18
私とスーフェはメイドたちを連れて自らの寮に戻って来た。
今日は色々と大変そうだからと、少尉が本日の訓練を取りやめて下さったからですわ。
その代り、夜に迎えに行くから寮で待っているようにとの事でしたわ。
さて、寮に戻って来はいいのですが、スーフェはメイドたちを連れて空き部屋に入って出てこなくなってしまいましたわ。
一体何をなさっているのかと思い、少し扉を開けて覗いてみれば、スーフェもメイド姿に成り、メイドを正座させて淡々と説教をしておりましたの……。
「いいですか! メイドたる物主人の命令をただ聞くのではなく、主人が他人から貶められない様に出来るだけ不利な条件は排除し、また主人が間違った道へ行きそうであればあなた方が苦言を呈しなければなりません。それともあなた方の主人は自分に甘い言葉を吐く下僕が欲しかったのですか? ならば手遅れです諦めなさい、それともあなた方は何も考えずにその下僕として惨めな生活を続けるのですか? それとも虐げられることが好きな趣向をお持ちなのですか? そもそも、その様な人格にならないよう……」
騎士と言う軍としての説教では無く、メイドとしての説教でしたわ。
私は扉をそっと閉じてリビングへと向かう。
……しかし暇になりましたわね。
さてどうしようかと考え、広場に少尉がいるかどうか確認し、いたら訓練をして頂けるようにお願いしてみるのもいいかもしれませんわね。
私は何となくの思いつきで、地下の広場に出る。
するとそこに予想外の人物がいた……と言うよりも、階段を下り、自らの寮に繋がる階段を上ろうとなさっているところだ。
……自分の頬が上がるのが分かった、フフフ……獲物でしてよ。
「あっ……」
どうやらあちらもお気づきになられた様ね。
茶色の髪をサラリと揺らし此方を見てビクリと肩を震わす、グレース・レイス元男爵令嬢。
小動物のようなその見た目は、きっと男性の庇護欲をそそるのでしょうね、私には無い魅力ですわ。
「レイスさん」
「ひゃ、はい!」
「そんなに緊張しなくてもよろしくってよ、此処で合ったのも何かのご縁、宜しければ私のお部屋にいらして」
「あ、あのぉ……」
「あら? もしかしてお急ぎかしら? それともあのソーラ嬢のお使いかしら?」
「そ、そう言う訳では……」
「……そうね、私は貴方の事を何も知らないわ、良かったら貴女の事を教えて下さらない、グレース・レイスさん」
私は話しながらグレースさんに近づいて行き、私よりも背の低い彼女の目線に合わせて少し背中を丸め、手を差し伸べる。
……先ずは貴女から崩して私の方へ取り込みますわ。
「あ、あの………………わかりました」
私の手にそっと手が乗る。
それを両手で包むようにして握り、先程の騒動で見せた笑みとは違う柔らかい笑みを浮かべる。
「さぁいらして、お話をしましょう」
そのまま片手を離し、手を繋ぎながら自らの寮へと二人で戻る。
私はグレースさんに自室の椅子を勧め、メイド道を説いているスーフェの部屋をノックする。
「あらお嬢様どうしたのですか?」
「お客様よスーフェ、お茶をお願い」
「……分かりました、貴女達! 貴女達がどのようなメイドであるかお茶を入れて運ぶところも見させていただきます付いて来なさい、それと自身を拭いたタオルも忘れずに持ってきなさい」
いそいそと動き出すメイドたちを横目に、私は自分の部屋へと戻る。
「お待たせしましたわ、もうすぐお茶が入りますわ……と言っても趣味でメイドをして下さってる方が入れてくれるのですけれども」
「はぁ……」
何やら良くわからないような顔をしているグレースさん。
実際見れば分かりますわね。
特に会話も無く気まずい沈黙が少し続いたが、スーフェが二人分のお茶を持って入って来た。
その恰好を見てグレースさんの目が驚きにまん丸になるので、クスリと笑ってしまう。
「スーフェ、どうでしたのメイドたちのお茶の入れ方は?」
