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じゃが芋 The Potato

作者: tetsuzo

北上市文化交流センター さくらホール 。2006年度の建築学会賞に輝いた建物だ。2階の和室「さくら」で朝から喧喧諤諤の議論が続いている。

「理事長。昨日は俺の「阿蘭陀式農法への転換」を決定事項として掲げていたのに、何故今日になってそれを取り下げ、参院戦への取り組みを議題の第一にするなんて許せねえ」

「半人前のチンピラ百姓が何を抜かす!黙って肥桶担いでいやがれ!」

「なにイ!県の農政局長っていやあ、もうちっとマシな口訊くと思ったが、まるでゴマすり小役人。やい!局長。ちっとは耳の穴かっぽじって聞け!俺はナ、昨年からデンスケ西瓜の栽培をやっている。去年は一玉三十六万。今年はなんと五十万じゃ。千個で五億の売上じゃ!東北農業転換刷新委員会だとお?訊いてあきれる」

「痩せ犬がなにをほざく。手前ェ、選挙で小澤先生を応援してノ、補助金たっぷり貰うに何が悪い。献金さえたっぷり弾めば、なんもせんで、補助金が入ェる。これほど楽なことは無ェ」

「百姓が耕すのを辞めぐうたらに過ごす。農業の堕落以外の何者でない」

「小僧は黙っとれ!貴様、チンケな学問振り回すンじゃ無ェ。女にふられ塞ぎこんで寝てばかりしていたのは、お前ェの方じゃないか。デンスケが当たったのはまぐれだ。こっちは縄文時代から変らねえ農作一本だ」

「農薬じゃぶじゃぶぶち込んでやがる。お前ェ達の作る米は毒薬だ」

「黙れくそガキ。お前ェ、百姓出来ねえように監獄にぶちこんでやる」

「やれるもんならやってみろや。ヘッポコ小役人がぁ。俺はこれより真に美味ェじゃが芋作ってみせる。吠え面かくなよ」


岩手県農政局長、東北農業転換刷新委員会理事長、森井健悟衛門はちょび髭の赤ら顔に目を怒らせて吠えた。

「やいッ。サンピン。ガキにつべこべ言われるほどおちぶれちゃあいねえ。俺の米が毒だと抜かしたな。バカも休み休みにせい。農政局長ってえのはナ、百姓農民の生殺与奪の全てを握っている。俺が一声いやあ、土民共は皆ひれ伏して拝むんだ」

「森井!手前ェいつからそんなに偉くなった?ちいとばかし前ェはおらんちの末端の小作人だ。植える苗が無くて泣いておらに土下座してたのは、何処のどいつだ?」

「へん。その苗にノ、麻薬のように農薬ブチ込んでヨ、収量を倍に上げ、次第に勢力を拡張、今じゃ、土民共が朝晩拝む天下の局長だぁ。貴様みてえにあっちこっちの女に手ェ出しちゃあフられてる大ボケとはニンゲンの出来が違う」


「理事長。ワシはノ、今年度より超高級食材の栽培を行っている。阿蘭陀農法など毛唐かぶれの戯言と抜かすがノ、阿蘭陀農法とは何もオランダ農業の模倣をすることでは全く無い。かの地の斬新な改革の進取の精神を学んでおる」

「バカな。農業は我が日本の国体の根幹を為す、生活、慣習を司る神教と同義で縄文、弥生時代より綿々と受け継がれてきた揺ぎ無い美的生活の一部。祭りや祝い事、誕生から死に至るあらゆる人生の局面に密接に関わり合い、文化芸能など喜怒哀楽に関わる全てもこの農業を基盤と致す。他所の国の農法などチャンチャラ可笑しい」

「貴様。ド田舎で卑屈な生活を続けていて、世の中の動きを知らんらしい。ならば教えて進ぜよう。この程、東京銀座に六雁というリストランテが開業した。野菜ノミを使用した料理で最低単価が一万五千円である。大変な評判で食通達を唸らせている。我が師B山老人も今週その店に行く予定だ。俺はナ、その店に使う野菜を提供しようと考えている。じゃが芋、人参が一個二千円、キャベツ、レタスは一玉五千円、トマトに至っては一個三千円でも廉すぎると言われる。お前が苦労して作るじゃが芋など十個で百円がいいとこだろう。品質がまるっきり違う。じゃが芋を例に取ろう。ワシはフジモリ大統領と懇意じゃから、ペルーはアンデス高地より原種の種芋を取り寄せてもらった。無論耕作地の土も徹底的に改良した。アンデスの清浄無垢の土に近いが企業秘密だからこれ以上言わん。和賀の清水で丹精こめて作る。このじゃが芋を食ったら天国の食べ物と思うだろう。美味い。ベラボウに美味ェんだ」


