしな、ほんとはあいつが一番休むべきなんだけどさ……っと、昔の様な口調で話しちまったな」
「えぇそれは構いませんわ、それにしても昔の事なのに良く覚えておられますわね」
「まぁ、な、正直俺より二つも下の令嬢がずっと笑みを浮かべてそりゃもう人形のように綺麗な受け答えしてるのを見て、正直きみがわりーと思ったから印象深い」
「それはいくらなんでも失礼ですわ」
「悪かったよ、だが実は一度アーリスルの学園に視察をする皇子について行った時があって、そこでチラリと見たけど、変わらず人形みたいだったからなおさらな」
……成程、いきなりでは無く、成長した私を見た事があるからこそ、私を見て直ぐにアメリア・アゲットだとお気づきになられたのですわね。
それにしても、そんなにも不自然に見えたのでしょうか私の笑みは。
あれでもかなり微笑ましく笑っているつもりで、他の方には指摘された事はございませんでしたが、もしかして皆様遠慮されて言わなかっただけだとすればかなり恥ずかしいですわ。
「その、私の笑みはそんなにも可笑しかったでしょうか?」
「……いや逆だ逆、あの頃から上手すぎだったんだ、怖いぐらいに」
「それならばいいですわ、それにもうそんな笑みも必要ありませんし」
「……いやびっくりしたぜ、あの人形が生き生きと働いて、自然に笑ってるのを見ると」
「まぁ、私も色々とあったのですわ、それに私は既にただのアメリアです、エヴァン様の知っているアメリアでしたらお亡くなりになりましたわ」
「聞いたぜ、どこぞの女に第二王子が落とされてアゲット嬢を追放、その後王は追ったが捕まらず既に魔導帝国に、その後王はお怒りで第二王子の王位継承を剥奪して目の届く近場の御屋敷で女共々軟禁だとか聞いたぜ」
……あら、あの王子今は軟禁されておりますのね。
その辺りもう少し詳しく聞きたいですわね。
私はエヴァン様にそう言うと、一つため息をつきながら、私が去った後の事で知っている……と言うよりも対外に知られているであろう内容を話してくれましたわ。
「まぁ魔導帝国は隣国だから少し調べたけどよ、どうも第二王子が王の総意としてアメリア嬢の追放を言い渡したせいで、第二王子の罪状は反逆とまでは言わなかったがそれに近い事をほのめかして軟禁、女の方は上位の貴族を堂々と虚偽を持って貶めたとして罰せられたようだぜ」
「それで何故二人が同じ邸宅で過ごすことになったのですの?」
「なんでも、女を牢屋に入れると王の妻になる自分をこんな所に入れていいのか、とか言ってたらしいんで、第二王子は既に王位継承権を失ったと語ると、実はあれは王子に言われてやったとか言い始めたそうだぜ、んで今度はその取り巻きの名前を出したが、そいつらも実家で叩きなおされてしかも家は継がせないらしい、弟とか養子を取ったりとするらしいぜ、因みに第二王子に女がお前のせいだと言ったと聞かされた王子は、牢屋に向かって女に詰め寄ったそうだ」
「それはそうですわよね、なんといってもわざわざ私を追い出してまで一緒に居たいほどの方のようですし」
「……そこで王子は実はこの女も自分では無く王子を欲していたのだと思い落胆して、女は取り巻きの名を叫ぶと、そこに王がやって来てこれは面白いと二人を同じ屋敷に詰めたそうだぜ、正直えげつねぇ」
……それは確かにえげつないですわね。
あのお優しき王がそこまでするとは、いえ、あのような影の存在があったのですから、あの王は一概にただ優しいだけと言う事も無いでしょうが。
まぁ同時に詰めても何が起きる訳でもありませんものね、軟禁ですし。
そもそも顔も見たくないでしょうお互い。
「因みに、屋敷の監修をしているのはアゲット様だぜ……って言えばどんな状態か分かるよな」
エヴァン様はにこやかに笑った。
お父様なら……毎日一緒に過ごさせて相手の精神を削りに削って遊んでいるに違いありませんわ。
正直、あの王妃となるべくさせられていた勉強の呪縛を解いてくださったと考えると、そこまであの二人に醜い感情は起きないのですが、お父様としては丹精込めて王妃にしようと思っている娘をこのような事で失ってやるせないのでしょう。
お父様は不器用な所の方が多いですが、王妃になる為の勉強には余念を残しませんでしたが、それ以外は私にかなり甘かったですもの。
私はそんな事を思いながら、お父様とお母様と言う掛けがえのない私の家族を思い出しますわ……弟? どなたですの?