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機体を降ろして騎士の方たちと手続きをして一休みをしようと思っていた私は、今何故か皇帝陛下がおられると言う執務室の扉の前におりますわ。
「ここで陛下がお待ちだ」
アーロンさんがドアをノックすると、「入れ」と言う野太い声が響く。
まるで骨にしみいる様に入って来る声に、私は久しぶりに只々緊張していくのが分かる。
……これが魔導帝国の皇帝陛下の圧、と言う事ですわね、アーリスルの王とは違った……いえ、此方こそ王と言う者なのでしょうか。
あの王様は、皆に優しく支えられる王であり、きっとこれからお会いする方はその逆、と言うことですわね。
「アーロン・サンストーン中将であります、スーフェ軍曹及びアメリア・アゲット元公爵令嬢殿をお連れ致しました」
「うむ、余の前まで連れてまいれ」
扉が開いたそこには、やけに長く感じる部屋に赤い絨毯が敷かれ、大きな執務机に座った、体格のいい男が愉快そうに此方を見ていた。
しかし、その眼は決して愉快と言う訳では無く、私達の本質を測ろうとする目。
……さらにこの圧、やけに長く感じる執務机までの間この圧を感じながら進んで行くと言うのは、かなり精神がすり減らされますわね。
ですが、私は公爵令嬢として産まれ王妃になるべく育てられましたわ、この程度の圧は私の心の高笑いで一蹴ですのよ、おーっほっほっほっほ。
……心の声は漏れておりませんわよね? ふぅ落ち着きましたわ、これでしっかりと皇帝とお話しが出来そうでしてよ。
私は出来るだけゆったりと優雅に前に進む、勿論微笑みを浮かべながら。
そして皇帝陛下の前に片膝を突き首を垂れる。
「よい、面を上げろ……フム貴様がアメリア嬢であるか、中々の活躍であったそうであるな」
「勿体なきお言葉でございます」
「フッ、謙遜する事は無い、初めて訪れたこの場で臆することなく歩を進める事の出来る令嬢はそう多くは無い、余はお主を気にいったのだ」
「有難き幸せ」
「軍曹もアメリア嬢を我が帝国に引き入れた事大義である」
「ハッ! 勿体なきお言葉であります」
そこまで言って扉がノックされる。
そしてそれが分かっていたように皇帝陛下は入る事を許可し、扉の前にいる騎士甲冑を着た男が扉を開ける音がする。
「お話し中申し訳ありませんな」
「よい、手配したのは余である」
……この声、案内人さんですの?
「どうだジェッド、ヴァレリアとやらは動かせそうか?」
「無理ですな、あれには魔力を登録するシステムと、そしてパスワード、それに加え今は亡きライリー皇女殿下の末裔でなければ動かせぬようになっております」
「……フム、してこのアメリア嬢をどう見るジェッド」
「中々に面白き令嬢だと私は思いますよ」
「それは良いな……フム、アーロン中将退室を命ず」
「ハッ! 失礼いたしました」
「そこの騎士も退室を命ず、余は少し談義に花を咲かせようと思うでな」
「「ハッ」」
皇帝陛下が中将と騎士に退室を命じ、この場にいるのは私とスーフェそして案内人さん……いえジェッドさんでしたわね、そこに皇帝陛下を入れた四人のみ。
「この部屋は防音でな、他の部屋には洩れん……改めて自己紹介をしようではないか、余は魔導帝国ブレイデンの皇帝カルリアス・ブレイデンである、アメリア嬢も自らを余に教えてくれ」
「はい、私は元アーリスル公爵令嬢、アメリア・アゲットですわ」
「……それが本名か?」
「そうですわ」
「嘘偽りでは無いな?」
「……はい、嘘などついておりませんわ、何かお聞きになさりたい事がおありでございますか?」
「……先程言った名は余の本名では無い」
「陛下! それは」
今まで黙っていたジェッドさんがくわっと目を開き皇帝陛下に向かっていく。
「フハハハ、良いでは無いか、聞けばアメリア嬢は古代の歴史を嗜んでいると言うではないか、しかもライリー皇女の末裔である」
「し、しかし……」
私にヴァレリアを教えた時は全く狼狽えなかったと言いますのに、そんなにも大事な事なのでしょうか? これは是非お聞きしたいですわね。
「見ろ、アメリア嬢も顔を輝かせておる、此処で仕舞にしては皇帝の名が泣くわ!」
するとジェッドさんは一つため息をついて、もう勝手にして下さいと言った風に首を二、三振り一歩後ろに下がる。
「……この問答で既に当たりはついておろうが、余の名はカルリアス・コーラル・ブレイデン、アメリア嬢そなたにこの意味が分かるか?」
……この話の流れでコーラルですって?