「お、お、おっかあ。おらが始めて植えたじゃがたらいもが芽バ出した。メンコイのお。なんちゅういじらしい、今にも吹き倒れそうな、やさしい若葉なんじゃ。おら、これをデエジにデエジに、娘のごと育てるだ。好きじゃ、ちゅっ」

「一弥。おめ、キッスなんか若葉にしちゃいかんよ。よだれが垂れとる。葉っぱに唾がひっついてべとべとになっちまう」

「三月に種芋を植え、毎日水をやって、鶏糞などの肥料をたっぷりやり、廻りに生える雑草をこまめに取り去り、土を柔らかく耕し、毎日毎晩、あかんぼが生まれたように、慈しんで育ててきた。これからピンク色の花を咲かせ、実が生る。これ以上の喜びはねえ」

「良く言った。百姓はノ、自分の育てるモンを我が子のごと、でえじにする。お前ェも知らんうちに農業の根本ヲバ学び取った。エライッ」

「そげに褒められると照れるぞい。これもおっかさまの優しい教えのお陰でゴンス。不肖一弥改めて篤く御礼申しあげる」


「母上。本日は手前が丹精こめて栽培し、収穫したばかりのじゃが芋の煮付けを調理いたしました。食べてみて下され」

「なんですか?一弥、改まって。おや、美味そうじゃないか」

「どうですか?」

「う、う、ウメー!こ、これがじゃが芋なのか!かの北大路路山人曰く、最上の料理は洗練され心の篭った家庭料理だと・・・この煮物は正にそのようなもの。高貴で新鮮な素材。固からず柔らかからず適度に歯ごたえを残した煮方。最上級のだしで煮含められた上品な味つけ。素晴らしい。我が息子ながら天晴れじゃ」

「お気に召しましたようで感動でございます。そもそもじゃが芋と申すは、原産地が遠く南米はアンデスの高地。高燥、寒冷な地が耕作地に向いており、我が北上は最適地と申せます。最高品質の芋を私が渾身の力で調理いたしました」

「お前、百姓にしておくには惜しい。名高い料亭で花板を充分張れるぞ」

「左様でございますか。些か自信もあり、其方方面に転身しようかと思っていたところです。然しながらこの芋が斯くも美味なるは在来種とは全く異なるアンデス高地より取り寄せた種ヲバ、心血注いで育て上げましたる秘宝の芋だからでございます」


「我が子ながら天才じゃ。しかしノオ、その器用さが災いし、女子がお前を見限るとは皮肉なもんだ」

「その通りダス。おらが料理が上手いばっかりに、自分が妻になってもやることがねえと言って去る女が多い。麗奈も絵里もそうじゃった。夫となるワシが料理を作ってやれば、楽が出来るっちゅうに、何故おらから逃げちまうんだ」

「嫁としての存在感が薄くなるとでも思っておるんかいのォ。悲惨じゃ。おい、今日も又B山からシツコイメールが来とるぞ。読んでみんべえ。ナニナニ・・・『毎日思ってるんだけど秋山さんって仕事してるときが一番すてきね。いつもは、頼りなくて、グズだけど仕事は全然違うわね』『コレハね、貴女に甘えたくて、素の俺が出ているンじゃ。仕事は根っからの職人じゃけん、妥協はしねえ。そんなオイラに惚れてくれる女もいることはいるンじゃ』『かっこいいわ』のろけまくってやがる。バカか、B山は」『近くで見るとやはり強烈に美しい!!ますます、グングン美しさを増していくSエちゃんに感動!!ステキですよ』『ほんとに?じゃあ B山さんのお陰だわ ありがと!!』おいおい、歯が浮く台詞の連発。いい年しやがって恥ずかしい」「一弥。本当はお前ェもこんなヤリトリがしたいんじゃろ?お前ェ、B山に弟子入りして女との会話や付き合い方教えてもらったらどうでい」

「し、しかし・・・」


「お、おっかあ。おらスンげえアイディア思いついた。ミス江釣子美人コンテストを催すンじゃ。おらン家傘下、小作人だけでも三千世帯、一万人は優に超す。近郷近在にも声をかければ、数万の人員が対象となる。この美しき田園には清純、清楚な美人が大勢いる。例えて言うなら、石原さとみ、上野樹里、沢尻エリカ級の人材が隠れている。そう言う美女を発掘、コンテスト優勝者を俺の彼女としてしまう」

