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恋愛短編集

4月馬鹿が終わらない

作者: Moku

 私は嘘吐きなので暇があれば人をからかうような嘘を吐くし、正直者とは絶対にいえないくらいひねくれているつもりだ。しかしエイプリルフールだけは嘘を吐かないことに決めている。他人が挙って免罪符片手に嘘を吐く日に便乗するのは嘘吐きの美学に反するからだ。

 というわけで、本日の私は少々良い子に過ごさないといけない。

 欠伸を零しながらスマホを手に取るとラインの通知が届いている。スクロールすると女友達とのラインが男言葉で溢れかえっていて早速のエイプリルフール仕様に苦笑する。


『ユーリさん、男言葉なんてはしたなくてよ!』

『乙女の心を思い出しなさい!』


 女王様系のキラキラしたスタンプを貼るとすぐに返事が来た。


『乙女心とかw』

『俺、男の子だからわかんないな〜』


 電柱に隠れる女の子のスタンプと言葉が噛み合ってないぞ、おいこら。

 ベットを抜け出して洗面所で顔を洗う。すっきりしたところで今日の約束についての確認が届いたので確認して返事を打つ。ふむ、ここは便乗してあげようではないか。


『デートに遅れちゃ駄目だぞ、ダーリン!』


 ウインクするのスタンプを押すとまたすぐに返事が来た。


『それはこっちのセリフ!遅れないでねハニー』


 とてもうざいキスマークのスタンプに笑いながらスマホを机に置いて準備。

 何を隠そう遅刻魔は私の方だ。買ったばかりのワンピースを着こんで化粧をする。私はレースやフリルのついたクラシカル系ワンピースが好きでそういう格好をして会うと大喜びする。自分は着たいと思わないけど見てる分には凄く好きだそうだ。誕生日プレゼントもそういう服装に合うようなレースクリップだったのでそれにあわせた格好をしているあたり私も友人に甘い。

 口に出せば調子に乗りそうなので絶対に言わないけど。

 髪型を何度かいじくりまわして、鞄に定期と財布と手帳とハンカチを入れて時計を確認して頷いた。


「よし、走れば……5分遅れで間に合う」


 ただの遊びだというのに無駄に懲りすぎた。ごめん。

 若干諦めモードで連絡を入れ、走って五分で着いた待ち合わせの駅前を見回す。

 友人のユーリ ―― 森本遊莉(もりもとゆうり)とはかれこれ10年くらいの付き合いになる。明るく元気で勉強も出来る天然が入った美少女だが、色々な意味で残念な美少女だ。見た目詐欺ともいう。

 遊莉は美少女なので長いこと外にいるとナンパされていることもある。

 一通り見回してもそれらしき女の子が居ないのでスマホからアドレス帳を呼び出してタップする。耳に当ててコール音が繰り返される。肩を叩かれて笑顔で振り向いて、固まった。

 私と同じくスマホを耳に当て、にっこりと微笑む美少年。


「今日どうしたの?すっごく可愛いんだけど。やっぱり理香はそういう格好似合うね。」


 ……どちらさんで?


「そんな渋い顔しないでもいいじゃん、褒めてるんだから」

「あの」

「俺のあげた髪飾りまでつけて俺の為に着飾ってくれてるんでしょ?うーん、上から見ると絶景」


 谷間を眺めながらわきわきと近づいてくる手をぱしりと反射的に跳ね除ける。

 イタタと手を引っ込めながら笑う行動を毎回お約束のようにやるゆえに彼女は残念な美少女と言われているわけで、既視感を抱くのは行動だけじゃなくてその顔のほくろの位置とか優しげな目元とか。


「………豊くん?」

「いやいや、それ弟だし!俺です!遊莉ですよ、ハニー!」

「いやいや、私の知ってる遊莉は女ですし」

「なにそれ?エイプリルフールネタ?その豊満な胸触らせてくれるなら俺の大事なとこ揉んでもいいよ」

「いらんわ!」


 いつもの調子で突っ込んでしまった。

 やり取り自体はいつもと変わらないのに性別の違いでどう考えてもセクハラだ。おぞましいと半眼で睨みつけると喉を震わせて笑う。遊莉と同じく童顔な部分を残したような笑顔は見惚れるほど美少年である。


「理香、とりあえず行こうよ。映画遅れるよ」

「あ、うん?」


 どういうことなの。冗談抜きで私の知ってる遊莉は可愛くて幼馴染で性別女だったはずなんだけど、どう見ても男だし。背の高さとかは余り変わらないけど、肩幅ちょっと広くて掌とか大きいし、ファッションもざっくりした灰色のセーターとジーンズにブーツって系統がちょっと遊莉と似てる。


「今日は大人しいね。エイプリルフールだから?」

「え、あ、はい」

「なぜ敬語。どうせならお嬢様言葉とかそういうのやってよ!テンションあがるから!」


 声はまるっきり違うけど低めの落ち着いた声が変態のような言葉を吐く。きらきらとした笑顔の無駄遣いで残念なイケメン感が拭えない。遊莉が男だったらきっと完璧に一致であと女たらしになると思っていた。なぜならば奴は胸が大好きだったからだ。隙があれば人の胸を揉みたがる奴だった。

