第六話
王子様のやり方。
その一。決して群がってくる女の子たちにマジにならない。壮絶ないじめストーリーの引き金となってしまうからである。
その二。男子からの羨望の眼差しには鈍感であれ。本気の嫉妬オーラにはスルースキルを全力で行使すべし。性別関係なしに「ス・テ・キ」と思わせてなんぼである。そこが最難関であるがゆえ、心血を注ぐべし。
「それが、まずは基本じゃないかな」
「難しい。それは、ひじょーに難しいよ光路くん」
必死の形相でそう訴える優雅は、ずいぶんと弱り切っている。暑さにやられているだけではないだろう。
これは胃薬が必要な顔だ、と判断した光路はそっと愛用の「良い薬」を差し出した。差し出された薬を虚ろな瞳で見つめた優雅だったが「いや、薬はいい。それを飲み始めたら、いよいよまずい気がする」と呟いた。
「今更だけど、難儀な役割だよな。良いことを教えてやろう。嫌になったら、全部投げ出せば済むんだ」
少しだけ先輩ヅラして語ってしまったが、光路はこればかりは優雅の心境を慮って、彼の助けになるならばと親身になっていた。
「いや、いいよ。どうせ、もうすぐ終わるんだし。みんなもこれから受験勉強で他人に構っている余裕もなくなっていくだろうし」
「そうだといいけどな。そういえば、優雅は進路は決めてあるのか?」
いつも、ふらふらとその辺をぶらついているこの男に受験の危機感は感じられない。ふと気になったので訊いてみた。
「私は受験はしないかな。卒業したら、専門学校にいくつもりだからね」
「専門? 何の?」
「美容師の。実家が美容室なんだ」
「へぇー。美容師か」
思えば、彼の髪型はいつ見ても整っている。もともとの髪質に恵まれているのだろうが、自身の身だしなみに対する意識が高いからなのだろう。
「イケメン美容師、か。いいんじゃないの。女性客が大量についてくれそうだな」
「そんな甘いもんじゃないよ。美容師はアイドルじゃないんだから」
優雅は苦笑して頬をかく。
「やっぱり家を継ぐの?」
「どうだろうね。そうなるかもしれない。ただ、家を継ぎたいから美容師になりたいわけじゃないんだ。母も生涯現役って気張っているものだし、私は私で目指すところがある」
「ふうん」
気のない反応をした光路だったが、内心では感心でうなっていた。同い年の人間が既に具体的に将来を見据えていることが新鮮で、それだけで尊いもののように感じられたのだ。
将来などとは縁遠い自分とは別のステージで生きているのだと思い知らされる。
「よかったら君の髪を切ろうか? 伸ばしっぱなしで滅多に切ってないだろ? 最後に髪を切りにいったのいつだい」
「二ヶ月前かな。テキトーに安い床屋だよ」
「なんて、なんてもったいない・・・・・・せっかく恵まれた髪なのに」
さらっと出てきた褒め言葉に顔をしかめた。流石は王子といったところで、蛇口をひねったら水が出てくるみたいに、簡単に口からかゆい言葉が溢れ出る。
優雅の顔から顔を背けた。今さら髪のことなど褒められても心は動かない。そう思っていたはずなのに、照れくさくなってしまったのだ。
「そういえば噂で君はクウォーターだって耳にしたんだけど、本当かい?」
「いつの噂だよ。純正の日本人だよ」
少なくとも、光路が知る親戚でも外国の血筋は見られない。しかし、だからこそ光路の外見は特殊だった。
髪の色は飴色、とでも表現するのが近い。細くて、伸ばすほどにウェーブがきつくかかる髪は日本人らしくない。その外見も、どこか日本人離れしていると評価されることは多い。
だからこそ、王子だなんて呼ばれるきっかけになったのかもしれない。
「先祖返りってやつかな?」
「いや、それは全然違う現象だな」
「じゃあさ。君が把握していないだけで、案外曾おじいさんが外国人だったりするのかもね」
「さあなあ」
親戚と顔を合わせる機会は今も昔もごくわずかだったし、以前は会ったとしても母の兄夫婦に四年に一度くらいの割合で顔を合わせるくらいだった。
今や光路は親類とも縁がない状態であった。
「まあまあ。本題は髪を切らせて欲しいってことなんだ」
「生身のマネキンが欲しいってところかな」
「どうしてそういうヒネたことを。カットモデルだよ」
「それって金は取らないんだよな?」
「当然だよ。まだお金を取れるような腕前じゃないし、資格もないんだから。君の言葉を肯定したくないけど、やっぱり人形相手にやるのとは違うのは確かだね」
「・・・・・・別に、いいよ。もったいぶる程のものじゃないし」
「ほんと!? じゃあ、さっそくいい?」
「え、まさか今から?」
「うん。ここじゃ道具も揃ってないから、君さえよければ私の家に来ないかい?」
「めんど・・・・・・」
「ふふ。じゃあ、すぐに道具一式もってくるよ」
「いや別に今日じゃなくても・・・・・・」
「色々とお礼もしたいし、是非とも招待したいんだ。この間も変なことに付き合わせてしまったし、かなりご馳走になってるしね」
「ああ、こないだの。結局、どうなったんだアレ?」
本日、優雅が光路の家を訪れたのは先日のストーカー騒ぎの顛末を報告するためであった。それほど気にしていたわけではないが、律儀な人間である。
結論からすると、件の少女の被害妄想でしかなかったらしい。ストーカー疑惑をかけられていた男性はただの犬の散歩をしていただけで、不名誉な疑惑はかろうじて本人に知られることなく解消されたとのことだ。
話を聞くところ、少女のそれは被害妄想というより捏造そのものだ。少女は優雅の自称親衛隊であり、他の女子より抜きん出るために策を立てたのだという。
浅慮きわまりなく、策とも言えないほど愚かなものだったが、馬鹿みたいに王子様をやっている優雅には効果覿面だったのは間違いない。
困っている人はとりあえず助ける、という行動理念に従って優雅は少女の相談に身を乗り出す。その性質を抜け目なく利用されていたのだとしても。
つくずく阿呆みたいな役柄を当てはめられているものだ。
王子様はいつだって弱き者の味方。王子様だって消耗品だということに気がつかないで、自分たちの理想のフィクションを強引に当てはめる。無自覚にそんなことを平然とやってのける残酷さを光路は身をもって知っていた。
「そうやって、スイーツ女はストーカーへと成り果てていくのであった」
「嫌なこと言わないでくれないか。怖いじゃないか」
「いや、それが冗談でもなくてな」
「ちょっと本気でぞくっときたよ」
本当に冗談ではないのだ。周りの、特に女子の管理は徹底してやらないと血を見るハメになる。