「おい。なしてチャンピオンがお前ェの彼女になってくれるんじゃ?」

「まンず、EzurikoFarmClubを設立、コンテスト入賞者は自動的にクラブコンパニオンとして登録。コンパニオンはこの伊藤コンツェルン主宰のパーティのホステスとして出席。主催者たる俺の廻りに侍らせる。さすれば俺に靡いてくるのは必定」

「解りにくいが、トドのつまりは金の力で美女をGetするんじゃナ」

「のみこみが早ェ。その通りじゃ。有り余る資金を有効に活用、天下の隠れ美人を発掘、そしてその美人と俺が結ばれる。どうでい」

「す、凄ェ。流石おらの子じゃ。お前ェはやっぱし天才じゃ」

「コンテストの審査委員長はおらが勤める。さすればおら好みの女が優勝する」「ところでEzurikoFarmClubちゅうのは、どういう組織なんじゃ?」

「ふむ。入会金1億の限定高級クラブだ。マ、言ってみれば英国のクラブと超高級キャバクラを合体させたようなもの。理事長はこのワシじゃ。会員数十名。会員はクラブコンパニオンといちャいちャ出来る。理事長のおらはやりたい放題」

「エスイーエックス実行の手段に過ぎん。愛という字は無いのかえ?」

「愛は不要だ。性のみが目的」

「救われんノ。夢ばっかだ。やっぱ、じゃが芋バ、作っていろ」


「Miss Potatoといううら若き美貌、無垢の少女ノミにより、慈しみ育て上げられましたる、このじゃが芋、名付けてSweet Girl Potato。一個五千円だ。固からず、柔らかからず。溢れ出る芳醇な香り、噛み締めれば甘いアンデスの味わい。煮て良し、焼いて良し、蒸して良し。ありとあらゆる料理にもピタリと適合する。エデンの園に生っていたというこのPotato。食べればその美味さに感動し卒倒してしまう」

「一弥。立派な口上だ。前半にヤヤ誇張があるが、その通りだ。オラが受け合う。果たして六雁とか言う料理店で買い上げてくれるだろうか?」

「母者。ご心配には及びませぬ。既にB山老人と彼の愛妾、S恵殿よりお墨付きを頂いております」

「アレマ。一弥。お前ェ、老人とは縁を切り、文通もしておらんじゃないか」

「バレましたか。じ、実は皆目買い手の算段はついておりませぬ」

「マズイのお。お前ェB山老人と仲直りをして野郎に頼むしかあんめえ」

「し、しかしヤツが手紙を寄越せ寄越せと毎度しつこく言ってくるが、断固拒否して参った。今更和解は無ェ」

「何で又B山と連絡を絶ったのじゃ」

「それはノ、話せば長くなるがノ、おっか様にもシンペイ懸けてるとしたら、話さねばなんねえ」

「ンなら、聞かせろ」

「実はノ、おっかぁ。話たぐねが、この際だ。おらもおとごじゃ。きっぱり全貌を明らかにする時が来た。いっちまう」

「ジらさねえで早よ話せ」

「然らば申しあげる。先年、我輩がB山老人と共に仕事をしていた時のことじゃ。俺は我が輝ける武勇伝を語るのが常であった」

「なんじゃい。そのブユーデンっちゅうのは。何か?あのオリエンタルラジオのヤツか?」

「訊いて驚くな。オラの華麗なるモテ話よ。ご幼少の頃よりこの美貌、神童と言われた類稀な知性、行動力溢れる強靭な肉体。凡そ女と謂われる人類は皆俺に憧れ、言い寄って来た。俺がほんのちょっぴり女の方を向けば、女は悉皆身体を捧げてくれたものヨ」

「おい、ちっとオーバーでねが?オメが始めて女を知ったのは確か、高校の同級生じゃねえか。それも散々言い募ってやっとこさ抱いたンだべ。そのあとは麗奈だ。麗奈にフられたあとは絵里。絵里とはキッスだけでヤっていねえうちにフられちもうた。しょぼくれきって引きこもりになってたのは、ツイこの間じゃ。かかには見栄はってもしょうもねえ。すかす、そンで何故老人と縁を切ったんじゃ?」

「おらはモテる。そう言っていたが、実はジエンジェンもてねえとB山が知ったらどうなる。あの爺、そこいら中に大声で触れ回るに違いねえ。そげな屈辱にこの俺様が耐えられるワケもねえ。じゃから縁切りし我が尊厳を保った」

「B山はおめのことが好きで、縁切りしたあとも毎日手紙送ってくるじゃねえか。哀れな老人じゃ」

「そろそろ許してやんべえか」

「そうしろ。したらお前ェの苦労して育てたじゃが芋も売れるかもしんねえ。じゃがノ、幾ら何でも一個五千円は高かんべ?」「そんだな。三千円にすっか」


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