 今も黙って考え事をしていたら横からむにっとされた。

 大きな掌が横胸を包み、節のある指先が肌に沈み込んでいる。その事実に血がのぼった。いつもやられてることなのに男にやられているとなると笑って許せない。もっとも笑って許したことは一度もないが。


「なにしてんの?ねぇ、なにしてんの?」

「いたたた!つねらないで!爪!爪凶器だから!そこに立派な胸があるから仕方ない!!」

「ねぇねぇ、ここ駅のホームだって知ってた?突き落として良い?」

「ごめんー!」


 ぎゅむっとほっぺをつねる。女同士でやるとなんとも思わないのになんだろうラブコメめいたやりとり。私がオタクだからこう思っちゃうのか。こんなに恥ずかしいのか。でも本当にこれが遊莉なら赤くなるほうが変だしどうするべきか。そもそも本当に遊莉なのか。

 映画館に向かう電車に乗り込み、近くに立っている遊莉に問いかける。

 

「遊莉、今日見る映画は何ですか?」

「一緒にネズミ―映画みようって言ったじゃん!氷の皇女さまのやつだよ。CMで泣けるって言ってたし楽しみだよね」

「その後はどうするんだっけ?」

「ホットケーキ食べに行こうって言ったじゃん。そのあと春物服とか本屋ぶらぶらするんでしょ」


 OH、女子同士のお出かけそのままの内容だ。べたべたなラブストーリーは私が苦手で遊莉にオタク趣味に付き合ってもらうのもあれで中間をとった。ホットケーキは遊莉の好物でスイーツ喜ぶ女子は可愛いがこれが男となるとどうだろう。じっと遊莉の顔を見上げるとにこっとしながら首を傾げられた。

 くそ、これだから美少年は!ホットケーキ食べてる想像してもあざとい可愛いわ!


「理香、今日どうしたの?具合悪い?それとも俺に見惚れてる?」


 美少年のナルシスト入った発言には無言で足を踏んだ。

 イケメンでも許せんことは沢山あります。




***




「映画良かったね!俺、泣いちゃった!」

「私も開始五分で泣きそうだったよ」


 ぐすっと二人して鼻をすすりつつホットケーキの店に並ぶ。列は女の子だけではなく男連れの所謂カップルも居て、乙女めいたチョイス店なのに同行者が異性ということでまさか私たちもデートに見えてしまうのではと隣の遊莉を見上げる。私がこんなことを考えているのが浅ましいようなくらいに何を食べようかとキラキラ目を輝かせてメニューを見てるのでため息を吐いて切り替える。遊莉は本当にホットケーキ大好きだもんな。だからこれはデートではなく女子会もどきだ。


「俺この苺にしようと思うんだけど理香は?」

「チョコバナナー!」

「うん、バナナか……俺のも食べる?」

「このアットホームな空間でそういうこというのやめて」


 段々となれてきたのでちょいちょい挟まれるシモネタをスルーする。性別が男ってだけでやけに卑猥に聞こえるが気にしてはいけない。言われてることはいつもとあまり差異はないので突っ込み方はいつもと同じだ。本当に、本当に残念な美少年である。

 私が言わないでも紅茶のリストを手渡す気配りとか、好きそうなものをチェックしてくる優しさとか、いつも通りといえばいつも通りなのに相手の性別が違うせいでこうもまあ心臓がうるさいとは思わなかったけど相手は遊莉なのだ。


「ほら、理香ひとくちどうぞ」


 ケーキを差したフォークを向けられ微笑まれ、バナナを切り刻んでいた私は眉を寄せる。

 やってることはいつもとかわらない。だから私もそのまま食べればいいんだけど妙に気まずい。だってほら異性でしょ。でも遊莉だし。遊莉だから友達だから平気なはずだ。

 動揺を飲み込んで口に貰った苺ケーキは甘いはずなのに味がしない。頬が赤くなってないか心配だ。


「俺もちょうだい」


 あーんっと口を開いた遊莉に差し出す手が震えた。

 戸惑うんじゃない。分かってる。他意はない。相手は遊莉だ。美味しいと笑う遊莉の顔を見てこんなにドキドキいう私のほうがおかしいのだ。友達なのに。私はどちらかというと年上属性なのにやはり顔か。

 こうやってお互いのことを知っていて、自然と気遣い遭える関係のイケメンって乙女ゲーの幼馴染キャラみたいとか萌えてしまう自分が憎い。私はヒロインってキャラじゃないだろ。モブか悪役だボケ。

 頭の中が大混乱だったから、ぼたりとクリームが落ちた。


「あーあ……食べてる時に余所見しちゃだめだよ。ただでさえ理香は食べるのヘタなんだから」

「いつものことです」

「落ちても理香の胸に落ちるのがほんとに良いよね、エロい」


 じっと見つめる視線に火が着くかのように頬が熱くなった。

 もうやめてくれ。冗談だってわかってるのにもう性的な意味でどうしたらいいかわからない。言ってることがセクハラなんだよ。そういう目で見られてるのかなって身構えちゃう自分が嫌だ。身の程知らずのモブが!!私の見所なんて無駄な脂肪しかないだけだろ!!!

