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私達は入って来た出入り口とは反対側の出入り口から城を後にした。
そしてそこから見える光景は私の心を躍らせるに足る物だった。
先ず私達が街に入って来た方は居住区であり商業区であり貴族区である、所謂人が住み営む場所で、王宮に向かって少しずつ高くなっている。
そしてその反対側は軍の基地になっていると私は説明を受けた。
「これが魔導帝国の基地……なのですわね」
先ず目の前右側、王宮の直ぐ右手に騎士団本部がでかでかとそびえ、その奥には団員の住む寮がいくつも建ち並び、その光景はまさに圧巻と言えた。
左を見れば、グラウンドのようになっており、そこにウディアードが置いてあることから、戦闘訓練等に使うのだろうと推測出来る。
「そうですよ、ウディアードに力を入れているとは言え、歩兵がいない訳じゃ無いですから、でも驚くのはまだ早いですよお嬢様」
「そうなの?」
「はい、魔導帝国の基地は地下設備が今この時代では有り得ないほどに充実しています」
「……それはコーラル帝国の名残と言う事なのですわね」
「私も話を聞いて納得しました、あのような設備をどのように作ったのか、でも古代文明の名残ならば納得です」
「さて二人とも、先ずは本部で手続きをします、ついて来て下さい」
ジェッドさんはつかつかと騎士団本部の方へと向かっていく。
……離れて見た時も大きな建物だと思いましたが、近づくとそれを凌駕するほど大きいですわね。
王宮以外でこのように大きな建築物は見た事がありませんわ。
扉を開き中に入ると、内部王宮と遜色なく、一階はホールのように広い作りになっており、その真ん中にカウンターがポツリと置かれ、そこにいる受付嬢が此方に頭を下げる。
「ジャスパー様お待ちしておりました、既にお話しは通っております、二階の奥の部屋にございます」
ジェッドさんは一つ頷き、カウンターの裏にある階段を上って行く。
あの受付嬢はジェッドさんの事をジャスパー様とお呼びになったと言う事は、ジェッド・ジャスパーと言うのが案内人さんの本名、と言う事ですわね。
階段を上がると、少し細長の通路にいくつもの扉が置かれており、そのまま奥へと進む。
そして一番奥、行き止まりにある部屋をノックすると、中から女性の声が聞こえる。
ジェッドさんが部屋を開け、私達も後に続く。
……室内も質素ですが品よく趣向品が並んで、品の良い部屋ですわね。
部屋の中にはテーブルとイス、それと本棚に数冊の本が入っており、棚には壺壁には絵画などが掛けられている。
「お待ちしておりましたジャスパー様」
「ご苦労様ですエミリー・トルマン少尉」
エミリー・トルマン少尉と呼ばれたその人は、可愛いと言うよりもむしろ凛々しいと言った顔立ちで、肩まで流れるような漆黒の髪が、手を後ろに組みピシリと姿勢を正した時にフワリト揺れた。
身長は私よりも高く、まさしくカッコイイと言えるような、そんな人だ。
「今日から二人の上官となる方ですな」
「……アメリアですわ、よろしくお願いいたしますわ」
「……ジャスパー様宜しいでしょうか」
「何かな?」
「私は異動と言う事ですか?」
「そうです、スーフェ軍曹は本日より九番隊に着任になります」
「ハッ!」
「では少尉、後は任せましたよ」
「ハッ」
そう言ってジャスパーさんは足早に消えてしまった。
「……と言う事で、今日から二人の上官になったエミリー少尉です、よろしくね」
ジャスパーさんが出て行ったのを確認した後、エミリー少尉がフワリと微笑み此方に片手を差し出してくれる。
こ、これはギャップ萌えと言う奴ですの? いつもは冷静な方がふと見せる笑顔にやられる殿方が多いと言うあの……。
「私はアメリア・アゲット元公爵令嬢ですわ……よろしくお願いいたしますわ」
私も負けじとフワリと笑みを返し、手を握る。
フフフ、令嬢たるもの笑みで負けてはいられませんわ、これでも王妃としてにこやかに笑えるように顔の筋肉も鍛えられておりましてよ! おーっほっほっほっほっほ。
