17歳の誕生日の翌日の話
朝、起きると、弟と祖母が居間の卓袱台で朝食を取っていた。
弟がいままでもずっとそうしてきたように、ずず、と味噌汁を啜る。
この家にはテレビが無いので、音と言えばふたりの食器が触れ合う音と、衣擦れの音、あとは何代目かの風鈴の鈴の音だった。
わたしは寝ぼけながら、蒲団の中で三回瞬きして、その間に昨日のことを思い出した。
「…………」
「……おはよう、姉さん」
まず、目敏い弟がこっちに気づいて胡瓜の古漬けを頬張ったまま言った。
わたしはぼうっとしながら、あぁ、うん、と適当な返事をした。
そして祖母が「はやく起きなさい、透明。ごはん、出来てるよ」とわたしが入っている蒲団をぽんぽんと叩いた。
わたしはなんだか訳が分からないまま、「うん、うん……」といかにも阿呆そうな返事だけを繰り返した。
「帰るよ」と弟が言った。
「うん」とわたしは言った。
祖母が台所で食器を洗う音がする。
玄関先、昨日とまったく同じ立ち位置で弟とわたしが立っている。
「昨日は色んなことがあったよ」
「そうだろうね」
「友達には裏切られるし、姉には殴られるし……」
「裏切るのは友達じゃないし、殴れって言ったのは君」
「そうだね……」
暗い朝の玄関。素足から伝わる廊下の冷たさ。
暗い影が出来た弟が、哀しく笑った。
「でも、本当に好きだったんだ」
蝉の声が津波のようにこの家を、弟の背中をせめて来る。
違う、とわたしは咄嗟に思う。
わたしは弟にこんな顔をしてほしくて、この家に来たわけじゃない。
自分でもよく分からなかった。
この、ちいさな弟を責めたいのか、守りたいのか、煩わしいのか、愛おしいのか。
突き放すべきなのか、抱きしめるべきなのか。
「……そう」
「ごめんね、姉さん。いろいろ、迷惑かけて」
「心当たりがありすぎて、どれのことか分からない」
弟が可笑しそうに笑う。
別に、笑うとこじゃないのに、とわたしは心の中で思う。
でも、弟のこんな笑顔はすごく久しぶりか、もしかしたら初めてかもしれなかった。
「もう行くよ。ありがとう姉さん」
「うん」
弟は玄関の扉を開け、あ、と思い出したように振り返った。
「昨日は言えなかったけど、誕生日おめでとう」
びっくりして、十秒ほど経ってから……ありがとう、と言うと、弟はとても嬉しそうに笑った。