 じわりと涙が浮かんで慌てて指で拭った。


「ご、ごめん、今日ちょっと混乱してて、帰る」


 とんでもなく情緒不安定だ。こんなの遊びに浸れない。

 そういう訳で手っ取り早く敵前逃亡を選んだ。鞄を引っつかんで財布から千円札を抜き出すとテーブルに置いてコートをつかんだまま外に出る。


 そもそも一番仲のいい友人の性別が男になる状況ってなんだよ。

 どんな悪夢だ。四月馬鹿ならもう午後だしネタ晴らしがあってもいいんじゃないか。


 スマホに飛んでくるラインの通知を無視して駅の改札を通る。男女の友情が成り立たないっていうのは絶対どっちかが恋慕を抱いたら崩れ落ちるからだろうな。くっそ今の私だ。面食いだったのか。

 お互いが男だったら恋人にしてもいいのにねって笑ったことあるけどそれは冗談だったわけで、いざ当事者になると素面保つのがつらい。どう受け止めたらいいんだあのセクハラ。

 ため息を吐いてホームに入ってきた電車に乗り込もうとしたら後ろから腕をつかまれる。振り向くと息を乱した遊莉が指を下に向けた。


「理香、ボタンとれてる」


 この状況でそれを言うか。しかも笑顔で。

 逆に頭が冷えた。さっき拭いたときにこすれたんだろう。胸の脂肪でこのあたりのボタンはひっぱられて弱まるからこういうことには慣れてる。一応下はキャミソールだし問題ない。

 こうやって簡単に追いつかれたら逃げた意味がないなと冷静にボタンを留めて手に持ったままだったコートを羽織ると、目の前の遊莉が思い切り頭を下げた。


「いきなりなに!なんの謝罪!?」

「理香を泣かせるつもりはなくて、調子に乗ってすごくセクハラしすぎた」


 どうだろう。むしろ今日はスカートめくりやニーハイ撫でがなかっただけに控えめだった気もする。

 正直にそうフォローすると遊莉は困った顔をした。


「じゃあ、なんで泣いたの?」


 確かに言われてみればセクハラのせいかもしれない。情緒不安定に拍車をかけるのはボディタッチのせいだ。女だと許せるのに男だと許せない不思議。


「なんでだろうね。遊莉のセクハラはいつものことだし他の子にもしてるし、気にする私もおかしいような」

「ちょ、ちょっと待った!他の子ってなに!?」

「遊莉って女の子にいつも囲まれてるし男だったら絶対ナンパしまくるねって言ってたもん。胸も揉み放題でしょう」

「女の子好きなのは否定しないけどしてないから!女の子の胸とか揉んだら女子から総スカンくらうからね!!」

「いつも私の揉むじゃん」


 ぼそっと呟くと遊莉の顔が真っ赤に染まった。

 なんだその反応。訝しげに見上げると気まずげに目を逸らされた。


「理香いつもあまり気にしてないから、つい」

「正直が美徳だと思うなよ」

「男だと思われてないと思ってたから……今日の理香はどうしたの?エイプリルフールだから?」

「どういう意味?」

「なんで今日そんな素直なの?真っ赤になって戸惑って」


 遊莉が無駄に鋭すぎて目線を泳がせる。何て説明したらいいのだろう。目覚めたら女だと思っていた遊莉が男になっていたからもうわけがわからなかった、とでも言えというのか。

 私が黙っていると遊莉が頭を撫でて来た。さらさらと髪を揺らす優しい手つき、10年間何度こうされたかわからない優しい遊莉の手だ。なぜ男なのかはわからないけど、すこし落ち着く。


「遊莉が、女じゃなかった」

「なにそれ、なに?男だと思ってたの?」

「昨日まで美少女だったもん」

「そりゃ、通りで女友達扱いされてると思った」


 馬鹿にするでもなく遊莉が笑う。すこし幼さの残るこの笑顔が好きだ。憎めないこの笑い方を見るとどんなセクハラでも耐えられた。

 じっと見つめていると遊莉があざとく小首をかしげる。


「俺は男だよ。女の子は可愛いと思うし大好きだけどね、悪戯したくなるのは理香だけだよ」

「……胸が大きいから?」

「ひねくれてるなぁ」


 くすくす笑いながら遊莉が手を握ってきた。

 指を絡み合わせた恋人つなぎで、節のある大きな掌が私の手を包む。

 どこか嬉しそうな顔から目をそらしつつ、ため息を吐いて繋いだ手に力を込めた。

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