「フハハハハその驚きよう、分かったと見て良いな」
コーラル、それはライリー皇女殿下を使った、そしてライリー皇女の産まれた国の名前。
そしてコーラル帝国はライリー皇女により、政治に使われる建物や民を危険に晒した貴族や王族が戦い滅ぼされた国の名。
「し、しかしかの国は……」
「そう、彼の帝国は滅びた……そしてその後独立し再興……したところで文献が途切れておる」
「……つまり、その後立て直しを図った民が漸く再興した所で何らかの要因で文明が滅びたとなる訳でございますね」
「そうだ……故にそなたも余と同じくコーラル帝国の王の末裔の名を有しておると思ったがどうやら余の思い違いのようだ」
「……では皇帝陛下は立て直した時の王の末裔と言う事でございますか」
「いかにも! 余、と言うよりもこのブレイデン帝国がそもそもコーラル帝国の名残である、故に代々この地を治めた皇帝もまた新たなコーラル王の末裔であり、そしてライリー皇女の件を教訓として教育される」
まさか、古代文明の名残がこの帝国だったなんて、信じられませんわね。
……ですが、わざわざ私がライリー皇女の末裔であると知り、この様なお話をされると言うのに嘘を付くメリットを感じませんわ。
何せ私はライリー皇女殿下の末裔、再興したとしてもコーラル帝国を怨んでいても可笑しくないと思われても不思議では無いですし。
もしくは、私の知識がどの程度の物なのか知りたかったと言うのであれば、あの内容が嘘だとしても頷けますわ。
しかし、余りの事で顔に感情が出てしまい、私が知らないと言うのは筒抜けでしょうし、これは失態ですわね。
流石にゲームで語られていない場面までは知る由も有りませんし。
「勿論この事は他言無用で頼むぞ」
「勿論でございます」
「して、今後はどうするつもりなのだ?」
「……騎士になろうと考えておりますわ」
「それは帝国の、と言う事で良いな?」
「そうでございますわ」
「良かろう、余が直々に許可を出そうではないか」
「有難き幸せ」
「そうなればアーリスル王国との件は余に任せておけば良い、コーラルにライリー皇女が戻ったのだ、これで余も少しは安心して夜を眠れると言う物だ! では早速手続きに入れ、ジェッドお主が連れて行ってやるのだ」
「畏まりました陛下……では二人とも行きますよ」
「失礼いたしますわ」
「失礼いたします!」
そうして、何とか皇帝陛下との会談を終え、執務室の扉が閉められる。
……疲れましたわ。
「お嬢様大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫ですわ、少しばかり疲れてしまったようですけど」
「……私も手汗が、まさか皇帝陛下のお声を頂けるとは思っていませんでしたから」
私達は執務室を出て、ジェッドさんの案内に従い、王宮の廊下を歩いて行く。
「ですが流石は皇帝陛下と言う事ですわね」
「どういうことですか?」
「私の知識をお確かめになったり……特に皇帝陛下の私に対する態度で、完全にこちらは皇帝陛下に良い印象を持ってしまいましたわ」
「それはいい事なのではないですか?」
「……スーフェ、対人の会話に置いて人に不信を覚えさせないと言うのは当たり前ですが、それを皇帝陛下が一介の平民になさると言うのは、余りに異例ですわ……それだけヴァレリアを帝国に欲していると言う事ですわね……」
「……王族の方や貴族の方は大変ですね」
「そうですわよ、それにあの執務室の縦に長い部屋も、皇帝陛下にたどり着くまでずっとあの圧を受けておりましたから、それも一つの手と言う事なのでしょう」
「あの造りはわざとなんですね」
「そこにも気が付かれましたか」
「これでも一応元王妃候補ですの」
「それはそうですな、まぁ確かにあの陛下が陛下の全てではありませんが、それでも私は陛下は王といて相応しいと思っておるのですよ」
「私も……今の所それは合意ですわ」