密林/マンション
夏の話です。
お楽しみいただければ幸いです。
何も、わたしは一気に、一思いに、死にたくて、死んだわけではない。
少しずつ、手足の先から壊死するように、死んだのだ。わたしとしては死んだ、というよりも、殺された、という表現がしっくりくるのだけれど、まあ、きっと、わたしを殺した人たちは、わたしが勝手に死んだと思っているのだろうし、実際彼らがそう思うのならば、そうなのかもしれない。
祖母が犬を拾ってきたのは、三つめの風鈴が割れた薄暗い夏の日だった。
とにかく風がつよかった。
汚れた毛布に包まれたなにかを、しっかりと抱きしめた祖母の後ろで、いかにも田舎らしい広すぎる庭で、生い茂る密林が不吉に騒めいていた。
風に毛布がめくれて、すがるような弱い者特有の光り方をする瞳の片方がちらりと見えた。
(犬、だっ!)
祖母は、何も言えないわたしの横をすたすたと通り過ぎると、突然、空の天辺に向かって吠えるように叫んだ。
「――透明ッ!」
辺りを、しん……、と一瞬だけ時間を止めたその声は、荒ぶる獣のようだった。
どんよりとした曇天から雨のにおいが漂う。
夏なのに、寒い風。
祖母の枯れ木のような手に毛布ごと抱かれている子犬が、きゃんっと吠えた。
祖母は、乳飲み子をあやすように「おぉ、透明、透明。おまえは強い子、賢い子、優しい子。あぁ、透明……!」と言った。
まるで呪文のようなその言葉に、この犬が透明という名まえなのかとようやく理解した。
遠い記憶だ。
――――ガチャッ、
乱暴にドアを開けると、マンションの薄暗い廊下で青年が一人タッパーを持って鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして突っ立っていた。
「……何してんの、入りなよ」
つい二分前まで冷たいシャワーを浴びていたわたしの髪の先から、ぽたぽたと冷たい水滴が落ち、玄関と廊下の境目の出っ張りの所にちいさな水溜りを作る。
青年が「よかった」と微笑み、「それじゃあ、お邪魔します」と右手にタッパーを持ったまま器用に靴を脱いで、玄関に上がった。
なにが、よかった、だ?
わたしは肩にかけているタオルでごしごしと顔をこすりながら、後ろ手にドアを閉めた。
青年はてきぱきと働きながら言う。
「最近、留守だったから、会えなくてさみしかったよ。そう、これ、昨日の残りものだけど、よかったら。アボカドと鮪のサラダ、作り過ぎちゃって。アボカド、好きでしょ?」
額から冷たい水滴と汗が入り混じった温いものが滑る。
この青年は何と言うか、女っぽい。
少なくとも、わたしよりは。