「スーフェ軍曹もよろしくね」
「ハッ、本日付で着任いたしましたスーフェ軍曹です、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「じゃあ二人ともまず椅子に座って」
「ハッ! 」
「失礼いたしますわ」
……と、先程からスーフェが気合いを入れているようですが、何故かこのエミリー少尉の行動が不可解のようですわね。
先ほどからしきりに眉が吊り上っておりますし、長年の友ですからその程度は分かるのですが、一体何処にその疑問を抱えているのかは分かりませんわね。
「……少し宜しいかしら?」
「どうしたのアメリアさん」
「いえ、スーフェ」
「どうしたんですかお嬢様」
「先ほどから何をそんなに訝しんでいるのかしら? 流石にエミリー少尉に失礼でしてよ」
「……成程、そう言う事、きっと軍曹は私の態度があまりにも少尉らしく無くて驚いているって所かな」
「……失礼ながらその通りであります」
「……軍曹は九番隊についてどの程度知ってる?」
「ハッ、九番隊は他国から魔導帝国へと来た貴族を魔導帝国の騎士に慣らすための部隊であり、使えると判断された者から他の部隊に配属されると聞いております」
……成程、私が今から行く九番隊は貴族を騎士に慣らすためのワンクッションと言った所ですわね。
確かに、いきなり他の隊員と同じように動けと言われても無理でしょうし、必ず必要となる部隊と言う事ですわね。
「概ね合ってるんだけど……現状は中々どうして綺麗にはいかないのよ」
「どういう事ですの?」
「魔導帝国の騎士に成る事を受け入れて励む貴族の方は問題なく各部隊へと配属されて行く……でも」
……私はそこまで聞いて悟ってしましましたわ。
「そしてそれ以外の、ただ亡命はして来たけれどウディアードに乗れるから騎士になった方は……励むどころか自分がまだ貴族だと思っているの、困ったことにね」
エミリー少尉は本当に困ったように顔を顰めてため息をつく。
成程、やはりそう言う事でしたのね。
自分が貴族として育てられたからこそ、そしてその威光を当たり前だと育ってしまったからこそ、自分が既に貴族で無いと言う事などある訳がないと思っていると言う事ですわね。
いえ、そもそも自分が平民になっていると気が付いていない方も多そうですわね。
そしてそう思えば当たり前の事でしょうが、訓練等真面目に励む訳もなく、貴族同士でつるみ一つの組織を作ってしまっている、と言った所ですわね。
そしてきっとそれを冷たい目で見送った方々が、問題なく他部隊へ配属されると言う事ですのね。
「……成程、それでは所謂スーフェの普通の上官に当てはまる訳がありませんわね」
「そう言う事……どうやら今回入って来てくれたアメリア伍長はそのような人じゃなくて安心した」
「えぇ、私は既に貴族でも無いただの一騎士にすぎませんわ……そして私の階級は伍長と言う物でして?」
「ウディアードに乗れる人は伍長からスタート、だからアメリア伍長」
「成程、やはりウディアードに乗れると言うだけで優遇されるのですわね……まぁそれも手伝って例の同僚は付け上がっているようですが……しかし何故そのように放置しておくのです? やりようは色々とあると思いますわ」
「……魔導帝国も一枚岩じゃないってとこかな、簡単に付け入る事の出来る毒は出来るだけ体内に持っておきたい人たちもいるって事」
私はそれを聞き、内ポケットから扇子を出して口元で広げる。
「フフ、国ですものね、愚問でしたわ失礼いたしました……ですがそれなら私がその方々の毒袋を壊してしまっても問題は有りませんわね」
「……お嬢様御戯れも程々に……いくら少し皇帝陛下が気にいったからと言ってお嬢様は騎士ですから、あまり派手な事は控えて下さい」
「分かっていますわスーフェ、気にいったと言うよりも皇帝陛下がいなくなった後の方が恐ろしいですわ……だからでしてよ……折角面白そうな国に来たのにお楽しみを取られるなんて事はならない様に少しいたずらをするだけですわ、おーっほっほっほっほ、おーーっほっほっほっほっほ、おぁーーっほっほっほっほっほ」