「なっていませんね、あのメイド達お湯をそのまま急須に入れてカップに注いで出来上がりとか言うのです、鍛えなおします!」
あらあらスーフェも熱が入っていますわね。
そう言えば、新人メイドの教育はスーフェの担当でしたわね、懐かしいですわ。
少しきつい所もありますが、その後ご実家の都合でアゲット家から離れて他家でメイドをすることになった方々の評判も上々でしたし、何より普通の事をして褒められたとお休みを使ってスーフェに会いに来る子さえいるほどでしたから。
「あ、あのさっきの方」
「えぇ、迫りくるメイドを伸してしまったスーフェ軍曹ですわ、元々彼女もメイドをしておりましたし、今も趣味で私のメイドをしておりますの」
「そ、そうなんですね……不思議な方ですね、なんだか印象が全然違って」
「軍とメイドの時のスーフェの差は激しいですの、でもどちらもスーフェの本質は変わらないのですわ」
「はへー、そうなんですねぇ」
「どうぞ召し上がって、御茶請けが何も無くて申し訳ないですわ」
「い、いえお気になさらず」
私もカップを持ち紅茶を飲む。
向かい側から小さく美味しいと零れるのを聞き、高笑いを抑えつつカップを置く。
「それで、宜しければ貴女のお話し聞かせて下さらない?」
「私のお話しですか?」
「そう、貴女のお話し……きっとこの国に来る程には辛い事もあったのでしょう、話したくないならいいわ、でも折角同僚になったのですもの少しでも力になれることがあるかもしれませんし」
「……ですが私も騎士って分かってって……ずっと、訓練してませんでしたから……」
「そうですわね、それはいけない事ですわ、お給料はそれに見合う行動に与えられる物ですもの、貴族だって平民から見ればただ優雅にお茶でも飲んでいるイメージでしょうけど、優雅にお茶を飲み他国をけん制し、扉を閉めて見えないところで書類を片づけるからこそ良い暮らしが国や国民からもたらされているのですわ……」
「そう、ですよね」
「でもね、此処は異常よ、貴族の思惑に平民が太刀打ちするのは厳しい、それに元貴族と言う肩書もある、直ぐに受け入れろと言うのは無理でしょう、ですが時間をかけて慣れなければなりませんのよ」
「……」
「でも、貴女は私の部屋に来てくれましたわ、あの話を聞いて本当にまだ貴族だと自らを思っているならば、貴女は此処へは来なかったでしょう……だから歓迎しますわグレースさん、一緒に頑張って下さらないかしら?」
「アメリアさん……」
グレースさんは私の顔を見ながらぽつりと呟き、そして顔を紅茶の方にうつす。
そしてそのカップを両手で囲うに持ち、ポツリと呟いた。
「アメリアさんは強い、ですね……アメリアさんだって、この国に来なければならない事情があったのですよね?」
「えぇ、まぁ私の場合騒動に乗って無理やり出て来たと言った方が正しいですわね」
「む、無理やり……そ、その、聞いてもいいですか?」
「えぇ良いですわ、私は王妃になるべく育てられましたの、でもある時現れた女に婚約者の第二王子が傾いて私を悪人に仕立て上げて追放を言い付けたのですわ」
「そ、そんな……」
「フフ、ですが元々そうなるだろうと見て手を打っておりましたわ、折角私が十五年王妃に成るために励んでおりましたのを一瞬で切り捨てるならば、此方も国を切り他国へ逃げてしまおうと思いましたの……追放と行っても第二王子のみの言でしたから、直ぐに王の追っ手が現れましたが、それを巻いて魔導帝国に見事亡命できたのですわ」
「そんな事が……」
「えぇ、まぁ大々的にやり過ぎて置き土産の様に国の汚点を他国に知られてしまったことは不本意なのですけれど……ですからもし貴女がこの事を他国に言っても、既に知れ渡っている情報でしてよ」
「そんな事は、しないですけど……その……私の話も、聞いて貰えますか?」
「フフ、勿論ですわ、ゆっくりでいいですわ、少しずつ教えて下さらない」
「は、い……」
そう言ってグレースさんはポツリポツリと話しはじめた。